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セラフィンゲイン  作者: 鋏屋
EP-1.2 ターコイズブルー
59/60

マーカスメモリーズ ターコイズブルー21

 ロスト……

 その単語は、この仮想世界セラフィンゲインのプレイヤーにとってはとてつもない恐怖を脳裏に刻み込む言葉だ。

 前回の大型アップデート以降、ロストが確認されたことは無く、もはや過去のものという認識が浸透している今でも、その言葉にはプレイヤーの背中を冷たくさせる魔力がある。

 ましてやそんな中で、圧倒的とも言える力の差を見せつけられては、恐慌をきたしても無理ない事だと思う。現に私もさっきから情け無いほど足が震えていた。

 だがその場にいた大部分のプレイヤー達が恐怖に駆られて逃げ惑う中、私はそうはならなかった。

 何故なら……


「俺が仕掛けてタゲ(ターゲット)を取る。その隙にキャラ達をまとめて統制を立て直してくれ。出来るか? ミゥ」

 その黒衣の剣士は、恐怖を微塵も感じさせない動作で右手の真っ黒い太刀を構えそう言った。

「なに、あいつは高々神様の使い走り。だけどこっちには女神様と、女神様の剣がある。勝てない道理がないだろ?」

 そう言って私の持つ剣と私とを交互にみて、彼は軽く笑った。彼の言う女神が自分を指しているのだとわかり、私は思わず赤面した。

「ちょっ、ば、馬鹿、何言ってるのよ!?」

 私は顔が熱くなるのを感じつつ思わずそう返したが、不思議と膝の震えは消えていた。

 こんな絶望的とも言える状況の中で、彼は私の不安を解消する為に軽口を吐いたのだ。

 何故それ程までに…… そしてどうしたらそこまで強くなれるの……?

「昔、ある奴に言われたんだよ。そいつは、諦める俺を認めてはくれないんだそうだ。全く理不尽な言い草だが、それ以来俺は最後まで足掻く事にしてるのさ!」

 欠損ペナルティで未だ片腕のまま、真黒な太刀を後ろ手に引き構えを取る。これまた黒一色の出で立ち。

 漆黒……

 そう、その異名通りの姿で彼――――

 漆黒のシャドウはそう微笑んだ。

 シャドウは言った。雇い主が諦めなければ、俺たち傭兵は戦えると。だから私も逃げるわけにはいかない。今まで私は逃げてばかりだった。ナオトの事も、それを引きずる自分自身の弱さからも……

 だから今度こそは間違えない。その弱さを全部受け止めて、それでも前へ進む勇気を知ったから。

 それを教えてくれた人が諦めないのなら……

 私が諦めるわけにはいかないじゃないっ!!

「わかったわシャドウ。どこまで出来るかわからないけど、私も最後まで諦めずにやってみるよ。このターコイズブルーに賭けて!」

 私がそう言うと、シャドウは力強く頷いた。

「よ〜し、反撃開始だっ!」

 シャドウはそう声を上げると同時に疾走に移った。

 ーーーーっ!?

 速いっ! ゼロ加速から一気にトップスピードでケルビムに肉薄するシャドウに私は驚愕を憶えた。逃げ損ねて転んで倒れ、顔面蒼白で震える魔導士にケルビムが炎の剣を振り下ろした瞬間、その斬撃を真黒な太刀が遮った。

「ミゥ、今のうちだ! ゼロシキ、スプライト、サポートしろっ! 急げぇっ!!」

 シャドウの叫びに私は弾かれたように走り出す。そしてすぐ後ろで「了解っ!!」とゼロシキとスプライトの声が飛んだ。

「プロテクション!」

 スプライトの声と同時に、走る私の身体を青白い光が包み込んだ。私はターコイズブルーを握ったまま全速力で駆け、ザッパードの前に滑り込むようにして立つと、青い顔をして膝を付くザーッパードの胸ぐらを掴んで無理矢理立たせた。

