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第十九話 人間社会の光と闇(3/5) 投降か死か

 車を飛ばした先は、都市の中心部から外れたところにある市街地だった。

 高層ビルの姿はほとんど見られず、中型のビルや一軒家が多くある。商店などの派手な施設はなく、人もあまり出歩いていないので、時が止まったかのような静けさに満ちている、大都会の喧騒から離れて心穏やかに暮らすには良さそうな街である。

 そして、逃亡者が隠れ潜むのにも都合が良さそうであった。


「ケイジさん、ここで停めて」


 助手席の丸メガネが、丸刈りに指示を出す。彼は指示に従い、背の高い鉄の門の前に車を停めた。


「うん、ここから動いた記録は無いし、あの子はここにいるはず」


 丸メガネは自作で超高性能だという板状の端末をちらちらと見ながら、間違いなど絶対にありえないと言いたげな感じでつぶやいた。

 そう聞いて気配を探ってみれば、確かに慣れ親しんだアリサの存在を感じる。丸メガネの調べは実に正確であった。


「どこに行ったのか丸わかりなのか。怖いなあ、そういうのって」


 手のひらに収まるような端末をチョイチョイと操るだけで、こうして行動を追跡できてしまうというのは、なかなか恐ろしいものがある。

 いつどこで行いを観られているのか、わかったものではない。


「こういうことができるのは、ヴァラデアさん以外にはうちみたいなのくらいだし、そんな怖いことはないと思うよー」

「これくらいのことで気にしてたら、都市で暮らしていけねえぜ?」


 先生方はまったく気にもならないようで、あっけらかんと持論を語ってくれた。お気楽なものである。


 でもまあ、彼らの主張は正しい。こういう技術をいちいち恐れていては、便利な生活を享受することなどできはしない。

 なにを利用するにも、その良し悪しを等しく知って、正しく向き合うのが賢い文明人の在り方なのだ。

 今はまだ、あまり物事を知らないのでそれができない。ちゃんと勉強しなければなあと思う次第だった。


「そうですね……。じゃ、迎えに行きますか」


 皆でバスを降りて、まずは本日の目的地の姿を観察する。

 背の高い石造りの塀と、凝った装飾を施された鉄の門の先には、良い発色をした芝生で覆われた広い庭がある。門から真っすぐに伸びる石畳の道の先には、古式ゆかしいレンガ造りの豪邸が静かにたたずんでいた。


 見た目も大きさも広さも、なにもかもが街並みから浮いている所ではあるけど、ふしぎと違和感はまったくない。

 この場所は古くからこういう土地であった感というか、古い伝統を受け継ぐ由緒正しき一族が住んでいる感というか、古き良きとでも言うべき懐かしげな空気を漂わせている気がするのだ。

 みだりに立ち入って良いものかと少々の気後れを覚えるが、まあ突入するしかないだろう。アリサの気配はこの先から感じるのだから。


「で、ミオちゃん、ここってなんなのよ? なんかいいところの家っぽいけどよ」

「えーと、けっこう歴史のある暴力団の家みたいだよ。十年くらい前に壊滅したみたいだけど。でも、ここには今でもその手の連中が住んでるみたいだね」


 丸メガネが端末片手に、調べ上げた情報をスラスラと読み上げる。


「へえ。なんでアリサちゃんはそんなところへ来たんだ?」

「前々から変なのに付け狙われてるって言ってたし、ここの奴らに拉致られたとか、実はここが実家だから逃げ込んだとか……かなあ」

「うーむ、実際どうなんだろうなあ」


 暴力団という言葉が出ても動揺するようなやつはいない。ドラゴンという暴力では右に出る者のない怪物に雇われていればそうもなろう。

 よってこれから殴り込みをすることに決まる。

 丸刈りは一片の迷いを見せることなく、友だちのお家へこんにちはするかのように気軽な手つきで、門にあるボタンを押してチャイムを鳴らした。


 それからしばらくの間待ってみるが、なにも応答がない。スピーカーはあるのだけど返事は一向に来ないし、屋敷から人が出てくることもない。


 常人なら留守かと思うかもしれないが、ドラゴンの感覚はごまかせない。


 屋敷の中にはアリサ以外にも何人かの人間がいる。チャイムを押して少ししてから、そいつらは慌ただしく屋敷中を駆け回り始めたのだ。

 いったい何をしているのかと思って様子をうかがっていると、奴らは屋敷の裏手側に集まりつつあることがわかる。やがてアリサも含めたすべての気配が一か所に集まったところで、奴らは裏口から逃げようとしているのだと直感した。


