マーカスメモリーズ ターコイズブルー18
足下に突然感じる接地感と重力に思わずクラっとして私は膝を着いた。何の準備もないままに転送され空間固定プログラムの処理に実際の肉体の方の三半規管が処理しきれず、半ばパニックを起こしていた。
それでも直ぐに目を開かなかったのは、1年以上この世界で狩をして来た成果なのだろうと思う。
私はいつも以上に転送酔いへのマージンをとってからゆっくりと目を開き周囲を見回した。すると周りにはシャドウを始め、ゼロシキやスプライトの他に、ザッパード達の姿もあった。どうやらあの陽炎宮にいた全員が転送された様で、皆私と同じ様に急な転送で一時的な転送酔いに掛かっているらしく蹲っていた。
ただ一人を除いて……
「何が…… 起こったの?」
この場でただ一人立っているシャドウを見上げながら私はそう聞いた。
「強制転移だ。しかし……」
シャドウはそう語尾を濁してから周囲を見回した。私もまだ若干酔いの残る頭を振りながら、シャドウに習って周囲を見回した。
石畳の床は大きな円形状になっていて、私達全員がちょうどその中央にいるらしい。天井や壁などは一切無く、頭上の晴れ渡った空がとても近く感じ、頬を撫でる風が、ここがとても高い場所にある事を教えてくれている。そして周囲には、緑豊かな山々と、一際大きくそびえ立つ白い山、聖峰マビノ山がみえる。
「何処よ、ここ!?」
私がそう言うと、傍に立つシャドウが手にした太刀を鞘に仕舞いながら答えた。
「ケルビムタワー最上階『星読みの間』…… またしてもアナザードメインかよ」
「アナザードメイン?」
私がそう聞き返すとシャドウはちょっと困ったような表情をした。
「ちょっと説明しにくいな。ここはセラフィンゲイン本来のフィールドじゃないんだよ。もっとも、さっきまでいた荒野もそうだけどな…… で、そういったフィールドをアナザードメインって呼ぶんだそうだ」
セラフィンゲイン本来のフィールドじゃない? どういう意味なのだろう?
「ちっ! しかもご丁寧にクローズドグラウンドときてる。アイツめ、また何を始めるつもりだ?」
シャドウは舌打ちしてブツブツと独り言を吐いていた。その言葉の端々に妙な単語が出てくる。
「シャドウが何を言ってるのか私にはわからないよ。何か知ってるなら教えてくれない?」
するとシャドウは少し考えてから私を見た。
「……俺たちは此処に閉じ込められたのさ。見てみな」
シャドウはそう言って顎をしゃくりながら周囲に視線を流す。私もそれに倣うが、シャドウの意図したことがわからず首を傾げた。
「わからないか? 本来あるはずの、このフロアに来るための昇降設備が何処にも無いだろ?」
そんなシャドウの言葉に私は「あ……っ!」と短く驚きの声をあげた。
そう…… シャドウの言う通り、この大きな円形状のフロアには、下の階から上がってくるための階段が無いのだ。私も前に一度ここまで来たことがあるが、その時は確かに中央に下階から上がってくるための階段があった。しかし今は影も形も無く石畳の床が隙間無く敷き詰められているだけだった。
「つまりここから出るには、この50フロアから成る塔から飛び降りるか、リセットするか、あとは何かでデッド判定されるしか無いって事になるんだが……」
「そんな……!? そんなのもう……」
私の言いかけた言葉をシャドウは「ああ」と頷いて肯定した。
「ミゥの考えたとおりさ。リセットするかデットするしか無いんじゃ、もうゲームじゃ無いな」
シャドウはそう言いながら私の顔の前に手を差し出した。私はそのシャドウの手を掴み、ゆっくりと立ち上がった。
まだ足下の接地感に自信が持てず、若干ふらつく体をシャドウの手に縋るようにして安定させた。あれほどマージンを取ったにもかかわらず、未だにこれだけの感覚変調を覚える転送酔いは初めてだった。
するとようやく他のプレイヤー達も、転送酔いに解放されたようで、周囲の状況に驚きの声を上げ動揺し始めていた。
「いや~、ビックリしたッス。なんだったんスカ? 今の」
依ってきたゼロシキも未だに酔いが残っているらしく頭を左右に振りながらそう言った。
「どうやら強制的に転移させられたみたいだね。転送酔いなんていつ以来だろう?」
スプライトもそう言いながらゼロシキと同じように頭を軽く振りつつため息をついていた。
