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セラフィンゲイン  作者: 鋏屋
EP-1.2 ターコイズブルー
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マーカスメモリーズ ターコイズブルー19

 ザッパードが連れて来たプレイヤー達の非難に晒されているのを尻目に、私達は素早くHPとスタミナ回復を図った。それは先程のシャドウの言葉を受けたからだ。

 この訳のわからない状況で、誰一人として冷静でいられないであろうにも関わらず、ただ一人、シャドウだけは冷静に、そして幾分か緊張気味に周囲を警戒している。

 その姿は、この状況が何による物であるのか、ある程度理解している事を物語っている。それは同時にこの状況が、ただのプログラムバグでない事の証明でもあった。

 もしかしたらシャドウは、こんなふざけた状況ですら過去に経験済みなのかもしれない……

 とその時、サッパードが連れてきたプレイヤーの一群からスゥっと一人のプレイヤーが進み出てきた。薄いベージュのローブを装備している事から考えて、恐らくは魔導士かビショップだとは思うが、深めに被ったフードから口元のみが辛うじて露出している程度で人相は分からない。

 しかし、他のプレイヤー達が未だに足下をふらつかせているのに対して、そのプレイヤーは確かな足取りで私たちの方へと歩みを進めた。その点だけでも他のプレイヤーより高レベルであることが窺い知れるのだが…… 何故だろう? 私はこのプレイヤーに妙な違和感を覚えた。

「こんな人数の乱戦で見事な戦いぶりだった。『あの力』を使わずにここまでやるとは正直思ってもみなかったんだが、中々どうして、そのアンギレットを付けるキャラだけのことはある。素直に流石と言っておこう」

 その男は静かにそう言い、ゆっくりと口元に笑みを浮かべた。私はその鷹揚とした物言いと若干上から目線の言葉使いが少々鼻についた。するとザッパードの周りを取り囲んだプレイヤー達もザッパードへの文句を中断してそのキャラ見つめていた。

「誰だ、アイツ?」

 不意にザッパードの口からそんな呟きが漏れたのを私は聞いた。

 聖杯の雫メンバーじゃ…… ない?

「フンっ、見たとこ『あのクソガキ』の同類じゃ無い様だが、ただのプレイヤーって訳でも無さそうだな…… あんた何者だ?」

 するとその男はそんなシャドウの言葉を受け、肩を揺らして含み笑いをした。それにシャドウが言う『クソガキ』とは一体誰のことなんだろうか?

「フハハッ、いや済まん、アレをまるで人間の様に言う君の言動が面白くてね。それにしても『クソガキ』とは…… なかなか的を射た表現だ」

 その男はそう言いながらシャドウの手前で歩みを止めた。

「シャドウ、ただのプレイヤーじゃないって…… どういうこと?」

 私はシャドウにそう聞いたが、シャドウは僅かに私に視線を移し、直ぐにまたそのローブの男を睨む様に見つめた。

「荒野からケルビムタワーへの無条件強制転送…… 全部あんたの仕業だろ?」

 そんなシャドウの言葉に私を含めたここに居る全員が目を丸くしてその男を見る。

「ああ、その通り。私が君らを此処に転送した」

 その男は悪びれた様子もなく、しれっとそう答えた。

「そ、それじゃ管理側の……?」

「いや、違う。この男はサポートの人間じゃ無い」

 口をついて出た私の言葉をシャドウがすぐさま否定した。

 でも、管理側の人間じゃ無いって…… それじゃ一体何なの? サポートでも無い人間がフィールド間の強制転送なんて出来ないんじゃないの?