「ザッパード、ほら立って!」

 そう言う私の目を覗くザッパードの瞳は、いつもの彼では無かった。

「無理だ…… あんなの勝てる訳ねぇ…… みんなここでロストするんだよ。お、オレのせいじゃねぇよ……」

 それはまるで捨てられた子犬のような目だった。高慢で大口を叩いていたさっきまでの男とは別人のようだった。

「ザッパード、あんた……」

「怖えぇんだよ、ミゥ…… 消えちまうかもしれねぇって思ったらよ…… あ、足が震えて動かねぇんだ。お、お前、怖くねえのか?」

 また一人、誰かの悲鳴が響く中、震える声でザッパードがそう聞いた。私はその言葉を聞いたとき、心のずっと奥の方で、メラッと何かが熱く燃えるのを感じた。そうして掴んだザッパードの胸元をぐぃっと締め上げる。

「怖いわよ、そんなの決まってるじゃん! でも、諦めちゃダメだって事ぐらい、私を見てて分からないのっ!?」

 締め上げた首が苦しいのか、ザッパードは「うぐぅっ……」と呻きながら私を見た。

「私は一度諦めたの、向かい合うことをずっと逃げてきたの。でもそれをずっと引きずって生きていくことが、どんなに辛いか…… 理由はどうあれ、あの連中はあんたが連れてきた仲間でしょ? だったら、あんたが真っ先に諦めてどうするのよ! あんたそれでも男なのっ!!」

 そして私はチラッとシャドウを見た。シャドウは尋常じゃ無いスピードで移動しつつ単発の攻撃を仕掛け、タゲを取ってケルビムの注意を自分引きつけているようだ。

「シャドウは言ったわ。私が諦めない限り自分達は戦えるって。だからどんなに怖くたって、彼が諦める前に、私が諦める訳にはいかない!」

 そんな私の言葉に、ザッパードは瞳を泳がした。私はその仕草にかっとなって胸ぐらを掴んだ手を放すと、その手をぐっと握ってザッパードの右頬を思いっきり殴った。

「――――ぐっ!?」

 声にならない呻きを発してザッパードは吹っ飛び床に這った。

「もう良いわ、そんな腰抜けに用は無いわよっ! 震えてても良いけど、せめて邪魔にならないように隅の方で泣いててよっ!!」

 私は床に蹲ったザッパードにそう吐き捨てるように言うと、ターコイズブルーを握り直して再び疾走に移った。目指すは10人ほどに減ったザッパードの連れてきたプレイヤー集団だ。

「あんた達、1箇所に固まってたら一瞬で全滅よ! 散開しなさい!!」

「で、でも魔導師キャラはどうすんだよ!?」

 装備からして魔法系とおぼしきキャラの一人がそう返す。私はその言葉に呆れ、反射的に言葉を吐いた。

「戦士系の後ろに回って後方から援護! そんなのティーンズだって知ってる基本でしょうがっ! あんた達、ホントにトゥエンティーズなのっ!?」

 私がそう怒鳴ると、正面にいた大剣使いが「……ぐぅっ!」っと呻いて悔しそうな表情をする。恐怖で思考がパニックになっているのだろう。わからないでもない。

 でも今はそんな事を気に掛ける余裕は1バイトも無い。

「私に言われて悔しいなら足掻いてみなさいよっ! 生き残ってみなさいよっ! ここは真の勇気が問われる場所なんだからっ!!」

 私はそう吐き捨てると右手のターコイズブルーを硬く握りしめながら走り出した。目指すはケルビムと戦うシャドウを、少し離れた場所から眺めている、あのローブの男だ。あの男を倒せば、この訳のわからない状況を打破できるかも知れない。私はそう考えたからだ。

 そのローブの男は、シャドウとケルビムに気を取られ、私の接近に気付いてない。

 私は自分の間合いに入った瞬間、剣技『ソニックブースト』を発動させた。

 上体をしならせ、捻る様に刃を横薙ぎに払う。ターコイズブルーは青い刀身に蛍光ブルーのエフェクトを乗せて、光の軌跡を残しながら音速でローブの男の首筋へと走った。

 もらったぁっ!!

