『その日』剣崎 優(けんざき すぐる)の場合
「クソッ!意味が分からん、何処だよここはぁ!」
苛立った気持ちをそのまま声に出し、
周囲を見回す。森だ。
少なくとも、俺が見てる範囲で建物らしい建物はなく、
木しか見えない。
「クソっ!」
すぐ近くに生えてる木に蹴りを入れまくる。
「……っ!……っ!……っ!―――」
「……っ!あ~、ったく…、めんどくせぇ。」
気持ちが落ち着いてきたあたりで俺は蹴るのを止めた。
俺はさっきまで、校舎の屋上にいたはずだ。
それがなんだってこんなわけのわからん場所になってんだ?
少しスッキリした頭でここに来る前後のことを考え、
すぐに思い当たる。
「やっぱ、あれしかねぇよなぁ。」
そしてズボンの右ポケットから目当てのものを――。
「………。」
左ポケット、後ろポケット、
学ランの胸ポケットにも手を当ててみたが…、
「ねぇな、俺のスマホ。」
声に出して、目当ての物が無いことを認識し、
「クソかっ!!!」
もう一度木に蹴りを入れた。
「なんでねぇんだよ、さっきまで、
少なくともここに来る瞬間まで確かにあっただろうがぁ!」
頭を掻き毟り、
もう一度ポケットというポケットを確認。
周囲の地面も見てみたが、
俺のスマホは落ちてなかった。
「あ~、クソだ、なんだってんだ、ホント。」
イライラするが、ねぇんだから、もうしゃあない。
俺はこっちにくる直前のことを思いだし始める。
とにかく俺は、屋上で今何故か持ってないスマホをいじってたはずだ。
で、ホーム画面に戻ったら、知らねぇアイコンがあって…、
「名前は~、あ~、デス…、デシ…、何とか?」
とにかく、入れた覚えのねぇアプリのアイコンがあったから、
何とはなしに押して、
画面が暗くなったかと思ったら文字が出てきたから、
読むのメンドイし、押しまくって読むのすっとばして…。
「んで、視界が真っ白になったと思ったら、ここに立ってたと…。」
……いやいや、いやいやいやいや、意味わかんねぇ。
とりあえず思い返してみたが、意味わかんねぇ。
なんで文章すっとばしたら、俺まで知らないとこに飛んでんだ?
「てかっ、さっき触った感じだと、財布とかもねぇよな!?
学校は別にどうでもいいけどよ、財布がねぇのは困んだけど!!?」
またイラついてきたので、木を蹴る。
「あ~。…クソな状態なのは変わんねぇけど、
八つ当たりできるもんがあるだけまだマシだわ、
仮に財布持ってたとしても、こんな森ん中じゃ、
どのみち使えねぇしなぁ…。」
とりあえず今度は上を見る。
周囲は薄暗かったんだが、こうして見上げてみれば、
生い茂った木々の葉に遮られてはいるものの、
確かな眩しさがそこにあった。
どうやらまだまだ日中らしい。
「夜になる前に、町にでも出られりゃいいんだが、
どこに向かえばいいんだ?どっかから地図でもでないかね―」
見上げてた頭を戻して、俺がそこまで考えると、
目の前に半透明の画面みたいなものが出現した。
「うぉっ、びっくりした、なんだこれ!?地図…か?」
森を上から見たような図面がその画面一面に表示されていて、
更にその画面の中心には緑の丸アイコンが表示されていた。
「わかりずらいけど、やっぱ森の中なのか?」
そう言って周囲を見回そうと首を動かすと、
俺の動きに合わせて画面が追従してきた。
グルッと一回転してみたが、ぴったりとついてくる。
「え?今度はこれずっと出たまんま!?勘弁してくれよ。
こういうときは消えるもんだろうが。」
そう言うと、半透明の画面は消えた。
……、なんとなく、今のでわかった気がする。
「ようするに、地図出ろ、って思えば―」
そう思った瞬間またさっきの画面が出現した。
「よしよし。んで、消えろ、って思えば―」
そう思った瞬間、再度地図は目の前から消えた。
「オーケーオーケー、理解したぜ。
んじゃ、もう一回地図出てこい。」
そう俺が言うと、またさっきの画面が出てきた。
今度は消さずにじっくりと見てみる。
さっきも出てた緑の丸アイコンは、
よく見たらカーナビのアイコンみたいに先端が少し尖っていた。
試しに首を右左にと少し動かすと、アイコンもその通りに動いた。
どうやらこのアイコンが俺らしい。
「となると、やっぱ俺は今森の中にいるらしいな…。
この地図、もっと、え~と、アレだ、縮小できたりしないのか?
