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番外編2 ケイン

「反抗期かな」


 窓辺に頬杖を突いて、ひとりごちるケインをメイドのエミリーが冷たい目で見る。


「あのナイスミドルな旦那様からどうやったら、こんな唐変木な坊っちゃまが生まれるんでしょう」


 ケインはエミリーに恨みがましい目を向けた。


「ゾーイが育てたメイドの中でお前は抜群に優秀だが、主人に対する毒舌まで継がなくていいんだぞ」


「あらそれは失礼いたしました。マリアお嬢様が不憫でつい」


「何でだよ。俺の方が不憫じゃないか」


 エミリーは、ため息をつくと、なんと主人たるケインを無視して部屋の掃除を始めた。


 マリアが義妹になったのは、ケインが24歳、マリアが13歳の時だった。

 父である伯爵がひどく真面目な顔で話があると言うので、何事かと思えば、新しい妻を迎えると言う。

 母を亡くして5年間、そう言った話は全て断ってきていたから驚いたが、何でも王家の命で人助けのようなものだという。再婚相手の女性は平民で娘がいるがその娘の父が男爵で、反王家派筆頭ソラーレ侯爵家の子飼いらしい。王太子にけしかけるのにちょうど良い年頃の娘がいることを侯爵が知って、利用しようと母親に圧力をかけているのだそうだ。


「ここからは王太子殿下の推測だが、侯爵領の名産品にホレイアの花があるのは知っているか」


「はい。観賞用としてだけでなく、熱冷ましとしても効能が確認されているとか」


「そうだ。ここだけの話だが、最近新たな抽出方法が発見され、媚薬効果のある成分の抽出が可能になったそうだ。その成分を纏ったものに対し執着するなどの中毒症状がある」


「はあ?それでは麻薬と変わらないではないですか」


「不思議なことにまとった本人は正気を保てるらしい。無味無臭で効能範囲はごく小さいため、周りの者に媚薬の効果だと悟られにくい」


「それで?」

 なんだか不穏な話だ。


「王太子殿下の読みでは、おそらく男爵の娘にその媚薬を使わせて王太子派の失脚を狙おうとしているのではとのことだ」


「………それはいくらなんでも、考えすぎでは」

 では、その娘を犯罪に利用しようというのか。悪名高いソラーレ侯爵ならやりかねないかもしれないが。にわかには信じがたい話だ。


「まあ、私もそう思ったが、王太子殿下は真剣でな。母娘を不自然でない形で保護したいとのことで、私に白羽の矢が立ったと言うことだ」


 そういうことか。ただ、そういうことだけではないだろう。父のことだ。王命とはいえ、絶対に裏はとって下調べもしているはずだし、本当に意に沿わなければ、なんだかんだ理由をつけてうやむやに断りそうだ。そうしなかったということは。

「人助けならいいのではないですか。引き受けるからには、悪い人ではなく、比較的父上の好みのタイプなんでしょう」

 ケインは、半分呆れながらそう言った。


「……まあな」

 伯爵はニヤリと笑った。そういう顔も様になる。この父に大事にしてもらえるなら、余程変な人間でない限り、平穏に暮らせるだろう。


 それからしばらくして、本当に母娘はやってきて、その日のうちに内輪で式を挙げた。ケインの役割は、娘マリアの相手で、市井で生活してきて、自分の父親が貴族であることも知らない娘が、少しでも戸惑いが少なく生活できるように心を砕くことだった。実際にはケインより、マリア付きのメイドになったエミリーやエミリーの師匠ともいえるゾーイーーこちらは母親付きのメイドとなったーーの方が一枚も二枚もうわてだったが。 


 それでも、初めてできた年の離れた兄に、マリアは随分と懐いてくれた。

 ランドア伯爵家で生活を始めて半年くらい経った時に、少し高価な装飾品をマリアが欲しがったことがあった。母親のアメミアは慎み深い性格で、伯爵家に置いていただいている身でそのような贅沢は許されないと反対し押し問答になった。その時に、父のランドア伯が、ではマリアも働いて自分の稼いだお金で買ったらいいよ、と場を収めたのだ。それから、マリアはケインについて商売も学んでいる。

 お兄様、お兄様と後をついて回る初めてできた妹に甘くなるのは仕方ないだろう。最初に欲しがった装飾品も、ケインが密かに手を回し、マリアが自分のお金で買ったように見せかけて定価の半額以下で手に入れさせた。それでもマリアは、もともと母と一緒に店を切り盛りしていただけあって、貴族であってもお金を稼がないと生きていけないこと、贅沢三昧は良くないことであることを学んだようだ。もともとランドア家が「働かざる者食うべからず」な家風なこともあったかもしれない。

 マリアのことは、反王家派に利用されるのを防ぐため、念には念を入れて社交界デビューをさせないようにとのお達しが来ていたが、自国にいて、義理とはいえ伯爵家の娘がそういうわけにもいかない。

