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第十八話 滅びをもたらした獣(1/3) 祝日の出来事

 幼児の仕事とは、よく食べて、よく寝て、そしてよく遊ぶことだ。今日も幼児としての仕事をまっとうするために、いつもの育児部屋で妹とともに遊ぶ。


 妹と並んで立つ。向かう先には、全身が鏡面になっている装甲服姿の人間が二人立っている。彼らとの間合いは二十歩ぶんほど。

 彼らはそれぞれ配膳トレーくらいの大きさの円盤を持っていて、それには同心円が刻み込まれている。


「しーちゃん投げるよー」

「次は勝ってよ、妹ちゃん!」

「よし来ーい」


 装甲服の中身はカレン姉弟である。二人は円盤を縦に持つと、同時に勢いをつけて上へ放り投げる。

 瞬間、ドラゴンの本能的感覚を研ぎ澄ませる。全身に満ちる神秘の力を口先の一点に、しかし最小限だけ集中して、吐息と共に細い光線として解き放つ。隣の妹も同じことをほぼ同時にやってみせる。

 二条の光が閃いて、宙を舞う円盤をうがつ。質量の無い光で円盤が弾かれることはなく自然に落ちると、姉弟の手に再び収まる。

 二人は円盤をちらと見たあと、こちらに向けて掲げてきた。


「しーちゃんニ十点、妹ちゃんは十点ー」

「むうーっ!」

「ふっ、私の勝ちだな」


 これは子ドラゴン専用の射的遊びである。命中したところが円の中心に近いほど高得点となる。

 この頃は種の固有能力であるらしい波動のブレスをうまく出せるようになったので、練習を兼ねてこんな遊びをやってみている。

 この技はやたらと精度が低い。いちばん力を制御しやすい口から放っているのに、それでも狙ったところに当てることができない。何度も挑戦したけど、未だに偶然以外で満点を叩き出すことはできていない。目下練習中である。


 ちなみに、カレン姉弟が装甲服を着ている理由は誤射対策だ。人間がドラゴンのブレスを生身でくらったら死ぬ。すでに厚めの鉄板を一瞬で分解して貫通するくらいの威力があるのだから。


「はい、口を開けてください。はい、おまえは横になって横」

「ホレ、笑顔笑顔ー!」


 部屋が賑やかになってきたので、ちらりと横目で騒いでいる連中を見る。

 腹ばいで寝転がっているヴァラデアが、大口を開けたまま静止している。鍛え抜かれた刀剣よりも頑丈かつ鋭い牙が並んだその大あごは、人間一人くらいなら普通に丸呑みにできそうで、見ているだけで背筋に寒気が走る。

 そんな死でいっぱいの穴ぐらに、なんか知らんがひょうきんそうな人間の男が頭を突っ込んでいる。で、ドラゴンと人間が仲良く手を振って、それを周りの人間たちが撮るという謎の儀式を行っている。

 お母さんは一体なにを考えて、そんなわけのわからないことをしているのか。考えられることは、ドラゴンは人を襲わないことを行動で証明する、くらいだろう。


 何百年もああいったことを続けてきたのだろうか。

 いずれにせよ、ドラゴンが人間社会で生きるというのは大変なものだと、なんとなく他人事のように思った。



  第十八話 滅びをもたらした獣



 お母さんが仕事をしている横で、ひたすら射的遊びを続ける。

 姉弟がまた円盤を放り投げる。円盤の軌道を瞬時に計算して、最適な着弾点を弾き出す。

 みっつ数えてから発射。口から放たれた光線は狙ったところから左下に大きくずれて、同心円の一番外側に命中した。

 的のど真ん中を狙ったはずのに、このブレっぷりである。何度やっても何度やっても、まるで安定しない。

 お母さんくらいになると地上から雲の上にある的のど真ん中に当てるという芸当をこなすのだが、その域に達するには途方もない時間がかかりそうだ。やはり神秘は制御が難しい。


「んー、妹ちゃんは三十点で、シルギットちゃんは十点! いいよー妹ちゃん、調子いいよー。私はきみに期待してるからねー、がんばってー」

「えへへーえへー」


 今回は姉に勝ったためだろう、妹はとっても嬉しそうに小躍りする。激しくむかっ腹が立ってくるけど、無論そんな幼稚な感情を表に出したりはせず、闇にたたずむ地底湖の水面のように動かぬ心持ちでもって次の勝負に臨む。

 今の成績はほぼ五分で、姉が若干上回っている程だ。気を抜けばすぐに逆転されてしまう。妹に負けないように、試行錯誤をひたすらに重ねていくのみ。


 そんな感じで熱中していると、いつの間にか撮影をしていた人間たちの姿が消えていた。

 ヴァラデアも大人ドラゴン用の巨大座椅子に尻尾を巻いてどっかりと座って、自作らしい砂糖菓子をポイポイと口に放り込んでいる。

 今日の仕事はすべて終わったようで、まったりとくつろいでいらっしゃる。その姿を見ていると、急に神秘の力を使いまくった疲れが出てきたので、もうやめにしようかと思った。


「そろそろ終わりにしようか」

「うんだねえ。百回以上投げたから腕が疲れたよ」

「正確には百八十五回ね」


 姉弟は円盤を棚に放り込むと、手近な椅子を引いてダラっと座って、それから向かい合いながら端末いじりをし始めた。


「よーし今日の賭けは僕の勝ちだね。アレちょうだいよアレ」

「あーもー、運がないなぁ……」


 二人が少々アレなやり取りをしているが、あえて気にしないようにする。この二人とは持ちつ持たれつ、それ以上もそれ以下もない。


 勝負の最終結果は姉の勝ちなのだが、妹は特に不満そうにすることなく伸びをしている。なぐさめる必要はなさそうで、遠慮なく休むことができそうだ。激戦の疲れを癒すため、そこらの床で適当に寝転がることにする。

