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第十六話 奇跡の証明(4/8) 縄張りの外・医療の国

 強大な力をもつドラゴンの縄張りはとにかく広い。例えばヴァラデアの領域は、人間の国を三つも抱えるほどもある。徒歩で横断しようとすると、最長で一月以上はかかる距離があるのだとか。

 今日会いに行くセランレーデの土地も同じような広さらしいので、縄張り間を移動するだけで時間がかかってしまう。


 早朝からエクセラの駆る最高級キャンピングカーを飛ばしてもらっているにも関わらず、昼前になってようやく道半ばといったところだ。この調子だと、到着は昼過ぎになるだろう。

 空路なら楽かつ早く行けただろうが、残念ながら旅客機は持っていなかったので、陸路で往くしかなかった。


 ちなみに、ヴァラデアは上空で並走している。今日はよく晴れているので、飛ぶには気持ちよい日だろう。

 ちょっとうらやましかった。まともに飛ぶことのできない己の未熟を歯がゆく思う。


「ねえ、調子はどう?」

「ん? だいじょうぶだよ、ちょっと手が痺れてるくらいだし」


 窓に張り付いて外の景色を見ているリュートは、どうということはないといった顔で手をひらひら振る。


 今日の目的は、彼をセランレーデのもとに連れて行って、診療してもらうことである。

 彼は一見元気そうだが、実際は体の中がボロボロになっている。これからじわじわと体が弱っていって死ぬ定めにあるので、それを覆しに行くのだ。


 今回の面会が、行くと決めた次の日に実現できたのは僥倖(ぎょうこう)だった。ヴァラデアの予定が空いていたうえに、セランレーデもお隣さんの子どもには興味があったらしくて最速で来いと言ってくれたのだ。


 この機会を逃したりはしない。

 幼児の身でドラゴンと交渉しても、まともな形で成立できる望みは薄いけど、それでも悔いだけは残さないように、全力で臨むのみだ。


「あ、見てリュート、国境線だよ」

「へえ、ここがセランレーデの縄張りかあ。なんにもないところだなあ」

「いや、ここ首都から遠い田舎だし。もう少しすれば街に出るんじゃない?」


 ずっと風景を見ていた姉弟の話から、国境と同時に縄張り境を超えたことがわかる。

 上空を進むヴァラデアも境界をまたいだ。縄張りの主にとっては外敵が侵入したことになるが、そいつが迎撃に現れることはない。

 このたびは相手さんの棲み処にまで招待される形になったので、特別に縄張りへ立ち入る許可をもらっているのだ。


 滞在期限は今日の日付が変わるときまで。それを過ぎても居残っていると相手は即座に殺しにかかってくることになるが、そうなる前に用事が終わるはずなので問題なし。

 むしろ時間内ならやりたい放題だ。せいぜい外国旅行を満喫させてもらおう。


「料理っていっぱいあるね。なんで人間はこんなこと考えるんだろ。肉の焼き方を知ってればそれでいいでしょ?」

「いや、私たちとは違って、人間は肉だけ食べてればいいわけじゃないんだ。だから肉以外もおいしくするための料理を考えるんだよ。それが肉をもっとおいしくすることに繋がったりするから、人間の料理を侮っちゃだめだよ」

「そうなの?」

「そうだよ。私はもっとおいしいものを食べたいから、こうして料理の勉強をしてるんだよ。おまえもおいしいもの食べたいでしょ?」

「うん! 食べたい!」


 テキトーにやりとりしながら、ドラゴン専用ソファの上で寝っ転がって読書する。背中に乗っている妹もいっしょだ。

 車内は暴れることができるほどの広さはないため、移動中にやることは必然的におしゃべりか読書となる。せっかくなので、積んでいた本を消化している。

 絵本五冊に図鑑三冊、今は九冊目の料理本だ。在庫はほぼ無限にある。時間をつぶすにはもってこいである。


 そうやって、楽しく知識の吸収に勤しんでいれば、時間が経つのも早くなる。


「あと三十分くらいで着きますよ。降りる準備をしておいてくださいね」


 天井のスピーカーから流れてきたエクセラからの連絡によって、いつの間にか目的地近くまで来ていることに気付かされた。

 外を流れる景色に目を向けると、完全に街中であることがわかる。生まれて初めて訪れる外国の町だ。いろいろと新しいことに出会えそうなので、見てみるために本を置いた。


「しー?」

「ちょっと外を見てるよ。おまえは続きを読んでていいよ」

「んー、うん」


 ちょっと渋い顔をしてもぞもぞする妹を背中から退けて、ソファから降りる。

 姉弟が張り付いている窓と反対側に回って、お隣さんの支配地というものを見てみた。


 地平線まで広がる大平野いっぱいに人間の住処が立ち並んでいる。木造っぽい一軒家などの背が低めなものが中心で、大きなビルの姿はあまり見られない。

 家々の合間には空き地に林や川などの自然物、それなりの規模の田畑がちょこちょこ混ざっているので、開発はそれほど進んでいないと見える。

 人間の気配は濃くなく、人口密度はあまり高くはなさそうだ。地方の閑静な住宅街といった感じか。


 なんというか普通だ。このような景色なら、ヴァラデアの縄張りでも見ることができるだろう。

 せっかく外国に来たのだから、この地ならではの要素は何かないものか。

 やや退屈な気分で視線を泳がせていると、八車線もある幅広な鉄橋を越えたところから急に街の様相が一変して、思わず目を見張った。


 最初に目に入ったものは、複数の棟から成る大きな病院だ。その隣には、見上げるように大きな大学病院のビルが堂々とそびえ立つ。さらにその隣には、低い棟に広い敷地をもつ研究所病院が静かにたたずむ。

