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まもるくん

「お祓いされたくなーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーいっ!!!!!!!」


教室の窓が吹き飛んだ。



*******


某県N市にある廃校、柳ノ下小学校は、近所では名の知れた心霊スポットだ。近隣住民曰く、夜になると誰もいないはずの校舎から叫び声が聞こえる、窓に映る人影がある、火の玉が飛ぶ…。そんな古典的な心霊現象が、この廃校では度々起こるのだという。とはいえ、実際になにか被害が出たという訳ではなく、近所でも子供に夜遊びをさせないための脅し文句に使われる程度だった。

ーー1週間前、廃校に忍び込んだ不良少年が失踪するまでは。



「霊能者来るとか聞いてないよーっ!!」


草木も眠る丑三つ時…件の柳ノ下小学校の4年4組の教室。そこでは、3つの影が肩を寄せ合い、小うるさく騒いでいた。


「やだやだやだーっ!なんでなんでぇっ?私たちなんにも悪いことなんかしてないのにぃ!」


特にうるさい影が机に飛び乗り、地団駄を踏む。ただでさえ古くてボロい机が、キィキィと死にかけのバイオリンのような音を上げた。

壊れかけの机が刻むエイトビートを止めたのは、傍らにいたもうひとりだ。キッと睨みつけ、声高に叫ぶ。


「やめなさい音子!!机さんが泣いてるでしょうが!!!!大体あんたのせいで今のここは窓無し寒すぎ教室なのよ!!これ以上荒らしたら管理人のおじさんが可哀想でしょ!!!!」

「ふぇぇ…管理人のおじさんはここがポルターガイスト乱舞スクールになってから一度も足を踏み入れてないよぉ…!」

「今さらですけど…窓吹き飛ばした時点で…悪いことはしてますよね…」


教室の中央でもぞもぞする3つの黒いかたまり。もしこの光景を見る者がいれば、泡を吹いて卒倒するか、動画を撮ってMouTubeに上げることだろう。


実は…否、実もクソもないが、彼らこそが噂の幽霊だ。ご察しの通り死んでいる。机の上で好き放題騒いでいるのがゆるふわ幽霊「音子」、神経質そうに注意したのがJK幽霊「密井」、霊能者が来ることについての話し合いを持ちかけたものの全く話を聞いてもらえていないのが陰気幽霊「叉藤」。見た目は皆グレーがかっているが、3幽霊ともうら若き乙女だ。

死んだからにはやっぱり廃校で人間ビビらす他ないっしょ!と小学生のような思考で小学校に侵入してみたら、同じような発想のアホ幽霊が他に2人もいたーー。これ以上でも以下でもない簡潔極まりない経緯だが、3人は思いの外意気投合してしまい、日夜廃墟で騒ぎまくっているのである。不法侵入者のくせに。

噂になっている叫び声も人影ももちろん彼女たちの仕業だ。なんなら火の玉は、「死んだら火の玉が出せるってマジ?」という疑問を検証するために開かれた「24時間チャレンジ!火の玉出せるかなレース」の優勝者・叉藤の勝利の証…いわばトロフィーなのである。


「あ、あの…お話…戻しましょう…。お、お祓いの…話、ですけど…」


叉藤がぷるぷるしながら無限に逸れていく話題の軌道を修正する。グレートーンの少女が震えている様子はなかなかにシュールだ。


「だ、男子中学生が…し、失踪したんですよね…?それって、も、もしかしてこの間の…」

「そうそう、その話がしたかったのぉ!あれって私たちのせいじゃないよぅ!だってあのコ、肝試し中にたまたまこの町を通りかかったインドのおじさんに啓蒙されて、人生の意義を探しに隣町まで飛び出していっただけでしょぉ〜!?今頃きっと隣町のパン屋さんでカレーパンでも焼いてるよぉ!」

「家飛び出す前に親に一言くらい言ってけっての…。おかげであたしたちのせいにされるわ、有名な霊能者が来るわでサイッアク…」


密井が苛々した様子で腕を組む。心霊スポットでの謎の失踪事件の真相は、なんてことはないただの家出。家出というには少年のパッションが些か高まりすぎているが。

あと3日もすればしれっと発見されそうな気もするけれど、それではもう遅いのだ。なぜなら、


「アイツ明日来るんでしょ!?あたしたちなんて3秒あれば消炭にされるわよ、絶対…っ!」


そう!明日来るのである!

いくら彼女たちが行動を改めようがもう遅い。町の関係者各位には、霊能者を呼ぶ前に捜索の人手をもっと集められなかったのか今一度問いたい。


「さ、さすがに消炭には…されないんじゃ…?白い光に包まれてこの上ない多幸感と共に昇天したりとか…こう、ハッピーな感じに…」

「そんなんなるのはヤクキメてる奴だけだっての!!冷静に考えてみなさいよ、奴らにとってのあたしたちは厄介な悪霊…なかなか消えてくれないトイレのシミみたいなもんよ!そのシミを一発で消してくれる超強力洗剤が手に入ったらどうする!?1ミリの慈悲もなく!こそぎ取るに決まってんでしょうがッ!!!!」