 マリアが15歳になる直前に、隣国拠点を任されたケインと共に隣国に渡り、それ以降は父母とは離れ2人で生活している。

 隣国の拠点では、マリアも本格的に働き手として活躍してもらっている。自分もまだまだ若輩者なのだが、それでもマリアがキラキラした目で「お兄様はさすがです」と言うと、酷く嬉しいものだ。


 そんなマリアも先月で18になったのだが、最近様子がおかしいのだ。


「明らかに俺を避けているんだよな」


「そうですね」


「エミリーは事情を聞いているのか」


「聞いてはおりませんが、察してはおります」

 エミリーは話しながらも掃除の手を止めない。


「察している内容を俺には話してくれないのか」


「ヒントなら差し上げましょう」


「わかった」

 ケインは居住まいを正した。真面目な態度にエミリーが満足そうに手を止め口を開く。


「最近、お嬢様は、こちらの子爵家のリリアーネ様と仲良くされていますね」


「そうだな。同い年だし、子爵家もワイン製造で財を成した家だ。商家の娘同士気が合うのだろう」

 先日もお茶会に誘われたと言って出かけていた。マリアは子爵家の薔薇園がひどくお気に入りなのだ。


「リリアーネ様には二つ年上のお兄様がいらっしゃいます」


「そういえば、そうだな。領地のワイン園で修行して最近こちらに戻ってきたとか」


「どうも、マリア様にアプローチされているようですよ」


「…‥は?」

 ケインは、エミリーの言っていることが飲み込めなかった。マリアに?他の男がアプローチ?


「お兄様であるケイン様に渡してほしいと書状も預かってらっしゃいました」

 書状ってなんだ。しかも……。


「…‥見てないぞ」


「お嬢様が、決心がついたら見せるから、ちょっと待ってほしいとおっしゃるので、坊っちゃまにはお伝えしておりませんでした」

 心臓が嫌な音を立てた。決心というのはなんだ。俺に相談しようとも思わなかったのか。


「何故今言った」

 自然と低い声が出た。


「お嬢様の決心がおかしな方向につきそうで危惧している毒舌メイドの老婆心でございます」

 エミリーは動じない。やはり今日はケインに対していつにも増して当たりが強い。


「変な?」


「いいですか。坊っちゃま。お嬢様は常々、母上様から伯爵家には人助けで置いてもらっている身と言い聞かされていらっしゃるのです。お嬢様ももう18。ご友人にはご結婚された方もいらっしゃいます。この度、本国の王太子殿下と結婚される公爵家のご令嬢はお嬢様より年下ですよ」


 ……考えてもみなかった。マリアは、13の時にうちに来て、ケインの後をついて一生懸命商売を覚え、いつも自分をキラキラした目で見上げて、これからもずっとこうして暮らしていくのだと。

 突然、ケインの中に何かが落ちた。

 ああ、そうか。なんで今まで気がつかなかったんだろう。可愛らしい、愛らしい、愛しいと思うのは妹だからだと思っていた。父と2人のむさ苦しい家に来てくれた小さな少女。だからだと。


「……マリアは、子爵令息のことを好いているんだろうか」

 今度は自分でもわかるくらい情けない声だった。


 エミリーははしたなくも鼻を鳴らしたが、どこか満足げだった。

「特に大好きというわけではないでしょうね。お嬢様は、坊っちゃまの負担になりたくないのだと思います。最近、何度か聞かれました。何故お兄様は結婚しないのかと。私がこのうちにいるからかと。おそらく本国でのご自分に何か事情があるのも気付いてらっしゃいます。子爵家に嫁入りすれば本国に帰る必要はなくなりますからね」


「……なんだそれは」

 そんなことは考えたこともない。妻がいる必要性を感じなかっただけだ。マリアがいたから。

 ケインは頭を抱えた。どうしたらいいんだ。

 コツコツとエミリーが近づいてくる。カサリという音が聞こえて、ケインは顔を上げた。


「お嬢様は、奥の事務室で帳簿をつけてらっしゃいます。今は、一緒に作業をしている者がお昼の休憩に出ていますから、お一人だと思いますよ」


 そう言いながら、差し出したのは小さな花束だった。掃除をしながら、いつの間にか部屋に飾ろうと持ってきた花を可愛らしい花束にしていたらしい。うちのメイドは本当に優秀だ。


「替えようと思って持ってきた花を花束にしてしまったので、坊っちゃまのお部屋のお花はしばらく枯れかけのままです。私の坊っちゃまに対する意趣返しは、これで勘弁して差し上げます」


 そう言ってニヤリと笑う。


「ありがとう、エミリー!! 愛してるよ!!」


「この期に及んで言う相手をお間違えです」

 エミリーはもう一度鼻を鳴らした。


 花束をひったくるように掴むと、ケインはマリアの元に走った。


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