闇夜を駆ける"ヤイバ"
「ありがとうございましたー」
幕の内弁当っていいよな。
栄養バランスもいいし、白米の上にぽつんと置かれた梅干しが彩りを完成させている感じで。
一人暮らしが長いから、こうやって500円くらいで弁当が買えるのは本当にありがたい。
もちろん食材を纏めて自分で作った方が安上がりの時もあるけど、調理の手間や労力や時間を考えたらコンビニ弁当とかのほうが遥かに効率的だ。
文明に感謝!
「……まあ、あんまりコンビニ弁当ばっか食べてると瑠那に怒られるんだけどな」
瑠那と出会ったばかりの頃に、つい面倒くさくてコンビニ弁当を一週間くらい続けていたらたまたまゴミ出しの時に見られてもの凄いジト目で睨まれたんだよなぁ。
その日は瑠那がわざわざ肉じゃがを作って持ってきてくれたし。今でもあの味は忘れることが出来ない。
……あれ。もしかして俺出会った時からすでに胃袋掴まれてた?
今はもう付き合ってるからセーフ! 深く考えない!
「瑠那起きてるかなー。出来れば一緒に食べたいけど」
二人で食べるのが当たり前になってきているから、出来るだけ一人で食べたくはない。
でも寝てるのを起こすのも忍びないから、電話を掛けるつもりはない。
瑠那はコズミック・ルナとして活躍して疲れてるんだ。俺に出来るのは、そんな瑠那を支えることだ。
「これがなー。ラノベだったら『俺が瑠那を守るんだ!』って修行パート挟んで俺も戦うんだろうけど」
残念ながら俺は普通で平凡な人間だし、戦う力もセンスもない。
星華学園では《来訪者》の存在からか魔法についての授業が取り組まれている。
でも俺に魔法の適正はなかった。だから魔法の知識は雑学程度しかない。
「俺は俺に出来ることをする。そう決めたしな」
俺が無理に戦おうとして、瑠那を不安にさせてもいけない。
いや瑠那を戦わせたい気持ちはもちろんあるが。現状瑠那が――コズミック・ルナが星華島を守る筆頭戦力である以上、戦いを避けることは出来ない。
だから俺は、瑠那が帰ってくる場所であり続ける。帰ってくる場所を守ることが、俺に出来ることだ。
「よし、帰るか」
マンションに向かって歩き出して――――サイレンが鳴り響いて、俺は足を止めざるを得なかった。
「このサイレンは――」
《侵略者》、だよな?
瑠那は家で寝ているから、おそらくは四ノ月さん――はメンタル不調だったな。ということはナナクスロイさんが出るのか?
あのものぐさなナナクスロイさんが夕食の時間に出動……?
ちょっと想像できないな。いや出動してもらわないとやばいんだけど。
『《ゲート》が開きました。住民の方々は避難してください』
お決まりの放送が流れて、思わず俺は空を見上げた。満天の星空を引き裂くように天が割れ、《侵略者》が降りてきて――って俺の目の前!?
「グルルルル……」
……えー、その、あのー……。
ちょっと……デカくないですか……?(三メートルくらい)(両腕が刃物)()
「に、日本語話せますか?」
「グルァアアアアア!!!!!」
「ですよねー!」
現れた《侵略者》は両手が巨大な刃物になっていて、それを一気に振り回してくる。
もちろん俺は脱兎の如く逃げ出した。
「グルァ! グルァ! グルアアアア!!!!」
「ひぃ! ひぃ! やべえってやべえって!」
後ろを見ることなんて出来ないし何が起こってるかもわからないし俺が追われてるってことだけはわかるんだけど足を止めたらやばい!
全速力で逃げる。でも男子高校生の全速力なんてたかがしれている。
「あっ……」
足がもつれて転んでしまった。
いってぇ……。
「グル、グル、グル」
「……やっば」
顔を上げれば、《侵略者》が俺を見下ろしていた。目を血走らせて、両腕を振り上げている。
――死ぬ。
直感的に理解した。このまま両腕が振り下ろされれば、俺は死ぬ。
死ぬ?
いや、それは別に怖くない。俺が死んだら――瑠那が悲しむ。
それはやだな。俺は瑠那を悲しませたくない。
けれど悲しいことに俺は無力だ。何の抵抗も出来ない。
諦めるわけじゃないけど――ああ、うん、なんていうか。
「……俺もそっちに行く時が来たってことか。父さん――」
「まさか。誰も犠牲者は出さないよ。こんなところで諦めるな、少年」
「え――――」
《侵略者》が顔を暗がりへ向けた。カツンカツンと靴音を鳴らしながら、暗がりから仮面の戦士が姿を見せる。
「すまない。少しばかり初動が遅れ、君を危険に巻き込んだことをお詫びしよう。でも安心してほしい」
その人の声は聞き覚えのある声で――でも、俺が知っている人とは全然違う。
「マスクドライダー"ヤイバ"。ただいま見参――悪鬼羅刹の全て、我が剣にて屠ると誓おう!」
噂には聞いていた、島を守る魔法少女以外のヒーロー。
《侵略者》はすぐにヤイバを敵と判断したのか、俺を無視してヤイバへ向けて全速力で駆け出した。
速い。俺を追っていた時よりもずっと速い!
