女帝
フレイム帝国の帝都アイシス。かつて魔族の脅威から人類を救った「勇者王」の建国以来、数百年を超える歴史を誇る世界屈指の超大国の帝都の中心に第75代皇帝フィニクス2世の住むフレイム大宮殿がある。
フレイム帝国の伝統として皇帝の座に座る資格は、血統や家柄ではなくその「強さ」で決められる。
この世界では「強さ」=「魔力の強大さ」であり代々の皇帝とはすなわち「フレイム帝国の最強」と同義である。現皇帝フィニクス2世は「勇者王」と同じく火神の加護を持ち、そのあまりの強さに前皇帝から
「うーん、もうレニちゃんには敵わないや!レニちゃん今日から皇帝ね!拒否権はないから!もう『勇者王』にならってフィニクスって名乗りなよ!よーし、強く賢く美しい女帝の誕生を祝ってOMATULIだー!」
と10代にして皇帝の座を禅譲されたほどの天賦の才を持つ。
フィニクス2世はその魔力の強大さのみならず美貌とその聡明さでも知られており、臣下の諫言を良く聞き仁慈の心で民を救済しその治世は10年を数え歴代屈指の名君としてその名声はイラクリオ大陸において知らぬものはいないと言われているーー
「なるほど、『円卓会議』の化生どもが言うなら間違いないだろう。『近衛』を動かし急ぎ見つけ出せ。多少無理をしても構わん」
「既に『円卓の騎士』が動いていると聞いております」
「ふん、ならば競争だ。『円卓の騎士』より先に見つけ出せ。これ以上あの化け物どもに好きにさせておくのも業腹だ」
宮殿内、皇帝の執務室で玉座に座るのはフレイム帝国第75代皇帝フィニクス2世。怜悧な印象の美貌に長髪はその性状を表すように燃え上がる炎のような赤髪。民の信望を揺らぎないものにした文武兼備の女帝はその能力に裏打ちされた威厳と自信に満ちていた。
ーー生まれながらに皇帝になる運命を負った少女ーー
いまも女帝の側に侍るフレイム帝国国務卿ローランドは初めて女帝と出会った時のことを鮮明に覚えている。
ーー下級貴族の家に生まれた赤毛の女の子は、希少な火神の加護を持って誕生したことで生まれながらに多くの注目を集め、様々な人との関わりを強いられる人生を宿命づけられていた。
ーーそれは呪いのようなものだと、思えた。
前皇帝に見出され宮殿に移り住んできたとき。まだ齢10を超えない小さな少女は、しかし自分の意思で両親から離れ前皇帝の庇護下に入ったという。
人並み外れた能力を持って生まれてきた我が子に、両親は一体どんな思いを抱き、接してきたのか。まだ幼い少女が、一体どのような経緯を経て実の家族を見限るに至ったのか。ローランドには想像もつかない。
ただ一つ確かに言えるのは、自身が生涯の忠誠を誓ったこの皇帝は、出会ってからこれまでも。そしてこれからも祖国の為にその身を捧げていくのだろうーー
「『じい』、どうした?」
「ーー申し訳ありません、陛下。物思いに耽っておりました。お許しください」
「ほう、フレイム帝国の誇る国務卿ローランド閣下の頭を悩ますような難題とは、一体どんなものだ?」
「ーーは、先日来ご相談申し上げておりましたガリア帝国からの『帝国郵便との提携による教会圏内の連絡網構築』案についてですが、返事を求めて再三手紙が届いております」
「むう、それか」
「先日は皇帝陛下からの親書付きでしたな。まあ、曖昧に濁して返事は済んでおりますが」
「答えは決まっている。しかし、な」
ーーイラクリオ大陸西部にはいくつかの国家が存在する。フレイム帝国はその北西部に浮かぶ島国で、大陸側の国家とは長い歴史の中で時に争い、また時には協調し密接な関わりを持つ。ガリア帝国はその中でも有数の大国だ。大陸西部のおよそ中心部に位置し、大陸西部に強い影響力を持つ。
今年に入り、ガリア帝国から大陸西部に位置する国々に対してとある提案がなされた。
「帝国郵便との連携による教会圏内の郵便連絡網構築」である。
かつて、手紙や荷物を届ける役割は特定の商人や冒険者が担っており料金は高額で無事に届かないという事も多かった。また届くまでの日数もまちまちで場所によっては半年や一年がかりで手紙のやりとりをするというのも珍しくなかった。
重要な書類や物品が速やかに、しかも確実に届かなければあらゆる取引に支障をきたす。いくつかの国家では独自に郵便連絡網を築き、国内のあらゆる取引や生活圏の拡大を図ってきた。
ガリア帝国ではこの郵便連絡網の構築にいち早く取り組んできた。高度な技術を持ち他国との取引も多い工業国家として早く、確実な書類や物品のやりとりの重要性は極めて高かった。国内に郵送の拠点を複数配置し、効率的に運行することで送付にかかる日数を劇的に短縮させたり、料金の単純化や「切手」の導入により郵送にかかる事務を大きく軽減させるなどガリア帝国の運営する「帝国郵便」独自の郵便システムは極めて先進的であり、多くの国家の注目を集めてきた。ガリア帝国が周辺国家に「帝国郵便」との連携を提案し大陸西部に一大連絡網を築こうとするこの提案に多く国々が参加した。フレイム帝国にしても、参加せざるを得ない状況は既に生まれていたのだ。
ーー女帝、フィニクス2世は腕を組み押し黙ったまま宙を睨む。
どうせ参加しなければならないなら、いち早く参加して主導権争いに速やかに加わった方がいい。事実多くの国家は我先にと参加し、協力を申し出た。それでも、フィニクスは参加を表明しなかった。意地やプライドではない。フィニクス自体明確に参加しない理由を説明できるわけではないのだ。
「ーー強いて言えば、カンだな」
「仰せのままに。しかし、準備は進めておきます。粘っても後ひと月でしょう。それ以上は悪影響が大きくなり過ぎます」
「そうだな。しかし、そんなに時を必要とはしないと思うぞ?」
「それもカン、ですか?」
「ああ、そうだ」
ーーなら、安心です。とローランドは独りごちた。こういう時の女帝のカンが外れたところを見たことがなかったからだ。