魔法少女と普通の女の子。
「私が魔法少女として先輩と出会う前に、私は先輩と会っているんです。……それは、もっと昔の話で、二年前になります」
二年前。まだ星華学園の高等部に上がる前のころ。
俺と星崎が出会っていた……?
「両親と旅行で星華島に来たことがあるんです。その時にはぐれてしまって、不安で泣いてたところを助けて貰ったんです」
……ぜんぜん覚えがない。いやいや、せっかくの星崎との出会いを忘れてる?
そんなことコズミック・ルナのファンとして――。
「ああいえ、忘れててもいいんです。ただ、私にとっては凄く嬉しかったことで……私に手を差し伸べてくれたのは、ずっと、ずっと忘れられない出来事だったんです」
「星崎……」
そういえば、そんなこともあったか? バス通りで泣いている女の子を見かけ、思わず声を掛けた記憶はある。でもそれが星崎であったかどうかまでは思い出せない。
「それがとても印象的で……それから魔法少女になって、この島で暮らすことになって……一度も、忘れたことなんてありません」
いつの間にか星崎は身体を離して向かい合っていた。真っ直ぐな瞳が俺を見つめていて、ドキリとする。闇堕ちしているとは思えない真っ直ぐで決意の込められた瞳。
「先輩に助けて貰って、先輩を助けて……そしてまた先輩と再会出来て……私は、私は……っ」
星崎は身体を震わせながら顔を上げた。瞳には涙が浮かんでいる。
泣いている顔は見たくない。その涙を拭いたくて、俺はそっと手を伸ばす。
「先輩は、ずっと私を応援してくれました。私を助けてくれた先輩が、ずっとずっと応援してくれる。それが嬉しくて、私は魔法少女を続けられたんです」
「え……」
星崎の言葉に伸ばした手が固まる。涙を拭おうとした指先は星崎の手に捕まり、そのまま柔らかな頬に添えられた。
「先輩は、魔法少女コズミック・ルナを応援してくれる……そして、星崎瑠那もしっかり見てくれる。いつも優しくて、頼らせてくれる……素敵な先輩なんです」
愛しそうに俺の手に頬ずりをしてくる星崎。暖かでくすぐったくて、俺はそのまま頬を優しく揉む。星崎もそれが気持ちいいのか、目を細めてうっとりとしている。
その表情は先輩に対する敬愛の感情ではなく、それ以上のものを感じ取った。
「ずっと先輩と後輩の関係だけでもよかったんです。先輩が傍にいてくれるなら……でも」
「グリード・コアヌス……か」
「はい。襲われて、ずっと心に囁かれたんです。『したいことをしろ』と、『我慢をするな』と。頭がぼーっとして、頷いちゃって」
「それが、最初の夜のことか」
グリード・コアヌスによって星崎が闇堕ち――欲望のままに行動を始めたあの日。とはいえまだ一週間も経っていないけど。
「……はい。ずっと先輩にしてあげたかったことをしていく度に、頭のもやは少しずつ晴れていったんですけど」
「ああ、だから」
なんとなく納得した。最初に一緒に寝た時と、俺を着替えさせようとして顔を真っ赤にした時の微妙な変化。それはグリード・コアヌスの洗脳が解けてきていた証だったんだ。
「……でも、本当は私……グリード・コアヌスに感謝してるんです」
「感謝?」
「我慢しなくなったから……先輩ともっと、距離が近づけたような気がするんです。それが私にはとても嬉しくて」
どういうことだろう。……いや、とぼけても意味はない。
グリード・コアヌスによって欲望を解放……いや、『我慢』をしなくてよくなったと考えるなら星崎はずっと我慢してきたということだ。
何を我慢していたのか。星崎はもう答えを言っている。
先輩後輩の関係でもよかった――わけじゃない。
星崎は、それ以上の関係を望んでいた。でも、ぜんぶを失ってしまうことを考えて、尻込みしてしまっていた。
……俺と同じ、いや、俺よりも怯えていた。俺は星崎を思っていても、応援出来ればいいと割り切っていた。それは春秋さんにも言われた通り、俺は俺自身のことを後回しにする。それが逆に、星崎を苦しめていたのかもしれない。
自分の気持ちに向き合うこと。星崎を思うのなら、俺は真っ直ぐにこの感情を言葉にするべきだ。
いや、違う。星崎を助けたいって思いを言い訳にしてはならない。
俺が、星崎を好きなんだから。
「俺は……俺は、星崎のことが好きだ」
「……っ」
「俺もずっと、星崎と先輩後輩の仲でいられればいいと思ってた。でも、星崎ともっと近くで過ごして、離れた時の寂しさと、触れた時の暖かさを知ってわかったんだ。俺は、星崎瑠那。君のことが、大好きなんだ。俺なんかじゃ、星崎の傍にいられないって考えてたけど……違う。俺が、いたいんだ。星崎の傍に。好きな人の傍にいたいんだ」
「先輩……っ」
「だから、星崎。俺と付き合ってください」
一世一代の告白だ。今まで誰かを好きになったこともぜんぜんなかった俺の、精一杯の愛の告白。
「……私も。私も先輩が好きです。大好きなんですっ」
「星崎……っ!」
「だから、私を先輩の彼女にしてください……っ」
顔を真っ赤にした星崎が俺の胸に飛び込んでくる。
胸の内側が熱くなっていく。応援しているだけで良かった人に真っ直ぐに見つめられて、身体の芯から喜びが溢れ出ている。
その思いを表すかのように、星崎を抱きしめる力をより強くする。抱きしめれば抱きしめるほど星崎と密着し、暖かさと柔らかさを実感できる。
腕の中の星崎もまた俺に身体を押しつけてくる。お互いがお互いを求めている。それがわかるだけでも嬉しい。嬉しすぎてどうにかなってしまいそうで。
あぁ、あぁ、もう……!
「好きだ。大好きだ。……瑠那」
「はぅっ!? せ、せんぱい……もっと、もっと名前を呼んでください……」
抑えきれなくなった思いのままに、星崎――瑠那の名前を耳元で囁く。瑠那はそれだけで身体をびくんと震わせる。自分の言葉一つで瑠那がここまで反応してくれるのが堪らなく嬉しい。
「瑠那。瑠那。瑠那。大好きだ。愛してる、ずっと、こうしていたい」
「はい。私も、私も先輩にぎゅーってしてもらうの、大好きです……!」
瑠那の髪が鼻をくすぐる。甘い匂いが鼻腔をくすぐる。もっと、もっと抱きしめていたい。ずっとずっとこうしていたい。
「……なあ、瑠那」
「は、はい」
耳元で、甘く囁く。瑠那はこれが気に入っているみたいで、ぼーっとした表情で俺の言葉を待ってくれている。
「昨日みたいに、夜も一緒に過ごさないか」
「……~~~~~っ。は、はぃ……」
か細い声で、瑠那は頷いてくれた。うぅ、やばい。瑠那が可愛すぎる。
思わず一緒に過ごそうって言っちゃったけど、一緒にいたら幸せすぎて爆発しそうだ……!
「き、昨日みたいに! しぇんぱいのおしぇわ、がんばりまひゅ!」
そんなことを噛み噛みなまま言い出した瑠那の表情は、ゆでだこのように真っ赤っかだった。
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