第8話 目標
「瞬殺だったわね…… ララちゃん」
椅子に座りながら天井を眺めつつ、ドンちゃんがポツリと呟いた。
ああ、まったくだ。瞬きする暇もないほどにな。
あれから俺達はとりあえずボスサイをぶっ倒して沢庵に戻ってきた。出発前に集まった46番テーブルに集まって、再接続してくるララと、ララを迎えに行ったスノーが帰ってくるのを待っているのだった。
「しかしチャレンジャーだよな。レベル1でボスサイにヒットさせたの、ララが初めてなんじゃね?」
「つーかそもそもレベル1じゃ、ボスサイに会うつー状況にはならんだろう」
リッパーの言葉にそう返す。前代未聞だよマジで。
「ま、これでララちんもアンダースタンドしたんじゃない?ここの厳しさを」
椅子をそっくり返しながらそういうサム。
「ちょっとサム、あんたララちゃんの護衛でしょ? 何やってたのよ?」
サムの言葉につっかかるドンちゃん。性別が微妙なトコだが、一応女子寄りな意見なのは仕方ないだろうな。
「えっ? ミーのせい? ミー悪くないよっ。まさか飛び出すなんてアウトオブイマジネーションね」
想像外って言いたいらしい。なぁサム、逆に言いにくくないか?それ。
まあ、確かにあれをサムのせいにするのは酷だろう。
「でも素早かったな、ララ。俺様が間に合わなかったし……」
とリッパー。その通りだ。レベル1にしては早かった気がする。
「確かに早かった。あれはレベル1のスピードじゃない。いくら予想していなかったとはいえ、俺やリッパーが置いて行かれるってのはあり得ない。どうなってんだろ?」
「ああ、それはあれね。『韋駄天の靴』のせいね」
とサムが答える。なるほどね…… ってオイ! ちょっと待て、何だって?
「ミーがね、ララちんにプレゼントしたの。結構レアなアイテムで、履くとスピードがびっくりするぐらい上がるのね。モンク専用の装備だから出会いの記念にって……」
「「やっぱりお前のせいじゃねぇか―――っ!!」」
全員一致の指さし非難を浴びるサム。びっくりして椅子ごとひっくり返りそうになるのを槍で必至にこらえている。
このアンポンタンが―――っ!
出発前に一人でいそいそと沢庵出て行ったのその為だったのか。ベーステントでなにやらゴソゴソ2人でやってるなぁと思っていたのだが、あの時装備してたんだな。どおりでやたら早かったわけだ。全く余計な事するサルだ。
「スピード上げたって攻撃力は上がらないんだから。普通の奴なら回避率が上がるから良いかもしれんが、アイツの性格考えると返って危険な装備だ。どんなに速い車でも、ブレーキが付いて無けりゃ乗ることは出来ないからな。戻ってきたら没収してやる」
「おっ、戻ってきたぜ」
リッパーの声に反応してみんなで入り口の方を見ると、スノーに付き添われて歩いてくるララの姿があった。ララの表情が優れない様に見えるのは、やはりデッド食らってリバースしたからだろうか。それともやられて悔しいからだろうか。
いずれにしても、ララのこんな姿はリアルじゃ絶対見られないだけに、声を掛けるのもちょっと微妙。つーかコイツにも人並みにこういう神経が有ったのかと感心したりもする。
――――が
「ちょっとあんたっ! あのサイ火吹くなんて言わなかったじゃない!」
と、席に戻るなり俺に噛みついてきた。やはりコイツは普通の女の子じゃないわ。
「アホかっ! あれほど前に出るなって言ってたろうがっ! 火吹く以前の問題だろ!」
そんな俺の言葉などものともせず席に着くと、メニューを広げて次々と料理を注文し始める。
「ったく、何が悔しいって、お昼食べたもの全部リセットしたのが一番悔しいっ!」
そこカヨっ!