2人ともそうは言いながら足取りはしっかりしている。先ほどまで敵対していたザッパードを初めとするプレイヤー達の中には未だに立ち上がれない者も居るようだった。
「何だよおいっ!? 出口は何処だよっ!?」
不意に背後でそんな声が上がった。振り向くと先ほど対峙していた相手のプレイヤーの一人が転送酔いから覚め、立ち上がって叫んでいた。
「マジかよ!? おいザッパード、こりゃどうなんてんだよっ!?」
他のプレイヤー達も口々に驚きの声を上げながらザッパードの周りに集まりだした。当のザッパードはと言うと、周囲に唖然とした様子で放心していた。
「いや…… お、俺にも、何が何だか……」
ザッパード当人も状況が全く分かってはいないだけに、そんな質問を投げても答えようが無い。もっとも、何のアナウンスも無い、いきなりの『強制転移』なんて食らったプレイヤーなど居ないのだから説明しろというのが無理な話だ。
この場でただ一人、私たちの置かれたこの状況を説明できるだろうシャドウですら、状況の説明は出来てもその理由が分からないと言った様子だった。
「もういい加減やってらんねぇ、俺も降りるぜザッパード。こんなわけわかんねぇトコはもううんざりだ」
一人のプレイヤーのその言葉が、他のプレイヤーの感情に伝播するのにさして時間は掛からなかった。他のプレイヤー達も口々に同じ言葉を宣言していた。ザッパードは惚けたような顔で周囲のプレイヤー達を見ながら「なぜだ……」と呟いていた。そしてプレイヤー達は口々にリセットを宣言していった。
だが――――――
「たぶん無理だな……」
傍らに立つシャドウがポツリと呟く。私は「何が――――」と聞きかけたが、それが何を指した言葉だったのか直ぐに分かった。
「オイオイ…… な、なんで、リセットされねーんだよオイっ!?」
「何だよ、どーなってんだよこれっ!?」
「マジか!? ジョーダンじゃねぇぞっ!!」
リセットを告げる宣言の後、そんな言葉が各所で沸き起こった。
リセットが…… 掛からないっ!?
私は驚いて隣に立つシャドウの顔を見た。するとシャドウは奥歯をぐっと噛んで周囲を睨む様に見つめていた。
「シャドウ、これって……」
「クローズドグラウンドコード…… リセット不能設定のフィールドをそう呼ぶんだそうだ。ここでは通常リセットが出来ない。さっき俺が『閉じ込められた』って言ったのはそう言う意味だ」
そんな……
私はそんなシャドウの言葉には私は絶句した。私には何が起こっているのか全く分からない。
「ザッパード、どうなってんだよっ!? 俺今日この後予定あんだよ。何とかしてくれよ!」
「お前の仕組みだろ? さっさとサポートに連絡しろよな!」
「マジでジョーダンじゃねぇよ。責任とれよザッパード!」
プレイヤー達は口々にザッパードに非難を浴びせていた。ザッパードは蒼白になりながらも俯きながら必死に携帯端末を操作していたが、不意に顔を上げた。その顔をさらに顔色を青くさせ……
「サポートに、繋がらない……?」
その答えに周囲に群がっていたプレイヤー達は文句を言いながら自分の端末を操作し、その結果が同じだったと分かるとさらにザッパードへの非難をヒートアップさせた。
「こいつは、やっかいな事になりそうだ…… ミゥ、いつでも動けるよう準備しといてくれ」
そんな様子を見ていたシャドウは舌打ちしながら私にそう告げた。その瞳は明らかに今までとは違った光を帯びているように見えた。
ここまで読んでくれている方々、本当にありがとうございます。
こんな不定期の、しょーもない物語に付き合ってくださって感謝いたします。
2012年の更新はこれが最後になります。
今年はこの作品を再開でき、また沢山の方に読んで頂けて嬉しいやら申し訳ないやらで……
更新は確実に来年ですし、また不定期になるでしょうが、またおつき合い頂けると嬉しく思います。
さて、このターコイズブルーは後数回でおしまいになります。このお話はエンジェルデザイアに続くお話になのですが、このほかにマーカスメモリーズとして、槍使いサムのお話と、鬼丸が主人公の『レッドナイト』というお話を構想中です。ま、私の事ですから『いつになるんだ鋏屋コラ!』と思うかも知れませんが(ごもっとも)生暖かい目で見守ってくれると助かります。
それでは皆様、よいお年をw
鋏屋でした。