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第十九話 人間社会の光と闇(4/5) 断ち切れぬ因果

 ヴァラデアは教師としての一面を持っている。

 かつてはその豊富な経験と知識を活かして、あらゆる教職をこなしてきたという。今は一線を退いているが、たまに思い出したように復帰して、あちこちの学校で教鞭をとることがあるらしい。


 大学などの教授としては名高く評判も良いらしい。

 ドラゴンが持つ英知を我が物にせんと志す学者や研究者たちが接触してきて、よく知的交流をしているのだとか。


 教師としては総合的にそこそこ程度なもよう。

 教えることはうまいけど、やはりというか人付き合いの面では並未満なことが足を引っ張っていて、人望をなかなか得られないことで長年にわたり頭を悩ませているのだとか。


「私が受け持つクラスの人間たちはさ、成績が下位のやつが毎度のように潰れてしまうんだ。この私自らが教えてやる以上、全員を最後まで導いてやりたいものなんだが、なぜかうまくいかなくてな。おまえはどうしてだと思う?」


 前足を組み首を傾げ唸り声をあげ、本気で苦悩している様子のヴァラデアが真剣な面持ちで尋ねてくる。

 幼児にこんな相談を持ち掛けるのはどうなのかと突っ込んでやりたいけれど、それを抑えて相談役をこなすことに徹する。


「えーと……お母さん、その成績悪い子のフォローちゃんとやってる?」

「当たり前だ」

「具体的には?」

「成績が上がるまでこの私が付きっ切りで補習をしてあげるんだ、朝から晩まで。でも、必ず二・三日で根をあげて逃げ出すんだよなあ」


 しごき部屋に閉じ込められた末に過労死する生徒の構図を真っ先に思い浮かべてしまった。


「……それが原因じゃない? 潰れるの。ただ補習しまくりゃあいいもんでもないでしょ、そもそもついてこれてないから成績悪いんだろうし」

「ほう、実は同じことを人間の専門家に相談したことが何度かあったんだが、全員が同じことを言っていたぞ。ふふふ、さすがの洞察力だな、シルギット」

「へ?」


 ヴァラデアは感嘆の鳴き声をあげながら褒めてくるけど、褒める理由に突っ込みどころが多すぎて、なにを言えばいいのか困ってしまう。


「あのさ、ええと、同じこと、私以外にも相談したことあったの?」

「そう言っただろうが。結論はどいつもこいつも口を揃えて『厳しくするだけではダメ』だったんだよな。

 ほかには『成績以外にも目を向けてあげるべき』とか、『その子に合わせた指導を』とか……」


 しかも何件も同じ相談をして、同じような指摘を喰らっていたようだった。

 『アホかこいつ』。そんな感想を抱かざるを得ず、顔面が引きつりまくる。


「あのさあ~それだと答えなんてとっくの昔に出てたってことじゃん。指摘されたこと言われた通りに直せば終わるでしょ」

「そうなんだけどー、でもねえ、でもねえ、この私が人間の言うことに従うなんて……」

「なんでそうなる。別におかしなこと言われたわけじゃないんでしょ? なら素直に助言を受け入れなよね。それができなきゃね、いつまでも同じ失敗を繰り返すことになると思うよ」


