番外編1 アメミア
完結済を連載中に直して良いのかわからなかったので、シリーズとして別枠で投稿します。
本編中では名前を出せなかったので、誰?と言う感じですが、お付き合いいただければと思います。
「まあまあ、大きな娘さんがいるからもう少し私に近いのかと思っていましたけど、こんなに若くて綺麗な方なのね。旦那様も人助けはするものね。役得だわ!」
部屋に通されると、恰幅の良い中年のメイドが親しげに話しかけてきた。ゾーイという名だという。
「お嬢様は続きの間にドレスを用意していますからね。あちらの扉から入ってくださいな。時間がないから簡単にですけれど、私たちも腕によりをかけますからね」
娘のマリアもゾーイの勢いにポカンとしていたが、母親と引き離されるとわかると不安そうな顔をした。
「大丈夫よ。きれいに着替えるだけ。すぐにお母様にまた会えますよ。ーーエミリー!」
ゾーイはにっこりと笑ってそう言うと、続きの間から年若いほかのメイドが現れた。エミリーもマリアににっこりと笑いかけると、優しく隣の部屋に連れて行く。
その様子を心配そうに見守っていたアメミアをゾーイは鏡の前に連れて行った。
鏡の前には、白いロングワンピースが用意されていた。
「急なことですし、あまり豪勢にしすぎるのも気づまりだろうと旦那様がおっしゃるので、シンプルなデザインですが、着心地はいいものを用意しましたからね。でも汚すと大変ですから、着替える前に少しだけお腹に物を入れておきましょう」
腹が減っては何とやらですよと言って、傍らのソファに座らせるとお茶と軽いビスケットを用意してくれた。
勧められるままにお茶を飲み、ビスケットをかじるとアメミアは何だか泣きたい気持ちになった。
今朝、開店と同時に店を訪れた若いカップル。平民の格好をしていたが、明らかに高位の貴族であることが窺われた。
ホールに通しては目立ちすぎるので個室に通した2人に呼び出されて行ってみると、急に店を出るように言われ、最低限の荷物を持って娘と2人馬車に乗った。
どうして言われるがままついてきてしまったかうまく説明できない。ただ、アメミア1人ではもう限界だった。それに若者たちの目は真剣にアメミア親子を案じていると語っていた。少なくともアメミアにはそう思えたのだ。
元の主であり娘の父親である男爵が、10数年ぶりに接触してきたのは、2ヶ月前だ。
自分に手をつけ妊娠したのがわかると、店と開店資金を用意され、屋敷を解雇された。あの男に娘に対する情などあるはずもないから、何も持たせずに追い出して奥方に暴露されるのを避けたいのだろうと思っていた。まさか娘が年頃になったら利用できるかもしれないと思って居場所を把握するためだったとは。
日々強引になっていく男爵にもう娘を守り切れないかもと心が折れかかっていた時に2人は現れたのだ。
馬車の中で聞かされた話は信じられないものだった。王家の指示で、これから向かう商家の後妻となるようにというのだ。商家といっても歴とした貴族で、しかもなんと王家立会の元結婚するので、男爵はもう手は出せない。
何故そのようなことをするのか全く理解できなかった。しかし、目の前の青年は信じられると思った。何より、あんなに愛おしそうな目で見ていた連れの女性を自分の身代わりに店に置いてきてくれたのだ。ただの悪巧みでそこまでできないだろう。
お茶を飲み終わると、ゾーイにされるままにワンピースに着替える。これから簡単な結婚式をするそうだ。
「旦那様が急にご結婚なさる、それも極うちうちにと言われた時は驚きましたけど、こんな可愛らしいお母様と娘さんで嬉しいわ。このうちは、お貴族様だけど、商人の色の方が濃くて、私みたいに普通のお家では勤まらないような大雑把な粗忽者でも使ってもらっているんですよ」