せめて、人が住んでる街でも映れば、どっちに行けばいいかわかるしな。」
そう言うと、画面の地図はどんどん縮小して、見れる範囲が広がりっていき、
地図の上辺りに白い丸アイコンが表示された瞬間、地図は縮小を止めた。
白い丸アイコンの下には『マトマ』と表示されていた。
「縮小が止まったところをみると、これが一番近い街?らしいな。」
そのアイコンは俺がいる森林地帯から少し抜けたところにあった。
「ここまで思った通りにいくなら、
地図消した後もこの街?の方角を示すアイコンが表示されるんじゃね?」
俺がそう考え地図を消すと、
視界の上の方に矢印っぽい半透明のアイコンが表示された。
さっきみたいに首を左右に動かすと、
矢印は予想通り、目的地があると思われる方角を示すように動いた。
「いいね~、これなら道に迷わずに済みそうだ。
んじゃまぁ、とりあえずの目的地目指して進んでみるか――」
と俺が足を進めた瞬間、世界がモノクロになったかと思うと、
俺の目の前に赤いテキストが表示された。
○第一の選択肢○
あなたはこの先、世界を救う為、
魔王を倒す旅に出ますか?
・出る
・出ない
「魔王を、倒す?やっぱ、これゲームなのか?
いや、しかし何で周囲がモノクロに?」
さっきの画面と同様、俺の動きに合わせてテキストは追従してくるが、
消えろと思っても、消えることはなく、
1歩、2歩踏み出すだけで、まるでそこに見えない壁でもあるかのように、
それ以上踏み出すことができない状態に陥っていた。
「…わからん、色々わからんが、この二択のどっちかを選択しないと、
今の状態が解除されないってことは何となくわかる。」
俺は深く考えず、『出る』の選択肢をタッチした。
すると、特に何も起こらないまま、
モノクロの状態が解除され、世界に色が戻ってきた。
試しに歩を進めてみたが、何かに阻まれることなく普通に歩けたので、
そのまま目的地に向けて歩き始めた。
「なんだったんだ、今のは?
というか、ゲームの世界なら、俺も何か技みたいなの覚えてんのかね?」
歩きながら言葉を零すと、また半透明で画面が出現した。
今度は地図ではなく、画面の左上には『ステータス画面』と表示されていた。
[プレイヤーネーム]
スグル・ケンザキ
[プレイヤーレベル]
Lv.1
[役職]
見習い武闘家
[ステータス]
HP:150(自動回復:1Pにつき3分)
ATK(P):20
ATK(M):0
DEF(P):10
DEF(M):0
SPD:40
SKP:75(自動回復:1Pにつき3分)
[スキル]
・ライザーキック(SKP/インターバル:15/3分)
・高速蹴り (SKP/インターバル:10/2分)
・脚力強化 (SKP/インターバル:5/1分)
役職は『見習い武闘家』、武闘家ねぇ…。
別に格闘技とか知ってるわけじゃないんだが、
無難といえば無難、なのか?たぶん。
剣とか使ったことないし、
ファンタジーとかでよくある魔法なんかとはもっと無縁だしな。
まだ格闘技とか、体術的なものの方が俺の性にもあってるし、マシだろ。
スキルの詳細も見てみたかったかったんで、
試しに表示されている3つのスキル名を順番にタッチすると、
それぞれのスキル名の下にテキストが表示された。
[スキル]
・ライザーキック(SKP/インターバル:15/30秒)
属性:烈風
空中へと飛び上がり、標的に風を纏った強烈な蹴りを放つ
スキル『脚力強化』を発動中に使用すると威力が上昇
・高速蹴り (SKP/インターバル:10/10秒)
属性:無
標的に高速の蹴りを放つ
蹴りの動作は使用者の動きに合わせて自在に最適化される
スキル『脚力強化』を発動中に使用すると威力が上昇
・脚力強化 (SKP/インターバル:5/5秒)
属性:無
自身か味方の脚力を15秒間上昇させる
スキル発動中に再使用することで、
発動時間を延長させることが可能
「あ~、なるほど。この先どうなるかはわからんけど、
