異形
百物語十四話になります
一一二九の怪談百物語↓
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俺がまだ小学校に入る前の話だ。
当時の俺は家族と一緒に山奥の小さな家に住んでいた。
とても不便な生活だったのを覚えている。家の周りにはコンビニどころか、ご近所さんすら住んでいない。野生動物は毎日見てたけどな。
台風の影響で雨風が酷くなってきた夜。俺は親父と一緒に街へ向かうことになった。妹が高熱を出してしまい、街の大きな病院へ連れて行こうとしたのだ。俺は妹を抱きかかえると、親父の車の後部座席に乗り込んだ。母さんが見送る中、親父はすぐに車を走らせた。
荒れ放題になったアスファルトの山道を進むと、今では使われていない小さな「バス停」が見えてきた。屋根はボロボロ、ベンチには大量のゴミが散乱しており、10年以上前のポスターが貼りっぱなしになっていた。いつもなら誰も使わない廃バス停なのだが、その日は違った。
「父ちゃん、バス停に誰かいるよ!」
俺はバス停の中にコートを着た2人の若い男女が立っていることに気がついた。こんな山奥に…しかも台風で雨風が酷い夜に一体どうして…?
「本当だ!こんなところで何やってんだ?遊びに来て帰れなくなったのかな?2人共、ちょっと待っててくれ!」
親父はバス停の前に車を止めると、車の窓を開けてバス停の2人に声をかけた。
「どうしました?ここ、バス来ませんよ?街へ行きたのなら、送っていきましょうか?」
2人は俺たちに背を向けており、親父の声かけにも一切反応しない。
「あの…何かあったんですか…?」
2人はまだ動かない。
「ねぇ父ちゃん…早く病院行こうよ…?」
後部座席に座っていた俺が親父に向かって小声で声をかけた。その瞬間、動く気配を見せなかった2人がゆっくりと顔を振り返らせ…
「えっ!?な、なんだっ!?」
「…あっ!」
その時のことは、今でもはっきりと覚えている。2人の顔には「あるもの」がなかった。人間の顔にある鼻と口がなかったのだ。2人は俺を同時に指さすと、鼻も口もない顔でニッコリと「笑った」のだ。
「う、うわぁああああああああああああっ!?」
親父はすぐに車を走らせると、そのまま無言で街の病院へ向かった。
妹は病院に到着後、すぐに回復。親父と妹はそのまま家へ帰ることになったが、俺だけ山の麓に住む「神じい」と呼ばれる爺ちゃんの家に連れていかれることになった。神じいは親父に抱きかかえられた俺を見ると、笑顔でこう言った。
「もう大丈夫だ。もう2度と家には帰れないが、この場所なら連れて行かれることはないだろう」
その日以来、俺は2度と家に帰ることはなかった。俺は中学校を卒業するまで、神じいと奥さんのお婆ちゃんに育てられた。家に帰れない理由は教えてくれなかった。両親や妹は週末に必ず会いに来てくれたので、寂しい思いをすることはなかった。
中学校を卒業すると、俺たち家族は東京へ引っ越すことになった。俺は引っ越しの前日、神じいへ自分が神じいの家で暮らすことになった理由を改めて聞いてみた。すると…
「もう話しても大丈夫だろ。お前はなぁ…『山の人間』に気に入られたんだ。妹が熱を出したのも、お前がバス停で見たことも全て山の人間がやったことだ。もうあの山に入ってはいかんぞ。見つかったらもう逃げられん。お前も山の人間になっちまう」
神じいは俺にお守りを持たせると、引っ越す俺たちを笑顔で見送ってくれた。