第十七話 こだわりの一皿を求めて(6/7) ドラゴン残酷物語
ドラゴンたちが飼育している動物は、本来は飼育にまったく適さない野生種らしい。
厩舎に押し込めようとしても、暴れるわ病気になるわ餌は食わないわと、とても飼えたものではないのだとか。
そんな獣をどうやって管理しているのかというと、ここら一帯の山から出ていかないように封じ込めるというやり方で、野生のまま力づくで囲い込んでるそうだ。
牧場で牧畜していると言えるのか甚だ疑問であるが、それで何百年もうまくやっていけている実績があるらしいので、そういうやり方もあるのだと思うしかない。
力弱い種とはいえ彼らもドラゴン、それくらいはできる力と知恵はあっていい。
そういえば、ふと思う。
ヴァラデアに使われるほどの力と知恵があるにも拘らず、彼らは生存競争に負け続けてヴァラデアの縄張りに流れ着いてきたそうなのだ。
ドラゴンの世界は恐ろしく過酷だ。勝ち組に生まれてこれた幸運を心の底からありがたく思う。
「この区画に獲物がいますよー」
案内役のドラゴンの長のあとについていって、さっそく入山ならぬ牧場入りすることにした。
この牧場は飼育する品種ごとに北・東・西と三つの飼育区画で分けられている。入るのは、そのうちの一つだ。
「あのうシルギット様。あなたのしもべ……じゃなくて連れの人間たちも付いてきてますけど、このまま来させるんですか? 死にますよ、僕らだってたまに大けがすることがあるのに」
長は振り返ると、人間たちに視線をやってから不安そうに言ってくる。表情はあまり変わっていないけど、そういうふうに見える。
「獲物って、そんな凶暴なやつなの?」
「ここで飼ってるのはイッカクという種類の馬なんですけど、とっても大きくて獰猛な上に強いんですよ。人間みたいな弱い生き物がアレに遇ったら、一瞬で突き殺されます」
「まさか……あのイッカク?」
「知っているのかきみ」
「うん。見てよコレ」
物知り博士なリュートくんは、懐から素早く端末を取り出すと、イッカクとやらの情報を弾き出して見せてきた。
件の獣は馬の一種で、並みの馬の倍ほどもある大物だ。最大の武器である鋭い一角による突きは、人間どころかクマすらも一撃で仕留める威力があるという。
縄張りに侵入した敵に容赦なく襲いかかっていく好戦的な性格で、ヘタに攻撃すると敵をひき肉にするか自分が死ぬまで止まらなくなるという肉食獣も真っ青の凶暴性があるそうで、家畜としては言うまでもなく向かない。
肉や皮や角は利用価値が高いようだけど、危なすぎるので狩猟対象としても敬遠されることが多いそうな。
ドラゴンにとってはちょうどいい獲物だけど、人間にとっては危険極まりない相手だ。そんなのがうろついている山に丸腰で入らせるのはためらわれる。
「これ、私たちだけで行かないとまずくない? 人間たちは車で待ってた方がいいんじゃ」
「だいじょうぶだよ。敵に対しては確かに凶暴だけど、手出しさえしなければ言われてるほど獰猛じゃあないヤツだからね。わたしらは安全なところできみらの活躍を見ているよ」
人間たちの様子をうかがっていると、余裕面のアリサが勝利宣言をしてくれたので、無心で反撃するように尋ねる。
「あの、アリサさん? 詳しいんですか?」
「腕試しで狩ったことがあってね。ヤツの習性はよくわかってるから、この子たちの守りは私に任せて、きみは狩りに集中しなよ」
「そうですか、そうですか……。じゃあ好きにしてください」
なんともまあ自信でいっぱいな顔で、頼りがいのあることをおっしゃってくれるお姐さんである。
なんで幼稚園の先生が腕試して巨獣狩りなんてしてるんだとか、いろいろと言ってやりたいことはあるけれど、いちいち突っ込んでいたら無駄に時間をくってしまうので追及はやめることにした。
今はとにかく食材集めだ。優先するべきことを履き違えてはならない。
「たぶん問題ないから案内してよ」
「わかりました。じゃあ、ついてきてください」
長に出発を促して、さっさと牧場という名の未開の山を登ることにした。
獣道ですらない草むらをかき分けて進んでいく。
空気はとても澄んでいて、草の匂いがむせ返りそうになるほどに強い。山肌を覆い尽くす緑はどれも青々としていて元気そうで、大自然の恵みがたくさん実っていそう。
豊かな土地にはよく肥えた獲物が潜んでいるものだ。これからの出会いには期待が持てて、心躍る想いだった。
「すでに僕の仲間たちが先に行って追い立てを始めています。獲物を見たら好きにいたぶってくださいね」
「あそこの子たちがそうかな?」
木々の合間から見える山の中腹辺りで、十数頭のドラゴンたちがギャオギャオ鳴き合いながら飛びまわっているのを差すと、長はひと鳴きしながらうなずいた。