 心の中に吹き荒れる突っ込みの嵐が止むことはない。

 なんでその程度のことを想像すらできないのか。というか、どうして目上に説教しなければならないのか。このお母さんはほんと、頭がいいのか悪いのかわかりづらい。


「むーっ……そうだな。うん、おまえも同じことを言うなら間違いはないんだろうし。仕方ないな、言うとおりにしてやろう」


 こいつは相談している側なのに、なんでそんなに偉そうなのか。答え方にイラッと来て、つい堪忍袋の緒を景気よくぶっちぎってしまった。


「『してやろう』じゃねえよ、この大ボケがッ! 助言くらいはちゃんと聞け! 自分が無駄なことをしてたってことを自覚して反省しろ!」

「そ、そうだな、わかったわかった。まったく、おまえは怒りっぽすぎじゃないか?」

「誰のせいだよ、もうっ」


 ドラゴンは生来から無駄に誇り高いのもあってか、お母さんは格下の生き物から間違いを指摘されても、なかなか認めたがらない。

 でも、こうやって同族からも間違い認定してやれば、比較的すんなりと受け入れることができる。


 こういう強情なところは、妹とまんま同じだったりする。操り方も変わらない。

 千歳以上の大人が幼児と同程度とかどうなのか、というのは散々嘆いてきたことだから今さらだ。

 そんなことより、気にするべきことは他にある。


「じゃ、これでいいかな。次は私の質問に答えてくれるよね?」

「うむ、いいだろう。ご苦労だったな、ではおまえの働きに応えてあげよう」


 積年の悩みが晴れたためか、スッキリとした顔のヴァラデアは、尻尾をゆるりと振りながら偉そうな態度で鷹揚にうなずく。

 年長者の威厳がお亡くなりになっているので、いまいち締まってないが。


 尋ねたいことはアリサについてだ。

 先日は彼女に、どうして変な連中に身柄を狙われているかを訊こうとしたのだが、『ヴァラデアに話を通してくれ』と丸投げされた。

 だからヴァラデアに訊いてみたのだけど、タダでは教えてはくれなかった。


『それは、この私にとっての秘密でもある。みだりに話すつもりはない。

 だが、彼女が秘密を明かすことを認めたというのならば、最低限の誠意を示せば私も認めてあげよう。さあ、どうする? シルギット』


 これが彼女の答えだった。だから悩み相談に乗ってやるというひと仕事をしてみたのだ。

 まさか普通に仕事をできるとは思わなかったどころか存外にチョロかったけど、とにかく無事に約束を果すことができた。今度はお母さんが約束を守る番である。


「まず、アリサさんって何者なの? 絶対にただの教師じゃないでしょ」

「まあな。あいつはな、かつてこの国で一番栄えていた暴力団のね、組長の娘だったんだよ。そいつらとちょっとあって、彼女を引きとってここに住まわせているんだ」


 開幕から飛ばしてきて、さっぱり理解が追い付かない。ヴァラデアもすぐにそんな混乱を察したようだ。


「……なにがなんだかわからないって顔をしてるな。背景も話しておこうか」

「うん、お願い」


 それは助かるので普通に頼んでおく。今の情報だけでは、幼稚園のみんなに伝えても『わけがわからない』で終わってしまうだろうから。


「人間たちは、“国家”の支配のもとで統制されているものだが、一部その支配に依らずに、独自の文化を形成している集団がいる。人間たちはそいつらのことを、“裏組織”や“暴力団”などと呼んでいる。私はソレをひとつ飼っていた」


 犯罪組織についての説明がドラゴンらしいというか、独特さが印象深い。


「優秀な奴らだったよ。何十世代、何百年にも渡ってこの国の裏社会に君臨し続けることで、この私によく尽くした。

 だが、少し前から振興の暴力団の勢いに勝てずに廃れてしまってな。最後には抗争に負けて、あっけなく滅ぼされてしまったんだ。栄枯盛衰とは、まさにあれだな」


 長きに渡って尽くしてくれたという組織の滅びについて話をしている割には、語り口調が至って淡白で大した思い入れは感じられない。

 その事にちょっとした虚しさというか、脱力ものの無常感を覚えるけど、その思いは隅に除けておく


「で、その組織の長には一人娘がいた。そいつが、おまえが気にかけてやっているアリサのことだ。

 長はな、最後の決戦におもむく前にな、『もし自分が死んだら、娘を堅気として不自由なく暮らせるよう便宜を図ってほしい』と、遺言を残していた。だから私は、あいつの一族が成した功績に報いてやるために、アリサを私の屋敷に住まわせてやっているんだよ」