 そこでヴァラデアが床を爪で軽く叩くと、穏やかに声をかけてきた。


「シルギット、あの子のお世話ご苦労様。ずっと見ていたけど、なかなかうまく力を制御できるようになってきたじゃあないか」


 その語り調子はちょっぴり嬉しそうである。


「うん、この頃はしょっちゅう練習してるしねえ」

「私もおまえたちくらいの頃からブレスを吐けるようになったけど、おまえたちの上達ぶりはさすがだねえ。しっかり練習して強く賢くなるんだぞ」


 愛撫でするように優しく言って、母親らしくやわらかに笑う。

 このお母さんは高等教育の教本とかで勉強していると露骨に不機嫌になるけど、年齢にふさわしい内容の勉強をやってみせればこうして普通に喜ぶのだ。

 いつになったら精神年齢相応の勉強が遠慮なくできるようになるんだろうかと思いながら雑談を続ける。


「あ、そういえば、さっきのことなんだけどさあ」

「ん、どうした?」

「お母さんが口を開けてるところに人間が頭突っ込んでたでしょ。アレなにしてたの?」

「なにかの番組の収録らしいよ。私は人間を喰わないってことを証明できるから、とりあえず請けといておいたんだ」


 特に言い繕うこともなく、さらりとすべてを答えてくれる。

 だいたい予想通りの理由ではあった。理由はわかったけど、それでもやはり意味がわからない。


「そう。なにがおもしろいんだアレ」

「知らん。ワニとかでもやってる例もあるみたいだし、人間たちにとってはおもしろいことなのかもしれないね」


 人間社会は広い。奇妙なことにおもしろさを見出だすやつもいるのだろう。ドラゴンの身ではいまいちピンと来ない。

 ヴァラデアは砂糖菓子の最後の一粒を飲み込んで、口元をベッドシーツのごとき手拭きで拭いた。使い終わった手拭きを畳む仕草は、とてもきれいで上品である。


「さて、残る仕事はアレだけだな……」


 ヴァラデアが立ち上がると、身を揺らして急にそわそわし始める。姉妹をちらちらと見つつ、目線を落として考え込む素振りを見せる。

 なにか困ったことでも起きたか。ふしぎな思いでその様子を見ていると、しばし後にひとつうなずいて顔を向けると、なにやら意を決したような面持ちで呼びかけてきた。


「おまえたち、これから出かけるんだが、いっしょに行くか?」

「え?」


 突然の話なのでちょっと驚く。内容は知らないが、お出かけする機会自体が貴重なので、そういうお誘いは何であろうと大歓迎だ。


「ついてきていいなら、ついていきたいけど」


 妹に目配せすると、小刻みにこくこくとうなずく。やはり妹も同じ気持ちらしい。


「それで、なにをしに行くの?」

「終戦記念碑を見に行くんだ。毎年この日に行くのが習慣になっててね……」

「ふうん?」


 そんな習慣があるとは初耳だった。

 ちなみに今日は、祝日の“終戦記念日”である。千年以上も昔のこと、ヴァラデアの縄張り下にあった人間の国々は荒れ果てて泥沼の紛争を繰り広げていたのだが、それが完全に終結したのが今日という日らしい。


 ただ、めでたい日とされてはいるけれど、それはあくまで人間にとっての暦でしかない。

 人間ではないドラゴンにとって、今日がどれほどの意味を持つというのか。“終戦記念日”に“終戦記念碑”を律儀に毎年見に行くという殊勝なことをさせるほどのことなのか。

 なにか特別なことがあったのだろう。ちょっと興味が湧いてきた。


「なんでそんな習慣があるの? 昔なにかあった?」

「んー、いろいろあったよ。私の子どもの頃の話になるんだが……長くなるから着いたら話そう」


 そこで見せる、どこか憂い気のある遠い目から、並々ならぬ想いを抱えていることがうかがい知れる。がぜん興味が強くなる。

 まあ、お母さんの言うとおり、詳しいことを聞くのは現地に着いてからで良いだろう。今はお出かけする方が先決だ。


「しーちゃんたち出かけるの?」

「うん。いっしょに来る?」

「ダメだ」


 リュートが話に気付いたので誘いをかけてみるが、ヴァラデアが素早く割り込んで遮ってきた。


「お母さん急になに言うの」

「今から行くんじゃあ車だと時間がかかりすぎるからな、飛んでいくよ。私はエクセラ以外の人間に背を許すつもりはない、連れて行くのは諦めろ」

「ああそうなの……わかった」


 お母さんはなぜか、人間を背に乗せて飛ぶことを嫌う。二人くらい背負って飛ぶことなど造作もないだろうに、ほんと妙なこだわりを持っているものである。

 でもお母さんの意志を曲げる理由も無いので、粘らずにさっさと諦めることにした。


「じゃあ行くぞ。こっちに来なさい」


 ヴァラデアは手招きすると、姉妹をまとめて前足で抱えてくる。それから光線を天井に放って開け放つ。

 開放された先に広がるのは、どんよりとした灰色の曇り空だった。せっかくのお出かけだというのにあいにくの天気だけど、雨よりはマシだろう。幸い水の匂いはしないので、今日は降り出すことはないはずだ。


「今日はご苦労だったな。あとは自由にしなさい」

「了解でーす」

「いってらっしゃい」


 ヴァラデアから人間たちへの一声。姉弟はもともと誘われるとは思ってなかったようで、あっさりとした返しをしてくれる。

 そんな彼らに見送られながら、天へと向けて飛び立った。

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