ゾーイの口は止まらないが、手も止まらない。あっという間にワンピースに着替えさせると髪も結い、化粧まで施してくれた。とても粗忽者には思えない手際だった。
「前の奥様を早くに亡くされて、坊っちゃまと2人でしょ。奥様とお嬢様ができてこれから楽しみです」
もともと人懐こい性格なのだろう。急にやってきた見ず知らずのアメミア親子にも親しげにしてくれる。緊張で顔色が悪いだろう自分を気遣ってくれているのかもしれない。
「おいおい、また坊ちゃんって呼ぶなってケインに怒られるぞ」
急に声がして振り返ると1人の上品そうな男性が立っていた。歳の頃は40代か。白い正装を着ているということはーー。
「初めまして。アメミア、と呼んでいいかな。私はデュード・ランドア。そして今日から君の夫だ」
そう冗談めかして言うとウインクをしてみせた。そう言う仕草も様になる。
「まあ、旦那様ったらノックもせずに。着替え中だったらどうするんです」
ゾーイは主人相手でも全く変わらない。
それにランドア伯も怒るわけでもなく、降参だと言わんばかりに両手を軽くあげた。
「ちゃんとエミリーに先に様子を見てもらったさ」
そうして振り返ると先程のエミリーというメイドと共に娘のマリアが入ってきた。
その姿にアメミアは我に返ると慌てて礼をとった。
「ランドア伯、この度は私共親子にお慈悲をかけてくださってありがとうございます。何なりとお言いつけください」
「いやいや、アメミア。こんな我が家に急に来てもらってこちらこそ悪かったね。見ての通り貴族といってもざっくばらんな家なんだ。ゆっくり慣れてくれたらいいよ。息子も後で紹介するが、マリアも急にこんなおじさん達が家族になってびっくりしたね」
「いえ、あの、びっくりはしましたけど、こんな綺麗な服を着せてもらって嬉しいです」
マリアがおずおずと答えた。
「そうか!気に入ってくれて良かった。やっぱり娘はいいねえ。息子なんて何着せても無反応だからね!」
満面の笑みで言うランドア伯につられてマリアも笑っている。
「旦那様はナイスミドルな上に大富豪で伯爵なので、結婚の申し込みが後を絶たないんです。でもこの家はこんな感じで一般的な貴族ではなくて使用人とも分け隔てなく接してくださいますし、貴族のお嬢様だと辛いと思うんです。奥様とお嬢様は市井の出身で、こう言う雰囲気でも怒ったりなさらない方だと聞いて楽しみにしていました」
マリアの用意をしてくれたエミリーが言う。
主人に対してそんなことを言っていいのかと驚くがこの口ぶりだと自分たちのことはある程度知ってくれて皆受け入れてくれているようだ。
「まあ色々な家とのしがらみと商売のこともあってね。私が再婚相手を選ぶのは難しかったんだ。今回のことは王太子殿下のご紹介だからということでこちらも助かったんだよ。だから人助けはお互い様だ。かわいい奥さんと娘ができて嬉しいよ」
そしてマリアに聞こえないようにアメミアに一歩近づくと小さな声で言った。
「家の周りにいた男爵家の手の者は憲兵に引き渡したそうだよ。ソフィア様はあんな美しいなりをしているが、王太子殿下直属のエリート騎士様なんだ」
アメミアは、それを聞いて足から力が抜けてしまった。すかさずランドア伯が支える。
「これまで色々大変だったね。ゆっくり家族になっていけばいいさ。だけどどうしても式だけ挙げないといけないんだ。少し休んだら歩けるかい?」
これまで1人で娘を育ててきたアメミアは、こう言う扱いに慣れていなかった。年甲斐もなくドギマギしてしまう。
その様子をメイドたちも、ランドア伯も微笑ましく見ていた。
きっとゆっくり家族になるのだろう。
今朝馬車に乗ると決めた自分は正しかったのだ。
アメミアはそう思うことができた。
しばらく休んで臨んだ結婚式に本当に王太子殿下が座っていて、今度こそ腰が抜けそうになったのは、また別のお話。