少なくとも現段階で俺は蹴り主体なわけね。
まぁ確かに、俺は足癖悪いからな。」
そう言って俺は歩き続けながら辺りを見回す。
アイコンに従って進んではいるが、風景は相変わらずの森だ。
スキルを試してみるには丁度いいなと考えた俺は、
一旦歩くのを止め、走る構えをとった。
「『脚力強化』」
スキルを口にした瞬間、
身体全体が軽くなる感覚を感じた俺は、そのまま走り出――
「って、うぉっ!はやっ!??」
そうと踏み出した一歩目だけで、
十数メートルは先にあった木に瞬時に辿りついた為、
慌てて二歩目でブレーキをかけた。
「一歩でこれかよ…。
こりゃあ15秒もあれば100メートルなんざ一瞬だぞ。」
そして発動してから頭の中に『脚力強化』の残り時間、
再使用までの時間、俺のSKPの残量が、
どこからともなく流れ込んできて、
何時どのタイミングで、あと何回使えるかが理解できた。
「ハハッ!目的地までどんだけあんだよって、辟易してたが、
こりゃあ思ったよりも早く着けそうだ。
後は、目をあの速さに慣らさないとな。
周り木ばっかだし、目が慣れねぇとすぐぶつかっちまうだろからな。
…そんなわけで行くぜ、『脚力強化』!」
残り時間があるうちに再使用し、
俺はジョギングするような感覚で足を動かす。
「おお、いい感じ!」
それでも素の状態の全力疾走と、
なんら変わらないスピードが出てるもんだから思わず笑みが零れる。
そして、目が慣れてきたと思ったら、
少しずつ足に力を込めて速度を上げていく。
木々の合間を縫いながらにも関わらず、俺の速度はどんどん上がり、
一陣の風になったような不思議な感覚を体験していた。
タイミングをみてスキルを再使用しつつ、しばらく楽しみながら走ってると、
前方に赤い丸アイコンが3つ表示された。
アイコンが見えるだけで、そこに何があるのかまったく見えないが、
進むごとに少しずつ赤いアイコンが大きくなってきてるところからして、
このまま進むと何かと遭遇するらしい。
何を示しているのか気になったので構わず進んでいくと、
ほどなくして視界に何かを捉えた。
その瞬間3つの赤い丸アイコンは形を変え、
ゴブリンLV.1、ゴブリンLV.2、ゴブリンLV.1と赤文字で表示された。
それでも足を止めることなく進んでいく。
サイズは3体とも人間の腰ぐらいの大きさ、
緑色の肉体には毛が生えておらず、腰には申し訳程度にボロイ布か何かがまかれているぐらいで、
あとは何も着ておらず、ほぼ裸といっていい恰好をしていた。
痩せていて、一見筋力は無さそうにみえたが、
3体とも片手に自分の身長とあまり変わらないくらいの結構頑丈そうな棍棒をもっていた。
見かけによらず筋力はあるらしい。
「ウギャウ!」
「ウゲゲウウガ!」
「ウゲンガ!」
まっすぐ進んでくる俺に気付いた1体が、俺を指さし他の2体に何かを言うと、
他の2体も俺を視認し思い思いに何かを叫ぶと、
3体で突っ込んできた。
「…ん~、これはあれだな。接敵ってヤツだな。
あぁ、クソ、興味本位で接近するんじゃなかった。」
愚痴る間にも瞬く間に距離は縮み、後2、3メートルで衝突するって距離でゴブリン達は跳躍、
「「「ウゲハハハ!!!!」」」
棍棒を振り上げ、下卑た笑い声をあげながら襲ってきた!が、
その瞬間、俺は空いた下の空間に走る勢いそのままにスライディングしてすり抜けた。
体制を整えて走るのを再開、
「「「ウゲウワッ!!?」」」
間抜けな声の後にドシャッと音がしたので振り返ると、
案の定、3体ともすっ転んでいた。
それを確認すると、俺は目的地を示す方角に顔を戻し、
「俺はそんなに頭は良くないが、俺以上にバカな奴らで助かった。
真正面から戦うとでも思ったのか?俺は赤アイコンが何を示すのか知りたかったんだ。
正体がわかったら、逃げるにきまってんじゃねぇか…。」
そう一人ごちると、
赤アイコンはできるだけ避けて進んでいこう、と心に決めて、
速度を上げるために走る足に力を込めた。