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第二十話 世界のドラゴン大集合(1/6) 人知らざる出発

 ドラゴンは全生物の頂点に立つ最強の獣であるのは周知の通り。圧倒的な力を持つがゆえに生息数が少なく、縄張り意識が強いのもあって孤高の存在という印象があるが、意外と社交的だったりする。


 ご近所さんと縄張り争いをする一方で、世間話や商取引といった平和的な付き合いも普通に行う。実際したことがある。

 場合によっては数頭のドラゴンが集まって、おしゃべりや死合いに興じてみることもあるらしい。


 究極は、全世界のドラゴンたちが一堂に会して交流しあうという大イベントであろう。

 その大集会は不定期に行う。ドラゴンたちがみんなで集まりたいと思ったときが開催どきとなる。


 というか実際思った。イベントについては何も知らなかったのに、ふと集まりたいという思いが浮かんできて、イベントの存在を生まれて初めて知った。

 それがお母さんや妹も同様かつ、まったく同じタイミングで反応したことには驚かされた。たぶん世界中の参加希望なドラゴンたちが、同じ時間に同じことを考えたのだろう。

 これがいわゆる共時性(シンクロニシティ)というやつか。ドラゴンが神秘的な生き物であるということを再認識させられた出来事だった。


「そんなわけで、明日になったら集会へ参加しに行くんだよ」


 ヴァラデア屋敷の片隅にあるカレン姉妹の部屋で、三人でいっしょにボードゲームをしながら明日の予定を話す。


「へえ」

「ふーん、そうなんだー」


 姉弟は落書きそのものの盤面を凝視したまま、実に気の抜けた声で返事をする。

 ちなみにこのゲームは、リュートが小さい頃に作ったものを引っ張り出してきたものだ。当たり前のようにゲームバランスとかが破綻しまくっているのだが、逆にそれがおもしろくて盛り上がっている。


「どうせ凶暴なのばっかりだろうから少し怖いけど、いろんなドラゴンを見れるのは楽しみだね」

「へえ、そうなんだー」

「ふーん」


 リュートが賽を振って出た目のぶんの駒を進めるも、振出しに戻されて舌打ちする。カレンは『これ絶対にゴールに着けないでしょ』と言って、手を打ちながらカラカラと笑う。リュートもつられて笑う。

 二人の反応が無さすぎてちょっと焦る。少しは話に食いついてきてもいいのではないか。


「ね、もし暇だったらいっしょに行っていない? たぶん一生ものの体験ができるよ、生きて帰れる保証は無いけど」

「うん? 明日は学校があるし」


 間違いなく突っ込みつつ断るであろう提案をしてみても、リュートは目を合わせてくることもなく、ものすごく淡白に言い捨ててくる。

 カレンに至っては返事すらしない。あのドラゴンのご機嫌取りに情熱を注ぐ少女が、まるで何も聞こえなかったかのような態度をとっている。ありえないことだ。


 虫の居所でも悪いのかと思えば、ボードゲームについての話題に戻ると、彼らはいつも通りの快活さを見せた。


 よくわからないが、おかしい。なにかが異常だ。闇がじわじわと這ってくるかのような不気味さに息を飲む。

 二人が垣間見せた謎の反応は何だったのかは、その後もわかることはなかった。



  第二十話 世界のドラゴン大集合



 時間はあっという間に過ぎてゆき、ついに出発のときがやってくる。

 いざ旅立ちとなると、やはり緊張してしまう。これから向かう先は、世界中で跋扈(ばっこ)するドラゴンたちの恐るべきるつぼ(・・・)である。どんな危険な連中がいるかもわからない大魔境なのだ。