「へえ……」


 アリサもなかなか波乱の人生を歩んできた人のようだった。確かにこんな経歴は、軽々しく他人に言いふらすことはできないだろう。


「他に訊きたいことはあるか?」

「んーと、アリサさんは変な連中にちょっかいをかけられてるみたいなんだけど、そいつらがなんなのか知ってる?」

「私が知る限りでは、奴らは滅んだ暴力団の残党だな。アリサを旗頭にして組織を再興しようと躍起になっているようだ。

 奴らはね、組織が滅んだのが私の陰謀だとか思いこんでるみたいでさあ、よく『ドラゴンに飼い殺しにされているお嬢を奪い返す』とかほざいて、ちょっかいをかけてくるんだ。だけど、肝心のアリサに拒絶されているのが笑えるんだよね」


 なんかヘラヘラ笑っているヴァラデアは、実に呆れたという風に大げさな溜め息をついてみせる。

 どうやらお母さんは、アリサの身の周りで何が起きていたのかを全て把握しているようだった。


 しかし引っかかる。そこまで知っていて、なぜ何もしないのか。

 お母さんほどの力があれば、アリサの脅威を排除することなど造作もないことだったはずだ。


「お母さん、なんでなんとかしてあげないの? 知らない仲でもないのに」

「そんなことするわけないだろ」


 ヴァラデアは一瞬すらも考え込む素振りを見せず、即座かつ簡潔に拒否してくる。


「前に言っただろう? 私は彼女に暮らしの支援をしてやってはいるけど、保護者までやっているわけじゃあないんだ。個人の事情にまで踏み込むつもりはないよ。これについては彼女も同意の上さ」

「いや、あの人は私たちの先生なんだよ? もし居なくなっちゃったりしたら、お母さんも困るんじゃないの?」

「別に。彼女のほかにも教師はいるしな。一人欠ける程度なら、おまえたちの教育にはさしたる影響は無い」


 冷たいを通り越して無慈悲過ぎなお言葉に、思わず目頭を押さえてしまう。

 今の話は絶対に他人へ聞かせられない。もしエクセラがこの場に居合わせたら、小一時間説教をするであろう酷さだ。


「まあ、おまえがどうしてもとお願いするのなら助けてやらんでもないが。だがシルギット」


 ほんのわずかだけかがんで、目線を合わせてくる。

 その蒼玉のごとき美しい瞳には、先ほどまでは無かった情が宿っていて、まさしく母が子へするように愛情を込めて語りかけてくる。


「私たちドラゴンが人間の問題に首を突っ込んで解決してやることはね、必ずしも望ましいこととは限らないよ。まかり間違えば、人間たちの不興を買ってしまったり、堕落を誘ってしまうこともあるんだ。

 困った人間に手を差し伸べてやるのはお前の自由だけどね、それが相手のためになるのかも考えてあげるといいよ」

「……そう、うん、じゃあもういいよ」


 小難しいことをそれっぽく語っているけど、正直なところ見捨てるための方便としか思えない。

 これが面識皆無な通りすがりの人とかだったら話はわかる。だがアリサはそうではないのだ。もう少し手心を加えてくれても良いのではないかと思ってやまない。


 でも無理強いもできない。お母さんにはお母さんなりのやり方というか、確固たる信念というものがあるようなのだ。それをないがしろにすることもできなかった。


 結局、自分の問題は自分で片付けるしかないようだ。幸いなことに手遅れではない。


「他にはあるか?」


 これ以上話題は思い浮かばないので首を横に振った。

 話は終わりだ。今日はもう夜遅く、そろそろ寝る時間である。お休みの前にひと遊びしたがっていた妹のもとに戻ろうと思ったら、ヴァラデアが前足でがっちりと捕まえてきた。


「実はあと三つ相談事があるんだ。せっかくだから付き合っていけ」

「まだなんかあるの!?」

「いろいろとね、エクセラにもわからないねぇ、ドラゴンじゃないとわからない苦労というものがあるんだよ。ちゃんと対価は払うからさ」


 ここぞとばかりに身内以外には絶対に見せないヘタレ顔で頼み込んでくる。ここまで必死にお願いをされてしまえば、首肯かざるを得なかった。


 このお母さんもお母さんで、いろいろと悩みを抱えているらしい。

 自分のことだけでも手一杯なのに、それほど大切でもない人間になんて構ってられない、とかあるのかもしれない。

 想像でしかないが。

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