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第十六話 奇跡の証明(2/8) 嫌な予感しかない件

 星々をまばらに輝かす薄明時。天を覆う闇を払う白みが力強さを増し、やがて透けるような暁光を伴って陽が顔を見せる。

 東の彼方から清々しい光が差し込んで、地に生きる者たちの目覚めを促してゆく。ドラゴンもその一員である。


 今居る場所は、外が見えなければ時計もない屋内だが、感覚だけで陽がのぼっているかどうかがわかる。そんな野性的能力によるものか、日の出とともに自然と目が覚めるのだ。


「しー、おはよー」

「うん」


 妹も同時に起き上がってくる。甘え鳴きしながら鼻先ですりすりしてくるので、愛情を込めてやり返す。こうして今日も一日が始まった。


 寝ぼけた頭は三秒もしないうちにハッキリする。

 まずは軽い運動だ。ケンカではなく、追いかけっこをして体を暖める。人間が間に入ると轢死する勢いがあるが、なにも問題はない。


 思う存分朝の体操をしたあとは、やることがふたつある。読書かケンカの二択である。妹が棚から本をくわえて持ってきたので、今日は前者だ。

 子ども向けの科学本をいっしょに読む。その知識を吸収しながら、ヴァラデアが関わっている技術はどれなのかを予想しあって楽しむ。


 いつもの日常。なにも変わらない平穏な時間。しかし、心だけは浮き足立つ。昨日、リュートが倒れた件が頭のなかにちらつき続けているのだ。寝て起きても気分が晴れないというのは、なかなかの重症といえる。


 微妙にどんよりした気分で過ごすこと一時間少々、人間たちが本格的に活動を始める時間がやってきた。


 エクセラが起きる。アリサが起きる。お手伝いさんたちがやってくる。やがてカレンとリュートも起き上がる。

 少しして、姉弟揃って人間用居住区を出ると、ふたりで屋敷に入ってくる。途中でエクセラと合流して、まっすぐに医務室へと向かっていった。


 朝一番から行くのが、なぜ医務室なのか。一気に嫌な予感が強くなってきたので、すぐ様子を見に行くために本を置いて立ち上がる。


「ん、どうしたの?」

「ちょっとね。用が済んだら戻るから、ひとりで読んでて」

「あっ、待ってよー、いっしょに行くー!」


 本をくわえた妹が慌ててついてくる。少しくらい待てよと言いたいが、いっしょにいたいのなら仕方無い。


 駆け足で医務室に向かう。すれ違う人々を無視すれば、すぐにたどり着ける。

 扉をくぐると、ベッドに寝かされている少年と、それに付き添う女二人が振り向いてきた。


「シルギットちゃん? どうしたの、こんなところに来て?」


 まず、カレンから一言。いつもの勢いはなく、誉め言葉のひとつも飛び出してこない。あからさまに様子がおかしかった。


「そりゃ私の台詞だよ。なにが起きてるのこれ?」


 なにかが起きている筆頭のリュートに目線をやりながら言う。ベッドで寝転がっている彼は半裸で、大きな機械の筐体から伸びる吸盤付きの管を多数繋げられている。

 機械と向き合うエクセラは、据え付けられている画面を見ながら、すらすらと問いに答えてくれる。


「リュートくんがですね、起きてから体がしびれてうまく動けないらしくて。何が起きているのか調べるために検査をしているんですよ」


 あ、これ昨日倒れた件に関わることだな、と直感する。嫌な予感というのものは、どうしてこう的中するものなのか。

 最悪の事態も覚悟しておいた方がよさそうだ。


「……で、どんな感じです?」

「まだ調べてる途中だから、なにもわからないですよ」

「そうですか。大事にならなければいいんですけど」


 ハラハラドキドキした気分でエクセラの処置を見守っていると、カレンが軽く前かがみになって、赤毛を垂らしながら顔を覗き込んでくる。


「シルギットちゃん、妙にこいつを気に掛けるじゃないの」

「これ、私のせいかもしれないから」

「そう……え、そうなの? こいつからはなにも聞いてないんだけど」

「えっ、きみ、なにかやったの?」


 姉弟から同時に疑問符を投げつけられては沈黙せざるを得ず、お互いに言葉を失って顔を向けあう。

 リュートは自分が倒れたことについて、なにも疑問に思わず、なにも語っていなかったようだ。自分の体のことなのにのんき過ぎでは、と思った。


「シルギット様、昨日なにかあったんですか?」


 どう言葉をかければいいものか迷っていると、エクセラが話題を拾いあげてくる。

 昨日、彼女は出かけていたので、現場に立ち会っていなかったのだ。思い当たることは全部話したほうが良いだろう。


「ええと、昨日は育児部屋で飛ぶ練習をしてたんですけど、近くにいたこの子が急に倒れたんですよ。あのときはなんともなさそうだったんですけど……」

「飛ぶ練習? もしかして、新しい神秘の実験でもしたんですか?」

「実験? あ、はい。そういうことになるのかな」

「そう、ですか」


 彼女の形の良い眉と、声のトーンが微妙に下がる。すっと額に手を添えると、ふうと長く深いため息をついた。

 いかにも(・・・・)過ぎる嫌な仕草である。


 それから、リュートに取り付けられている管を取り外し始めた。てきぱきとした作業ぶりには、一切の迷いが感じられない。まるで、彼に何が起きたのかを確信したかのようだ。


「シルギット様たちは、光を作り出すことができるドラゴンだということはご存知ですよね。その光というのは、私たち人間の目には見えないようなものも含まれます。

 そのなかには、生き物を傷つけるような力を持つものがあるんですよ。それも、体の中身だけを傷つけることができるような、厄介なものがね。もしかしたら、そんな光を浴びたのかもしれませんよ」