「おいララ、此処の食い物じゃ腹は膨れないんだぞ、わかってんのか」
「いいのっ! やけ食いしたって太らないんじゃ尚のこと良いじゃない!」
セラフィンゲインでやけ食いする奴初めて見たよ……
とりあえずスノーも戻ってきたのでミーティング再開。
「やっぱもう少し戦闘レベルを下げたほうがいいんじゃね?」
リッパーも先ほどの俺のように慎重な意見を言うようになった。前衛の片翼を担う者なら当然な話だ。しかしまあ、戦闘レベルうんぬんと言うよりは、性格が問題だな、ララの場合。好奇心旺盛、大胆かつ無謀、おまけに無駄に好戦的つー典型的なトラブルメーカー要素満載な訳だからな、実際。
「でもねぇ…… 手っ取り早くレベル上げるなら、討伐クエストの少なくともレベル3ぐらいは参加しないと無理じゃない?」
確かにドンちゃんの意見ももっともなのだ。しかし、ただ単に居ただけじゃダメなのが辛いトコ。選んだ職業のスキルは、攻撃をヒットさせない限り上昇しない仕組みになっているからだ。
つーことはだ、超近接戦闘なモンクは否が応でも前に出て攻撃をヒットさせなきゃスキルは上がらないって事な訳だ。このレベルでクラスAに立つなら、ドンちゃんみたいなガンナー、若しくは魔法使いなどのロングレンジな攻撃方法を採れる職業がいい。百歩譲っても、まぁ俺のような太刀は無理でもせめて大剣が扱える戦士を選ぶ方が遥に安全だ。なんでモンクなんだよ、ララ……
唯一の救いは、俊敏性や高い事と、多の職業に比べてレベル上昇が早いことだが、生き残らなきゃ意味がない。
「確かにドンちゃんの言う通り、少なくともレベル3エントリーは譲れないわよね……」
ドンちゃん言葉に頷きながらそう答えるスノー。
まあ、ぶっちゃけララが無謀な突撃しなければいい話なんだよね、実際。
「なあララ、おまえは無茶するな。とりあえずレベルアップしてHPが上がらないと話にならん。スキルアップは後でいくらでも方法はある…… おいっ聞いてんのか?」
俺の言葉をBGMに黙々とテーブルに並ぶ料理を食べているララ。現実同様魔界にリンクした胃袋は健在な様だが…… あのな、何度も言うけど、ここ仮想世界だから。
「んぐっ…… ぷはぁ〜っ、これおいし! ああん? 大丈夫よ。今度はかわすから」
「だーかーらっ! それ以前に前に出るなって言ってんのっ!!」
俺の言葉に口いっぱい頬張って頷くララ。親指立ててウインクなんてしなくていいから、言うこと聞いてくれ、頼むから。
「まあ、とりあえずレベル3をこなしていく方向は変えないわ。ララには自重と頑張りを期待しましょう」
と落としどころを察してスノーが締める。まあ、少なくともレベル3は楽にこなせないと最強や伝説なんて夢のまた夢だしな。
ふとリッパーがそのスノーにある質問をする。
「なあスノー。一つ聞きたいんだけどさぁ、俺たちが目指す『最強』って件なんだけど、何をもって『最強』になるんだ?」
――――確かに。
考えてみれば、何を持って『伝説の最強のチーム』となるのだろう?
正直その響きだけにブルッときてここにいるのだが、それはまるっきり考えていなかった。強いメンバーそろえてクエストをこなし、チームランキング上位を常にキープし続ける。その程度ぐらいしか思いつかない。
確かにこのメンバーは滅多にないハイレベルな顔ぶれだ。だが、果たしてスノーの言うような『語り継がれるような』チームなのだろうか。
なんか違うよな、それじゃ。
「そうね、まずはとりあえずランキングトップを狙う。チーム内レベル、獲得経験値、生還率、クエスト成功率。すべてを総合したランキングだから、その時点トップイコール最強でしょ」
ここでスノーはいったん言葉を切り、メンバーを見回す。若干一名、話そっちのけで黙々と食事に励んでいるやつも居るが、まあララは聞いていても判らんだろうから放っておこう。
セラフィンゲインでは、チームごとにスノーが今上げた項目に対してランキングポイントが付く。このポイントは各項目ごとに割り振られてはいるが、毎週チームごとに集計され、その総合ポイントによって全チームのランキングが端末に中継される仕組みになっている。世界レベルのオンラインゲームではあるが、サーバの負荷を考えて恐らく関東だけだとは思うが、そのエリアの端末全てを統合したランキングで、当然各端末に配信される。
週単位で集計されるので、当然俺たちラグナロクはまだ乗っかってこないのだが、これだけのメンバーだ。少なくともチーム内レベルだけでも上位に入りそうだが、ララが居るからな。俺的にはこのメンバーにララが居るってだけで、違う意味で凄いチームな気がするが……
