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番外編4 クロフォード

 公爵家の嫡男クロフォードは、奇しくも王家の嫡男レオナルドと同じ年に生まれた。

 王太子の友人としての条件をこれ以上なく兼ね備えたクロフォードは、当然、赤ん坊の頃から王宮に出入りし、2人は物心ついた時には既に友人と言える間柄だった。


「今度、母上が赤ちゃんを産むんだ」


 もうすぐ5歳になる冬、一緒に遊んでいたクロフォードがそう言うとレオナルドは目を輝かせた。


「いいな!生まれたら連れてきてくれ。一緒に遊ぶぞ」


 今考えるとおかしな話だが、その時は2人とも自分たちを小さくしたような男の子が生まれるのだと信じて疑っていなかった。


 しばらくして生まれたのは女の子で、しかも想像よりもずっと小さくて壊れ物のようで、2人は揃ってびっくりした。


「動いたぞ」


「時々目も開くんだよ」


 どうしても赤ん坊を見たいという王太子の願いを叶えて公爵邸に招待すると、レオナルドは赤ん坊のベッドから離れなくなった。


「……いいな」


 ぽつりと呟いたレオナルドがその立場上、その年頃の子ども相応の自由は与えられず、寂しい思いをしていると知っていたクロフォードは、こう言ったのだ。


「じゃあ2人の赤ちゃんにすればいい」


 いいのかと聞いたレオナルドはどこか頼りなさげで、クロフォードは安心させるように笑顔で頷いたのだった。


 もちろん、実際に赤ちゃんが2人のものとなることはなかったが、クロフォードとレオナルドは、小さい妹グローリアをそれはそれは可愛がった。

 レオナルドが12才になる時には、レオナルドとグローリアの婚約が決まった。これからは婚約者として城に上がることになるグローリアのために王太子付きの騎士に年若い女性が抜擢された。


「ソフィアだ」


 そう紹介された女性騎士はレオナルドやクロフォードと5歳しか変わらない少女だった。代々騎士の家柄で、当然のように幼少の頃から騎士になるべく訓練を受けてきた彼女は既に並の騎士であれば敵わない実力を持っていた。


「初めまして、クロフォード様、グローリア様」


 ソフィアは騎士としては小柄で、12歳ながら背の高いクロフォードと同じ目線だった。

 赤みがかった茶色い髪に濃い茶色の目はソフィアの日に焼けた肌によく似合っていた。

 

「初めまして、ソフィア様。グローリアです」


 挨拶をするグローリアを見てソフィアが微笑んだ瞬間、クロフォードは恋に落ちた。

 その時からずっとソフィアに夢中だ。


「やあソフィア、今日も綺麗だね」

 もともと物おじしない性格で、ソフィアに対する好意を隠すつもりもなかったクロフォードは、ソフィアに会えば、必ず口説くことにしていた。

 ソフィアは、護衛騎士の節度を超えることはなかったが、それでも最初の頃は戸惑ったり、顔を赤くしてくれたりして、その反応を見ると心が躍った。


 だが、そのうちソフィアは、護衛騎士の分を超えない愛想笑いを浮かべ、クロフォードを相手にしなくなった。


「光栄です、クロフォード様」

「今日もお上手ですね、クロフォード様」


 クロフォードは焦った。

 気づかれないのは、クロフォードのせいだと常々レオナルドには言われていたが、最近は妹のグローリアにも言われるようになった。


「お兄様、女性と見れば褒めるのはおやめください。ソフィア様に誤解されます」

「お兄様、もう少し焦ってくださいませ。ソフィア様にお気持ちを伝えるおつもりはないんですの?」


 そう言われても、自分なりにこれ以上ないアピールはしているつもりだ。必死さが足りないと口を揃えて二人は言うが、感情が顔に出にくいのは生まれつきなので仕方ない。


 今日もレオナルドに呼ばれて登城した。執務室の前にはソフィアがいた。


 2年ほど前にソフィアと一緒に男爵の隠し子を母親ごと保護するために動いてから、2人は度々レオナルドから大っぴらにはできない仕事を依頼され、一緒に行動することが多くなった。


