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番外編3 マリア 下

 それからも、リリアーネとは頻繁にお茶会をした。マリアの家にリリアーネが来ることもあったが、子爵家をマリアが訪れる時は、ハンフリーも同席することが多くなった。

 ハンフリーは話し上手で気遣いもできる男で、リリアーネがお勧めしてくるのも理解できた。


 ハンフリーと親しくなればなるほど、自分とケインについて考えることが増え、自分がケインの足枷ではないかと言う思いは強くなっていった。

 マリアはさりげなく、ケインと距離を置くようになった。食事を摂ったり仕事をしたりはこれまで通りだったので、ケインはおそらく気付いてないだろうと思う。

 ケインの姿が見えても、こちらに気付いていない時は、気付かれないうちに別の部屋に入ったりして、なるべく顔を合わせないようにした。胸がズキズキ痛んだが、気づかないふりをした。


 ハンフリーが王都に帰ってきてから半年、ついにリリアーネが嫁ぐ日がやってきた。

 マリアは、貴族の結婚式に出ることに尻込みしていたが、リリアーネが

「マリアが来ない結婚式なんて挙げないわ」

 と言ってくれた。リリアーネが仲良くしている令嬢たちには、マリアのことを蔑むような人間はおらず、マリアも結婚式を楽しみ、心からリリアーネを祝福することができた。リリアーネの夫もいい人で、結婚しても妻と仲良くしてほしいと言われ、落ち着いたらまたお茶会を再開しようと約束した。


 結婚式から1週間、リリアーネのいなくなった子爵家からマリア宛にお茶会の招待状が届いた。ハンフリーからだった。

 悩んだ末に、「伺います」と返事を書いた。


 マリアのお気に入りの薔薇園でいつものようにお茶をした。リリアーネはいなかったけれど、ハンフリーはいつものようにそつがなく、気が利いて、そして、どこかソワソワしていた。

 ひとしきりお茶を楽しんだ後、2人で薔薇園を散策した。

 そして、ついにハンフリーに言われたのだ。

 婚約を前向きに考えてほしいと。両親は本国にいるので、「お兄様に」と書状も預かった。

 これをケインに渡すのかと思うと、涙が出そうになった。


「ごめんなさい。少し、考える時間をいただけませんか」


「もちろんです。あなたは、この国には一時的に滞在しているだけだ。私と結婚したら、この国に骨を埋めることになる。国のご両親ともよく相談してください」


 ああ、なんていい人なんだろう。それに比べて自分は。


 家に帰ると、エミリーにだけ、今日あったことを話した。最近あまり話をしていないケインは、今日マリアがハンフリーとお茶会をしたことも知らないはずだ。


「お嬢様、旦那様も坊っちゃまもお嬢様のことを負担に思ったことなんて一度もありませんよ。それどころか、お嬢様はお二人を支えてらっしゃいます。エミリーはこれからもお嬢様に支えていただきたいと思っています。それだけは信じてください」


 いつも軽口ばかりのエミリーがひどく真剣な顔をしてそう言った。マリアは曖昧に笑って、そしてごく小さな声でありがとうと言った。これ以上大きな声を出したら、泣き声になりそうだった。


 


 本国の屋敷も海沿いに建っているが、隣国のこの拠点も海沿いに建っている。

 皆が「奥の事務室」と呼んでいるこの部屋は、町側に向いている入り口から見て奥であり、海がよく見える部屋で、マリアのお気に入りだった。

 

 ここから見える海も、最近は暗い色をしているように感じる。

 ため息をつきながら、マリアは事務仕事を片付けていた。一緒に作業をしている使用人も何かを感じているようだが、ありがたいことに根掘り葉掘り聞いてくることはなかった。エミリーに言い含められているのかもしれない。


「お嬢様、お昼の休憩はどうなさいますか」

 そう言われて、時計を見るとお昼をとうに過ぎていた。


「もうこんな時間なのね。私はキリがいいところまでやってから行きたいから、先に行って頂戴」


 使用人が出て行った部屋で、隠し持っていた書状を取り出す。ハンフリーから預かったものだ。ケインに渡してほしいと言われたが、マリアはどうしても渡せなかった。

 もし、「良かったね。いい人が見つかって」と微笑まれたら。

 マリアは、平気な顔をする自信が全くなかった。でも、いつかは渡さなくては。自分が家を出るには一番の方法だ。ハンフリーはいい人だし、リリアーネの兄だし、いつかは好きになれるだろう。