「んん? 裏から逃げようとしてますよ」

「えっ、マジ!?」

「今すぐ追いましょう」

「おう!」


 教師たちはすぐに乗ってくれる。どんな危険があるかもわからないのに二つ返事で『はい』と来るのはどうかと思うけど、そこは選りすぐりのプロである彼らだ、たぶん問題ない。


「よし暴れるよ! 逃げようとする奴を適度に痛めつけてね」

「お! がんばるね!」


 今まで暇そうにしていた妹は、わかりやすく目を輝かせる。滅多にない大っぴらに暴れる機会だ、これで今日一日は機嫌を悪くさせずに済むだろう。


 門をひとっ跳びで越えて敷地に侵入する。特に罠はなかったので、そのまま庭を突っ切ることにする。そのあとに妹と教師たちがついてくる。

 教師たちも普通についてこれている。さすがはヴァラデアやエクセラに鍛えられただけのことはある。おかげで気遣うことなく襲撃に集中できる。


 屋敷には入らずに大回りで建物の裏手へとまわる。で、最初に目に入ってきたのが、車が数台停まっている駐車場だ。

 そこでは顔つきからして悪事をやってそうな男たちが、一番大きな車に群がっている。そいつらは一斉にこちらを見てくると、悲鳴じみた叫び声をあげた。


「ドラゴン!」

「くそ、もう出しちまえ!」


 ひとりの男の言葉と同時に、十人くらい乗れそうな大型の車が芝を吹き飛ばしながら急発進した。

 アリサの存在はその車から感じる。最優先で止めなければならない。

 光のブレスで車のエンジンを撃ち抜こうかと一瞬思うが、エンジンがどこかわからないし、まだ精度が低いので誤射が怖い。

 銃があればここで終わらせられただろうが、無い物ねだりしても仕方ない。ここは難しいことを考えずに、近接戦で終わらせることにした。


 身を深く沈めて足腰に力を溜めてから、車に向けて思いっきり跳ぶ。さらに神秘の力で加速することで、初速から戦闘機に迫る速度を出すことができる。衝撃波が出ているので音速は超えているだろう。

