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第十九話 人間社会の光と闇(1/5) 先生逮捕される

 幼稚園の一日は、だいたいやることが決まっている。

 午前中は体操をして体を慣らしたあと、勉強を兼ねたお遊戯会をやる。午後は昼食を終えたら自由に遊んで、日が傾ききらないうちに帰宅する。そんな時間割は今日も変わることはない。


 幼稚園で一番広い部屋、皆が一日の多くを過ごす大教室に仲間たち全員が集まる。

 今日のお遊戯会のお題は工作である。色とりどりの分厚い画用紙を切って貼って、創りだした作品の完成度を競うのだ。

 このお遊戯会には妹も参加している。いや、参加“するようになった”というほうが正しいか。


 これまでのお遊戯会では、妹は運動会ばかりを希望していた。“狩り”と称した追いかけっこばかりやって、文化的な遊びは明らかに軽んじていた。

 そんなザマだったのに、この頃は積み木やお絵描きといった知的な遊びも嗜むようになった。しかもそれは、お姉ちゃんを気にしての行動というだけではなく、自分なりに楽しんでいるようなのだ。とっても知的に育ってくれて、ずっと側で世話をしてきた身としては感涙ものである。


 あと横暴さも鳴りを潜めて、高圧的な態度はあまりとらなくなった。ついにガキ大将を卒業したかと思いきや、子どもたちが一斉にブーたれてきたため、結局もとの鞘に戻らされていた。

 子どもたちいわく、『ぜんぜんドラゴンらしくない』、『気持ち悪くてやだ』、『なんだかかっこ悪い』らしい。子どもたちは、妹に脅され、自慢され、こき使われても、何故か満更でもない顔をしているので、本気らしい。

 ときどき人間というか、子どもというものが理解できなくなってくる。妹もどうすれば良いものかと大いに悩んでいるようだ。


 そんな子どもたちが創作にはげむ様子を、遠巻きに見守り続ける。


「あの子、なんでか乱暴でいたほうが子どもたちに人気があるんですよね。なんでだろ? ふしぎですよ」

「んだな。でも小さな子だとさ、ちょっと乱暴でも強い子のほうが人気があったりするからなー」

「あの子はちょっとどころなのか」

「前に比べりゃあ、ずっとおとなしくなってんだろ。今はちょうど良くね?」

「うん、まあ、それで納得できるならそれでいいんですけど」


 教室の片隅で座り込み、同僚の丸刈りといっしょになって子どもたちを監視する。子どもとして激しく間違っている行いだけど、小さな子どもたちといっしょになって遊ぶのは未だにノリきれていないので助かってはいる。


 子どもたちの側では、丸メガネがぴったりとくっついて世話をしている。ぐずったら慰めたり、もよおしたらお手洗いに連れて行ったりと大忙しだ。


 あと一人、姿が無いことに今さら気づく。


「そういえば、アリサさんいないですね。休みですか?」

「ああー、実は逮捕されちまってなあ」

「ふーん、そうですか……は?」


 子どもたちが元気良くはしゃぐ喧騒の中、約二秒が経過しても、理解がまだ追いついてこない。



  第十九話 人間社会の光と闇



 清々しい朝の空気が満ちる快適な昼前時。突然もたらされた衝撃の報告に、しばらく意識を持っていかれていたけど、少ししてなんとか立ち直った。

 息を長く吸う、ゆっくりと吐く。胸に前足をあてて変な動悸を抑え込んだら、爆弾発言をかましてくれた丸刈りと向き合った。


「あの、捕まったって何に? なにがあったんですか?」


 丸刈りは疲れをにじませる溜め息をつくと、悩ましげに眉間にしわを寄せながら説明をしてくれる。


「つい昨日の話なんだけどよ。街の方でな、アリサちゃんが傷害事件を起こしたってポリスから連絡があったんだ。いやー、マジに参ったよ」


 彼女は以前から街でストリートファイトとかをやっていたから、そういう事件を起こすことはあり得なくもない。でも、それで捕まったことは今まで一度もなかった。ちゃんと捕まらないように立ちまわっていたからだ。

 なにかヘマをしたのだろうか。今後の展開が気になるところだ。


「これからどうなるんですか」

「身内が捕まったことなんて無いから、よくわからねえな」


 それもそうである。知り合いが逮捕され慣れている人なんて、筋の人関係者くらいだろう。


「ここから近いとこのポリス署にある留置場にぶち込まれたらしいから、明日になったらみんなで面会しに行くぜ」

「そうですか……って、ちょっと待った。みんなで行くんですか?」

「おう、子どもたち全員連れて、アリサちゃんを迎えに行くぜ」


 無茶苦茶な返しをされて、思わずずっこけた。

 留置所に十人近い子どもを連れて押し掛けるとか、いくらなんでもありえない。どんな脳みその構造をしていたら、そんなことをしようと言えるのだろうか。彼の光り輝くハゲ頭には、大宇宙の神秘でも詰まっているのか。