「転送の元である荒野、そしてこのケルビムタワー。どちらも同じアナザードメインエリア。しかもここに至ってはクローズドグラウンドに設定変更されている…… 本来ならそんな事が出来るわけ無いんだよミゥ」

 シャドウはローブの男を睨みながら私にそう答えた。

「何故ならアナザードメインは管理側のサポートはおろか、『使徒』でさえ手を加える事が出来ない完全な不干渉領域なんだからな」

「使徒って…… あの使徒の、こと?」

 そう聞く私にシャドウは頷いた。

「ああ、13使徒…… このシステムの制作者達だ」

 シャドウの言葉に私を含めたここに居る全プレイヤーが絶句した。

 使徒とは、このセラフィンゲインのシステムを独自で開発した開発者の俗称。13人居たと言うことから使徒と呼ばれるようになったという。それが何処の誰だったのかは一切不明の謎に包まれた集団で、セラフィンゲイン最大の謎と言われている。今では実在したのかも危ぶまれている。

「このセラフィンゲインの全てのプログラムは、実は高性能なAI【人工知能】によって監理されているんだ。超高速演算戦術学習型AI、タイプ『メタトロン』…… 現時点で世界で最も進化した人工知能だ。そしてここを含めた全てのアナザードメインは、メタトロン自身が作り出し、自ら構築したATプロテクトを掛けた絶対領域だ。だからメタトロン以外プログラム改変は不可能の筈……」

 私はそう言うシャドウの横顔を見た。シャドウは目を細め、正面に立つローブの男を観察する様に見つめていた。

「俺は以前2度ほどメタトロンと邂逅した事がある。その時メタトロンは2度とも人間の姿で現れた。だから俺は最初こいつがメタトロンかと考えた。メタトロンには固有の形が無い。ヤツは初めての時は少女の姿で、2度目はイケメンの青年だったからな。だが、この男から感じる感覚は明らかにヤツの物とは違う」

シャドウがそう言うと、その男は再び口許を歪めた。

「なかなか鋭い洞察力だな。だが今は私が何者なのかはどうでもいい。此処に来たのは別の用事がある。シャドウ、私が用があるのは君なんだ。もっとも『傭兵シャドウ』としてではなく、『鬼丸』から受け継いだその『童子切り安綱』を操る事の出来る『ガーディアン』としての君にだ」

 ガーディアン……? 何のことだろう?

 私はその聞き慣れない単語に首を傾げ、シャドウの横顔を見ると、シャドウは一瞬驚いたように目を見開き、明らかに動揺した表情だった。

「お前何で…… それに鬼丸……だと……っ!?」

「ああ、もちろん知っている。君よりも遙かにな。天才的な頭脳は言うまでも無く、そのガーディアンの資質もずば抜けていた。知っているか? 世界で初めて『アザゼル因子』が確認されたのは彼の脳なのだよ? ただ、惜しむらくは現実側の肉体の寿命が残っていなかったことだ」

 ローブの男は静かに、そして淡々と語っていた。しかし私にはその内容がさっぱり分からない。ただシャドウは相変わらず苦虫を噛む様な表情で彼の言葉を聞いていた。

「この高度なデジタル情報社会では、その気になればその力で世界を手に入れる事が出来るというのにな…… 実に惜しい。まあ、それは君にも当てはまる。なにせ君は彼以上の因子係数を持つのだから」

 するとシャドウは「馬鹿なことを……」と吐き捨てるように言った。

「何を吹き込まれたか知らんが誇大妄想だな。俺だってアザゼル因子とガーディアンの関係は知っている。だが、そんな世界をどうこうできるような力なんて、人間一人の力であるわけは無い。現に鬼丸は死んだんだ。馬鹿げた妄想に取り憑かれたままな。アレはゲームで多少チートになるぐらいの物だ。妄想するのは勝手だが、他人に自分のそれを押しつけるんじゃねぇ」

 そんな吐き捨てるようなシャドウの言葉に、そのローブの男は肩を揺らして笑った。

「はははっ、君は何も知らないんだな。ははっ!」

 そしてその男はひとしきり笑った後、静かにシャドウに言った。

「まあいい、ガーディアンと君が鬼丸から受け継いだ『童子切り安綱』の関係は、いずれ君にもわかる。何故存在するのかがな。だがその前に、今日私がここに来た件を先に済ませてしまおうか」

 そう言い終わると同時に、その男は右手を空に向かって勢いよく突き上げた。

「さあ、『性能評価試験』の始まりだ……」

 その男が発した場違いともとれる単語に、私は何故か身震いをしたのだった。

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