 共に任務をこなす中で信頼関係は確かに生まれているはずだ。しかし、それ以上にもそれ以下にもならない。


 ソフィアは、クロフォードを見るとドアを開けた。クロフォードが、会釈して入ると自分も続く。2人揃って呼ばれているということだ。


「動いたぞ」


 執務室に入るや否や王太子レオナルドの鋭い一言が飛んできた。

 男爵家の娘を利用することができずに、動きが取れなかったソラーレ侯爵だが子飼いの貴族からまた懲りもせず手頃な娘を探し出したらしい。レオナルドたちが伯爵家に入れた男爵の娘が、数ヶ月前に隣国へ渡ったこともあるだろう。やはり、動向を追っていたのかと思うと、隣国に行ってくれてよかったと思う。


 クロフォードは、ぼやいた。


「やり方がワンパターンなんだよな。あんなにこちらが手口に気付いていることをアピールしてやったのに」


「2年も経てば忘れるんだろう」

 レオナルドが苦笑する。



 先週、例の花が王宮いっぱいに送られてきていた。


「おそらく、花自体には媚薬効果はないが媚薬の効果を促進させるのではないか」


 それが、王宮付きの薬師の意見だという。

 そのうち媚薬を纏った令嬢を王宮に送り込むつもりなのだろう。


「では精製工場から潰しますか」

 ソフィアが問う。


「そちらはもう向かわせた」

 ソフィアが知らないということは、隠密部隊が向かったということだ。


 レオナルドは立ち上がった。クロフォードも側で控えていたソフィアたち騎士も言われなくても分かっていた。情報が入る前に侯爵邸を押さえる。妹グローリアの悪夢から始まったこの騒動だが2年経った今、結果として、最大の政敵を追い落とすことになりそうだ。

 

 




 一刻も経たないうちに、ソラーレ侯爵家は王宮直属の騎士団で囲まれた。

 

 直前には、侯爵自身に投降するよう通達は送ったし、この状況も把握しているのだろうが、最後の抵抗なのか出てくる気配はない。

 

「仕方ないか」


 クロフォードが呟く。レオナルドも戦いは避けたかっただろうが、彼が同じことを口にすれば士気に関わる。

 振り返り、中央にいるレオナルドを目を合わせる。


「行くぞ」


 レオナルドが鋭く言い放った。

 同時に、門が開き、中からソラーレが雇った兵が飛び出してきた。本気で王家を潰すべく準備をしていたようだ。


 それからは、両軍入り乱れての戦闘となった。

 数こそ互角だったが、訓練を受けた騎士と寄せ集めの兵士では力量差は明らかだ。徐々に、侯爵家の敷地内、屋敷に近づいていく。


 その時、クロフォードの隣で剣を振るっていたソフィアの横から新たに兵が飛び出してきた。


 ソフィアは2人ずつ、確実に仕留めていく。クロフォードはそこまでの剣は振るえないが、仮にも公爵家嫡男として一通りの訓練は受けている。

 1人を斬り、後ろにいた兵を振り向いたーー。


「ソフィア!!!」


 クロフォードの一瞬の隙を突き、一歩飛び退いた兵士は、2人を相手に戦っているソフィアの背後から襲いかかろうとしていた。

 ソフィアは相手をしていた2人を倒し、振り返る。

 相手の切先がまさにソフィアに振り下ろされる。


 間に合わない。


 そう思ったら、勝手に体が動いた。

 ソフィアと相手の間に入る、と同時に背中に熱を感じた。熱ではなく痛みだろうと考えるくらい妙に冷静だった。目の前に、目を見開いたソフィアがいる。後ろで叫び声がした。クロフォードに斬りかかった相手が他の騎士に斬られたようだ。


「動けソフィア!!」


 ああ、騎士ではなくレオナルドか。王太子が命知らずだな。そんなことをぼんやり思う。

 主君に怒鳴られたソフィアはそれでも動かなかった。クシャリと顔が歪むのを見て、背中とは違う痛みが胸に走る。


「泣かないで」


 声に出して言ったつもりだが、聞こえただろうか。

 ああ、ソフィアが何か叫んでいる。

  

 ーーふっと、クロフォードの世界が暗転した。




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