 私はクリティカルを確信し、心の中でそう叫んだ。

 しかしーーーー

 ターコイズブルーがその男の首筋に吸い込まれる瞬間、後数センチといったところで、まるで電撃魔法ボルトスの様な青白い光が弾け、ソニックブーストの強制キャンセルの衝撃で私の身体は弾き飛ばされた。

 床を滑る様に転がりながらも、右手のターコイズブルーを手放さなかったのは奇跡に近い。しかし右腕の肘から下に走る痺れと痛みに奥歯を噛み締める。

 高性能な物理演算プログラムにより、音速まで上がったのに比例して質量の増大したターコイズブルーのエネルギーがダイレクトに腕にフィードバックしてきた結果だ。

「Miit……っ!? プレイヤーじゃ、ない!?」

 私はしびれた右腕を引きずる様にして立ち上がり、その男を見た。相変わらずローブで隠れた顔だが、その口元にはうっすらと笑みが浮かんでいた。

「いや、Miitじゃないが、正直プレイヤーともちょっと違う。君がそれを知る必要は無い。まあ安心したまえ。君らがロストすることは無いと思うよ。彼がそうはさせないだろうからね……」

 その男は私にそう言いつつ、ローブに隠れた顔を上げる。その視線の先には、ケルビムを相手に跳ね回るシャドウの姿があった。

「彼がその気になれば、たとえMiitであろうと殲滅対象になるのだから……」

 その男は口許に浮かぶ笑みの色を濃くしながらそう呟いた。私はその言葉に息を飲む。

「Miitでさえって…… 彼は…… シャドウはいったい何者…… なのよ?」

 私が呻くようにそう言うと、男は僅かに私に顔を向け、軽く鼻を鳴らした。

「さあね? 神か…… 見方を変えれば、或いは悪魔…… わからないからこうやって調べているのさ。いずれ複数現れるであろう、彼のような存在への、対処策を講じる為に」

「対処策? そんな事の為に沢山のプレイヤーの意識を消してしまうって言うのっ!?」

 私がそう返すと、男は肩をすくませ、僅かにたため息を吐いた。

「その言われようはいささか心外だな。私は後の人類の為にやっているつもりなのだが…… 君はネアンデルタール人やクロマニヨン人になりたいのか? 進化の過程で淘汰されて行った存在に……」

 私はこの男が何を言っているのかわからなかった。だが男は私の理解など気にした風も無く、言葉を続けた。

「高度に発展して行くデジタル情報社会。このまま推移すれば、いずれ仮想と現実の境目が薄れて行くだろう。人間の適応力は他の生物とは比較にならないほど高いものだ。それを考えれば彼の様な存在が生まれてくるのは、いわば必然なのかもしれない」

 男はローブに隠れた顔をシャドウに向けてため息をついた。

「だが、なら我々現行人類は彼の様な存在に対して、どの様に対処すればいいのだ? 種の交代劇は悲しいまでに無慈悲だ。それは歴史が証明している。我々は贄となる運命なのか? 歴史の中で淘汰されて行った様々な種の様に……」

 その男はそう言って、歯を噛み締めた。鼻先まで覆われたローブで相変わらず表情までは伺えないが、その言葉と仕草は、何かに抗う意思を感じさせた。

「種の革新が神が定めた摂理であり必然だとしても、それを何もせずに受け入れる事は私にはできん。だから絶対数で勝る今のウチに対抗策を講じておかなくてはならないのだよ。いずれ訪れるであろう、種の交代劇に抗う為の手段を……」

 不意に男の右手か上がり、宙に文字を描き始める。すると男の足元に魔法陣がゆらりと浮かび上がった。

「たとえそれが、進化の理の逆を行く行為だったとしても……な」

 男はそう呟くと、音も無くフワリと宙に浮き上がった。そして跪く私を見下ろしながら上昇して行く。

「ま、待って……っ!」

 私は慌ててそう叫び立ち上がるが、男の身体はどんどん上昇して行った。

「理解など無用だ。覚えておかなくても良い。恐らくもう君と会う事も無いだろう。だがこれから見ておくといい。デジタル情報のプログラムによる規則性ルールなど、何の枷にもならない彼の力の一端を……」

 男はそんな言葉を霧散させながら、まるで空気に溶ける様に消えて行った。

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