 というか自分たちが一番危険な怪物なのだけど、それでも気を張ってしまう。


 張り詰める気を鎮めるために、ひとり座り込んで瞑想していると、妹がそっと肩を寄せてきた。案の定その顔は不安そうで、ぴったりとくっついてきて離れようとしない。

 姉の顔を斜め下くらいの浅い角度から、恐る恐るという感じの上目遣いで覗き込んでくる。


「やっぱり行くのやめにしない?」

「今さらなにを」


 いい加減に覚悟を決めろと、震える鼻先をぴんと指で弾いてやる。

 妹は不満そうに眉を寄せるだけで、それ以上は何も言ってはこなかった。この子も最初は行く気満々だったくせに、相変わらず変なところで臆病なやつだ。


「だいたいお母さんは私たちを連れていくつもりだし、逃げられるわけないじゃないの」

「……そんなことわかってるしっ」

「なんでわかりきってることを訊いてくるのかねえ」


 突っ込みどころを軽く突っついてやると、気に喰わないらしい妹はむっすりと口を結んで押し黙った。わかりやすい反応をしてくれる子である。


 と、注意を妹から離し、大人たちのほうを見る。


「そういえば、例の証明書の説明会があったはずですよね。これは私だけじゃあ対応できませんよ」

「だいじょうぶだ。いつもの書士に全部依頼してあるから、おまえがなにかやる必要は無いぞ」


 ふたりは空中に浮かぶ大画面を前にして、いろいろなことを話し合っている。

 ヴァラデアがしばらく留守にするので、その間の仕事をエクセラに処理してもらうために意識合わせをしているらしい。

 エクセラは皮肉を吐くことはあっても嫌な顔をすることはなく、いつもと変わらぬ微笑を浮かべたまま、やるべきことの説明を受けていた。


「引継ぐことはこれで全部だ。おまえなら私並みの仕事をしてくれると信じてるからな」

「素直にお願いしますって言えないんですかねえ。追加の報酬については、わかってますよね」

「言うまでもない」


 ちょうど説明がひと段落したらしく、画面が消えるとふたりは適当な座席へ腰を下ろす。

 ヴァラデアがドラゴン用の巨大マットレスの上で伏せて、エクセラはその傍にあるパイプ椅子に座る。

 いつもの流れだと、この後はお互い黙ったまま、それぞれがやりたいことをやり続けるのだが、今日はヴァラデアが戦友に語りかけた。


「なあ、おまえも私たちといっしょに集会に来ないか? おまえみたいな強者なら、奴らもこぞって称賛すると思うぞ」

「へえ、そうなんですか」


 エクセラは懐から端末を取り出して、滑らかな手つきでいじり始める。

 見事な流しっぷりであるが、ヴァラデアは特に気にした様子もなく勧誘を続ける。


「私の娘たちを見せれば、間違いなく会場は沸くことになるだろう。おまえもあの子たちの活躍を見に行きたいよな?」

「あ、相場落ちてる……あそこを補填しないと」


 熱心に声をかけられようともエクセラが反応することは無く、知らん顔で内職を続けている。

 いくら仲良しとはいえども、その態度は失礼ではないか。しかしそれでも、ヴァラデアは特に不満そうな顔を見せていない。


「私たちが行くところはな、人跡未踏の秘境にある孤島なんだ。そこが絶景の塊でね、観光するにもいい場所だと思うんだ。だいじょうぶ、私が足代わりになってやるし、身の安全も保障してやるぞ」

「そうですね。あ、そういえば来月の講演ですけど、ちゃんと設営業者に連絡しましたか? 返事がまだ来てないんですけど」

「ふん、連絡済みに決まってるじゃないか」


 なにか、会話が通じていない。

 いや、それは今回の集会についての話題までで、公演とやらの話に切り替わってからは正しく通じ合っているように思える。

 この奇妙な違和感は、つい先日も経験した。カレン姉弟にも集会についての話をしたのが、何の返事を得ることもなく終わってしまったのだ。あれと同じものを感じる。


 姉弟だけでなく、エクセラもか。

 ドラゴンの群れに突っ込むのは怖いから、徹底的に無視しようとしているとかなのか。もしそうだとしても、普通に断ればいい話である。

 ドラゴンに逆らえない姉弟ならわからなくもないが、エクセラなら嫌なものは嫌ときっぱりと言うはずだ。


 それに加えて、ヴァラデアのあの態度だ。断られるとわかっていたのか、あの戦友に袖にされたのに落ち込むことなく普段通りでいる。

 いったいこの奇妙な空気はなんなのか、さっぱり理解できないので、胸からこみあげてくるような気持ち悪さが一向に抜けない。


「さて、そろそろ時間だな。出ようか」

「あっうん」


 戦友との話が途切れたところで、ヴァラデアが呼びかけてきた。もう出発する時間のようだ。

 引っ付き続けていた妹と離れて、ふたりいっしょにお母さんの懐へと飛び込む。ヴァラデアは力強い前足で抱きかかえてくると、後ろ足で立ち上がった。


「行ってくる。じゃあ留守は任せたぞ」

「行ってらっしゃい」


 エクセラの送り出す言葉の口調は、いつものように打ち解けた友に向けた感じである。それに反して、こちらを向かずに端末いじりをしながら手を振るだけという、やけにぞんざいな態度をとっている。

 それなのに、やはりヴァラデアは平然とした顔を保っていて、特に含むものは感じられなかった。


「ん、どうした?」

「いや、なんでもないよ」


 顔を見られていることに気付いたらしいヴァラデアが声をかけてくる。なにを言えばいいのかわからなかったので答えは濁しておく。

 ヴァラデアはいぶかしげに首を傾げていたけど、特に何も言ってきたりはしなかった。


 もう話すことは何もない。ヴァラデアは屋敷の天井を開くと光の翼を広げて、彼方の地へと向けて飛び立った。


 見送る者はなかった。

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