魔法使いは闇堕ちしました。③
「星崎、遅いなぁ」
もうすぐ十二時を回ってしまう。せっかく作ったハンバーグはひとまずラップをかけて冷蔵庫にしまっておいた。
一緒に食べたかったが、済ませておいた。こういう時に待っていると、星崎に怒られるからなぁ。
推しに心配して貰える……しまった格好のチャンスだったじゃないか!?
「悲鳴助かる、と」
貯めておいたVTuberの配信アーカイブを見ながらコメントを残しておく。俺の最推しはコズミック・ルナだけどこっちの世界はこっちでしっかり推しもいる。キメてけ。
「はー。やっぱ面白いなぁ」
個人的にはやっぱりリアクションが大きい方が面白い。画面越しに聞こえてくる悲鳴は本物なんだろうけど、見ている分には面白い。
星崎もホラー苦手だし、今度やらせてみ……いや、推しのリアルな涙は見たくない。ここはこっちの推しにホラゲーをやってもらって楽しんで貰おう。
……ん?
「星崎か?」
LINEに通話が来ていたので、応答する。今から帰るとかかな? それなら通話しながらハンバーグでも温めなおすかー。
「おい、大空浩輝!」
「ってなんだよユーかよ」
聞き慣れた高いショタ声は星崎のものではない。当たり前だ星崎の可愛いボイスがショタ声であってたまるか。
「家にいるのか? 早く逃げろ!」
「は? なんだよいきなり。それより星崎は――」
ユーの声が途切れた――というか。
窓が勢いよく割れた。
「……へ?」
「あ、やっぱり先輩いましたねっ」
「ほし……ざき……?」
窓を向けば、星崎が立っていた。しかも星崎ではなく――コズミック・ルナとして――いや、違う!?
「星崎、その衣装は……」
いつもの白いフリフリドレスじゃない。黒を中心としたドレス……というか露出が激しい!
肩、モモ、ヘソチラ! なんだその性癖オープンコンバットは!!! ごちそうさまです!
「えへ。先輩が好きそうなのにしてみました」
「すっごい好きですありがとうございます」
……っは!? 俺は何を。
危ない危ない。いつものフリフリ白ドレスは天使要素ダイマックスで大好きだが、こういう悪魔っ子みたいな衣装もなかなか……じゃなくて!
「星崎、なにかあったのか?」
「えー、何もないですよー?」
ニコニコと星崎は笑顔で俺に近づいてくる。……いや、おかしい。いつもとは明らかに違う。いつもの笑顔はもっとヒマワリのような笑顔だが、今の笑顔は、獲物を捕らえた肉食獣のような表情だ。
「大空浩輝、いますぐ逃げろ! 今の瑠那は【闇堕ち】してる!」
「は? なんだよそれ――って!?」
「先輩、つーかまーえたっ」
ユーに言葉の意味を聞こうとしたら、突然両腕が縛られた。しかもロープじゃない。魔法だこれ!?
しかも両足まで縛られて、俺は倒れ込んでしまう。寝転んだ俺を、星崎が見下ろしてくる。
……あ、パンツが見えそ――――いやいやいやいやそんな場合じゃねえ!
「あのー、星崎さん? 俺を捕まえてどうするんですか?」
「えー。決まってるないですかー」
星崎はにこにこと歩み寄ってくる。しゃがみ込んで俺をのぞき込んでくる。
いつもは綺麗なトパーズイエローの瞳が、濁ってるような気がした。
「先輩はこれから、ずーっと私にお世話されるんですよ」
「……へ?」
「気分が良いです。ずっとずっと我慢してて……もう、我慢なんてしません。先輩の生活ぜーんぶ。私が管理するんです。私が先輩をお世話するんです。ずっと、ずーーーーーっと。ご飯もお洗濯もお掃除も……ぜんぶ、やります」
じりじり星崎が近寄ってくる。身の危険を感じるのだが、どうしよう……星崎の言っていることが、ものすごく俺に得しかないのだが。
「大空浩輝、返事をしろ。今の瑠那は正気を失っている! とにかく瑠那の欲望をどうにかして発散させるんだ!」
「発散って……!」
通話越しにユーが必死に状況を説明してくれるのはありがたい。
欲望を発散させろとは言われても、俺は身動き取れないし。
「それとだな!」
「ユーくん、黙ってください。スマホは今度回収しますから、今日はもうさようならです」
「っ――いいか大空浩輝、最後にこれだけは言っておく!」
星崎がスマホを手に取り、通話を切ろうとする。ユーが最後とばかりに必死に声を張り上げた。
なんだ、この状況を打開するヒントか!? 頼むぞ星獣! 星崎とついでに俺を助けてくれ!