気配を探ってみると、確かに強くて大きな獲物の存在を感じる。そいつは上空を飛び回るドラゴンたちに追い込まれていって、だんだんとこちらへ寄ってきている。
なぜか、獣以外の気配も複数感じるのは気のせいか。なにか嫌な予感がしてくるが、今は様子を見ておく。
「そろそろですね。娘様方、構えてください」
「もうやってる」
姉妹の気配は特に強い。早めに息をひそめて行動しなければ、獲物に気付かれて速攻で逃げられてしまうのだ。
ちなみに、人間たちは特別なことはせずに、のんきに談笑している。ドラゴンの群れの中では人間の存在感など無いも同然でいられる。いわゆる灯台下暗しだろう。
向かう先から争う音が聞こえてくる。
空を舞うドラゴンたちの騒がしい鳴き声。野太い獣のいななきと木が砕かれて倒れる音。ついでに何者かの悲鳴。それらの音がすべて近くなっていく。
草をかき分け倒木を乗り越えること十数分、ついにお肉との対面の時がやってきた。
体高が人間の背丈を軽く越える灰毛の馬が、鼻息荒く雄たけびをあげなら前足を振り上げて、猛然と振り下ろす。
その下には囚人服姿の男がいて、容赦なく頭を踏み潰した。間違いなく即死であろう。
前足を振り下ろした勢いをそのままに地響きをたてながら駆け出して、額から真っすぐに伸びる螺旋状の一本角で、その先にいた男のみぞおちを激しく突き刺す。男は悶絶のち、白目をむいて血を吐きながら人生を終えた。
「うおお! こんなところで死んでたまるか!」
「ひあ、やばい逃げえぶば!」
飛び散る血とけたたましい悲鳴に、巨獣はさらに猛り狂って暴れまわる。生き残りの男たちは成す術もなく蹂躙されていって狩場は大混乱だ。
これが最強馬とも呼ばれるイッカクの闘争である。いい感じの荒ぶり方で、なかなか狩り甲斐のありそうな獲物といえる。
でも、こんなところで人間が襲われているのが謎すぎる。
「なにあの人間たち」
「この前に捕らえた密猟者どもですよ。狩りを盛り上げるために牢屋から引っ張ってきて、ぶつけてみました。クケケケ死ね死ね」
長は密猟者たちが殺戮される様を見て、ドラゴン的な愉悦の笑みを浮かべている。周りで飛び回っている奴らも同様で、酷薄な猛獣そのものの狂相をしている。
恐ろしすぎる。ドラゴンとしては弱くて小さくてかわいらしい顔をしているけれど、やっぱりこの連中も本性は冷酷無慈悲な魔物らしい。
ドラゴンという生き物はほんとどうしようもない、とは思うのだけど、ふと惨状を観てニヤついている自分自身に気付いて、慌ててかぶりを振る。自分たちは彼ら以上にヤバい猛獣だ、よそ様のことは言えないか。
ひとつふたつと深呼吸をして血への興奮を鎮めたら、意識して平静に小声で突っ込む。
「このこと世間にバレたらマズくない?」
「だいじょうぶですよ。この牧場はヴァラデア様のものです。そこへ勝手に押し入って獲物を奪おうとした奴らなんですから、文句なんて言われませんよ」
長は首だけで真後ろに振り向いて、思ったより落ち着いた声色で答えてくれる。でも残酷すぎな笑みが張り付きっぱなしかつ、よだれが垂れ流しになっているのがいただけない。
この畜生が、という言葉ももちろん出すことはできない。
「そうかもしれないけどさあ」
さすがに限度があるのではないかと思うけど、これでも問題がないのか。なにがどこまで正しいのかがわからなくなってくる。
ああだこうだと問答をしていると、獲物にこちらの存在を感づかれてしまう。
びくりと身震いした一角獣は急に暴れるのをやめて、こちらの方角を凝視する。数瞬後、先ほどの荒れっぷりからは想像できないほど情けない悲鳴をあげると、尻を見せて逃げ出した。圧倒的な力を持つ存在に気付いて恐怖したのだろう。
逃がしはしない。妹といっしょに前へ出て、獲物を仕留めに入る。
「さっさと狩ろう。行くよ」
「うん」
音無き声の合図で息を合わせて、獲物に向けて跳ぶ。百歩ぶんほどあった距離を一瞬で詰めて、さらに追い抜く。振り向きざまに、姉妹の仲良しパンチで獲物の頭を同時に殴りつける。
二連の衝撃により、獲物の頭は砕け散って肉片を飛び散らせる。頭部が吹き飛んだことで即死すると、走る勢いを残したまま滑り込むように倒れ込んで、進路上の木を二本倒壊させた。
本日の狩猟、終了。もったいつけた前振りに対してあっさり終わってしまったものだが、遊ばずにやればこんなものだろう。
妹と鼻先をすり合わせて祝勝を分かち合ったあと、いっしょに仕留めた獲物をじっくりと検めてみる。とっても大きく立派で野性味にあふれる、食べ甲斐のありそうなお肉さんだ。