「そして最終的には……」
俺はこのとき、スノーが何を言うか、薄々気が付いていた。
「クエストNo.66の制覇」
俺とララ以外の全員が息をのんだ。その後にサムがヒューっと乾いた口笛を吹く。
「『聖櫃』か……」
リッパーがぽつりと呟いた。
「HAHA…… ヘイ、スノー。あそこは無理だ。そりゃぁアクセス料の無駄ってもんだYo」
とぼけた笑いとともにサムそうスノーに投げかけた。他のメンバーも黙っては居るが、サムと同じ気持ちなのは顔を見れば判る。まぁ、ムリもないけど。
「……ねえ、なにその『聖櫃』って?」
先ほどまで黙々と食事をしていたララがそう聞いた。どうやら一通り食べ終えたようで、どことなく会話の雰囲気が変わったのが判ったらしい。
「クエストNo.66。『マビノの聖櫃』つーフィールドを目指すクエストのことで、通称『聖櫃』またの名を『帰らずの扉』 未だ誰一人として制覇したことの無いクエストで俺たちプレイヤーの間では難攻不落のクエストとして有名なんだ」
エントリーしたどのフィールドからでも、その頂を見ることができる、このセラフィンゲインのシンボルみたいになってる馬鹿でかい山、『マビノ山』
その頭頂部にある古代遺跡最深部の扉の向こう側『マビノの聖櫃』つーエリアに行くわけだが、扉の向こうに入りさえすればクリアなのか、それともその内部に潜むセラフを狩るのがクリア条件なのかは判らない。何せまだ誰も『マビノの聖櫃』に入ったことがないからな。だが、それ以前にその扉までたどり着くのが至難の業なのだ。
道中、山道はそこそこのセラフは出現するが、さして困難では無い。問題は遺跡内部。
どことなくローマ時代の遺跡を思わせる意匠の柱や壁はかなり凝った作りをしており、神秘的な雰囲気を醸しだしプレイヤーを魅了するに十分なリアリティを表現しているのだが、それとは裏腹に出現するセラフがハンパ無い。
複数のボスクラスが同時に挟撃してくるわ、大して広くない通路で逃げ場は無いわ、おまけにもたもたしていると時間経過で竜族最強の『古代種』も出現してくるわでもうてんてこ舞い。どう考えても過剰殺傷と言わざるを得ない全滅必死のクエストだった。
事実、多くのチームがこのクエストに果敢にも挑んだが、【撤退】リセットするか殲滅されるかで敗退していて、誰一人クリアできた者が居ない。かく言う俺も以前挑んだことがあるのだが、チームは全滅し敗退した。
不本意だが、こと『聖櫃』に関しては、俺もサムと同意見だ。あそこはクリアできない様になってるとしか思えない。
「『入ったら二度と出られない戻らずの扉』『莫大な経験値を獲得できるエリア』または『全く別の世界がある』なんつー様々な噂があるが、どれも信憑性に欠ける物ばかり。はっきりしたことは何一つ判らない謎のクエストってわけさ」
俺の言葉に「へぇ〜」と相づちを打つララ。納得したように見えるが恐らく半分もわかってねぇだろうな、たぶん。俺とララのそんなやりとりの後、意外な人物が口を開いた。
「セラフィンゲインは完璧なシステムだ……」
全員驚いた顔でサンちゃんを見る。あんた喋れたのか? いや、そりゃ喋れるだろうが、ほら、心の準備ってもんがあるじゃない。
「作り込まれた経験値システム。絶妙なゲームバランス。これほどのシステムを作り上げた人物は紛れもない天才だと思う」
少々低いがよく通るサンちゃんの声がテーブルを包み込む。リアルで説法を説いてるだけあって聞きやすいんだろうね。普段無口なのが不思議なくらいだ。
「だが、こと『聖櫃』のゲームバランスだけは解せない。なぜああも悪いのだろう……」
サンちゃんの言葉とともにテーブルに沈黙が落ちた。一同それぞれ自分なりに考え込んでいるようだった。
「あそこをクリアするのはインポッシブルね。ミーたちもコテンパンでさ、ねぇシャドウ? チームが解散になったのもあのクエストがきっかけ……」
「サム、余計なことは言わなくて良い」
ったく、余計なことをペラペラとっ! ちきしょう、思い出しちゃったじゃねぇか。
そこへ、この話題をふった張本人であるスノーが続ける。
「確かに、このセラフィンゲインのシステムとしての完成度は高いわ。ゲームとしてだけでなく、脳を媒体とした仮想体感システムとしてもね。これほどの完成度を持つシステムは他にないはずよ。サンちゃんの言うとおり、この開発者は天才だと私も思う」
スノーはここでいったん言葉を切り、皆を見回す。
「でも、こと『聖櫃』のバランスだけは何故ああも悪いのか…… これほど完璧なシステムを作った開発者が、意味もなくそんな物を放置しているとは思えない……」