 次に、ケインに会ったら、少なくとも書状を預かっていることは伝えなくては。


 その時、ドアが乱暴にノックされた。

 物思いにふけっていたので心臓が大きく跳ねた。


「はい」


 なんとか返事をしたが、その声は聞こえなかっただろう。

 返事をしないうちに大きな音を立ててドアが開いたからだ。


「お兄様!」


 マリアは驚いた。そこにはたった今思い浮かべていたケインがいたからだ。いや、ケインがいてもおかしくはない。ここの拠点はケインが取り仕切っているのだから、どこに現れたっておかしくないのだ。

 ただ、様子が普段とは全く違った。


「どうされたのです。そんなに慌てて」


 思わず、ここしばらく避けていたことも忘れて駆け寄ってしまった。

 そんなマリアに、ケインは手に持っていた花束を差し出した。

 なんだろう。何かお祝いの日だっただろうか。


 ケインが見たこともないような真剣な顔で口を開いた。真剣すぎて怖いくらいだ。


「マリア、こんなことを言って気持ち悪いと思わないで欲しいんだ。俺は、随分年を取っているし、まあ、マリアに比べればだが、だけど、もし、マリアがよかったら、これからもずっとうちにいて欲しい」


 いつもの涼しげなケインは見る影もなく、ダラダラと汗をかいていた。走ってきたのか、息も絶え絶えだ。

 なんで、急にこんなことを言い出したのだろう。エミリーに何か聞いたのだろうか。


「お兄様。私が居たらいつまでも、ご結婚もままならないのではないですか」

 震える声でマリアは反論した。


「だから。マリアにお嫁さんになって欲しいんだ」


「……え?」

 マリアは、目を大きく見開いた。


「子爵家には俺から話すから、断って欲しい。他のうちにお嫁に行かないでほしい。他の男と結婚しないでほしい。愛しているんだ。妹としてではなく」

 マリアの見開いた目から、涙がポトリと一粒落ちた。

 それを見て、ケインは目に見えて慌て出した。


「いや、もちろん無理にとは言わないが、いや、できれば無理にでも、いや、無理強いは良くないが、だが、ーーどうしても子爵令息がいいのか……?」


 ひどく情けない声だった。いつも完璧だと思っていたケインが、こんな様子をマリアに見せるのは初めてのことだった。それを見ているとマリアは逆に落ち着いてきた。

 マリアは静かにかぶりを振った。


「エミリーが言っていましたの。坊っちゃまは本当にヘタレなんですよ。お嬢様が支えて差し上げるべきですって。私、お兄様はいつも完璧でなんでも知っていて、なんでも出来て、思い通りにならないことなんてないんだろうって思ってました。でも、これからは、どんなお兄様でも私が幸せにします」

 

「それって」


「ハンフリー様には、きちんとお詫びします。リリアーネもきちんと話せばきっとわかってくれますわ」


「それって」

 

「私、お兄様のお嫁さんになりたいです」


 マリアがそう言った瞬間、ケインがマリアを抱き上げて強く抱きしめた。


「ありがとう!絶対幸せにするよ。約束する!」


「お兄様、く、苦しいですわ」


 ハッとして、ケインがマリアを下ろす。せっかくもらった花束が潰れてしまっていた。

「ごめん、つい」


「大丈夫です。エミリーに手伝ってもらって、押し花にします。だって、記念の花束ですもの」


「・・あーー」


 マリアの言葉に、ケインがまずいと言う顔をする。


「その花束、エミリーが作ってくれたんだ」


「まあ!では、一緒に謝って差し上げますわ。お兄様を支えると決めたんですもの」


 2人は、顔を見合わせて笑い合った。




 花束は、エミリーの技術により、見事な押し花になって額縁に飾られた。もちろん、マリアに甘いエミリーは文句ひとつ言わず、押し花作りを手伝ってくれた。しかし、ケインの部屋の花は枯れるどころか、しばらく花瓶ごと撤去された。でも浮かれているケインはそんなことには全く気づかず、ますますエミリーを怒らせたのだった。


これで伯爵家のお話は終了です。でも番外編はまだ続きます!

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