その首からあふれ出ている鮮血を見ていると、ついつい食らいつきたくなるが自重する。妹だって食べたそうによだれを垂らしているけど我慢しているのだから。
というか、そもそもそんな食べ方をするべきではない。文明に生きるドラゴンは、もっと良い食べ方を知っている。
少し遅れて、連れづれが駆け足で追いついてくる。
「もう終わったんですか? いいなあ、やっぱり“誓約”の種は強いなあ」
「お見事! 全然動きが見えなかったです! 前にいっしょに狩りをしに行ったときよりも、はるかに強くなってるようですね!」
「今のがきみらの本気かあ。ほんとドラゴンには勝てる気がしないねえ」
口々に放たれる誉め言葉には、『どうも』の一言だけを返すだけで済ませる。
さっそくお肉を回収しようかと思ったところ、気になることがあったので長に話を振ってみる。
「そういえば、さっきの人間たちはどうなったの?」
「四匹生き残りました。というわけで、さっそく人間狩りをしましょう!」
「なにが『というわけで』なんだ」
予想通りなのか予想外なのか、長はニッカリと鋭い牙を見せて笑うと、とびきりの隠し種を明かすかのように意気揚々と提案をしてくれた。あまりに突拍子が無さすぎて真顔にならざるを得ない。
「いや……いらないよそんなの。うん、いらない。私はね、早くお肉を持ち帰りたいの。そんなことより獲物を運ぶのを手伝ってよ」
「ええっ? せっかくの機会なのにもったいないですよー。人間は追い詰めるといい感じに命乞いをするから面白いんですよー」
「おまえはなにを言ってるんだ」
なんか知らんが人間狩りのおもしろさとやらを精一杯主張してきて閉口する。
「そんなに時間はかかりませんから。ちょっとくらいの寄り道はいいでしょう? シルギット様あ」
「だから興味ないんだって」
「そんなこと言っちゃだめですよー。これも社会勉強と思って、さ、やりましょう」
「いったいどんな社会を勉強するんだよ!」
なにが彼らをその行為に駆り立てるというのか、これがわからない。
首を横に振っても振っても、ドラゴンたちは必死に食い下がって説得してくる。それがとてもうっとうしくて、一気に苛立ちが募ってきた。背の翼を引っこ抜いてやりたくてたまらなくなる。
「ねえ、僕らはあなた様のためを思ってー。ヴァラデア様からはすごくストレス溜めてるって聞いてますし、ここでひと暴れしてスッキリするべきで」
「くどいわ! 殺されたいのか!」
「ヒィィッ!? ししし死にたくないー!」
つい頭に血がのぼって恫喝の咆哮をあげてしまう。するとドラゴンたちは跳びあがり、騒々しく悲鳴をあげながら蜘蛛の子を散らすように逃げ去っていった。
これで余計なことを言う連中は消えた。ようやく本来の食材集めに専念できそうだ。
だがしかし、妹はなにやら心配そうな面持ちで言った。
「しー、人間狩りに行ってみたいんでしょ? なんで嘘ついてるの?」
なんの作為も感じられない、良くも悪くも純粋な言葉に胸を撃ち抜かれる。
妹と目を合わせる。これまた無垢なお目々で困り果てた様子で見つめてきていて、二度も胸を穿たれてしまう。
この牧場は血の香りが濃厚すぎるのだ。あらゆる要素が内なるドラゴンを刺激しすぎる。特に獲物を仕留めてからは血が騒ぎっぱなしで、頭がどうにかなりそうだ。今では連れの三人まで獲物に見え始めてきているだから相当にキている。
そんな状態だったから、人間狩りに誘われたときは、不覚ながらも強く興味をひかれた。今こうして荒れ狂う衝動の発散になるかもしれなかったから。
だがしかし、超えたくない一線というものはある。
ぐっと牙を食いしばって堪える。この興奮も牧場を出ればきっと治まる、だから今は表向き平常を装い続けるべし。
「そんなことあるか。私は早く帰って料理作りたいだけ。さ、獲物を持って帰ろう。みんな手伝って!」
なるだけ明るく号令をかける。皆がなにやら暖かい目で見てきているのは気にしない。
イッカクというお馬さんは非常に大柄で、小型トラックくらいはある。これを車に積み込むのは骨が折れるというか、困ったことに物理的に入らないだろう。
「さて、これは車に入らないよねえ。天井にくくりつけるにも、この大きさじゃちょっと……。車に解体用の道具とか積んでたっけ?」
「とりあえず車に戻って探してみようよ。この獲物はどうする? いったんここに置いとく?」
「私が車まで引っ張ってくよ。あのドラゴンたちに手伝ってもらったほうがよかったかなあ……まあ、仕方ないか」
「こんな大きな動物をひとりで運べるんですね! なんという力強さなの! さすがシルギットちゃん!」
「はいはい。さあ急いだ急いだ」
なにはともあれと帰りの準備を急がせる。今はとにかく早く帰りたかった。