 淡々としながらも、有無を言わさぬ迫力がある語り口調だ。そこでリュートは、ようやく顔を青くする。今さら危機感を抱いたようだ。


 エクセラは、ものの十数秒で管を取り除き終えると、患者を抱きあげた。


「あっちで診ましょう」


 彼女は切れ長の目をついと、部屋の隅に置いてある巨大な機械に向ける。

 人を二・三人くらいは放り込めそうなくらいに大きな箱だ。金属製のベッドやら操作パネルやらがついているところを見るに、全身の検査を行うための医療機器と思われる。

 無言のまま、つかつかと機械のもとへ向かう。

 足でベッドを引き出すと、その上にリュートを乗せて、次いで流れるような裏拳で筐体の電源を入れた。


「リュートくん、これから検査を始めます。できる限り動かないようにしてくださいね、検査結果に影響が出るので」


 神妙な顔と声色で指示されて、なんだか不安そうな顔をしているリュートは、黙ってうなずいた。


 エクセラは、引き出したベッドを元に位置に収めると、付属のパネルを軽やかに操作する。すると、機械はわずかな明滅とともに、静かなうなり声をあげ始めた。検査が始まったのだ。

 果たしてどのような結果が出るのか。固唾を飲んで検査を見守る。


「しー、そろそろ続き読もう?」


 暇そうにしている妹が、口にくわえている本を押し付けてきながら、空気を読まずに読書をせがんでくる。

 さすがに相手にできるような気分でも雰囲気でもない。鼻先に前足を添えて静かにしてろと言おうとすると、機械から電子音丸出しの無骨なアラームが鳴り響いた。

 妹はびくりとすると背中にひっついてきて、しきりに辺りを見回して警戒し始めた。これで数分間は黙っているだろう。


 操作パネルを見ると、“検査終了”との文字が表示されていた。検査開始から十数秒しか経っていないのに早すぎだ。さすがはヴァラデア秘蔵の医療機器、異常に高性能である。

 まあ、早く結果が出るのはありがたいことではあるが。


 エクセラは再度パネルを操作して、結果の確認をじっくりと行う。こちらは検査よりも時間がかかるようで、なかなか終わらない。


 張り詰めた空気のなか、周りの者に見守られること一分間ほど。顔をあげたエクセラは小さくかぶりを振ると、真剣な面持ちで振り返ってきた。

 その目から真っすぐに向けられる視線には謎の迫力があって、いやでも緊張させられる。


「どうでした?」

「おおむね予想通りでしたね」

「具体的には?」


 詳しい説明を求めると、エクセラがちょいちょいと手招きしてくる。

 それに応じて彼女に近寄ると、顔を間近まで寄せて耳打ちしてきた。


「全身の細胞がまんべんなく、少しずつ壊れています。中枢神経もやられてましたね。このままでは、だんだんと動けなくなっていっていくかと」


 やはりそういう結果になったか。

 とたんに心臓がきつく握りしめられるような不快感を覚える。こういう結果になることも覚悟はしていたが、現実に宣告されるとなかなか辛いものだ。


「それってやっぱり、私の光を浴びたから?」

「あ、いえいえ、それはわかりませんよ。普通に病気になったのかも。でも、あの症状からして、まず自然にかかったものでは……」


 ひどく言いにくそうに口ごもっている彼女は、目をそらして答えを濁す。もう原因を確信してるのではと思うが、さすがに『あなたのせいです』とは言えないようだ。


「治せるんでしょうか」

「わかりませんよ。とにかく、ちゃんとした専門家に診てもらわないとね。近くに国立病院があるので、そっちへ連れていきましょう。本当は紹介状とかが無いと相手してくれないところですけど、ヴァラデア様の名前を出せば、すぐに診察してもらえると思いますよ」

「そうですか、お願いします」


 エクセラは端末を手にとって、誰かに連絡をし始めた。あとは彼女の手腕に委ねるしかあるまい。


「あ、あいつはなんだかんだいって頑丈だし、それに良い病院で診てもらえるんだから、きっとだいじょうぶ! そんな申し訳なさそうな顔しなくてもいいでしょ、シルギットちゃん!」

「ああ……うん……」


 先ほどから黙りこくっていたカレンが、思い出したかのように元気いっぱいの笑顔を作ると、明るさ全快の安全宣言をしてきた。

 無理して笑っているのが見え見えで、逆に痛ましくて辛い。


「しー、そろそろ本を読んでもいい頃だよね」


 で、ここでウキウキ顔の怪獣ちゃんが再来して、強引に割り込んでくる。相変わらずの空気の読めなさっぷりだが、今この時ばかりはありがたいか。

 今やるべきことは、エクセラの仕事の邪魔をしないことだ。普段通りの暮らしに戻って、結果を待つことなのだ。ここでうじうじしていても、誰のためにもならない。

 この微妙に息苦しい空気を断ち切るためにも、きっぱりと頭を切り替えることにした。


「そうだね。ここにいても邪魔になるだけだし、部屋に戻ろうか」

「うん!」

「私も学校行くかな……」


 エクセラとリュートの二人を残して、そっと医務室を出た。

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