「瑠那に手を出したら殺すからな」
「何考えてんだよ淫獣」
「ばっかボクはユニコーンだぞ処女厨だ――――」
最後にどうでも良い情報を残して通話が終了した。
手を出す? はは、それはまずもってあり得ないから安心しろ。
星崎なんて最高に可愛い女の子が俺なんかに興味ないからな!
今も混乱してお世話するとか言い出してるだけだし、すぐに直るだろあっはっは!
「……あは。やっと邪魔が入らなくなりましたね」
「星崎、冷蔵庫にハンバーグがあるから温めるか?」
「はんばー……ぶんぶんぶんっ! 違います。私が先輩の衣食住全てを管理するんですっ」
いやこういうときにいつもの可愛い調子を出すのかよ可愛いなぁ!
「……こほん。ご飯は大丈夫です。それに時間も時間です。明日も授業がありますし、今日はもう寝ましょう」
「あ、ああ。おやすみ星崎、また明日な」
星崎は落ち着いてきている。きっと闇堕ちなんて杞憂だったんだ。
当たり前だ。俺の天使が小悪魔なわけがない。
「何を言ってるんですか先輩。私は言いましたよ? 先輩の『ぜんぶ』を、管理しますって」
「え?」
「一緒に寝ましょうね、先輩っ」
「星崎さんそれはまずいです俺だって男なんです肉食動物なんですぅー!」
「大丈夫です! 優しくしますから!」
「俺の推しが肉食に!? これが闇堕ちの影響なのか……!?」
「……っふふ。それに先輩は身動き出来ませんもんね」
「しまった」
俺は今も魔法で両手両足を拘束されていた。立つことも出来ない俺じゃ、布団を敷くことも出来ない。
「お布団敷きますねー」
「星崎さん?」
「枕がひとつしかないので、明日には私の部屋から持ってきますね」
「星崎さん???」
「任せてください。今日は私が先輩の枕になりますから!」
「星崎さん?????」
「さ、先輩。横になってください」
「ちくしょう魔法少女に力技でごり押しされてる!」
星崎にお姫様抱っこで布団まで運ばれる。待って待ってそれ俺がやりたいこと!
しかもいつの間にか悪魔っ子フォームから制服に戻ってるし。え、パジャマに着替えないの!? あーいや、別に星崎の着替えが見たいとかそういうわけじゃなくてですね!
「ほ、ほら星崎も着替えた方がいいんじゃないか? シャワーとか浴びたほうがいいと思うぞ」
「ダメです。今シャワー浴びてもパジャマがありません」
「部屋隣ぃぃぃぃぃぃぃ」
「いーんです。魔法で綺麗になりますから。それに、もう眠いですし……ふぁ」
星崎が可愛らしくあくびをする。確かにいつもはもっと早く寝ている。
……本当に星崎と一緒に寝るのか? 俺の理性、保つのか?
あ、手足縛られたままだったから大丈夫だな。理性がオーバーロードするだろうけど。
「それじゃ先輩、寝ましょっ」
「あのな星崎、やっぱり――」
「……先輩は、私と……寝て、くれないんですか……?」
「星崎と寝れるの嬉しいなぁー! 最高に決まってるだろ!」
上目遣いでうるうるは反則だって星崎は俺の推しぃー!
「それじゃ、おやすみなさい」
「……はい」
星崎の胸に抱きしめられる形で、一緒に横になる。
むぎゅってされた。むしろむぎゅーってされてる。え、なにこれ幸せ空間? すっごく良い匂いがするんですが甘いキャンディのような。
ここが……楽園……理想郷はここにあった……!
「むにゃ……しぇんぱい……ふにゅう……」
「寝言まで可愛いかよ……」
緊張しすぎて眠れなさそうだ…………………………………すやぁ。
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