「やめてよぉ!女の子をトイレのシミ扱いしないでよぉ!…それはそうとぉ、どうしよぉ…?明日来るんじゃ、今さら逃げるなんて出来ないよねぇ…」

「私たち、みんな元々浮遊霊だったのに…。この場所にいるのが楽しすぎて、いつの間にかみんな…この場所に自縛られてますもんね…」

「自縛るとかいう造語やめろ!…そう、だから。あたしたちにとれる手段はもうひとつしか…残されてないでしょ?」

「み、密井さん…?」

「みっちゃん、まさかぁ…っ!?」


「ええ………ーーーー迎え撃つのよ!!」


1カメ、2カメ、3カメ。音子と叉藤の脳裏に、何故かそのワードが浮かんだ。

密井の全力のキメ顔をそこはかとなくスルーしつつ、2人は口々に疑問をぶつける。


「そ、そんなこと言っても…う、上手くいくんですか…?」

「そうだよぅ!だってぇ…その霊能者さんってぇ、有名な人なんでしょぉ〜?こんな雑魚雑魚三姉妹が反撃しようとしてもぉ〜、返り討ちにされるんじゃないかなぁ〜…?」

「あんた意外と口悪ッ…!…ふん、安心しなさい!あたしに策があるわ!まずはーー…」


机の上にお行儀悪く立っていた音子と自信無さげに椅子の後ろに隠れていた叉藤だが、密井が話すにつれだんだんと真剣な顔になっていく。いつしかお団子のようにくっつきながら、3人の夜は更けていったーー…。



*******


話は変わるが、その頃の玲清院邸についてご紹介しよう。


「お祓いしたくなーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーいっ!!!!!!!」


玲清院って誰だよ。そう思った方もお分かり頂けただろう。そう、霊能者である。噂の「有名な霊能者」こと玲清院晶は、三馬鹿幽霊会議の同時刻、顔を覆いながら部屋の床をゴロゴロと転がり回っていた。


「 やだやだやだやだ行きたくないよーーっ!行ったところでクソほどの役にも立てないよぉーーーーっ!!ただの人間に怨霊なんて祓える訳ないじゃん!実際に失踪者が出たとか激ヤバ確定案件もっと霊力ハルマゲドンしてる奴に頼めってのバーカバーカ!!!!」


玲清院晶、24歳。歴としたインチキ霊能者である。否、インチキ霊能者と断言するには語弊があるかもしれない。彼女の実家、玲清院家自体は正真正銘の由緒正しき霊能者一族なのだ。ただ、そこに生まれた晶だけは、なぜか一切の幽霊が見えなかった。

見えはしなくともなんとなぁ〜………くザワッとする程度なら感知できなくもないので、依頼を受けた時は「フゥン…あっちの方がこう…悪いですね…」とフワッフワなことを抜かしつつ適当な場所に実家印のお札を貼って一件落着していたのだが、今回ばかりはそうもいかない。実害が出ているからだ。もしいつものように適当除霊をした後にまた失踪者でも出ようものなら玲清院家の株はストップ安、ネットでの炎上も待ったなしなのだ。絶対に実家からも縁を切られる。


「えーーーーん…今までは無難な案件ばっか選んでたからワンチャン除霊できてなくても言い訳できたのに!こう、『積もったストレスから、しばらくはなにもなくても過剰に反応してしまうのでしょう…霊はもう祓いましたから大丈夫ですよ…』とかさぁ…!ウヴァぅぐウェーッ…絶対返り討ちにされる…!私みたいな雑魚雑魚霊能者もどきなんて3秒あれば壁のシミにされるに決まってるよーっ!失踪者をどうこうするどころじゃない、第二の失踪者イズ・ミーなのは確定…っ!!きっと廃校で幽霊フレンズに仲間入りすることになるんだ…クソぉっ!幽霊なんて自然蒸発すればいいのに…!!」


この霊能者(偽)、なんだかんだ語彙センスが幽霊と似ている。余談だが、晶の長文1人おしゃべりは彼女にとっては独り言ではなくベッドの上のぬいぐるみに話しかけている。ぬいぐるみの名前は「あなたのこころをまもるくん」、通称まもるくんだ。どちらにしろ側から見るとヤバい奴なのは変わりない。

しばらく床でぐだぐだと唸っていた晶だが、頭がカーペットの糸くず塗れになったあたりで突如ハッとした顔で飛び起きた。


「思いついた!思いついたよまもるくん!!」


もちろんまもるくんから返事はない。


「私からは奴らが見えなくとも、奴らからは私が見えるっ!つまり私がすべきことはひとつ…、そう!!


ーーーー命乞いだよっ!!!!」


当然ながら彼女の部屋にはまもるくんしかいなかったため、ここで「それでは何の解決にもならない」と突っ込んでくれる人はいなかった。キメ顔に反応してくれる人もいなかった。

どう考えても深夜テンションが空回っているが、嬉々として命乞いの脳内シミュレーションをキメる晶。同時刻、霊能者がポンコツとも知らずに撃退作戦を練る三馬鹿幽霊たち。そして、彼らのいざこざなど知る由もないまもるくん。廃校に住み着く恐怖の怨霊(偽)と超強力霊能者(偽)の対決の火蓋はこうして切られていくのだった……。

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