「グルアアアアアアアアアアアアアア!!!!!」
「猛々しい。落ち着け――と言いたいが、悪いな。《侵略者》に情けを掛けるわけにはいかないんだ」
振り下ろされた《侵略者》の刃を二刀流の刀で受け止めた。あれだけの巨体の一撃をなんなく受け止めたヤイバは、《侵略者》の腕を弾くと二刀の切っ先を《侵略者》に向けて突進する。
「一刀・ムラマサ。二刀・ライデン。三刀・フウメイ。四刀・ヒデン――」
「グル――!?」
地面を蹴るヤイバの両足にも刃が取り付いた。二刀流ではなく四刀流で、《侵略者》は慌てて防御に構える。
でも――そんなものは関係ないとばかりに、ヤイバは曲芸めいた動きで四刀を振るう。
目にも止まらない超スピード――少なくとも俺には、ヤイバが剣を振るったこともいまいち目で追えないほどだった。
「四刀戦華"夜哭"!」
「グル――――――!?」
気付けばヤイバは《侵略者》の後ろに回り込んでいた。背を向けて、戦いは終わったとばかりに刀を鞘に納めていた。
《侵略者》が力を失い崩れていく。四肢が落ち、真っ二つにされた身体が地面に転がる。
塵となって消えていく。風に乗って何処かへと。俺はその光景をぼんやりと見つめて――。
「大丈夫か?」
「……あ、はい。大丈夫です」
「よかったよかった。怪我人を出すわけにはいかないしな」
俺を見かねたのか、ヤイバが声を掛けてくれた。差し出された握手に応じると、ヤイバは嬉しそうにしてくれる。
「……あの」
「どうしたんだ?」
「すいません。唐突だとは思うんですが……」
ヤイバの声には聞き覚えがある。それも凄く身近な人の声だ。
特に平日に嫌というほど聞いている。
「朝凪先生、ですよね?」
「………………あっっっっっははははははははナンノコトカナーーーー!? 大空はおかしいことを言うなー!」
「あの、そもそも俺"ヤイバ"には名乗ってないんですが」
「あ゛」
もの凄い自爆っぷりである。いやだって声まんま同じじゃん。どうしてみんな気付かないのか……。
「いやいや仮面越しだし喋り方も違うしそもそも認識阻害の魔法発動してるのにどうして――」
「あ、俺なんかその認識阻害の魔法効かないらしいんですよ。だからコズミック・ルナが瑠那ってのも知ってますし」
「ああああああもうそれ先に知っておくべきだったぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ個人情報がぁぁぁぁぁぁぁあ」
「あー……大丈夫です。喋りませんから」
「本当か!? 頼むぞ!? 星華学園は副業禁止なんだよ!」
「副業なんですか!?」
島を守る正義のヒーローが、副業。
……いや、気にしない方がいい話題だよな、うんうん。
「……なあ大空、腹減ってないか? 飯奢るぞ」
「え、もしかして口止め料ですか!?」
「いいか大空。それ以上はいけない。俺は教師であり一人の大人として、面倒を見ている子供に飯を振る舞おうとしているだけだ。下心の有無なんて奢られる側は気にしなくていいんだ。ただ少し『恩を感じたから口にチャックをしておこう』と思ってくれればそれでいいんだ。な?」
「……は、はい」
あ、これ逆らえない奴だ。せっかく弁当を買ったのに――――って、ああもう逃げてる間に落としたみたいだ。くそ、幕の内……!
「決まりだな。よしなんでも奢ってやるから好きなモンをリクエストしな! 今日の俺は太っ腹だあーはっはっは!」
いつの間にかヤイバは変身を解いて朝凪先生に戻っていた。
どこからどう見てもいつも通りの朝凪先生だ。
冴えない地味目の先生とはよく言われてるけど、裏を返せば真面目な先生ってことだ。
そんな先生に肩を組まれ強引に連れ去られていく。せ、せめて瑠那にメールだけでもしておかないと!
「やっぱ肉か? 焼き肉でも行くか? 大丈夫だ俺だってまだ三十になってないし焼き肉くらいいけるいける! さあ焼き肉に行こうぜ。少し高い良い店を知ってるんだよ!」
「先生なんか学校の時とキャラ違いませんか!?」
「うるせえ教師人生の進退掛かってる大事な場面だぞ演技なんてしてられっか!」
「わーお。大人げねぇ……」
「はっはっは。親友の悪影響を受けたらこんな風になったんだ。諦めてくれ」
「その親友との付き合い考え直した方が良いですよ……」
……とはいえ、タダで焼き肉が食えるならおとなしくご相伴にあずかろう。
出来ればお土産も用意してもらおう。それくらいならいけるはず……!
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