魔法少女は正気だけど正気じゃありませんでした。
「ご馳走様でした」
「はい、お粗末様でした」
カチャンと星崎が箸を置く。今度は手足を縛られはしなかった。おそらく俺が逃げないと判断したのだろう。
俺も逃げる選択肢……というか、星崎相手に逃げることは最初から考えてはいない。
そもそも星崎にご飯を食べさせて貰えるのは俺にとって得しかない。星崎の欲望を解消する。俺も気持ち的に大満足。両者win-winだ。
……本当にか???
「片付けますねー」
「あ、いいよ星崎。俺がや――」
「ダメです」
片付けを手伝おうとしたらピシャリと釘を刺された。
「いやでも、作って貰ったんだし」
「先輩のお世話をするのは私の役目なんです!」
「いやいや役目って」
「私が先輩のお世話をしたいんですっ! ……それとも、迷惑……ですか?」
星崎は自分の身体を抱きしめて目をうるうるさせている。それは本当に反則的に可愛い。何でも許してしまう。
「わかったわかった。俺の負けだ。……その涙目は可愛すぎるから控えてくれ」
「はいっ!」
俺が降参の意志を見せると星崎は途端に笑顔になった。
鼻歌交じりに洗い物を始めた星崎の背中を見守る。小さな背中はリビングから離れているとより小さく見える。
……後ろから抱きしめたら折れちゃいそうだな、とか思いながら食後のお茶をずずず、と啜る。
どう話を切り出そうか。
さっき見た星崎の不安げな表情。闇堕ちに何か関係してるかもしれないし、闇堕ちとか関係なく俺は星崎には笑顔でいて欲しい。
可愛い後輩が悩んでるなら、先輩として解決しないとな――ってのは建前としては十分だろう。
「洗い物終わりました。洗濯物も終わりましたよ」
「ありがとう星崎。悪いな」
「いえ! 私がしたいんだから任せてください!」
星崎は活き活きとしている。欲望を順調に解消してると言っていいだろう。
「せーんぱいっ」
「うぉっ」
星崎がぎゅっと抱きついてきた。背中から抱きつき、首に手を回し密着する。
星崎の匂いが鼻をくすぐる。ここ二日でずっと嗅いでいる匂いだけど一向に慣れる様子がない。
ドキドキしてくる。心臓が早くなる。こんな可愛くて愛らしい女の子に抱きつかれて、平静を保てる自信がない。
「……なあ、星崎」
「はい。どうかしましたか?」
星崎が身体を押しつけてくる。きっと満面の笑みを浮かべているだろう。
今からする話は、星崎の笑顔を曇らせてしまうかもしれない。けれどしなければならないことだ。
星崎を助けるためにも、星崎を知るためにも。
「四ノ月さんとスーパーで別れた時、不安そうにしてたけど……何か、あったのか?」
「……っ」
さすがの星崎も黙り込んでしまった。気まずい空気が流れるけど、星崎は身体を離そうとはしなかった。
自分の心臓が落ち着いてくると、星崎の鼓動が伝わってきた。
気持ち早めの心臓の音。どことなく心地よいリズムは、星崎が緊張していないことを教えてくれる。
星崎が力を込めて抱きしめてくる。背中のいろんなところに星崎の柔らかい身体が当たり、わかっていたことだが途端に意識してしまうとドキドキが再開する。
静かな時間が経過する。何も喋らない星崎と、星崎の言葉を待つ俺。
チクタクと時計の針が時間だけを刻んでいく。夕食を終え、片付けが終わり、あとは風呂を済ませれば寝るだけで。
普段だったらテレビでも見てまったりと過ごしている時間を、星崎と二人、無言で過ごしている。
「私、怖いんです」
星崎が恐る恐るといった風に口を開いた。出てきた言葉は俺にとって予想外のもの。
「怖い? 四ノ月さんがか?」
あんなに笑顔で人なつっこい子が怖いとは思わないが。
どうやら違う意味らしく、星崎がふるふると首を横に振った。ツインテールがぺちぺちと当たってくすぐったい。
「いえ……先輩が、離れて行っちゃいそうで」
「俺が?」
「……はい。秋桜ちゃんは可愛いですから、先輩が……秋桜ちゃんに夢中になるのが、怖くて」
「んんん?」
俺が四ノ月さんに夢中になるのが、怖い?
俺は魔法少女コズミック・ルナの大ファンで星崎の先輩だからそんなことはあり得ないんだが――。
……というより、どう捉えればいいんだろう。
好意的に解釈するなら、……ヤキモチ?
うわ何それめっちゃ嬉し……いやいや可愛すぎて死ぬよ?
今すぐ振り向いて抱きしめたい。そんな不安にしてる星崎をぎゅってしてなんならすりすりしたい。
けれど、それは出来ない。……だって俺はファンであって彼氏ではないから。
いやなりたいよ? 星崎と恋人になれたら絶対毎日幸せじゃん。幸せすぎて死ぬレベルだよ?
でもこんな可愛い星崎が俺なんかを好きになるわけがない。親しいお隣さんだから、ここまでの距離でいられる。
「俺は、星崎瑠那……魔法少女コズミック・ルナの一番のファンだ」
「っ……」
「だから俺が他の女の子とか魔法少女に夢中になることは絶対にない! 俺はずっと、いつまでも星崎を応援してるから!」
これが俺に言える精一杯。好きだ、とか勢いで告白したいけどそれで関係が壊れてしまうのは……怖い。
「おーえん、だけですか?」
「ほ、星崎が望むことならなんだって叶えてやる!」
「……ほんとですか?」
「俺は星崎には笑顔でいて欲しい。可愛い後輩の悲しい顔は見たくない」
「…………後輩、ですか。ううん、でも……」
星崎がさらに力を込めてくる。少し苦しさもあるが、星崎を不安にさせた分として受け止める。
「先輩は、ずっと私と一緒にいてくれますか?」
「星崎が望む限り、俺は傍にいるよ」
「……せんぱぁい」
甘ったるい星崎の声が耳を痺れさせる。体勢的にも耳元で聞こえてくる声は、俺の思考を麻痺させてくる。
「今の私、悪い子になっちゃってるんですよ?」
……星崎は、今の自分が闇堕ちしてることを自覚してるのか?
いや、確かに最初に『気分が良い』とも言っていた。人格が変わったようにも見えたが、やっぱり星崎は星崎だったんだ。
だから星崎は、今の自分の行動もぜんぶ自覚を持って行っている、ということだ。
「悪い子とか関係ない。星崎は星崎だ」
「……嬉しいですっ」
耳元で囁かれると非常にこそばゆいが、なんというか……頭が、ぼーっとしてくる。
「ね、先輩。それなら……お願いが、あるんですけど」
「なんだ? 何でも言っていいぞ」
星崎なら何も悪いことをするはずがない。俺は星崎を信じてるし。あー……それにしても、ぼんやりする。むしろ眠いくらいだ。
「一緒にお風呂、入りましょ。私、先輩を綺麗にしたいです……」
ぼんやりとした意識のまま、俺は星崎の言葉に素直に頷いてしまった。
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