俺はこのとき、スノーが何を言いたいのか薄々判っていた。かつて同じ事を考え、『聖櫃』に挑んだ人物を知っていたからだ。
「それから導き出される答え。『聖櫃』が過剰設定になっているのは、そこに秘められた意味があるからじゃないかしら?」
そう投げかけるスノーにすかさずリッパーが返す。
「じゃあなんだ、そこいらで吐かれてる眉唾もんの噂は本当だってことかよ」
「さあ、そこまでは判らないわ。でも何らかの意図があると私は思うの。あの扉の向こうに何があるのか。それを確かめたいと思わない?」
スノーの言葉に一同それなりの思いを巡らせつつテーブル中央のランタンを眺める。
「良いじゃない、おもしろそうよ、それっ!」
と、ララが場違いに軽い声で言った。おまえなぁ、状況が判ってないだろ…… この挑戦で一番のネックがおまえなんだぞっ! ノリと好奇心だけで突き進むのにも限界があるよ。
しかし、この世界でやっていく上で、それが一番重要なことだった。よく考えたらララが一番この世界ではまっとうな住人『冒険者』なのかもしれない。
「こんな高レベルのメンバーで挑んチームは無いかもね。遠からずララちゃんが成長すれば、『聖櫃』クリアに一番近いチームになることは間違いない…… 良いわね、やってみようじゃない」
脇に立てかけてあった『撃滅砲』をガチンとならしてマチルダが不敵な笑みを浮かべつつ言った。やべー、間違って夜の店で見たくない顔だ。別の意味で狩られそうな気がする。
リッパーも自分の得物である『双斬剣』を引き抜き、同じく笑みを浮かべ頷いた。サンちゃんはまた黙り地蔵に戻っちゃったが、その表情は納得したようだ。
「はぁ〜、ジャパニーズは万歳アタック【特攻】が好きだなぁ」
サムが天井を仰ぎながらそう呟いた。何が『ジャパニーズ』だ。おまえだって国籍は日本じゃねぇかっ! 英語喋れねえくせしやがって、このインチキ黒人がっ!
「じゃあサムは抜けちゃうの?」
ララの問いにサムは慌てて答える。
「ラ、ラ、ララちんの護衛はミーじゃなきゃ務まらないでしょ。当然ウィズしますYo〜」
何どもってんだよ。体操が始まるのかと思ったじゃんか。
つーか務まってねーだろっ実際。しかしどうやらコイツ、ララを気に入ったようだ。外見に騙されると痛い目見るぞ。
明確な目標が決まり、それなりに盛り上がっている一同を眺める中、ふと、スノーと視線が絡んだ。
何故かどことなく哀しそうな、それでいて冷めた瞳。それは間違いなく、今この場面には到底そぐわない色をしていた。
だがそれも一瞬のことで、すぐにいつもの美貌で視線を外し、メンバーを眺めていた。俺もそれを追求する事はせず、次のクエストに移った話題に加わった。
―――何故、そんな目で俺を見る?
強者どもを乗せた船の舳先に立ち、対岸を見つめる美貌の女神。戦士たちを死地になるであろう戦場へといざなうワルキューレ……
ふと俺はそんなことを考えつつ、先ほど見た白銀の女魔導士の冷めた瞳が、妙に脳裏に焼き付いて離れないでいた。
初めて読んでくださった方、ありがとうございます。
毎度読んでくださる方々、心から感謝しております。
第8話更新いたしました。明確な目標が決まり、メンバー達にも勢いが付いてきました。ララとサムのボケ掛け合いにも磨き(?)が掛かってきました。
駄菓子菓子! やっかいなキャラを作ってしまった悪寒がします。サムに付き合っているとページがいくらあっても足りない。それに一人歩きしそうで怖いです。劇中のシャドウじゃありませんが、胃が痛くなりそ……
さて物語はここから若干毛並みが変わっていきます。台詞や文体のスタイルは変わりませんが、物語の雰囲気が少しシリアスになります。って言ってもキャラ達が濃いのであまり変わらないかもしれませんが……
とりあえず飽きさせないよう頑張る次第ですので、もう少しの間おつき合いくださいませ。
鋏屋でした。
11/10 『大黄土ミソウ丸』殿の指摘分 修正いたしました。
〈次回予告〉
華々しい? 初陣から早2週間が過ぎ、チームとしてのポテンシャルが上がってきたチーム『ラグナロク』
そんなある日、『シャドウ』こと智哉は予約していたアニメDVDを受け取るため、秋葉原にある行きつけのゲームショップを訪ねる。実はそのショップの店長はセラフィンゲインの古参のプレイヤー、傭兵の『オウル【梟】』 智哉はその店長『オウル』から『スノー』こと雪乃にまつわる妙な噂を聞く事になる。絶対零度の魔女『プラチナ・スノー』にまつわる不吉な噂とは……!?
次回 セラフィンゲイン第9話 『ロスト』 こうご期待!