「ちょっとケイジさん、いくらドラゴン関係者だからって、全員で押し掛けるのはないでしょ。というか、普通は事前に予約するものじゃない? いきなり行って面会なんて、できるわけないでしょ」


 知らぬ間に近寄ってきていた丸メガネが、胸がすくくらいに常識的な発言とともに丸刈りの頭をひっぱたく。彼のハゲ頭は地味に繊細で、叩かれたらすぐ赤くなる。

 丸刈りは叩かれたところをさすりながら、口を尖らせて反論する。


「でも明日は平日じゃん。俺らだけで行くと、子どもたち看れる奴がいなくなるぜ?」

「理由つけて休みにすりゃいいでしょ。いちおう事件が起きたんだしね」

「うーん、親御さんたち納得するかあ?」

「緊急時の裁量権はうちらにあるでしょ。それくらいならフツーに受け入れてくれるって。その程度のことは覚悟というか望むところでここに子ども預けてる人たちだしね」


 先生方が小声で口論するのを側で眺める。だいたいが『ドラゴン関係者だからゴリ押しできる』という方向で話を進めてくれるのでモヤモヤするけど、そこはドラゴンの特権ということで受け入れるほうが精神的に健康で済むだろう。

 それから意見のすり合わせを行うことニ・三言で、明日は幼稚園を休みにして、教師陣で留置所に行くということで決着がついた。


 直近の懸念が晴れたためか、ちょっぴり清々した感じの顔をしている先生たちが今後の予定を告げてきた。


「というわけで、明日の午前中にうちらだけでポリス署に行くことにしたよ。幼稚園が始まるくらいの時間になったら迎えに行くから準備しておいてね、シルギットちゃん」

「はい、わかりま……いや、私も、行くんですか?」


 なんか普通にいっしょに行こうと言ってきたので思わず聞き返す。


「ん? 行きたくねーのか?」

「……いや、行っていいなら行きます」


 大人たちでどうにかすると思いきや、普通に誘ってきた。なんか普通に子ども枠から外してきている。

 いろいろと言ってやりたいことはあるけれど、望むところではあるので多くは言わずに肯定の意志だけ伝えておく。なぜアリサが逮捕されたのかは気になっているので、直接話を聞けるならそうしてみたいと思っていたのだ。

 正直に思いを伝えると、大人たちは満足したような笑顔をしてうなずいた。


「おし! 細かいことはお母さんに伝えておくぜ」

「し―! しー!」


 ちょうど話がまとまったところで妹からお呼びがかかる。丸刈りに軽く前足を振ってから立ち上がり、駆け足で妹のもとに向かった。

 子どもたちから『あっ、しー先生!』と呼ばれるけど、これも無難に前足を振るだけで済ませる。もはや子どもたちからすらも子ども扱いされなくても嘆かない。いい加減に慣れる。


 今日も元気いっぱいのガキ大将ちゃんは、ウキウキワクワクした顔で尻尾をぶんぶん振りながら、自作品を眼前に突き出して見せてきた。


「これ見てどう思う? どう思う?」


 加工された画用紙の形は、リンゴくらいの大きさがある黄土色の木の実である。この子が大好きな果物のひとつだ。

 ちゃんと果実の形が忠実に再現できている。頭には茶色いヘタがついているというおまけもあって、なかなかの出来の良さといえる。

 ただ、独創性の面ではいまいちか。完璧ではあるけど型にはまっていて、遊びがほとんど無いのが少し気になった。


「へえ、上手じゃないの」

「だよね! それでねそれでね、私のが一番うまいよね? 私が! 一番うまいよね?」


 他の子どもたちの作品も遠目で見てみる。同じ果物を題材にしているようだけど、単純な完成度ではどれも妹の足元にも及ばない。

 なんか妙に平べったかったり、形が崩れていてよくわからないものになっていたり、見てると気持ちが不安定になってくる変顔が描かれていたり、様々な色で乱雑に塗ったくられて謎の物体になっていたりと、散々な出来栄えだ。


 だがしかし、どれ一つとして同じものは無いうえに、なに考えてたらそんなもん作るんだと言いたくなる独自色を出している。見ていて印象深いのはあれらのほうだ。

 どちらを良しとするべきかは迷うところではあるけど、そうひねった評価を下すこともあるまい。普通に上手なのを選んでおく。


「もちろん! おまえのが一番うまいよ! さすがは私の妹だなー惚れ惚れするなー」

「えっへへへー」


 ドラゴンは褒めれば簡単に喜ぶ。予想通りに妹は嬉しそうにはにかむと、子どもたちの輪に戻っていった。

 一仕事終えたので、とりあえず丸刈りの隣へ戻る。


 子どもたちは次の作品の作成に取り掛かかっている。危険がないようにと作業を見守っているその間、明日の留置場行きはどうなってしまうのかという不安がいちいちちらつくけど、そんな雑念は振り払っておく。

 今は今やるべきことにだけ集中するべきなのだ。明日のことは明日考えれば良い。

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