 一瞬で車を追い抜いて正面に回り込む。そこから切り返して、フロントガラスを突き破りつつ運転席に突入する。

 アホ面をしている運転手の首を捕まえて、眼球にかぎ爪の先をあてがいながら車を止めろと命令すると、運転手は素直に命令に従ってくれた。


 ガタガタ震えて失禁している運転手を乗り越えて、愕然として凍り付いている乗員の皆さまと対面する。

 すべての座席が倒されて広くなっている車内には、これまた世間に唾を吐いて生きていそうな人相の悪い男三人と、そいつらに囲まれているアリサの姿が詰めていた。


 アリサは手足を頑丈そうな鉄錠で縛られているけど、見たところ怪我はないし体調も悪くなさそうなので安堵する。

 あとは男連中にお引き取り願えばすべてが終わるだろう。


「お、お、おうおう! 勝手にワシらのシマを荒らしやがって! い、痛い目見てえのかおんどりゃあ! こ、このトカゲが! にに、に、人間様をなめてんじゃねえぞッッ!」


 と、男の一人が大型のナイフを取り出すと、アリサを守るかのように立ちふさがった。そして、超ひきつったビビリ顔でタンカを切る。

 ドラゴンを前にして逃げずに立ち向かおうとは、なかなか勇敢で好感を持てる人間である。だが残念ながら彼は敵だ。


「よせーっルイー!」

「ちくしょう、無茶しやがって」


 足場になっている座席を壊さない程度の威力で踏み込み、男の懐に飛び込んだら武器を取り上げる。そして奪ったナイフで鼻頭を軽く横に切ってやった。


「えっ、はっ……!?」


 人間には何をされたのかは認識できなかっただろう。武器も気概も奪われた男は、陸に打ち上げられた魚のように口をぱくぱくさせている。

 それから牙を見せつけるように刃を噛み砕きながら脅しをかけてみた。


「グルルルッ、先生を返してもらうぞ。おまえら、命が惜しければ今すぐ消えろ」

「えっ、消えれば(タマ)とらんの?」

「……あークソ……いいから消えろよ。本当に殺されたいの?」


 一斉にきょとんとした顔をしてくれやがる男連中である。ドラゴンが見逃すとか言うと、いつもこういう類の反応をされる。

 あれこれ説明するのは面倒なのでひと咆えすると、奴らは即座に車から飛び出していき、這う這うの体で散っていった。

 文句の一つくらいは言ってやりたいけど、もうカスどものことはどうでも良い。今やるべきことはアリサの身柄の確保だ。


「アリサさん、だいじょうぶですか? 怪我とか無いですか?」

「あ、う、うん……」

「そうですか。ふぅー、よかった」


 改めて彼女の様子を見る。体から血の香りはしていないので、間違いなく怪我はないようだ。無事で何よりである。すぐに拘束具を握りつぶして解放してあげる。

 混乱冷めやらぬ様子の彼女の手を引いて車を降りると、すぐに丸刈りが明るく迎えてきた。


「おう、ご苦労さん。さすが制圧早いなぁ、全然動きが見えなかったぜ!」

「そっちはどうなりました?」

「全員ふんじばっておいたぞ」


 丸刈りがくいっと親指で指した先には、いかつい男たちが縄か何かで縛られて地に倒れ伏していた。その人数は五人と結構多い。


「さすが私の先生。ところで怪我はしませんでしたか? 刃物とか持ってそうな奴らですし……」

「心配ありがとよ、なんともないぜ! つーか、妹ちゃんが向かっていったら速攻で降参したから、正直なにもすることなかったよ」


 ハゲ頭を輝かせながら元気よく言われて見てると、男たちは一様にドラゴンを凝視して震えあがっていた。もう全面降伏の体勢である。

 妹はそんな無抵抗なやつらを指で突いたり臭いを嗅ぐふりをして、さらにビビらせていたりする。


 きっと奴らは、少しでも逆らったら殺されるとでも思っているのだろう。まったく、いくらなんでもドラゴンを怖がりすぎである。

 でもまあ、そのおかげで大した抵抗を受けることもなく制圧できたのだから良しとするべきか。


 車のエンジンを引っこ抜いて完全に壊してから男たちをそこに閉じ込めると、ようやくアリサとの対面の時がやってきた。


「んで、一体全体どういうことなの? もう、あんたの居場所追うの大変だったんだからね」

「留置場に大穴開いてたり、かと思ったらこんなとこに連れ込まれてたり、正直わけわかんねえんだ。いったいどうしたんだよ?」


 教師たちが力なく座り込んでいるアリサに挟撃をかける。彼女は真剣なふたりの顔を交互に見ていると、少しして観念したように目をそらしながら語り始めた。


「実は、ここの奴らにハメられてさ。いつものように街でケンカしてたら事を大きくされちゃって……そのせいで捕まっちゃったんだよ」


 まず街でケンカするのをやめた方が良いのではないか、という突っ込みはしないでおく。話がややこしくなる。


「留置場に大穴が開いて大変なことになってたけど、あれってあんたのせい?」

「いや、それもここの奴らの仕業だよ」


 アリサは男連中を閉じ込めている車に視線をやる。皆も合わせて車のなかの物騒な連中に注目する。


「留置場にトラックをブッ込ませてね、私をここまで連れ出してきたんだよ。あとは外国へ高飛びしようとしてたみたいだけど、その前にあんたたちが来た……ってわけ」

「いや、その、なんでそこまでされてんの? 意味わかんないんだけど」


 丸メガネがうめき声のような言葉をもらすと、しわを寄せた眉間を指先でぐりぐりといじる。

 人の行動のすべてを端末ひとつで暴いてしまえる彼女でも、さすがに個人の細かい事情までを把握することはできないらしい。


「あー、確かにアリサちゃんはさ、えーと、前々から変なのに狙われてるって聞いてたけどよ。そのなー、ここの連中とどういう関係なのよ」


 丸刈りは掛ける言葉に困っているようで、あーうーと変な声を出し続けている。


 なにが起きたのかはともかく、『そもそもなぜこんなことが起きたのか』を理解できない。

 一国の高官とかの重要人物を拉致るかのごとき大がかりな作戦の狙いが、なぜただの教師でしかないアリサなのか。それがわからないのだ。


 仲間たちに取り囲まれて針のむしろにされても、アリサは頑として答えようとしない。ただばつの悪い顔をして目を逸らし続ける。


「ごめん、言えないんだよ。ヴァラデアさんから口止めされてるから。どうしても知りたければ、ヴァラデアさんに訊いて」


 アリサは申し訳なさそうにそれだけ言うと口を閉ざした。皆も閉口した。

 ヴァラデアの名を出されてしまっては、さすがにそれ以上は追求することはできず、先生たちはいかにも納得いってなさそうな不満顔でため息をついていた。

 肝心なところを隠してくるのだ。ちょっと険悪な雰囲気になってしまって居心地が悪い。


「なら、私の方からお母さんに訊いてみますよ。あとで言っても良さそうなことは私の方から伝えます。それでいいですか?」


 こういうときこそドラゴンの出番である。人間から訊きづらければ、ドラゴンから訊けば良い。

 とりあえずこの件はシルギット預かりにすることを提案すると、彼らは揃ってうなずいてくれたので、なんとかその場を収めることができた。

 まったく、面倒なことになったものである。


 この後、ポリスに一報を入れて後始末を押し付けてから撤収した。

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