 その次も病院、そのまた次も病院、右を見ても左を見ても、どこまで行っても病院、ところにより商店やホテル。見事なまでに病院だらけの病院都市である。

 見渡す限り病院しかないというだけでも異様なのに、すべての建物が黒を基調とした色をしているという統一感が、謎の迫力を付け足していた。


「うわ、なんだこりゃ。これ全部病院?」

「そうみたい、うん、だね」

「なんかすごいなあコレ。こんなに一か所に病院をたくさん集めて、なにか意味あるのかな?」

「さあ。でも、医者の神とか呼ばれてるドラゴンが住んでる街だしね、らしくはあるんじゃない?」


 姉弟も初めて目にするのであろう病院街に衝撃を受けたようで、困惑気味に感想を口に出している。

 ヴァラデアの縄張りではまずお目にかかれない、セランレーデの縄張りならではといえる街並み。やはり外国は違うのだと、ちょっぴりだけ感動できた。


 それからしばらくすると車が停まる。そして車の扉も解放される。ついに目的地についたようだ。

 カレンが弟に肩を貸しながら降りていったので、こちらも妹を引っ張りながら後に、続けない。妹は四肢をがっつり固定させて踏ん張っていた。

 で、いい感じにへたれた笑顔を向けてくる。


「あとはしーに任せるから! 私ここで待ってるね!  待ってるからね! わかった!?」


 必死に言い訳しながらソファにしがみつく。その行いのわけは、無論これから会うことになるドラゴンを恐れているためであろう。

 だがしかし、今回の面会の表向きの主題は、子ドラゴン姉妹のお披露目会なのだ。妹には悪いが、ついて来てもらわないと困る。


「だめに決まってるだろっ。おまえもいっしょに来るの! じゃないとお母さんが許さないよ?」


 抵抗即終了。この子が最強かつ最凶のお母さんに逆らうはずがない。

 若干涙目ながらも、自らの足で車から降りていった。つくづくわかりやすい子である。


 ぱっとひとっ跳びに車から降りて、ありふれた土瀝青の硬い地面を踏みしめる。この地の地面もヴァラデアの縄張りと変わりない。

 足元の感触を確かめてから間もなくして、光の翼を羽ばたかせるヴァラデアが静かに降り立ってきた。


「やーっとついたな。まったく、車は遅くて困る」


 そして、伸びをしながら気だるそうにぐちる。

 彼女は数時間に渡って休憩なしで飛びっぱなしだったのだ。その程度で疲れはしないだろうが、精神的にはそれなりに苦痛だっただろうから、とりあえずご苦労様と言っておく。


「皆さん、お疲れ様でした。いやあ、ここに来るのも久しぶりですね」


 最後にエクセラも車から軽やかに降りてくる。それからすぐ側にある黒塗りの建物を見上げて、感慨深そうに言った。


「ここに来たことあるんですか?」

「ええ、仕事とか個人的な用事とかで何度か」

「へえ」


 それは余談なのでいいとして、とにかくこれで役者が全員揃った。

 ドラゴン三頭と人間三人で、建物の前に並び立った。


「で、ここがセランレーデ……さんの家なんだね?」


 二階建てくらいの高さがある平屋で、余計な飾りなどが一切ない混凝土の塊だ。“扉が付いた箱”としか形容できない質素すぎるデザインだが、病院街においてはそれほど違和感のない外観ではある。

 この遊び心の無さ、ヴァラデア屋敷と雰囲気が似通っているのは気のせいではないのだろう。


 ヴァラデアの屋敷に比べると遥かに小さく、目測では人間用の一軒家くらいの大きさしかない。巨体であろうドラゴンがこれで満足して暮らしていけるのかは大いに疑問である。


「そうだな。まあ、家というよりは仕事場だけどね」


 そう言ってヴァラデアが指さす先に、正面玄関の脇についている金属プレートがある。そこには“セランレーデ総合クリニック”と大きな字で書いてあった。ついでに“未知・不治の病、末期患者大歓迎”とか書いてある。


 なるほど、仕事場である。ここは家ではなく診療所のようだ。


「奴は人間の病気を狩るのが大好きだからな。病気の人間を集めるためだけにこんな街を作らせるとか、相変わらず変わった奴だよ」


 おまえが言うなと全力で言いたくなるが、ひとのことは言えないので自重しておく。ドラゴンは総じて変わり者だ。


「さあ、行くぞ。ついてきなさい」


 ヴァラデアが前に出て、ドラゴン用のでかい自動扉を開け放つ。そこを通じて、ヴァラデアに匹敵する強大なドラゴンの気配が押し寄せてくる。

 前足の肘がぷるぷると震えるが、それを気合で抑え込んで、なるべく落ち着きを保ちつつ前へ進める。


 リュートの致命傷を治してもらうために、取れる手を尽くしてここまでやってきたのだ。気配にあてられるだけで尻込みしているようでは、目的を達することなどできるものか。

 例え決して敵わないような強大な存在が相手であろうと、臆することなく立ち向かう。そんな“強さ”をもつ者でなければ、ドラゴンは見向きもしないのだから。

 だから今ここで勇気を示す。


 覚悟を決めてドラゴンの巣へと飛び込んだ。超逃げ腰な妹を引っ張りながら。

 同じようなのと会うのは二度目なのだし、この子も勇気を持ってほしかった。

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