マーカスメモリーズ ターコイズブルー17
セラフィンゲイン公式クエスト、ナンバー66『マビノの聖櫃』、通称『聖櫃』
セラフィンゲインのどのフィールドからもその姿を見ることが出来るシンボルマウンテン、聖峰マビノ山。その内部にある古代迷宮の奥にあると言われる『聖櫃』と呼ばれる場所を目指すクエスト。
クラスAフィールドに設定されるクエストであるにも関わらず、難易度を示すクエストレベルの表記が無いそのクエストが、基本的に明確な最終目的が存在しないこのセラフィンゲインにあって、唯一『最終目標地点』と呼ばれている理由は、そのマビノの聖櫃というクエストが他に類を見ないほど困難であるからだった。
出現するセラフの強さ、そして出現頻度は明らかに過剰と言って良く、正式稼働からもうすぐ6年にもなるセラフィンゲインの歴史の中で数多くのチームが挑戦するが、そのことごとくが全滅、若しくは撤退していった。
プレイヤーからは『開かずの扉』、『難攻不落の代名詞』などと呼ばれ、一時は『クリア不可能』とまで言われたマビノの聖櫃だったけど、1年半前、あるチームがメンバー誰一人欠けること無く攻略を果たした。
そのニュースは瞬く間に世界中のセラフィンゲインの端末に知れ渡り、そのチームはこの世界で最も有名なチームになった。そのせいで秋葉の『ウサギの巣』も『最強チームのいる端末』として知られる事になったそうだ。
私は当時はまだセラフィンゲインのプレイヤーでもなかったのでリアルタイムでは知らないが、以前古参のプレイヤーから話には聞いた事がある。
その後、聖櫃攻略の熱が高まり再び数多くのチームが挑んだが、今日までそのチーム以外に聖櫃に辿り着いたチームがいない事から推測しても、そのチームが如何に強かったのがわかる。
伝説のチーム、全プレイヤーの羨望と妬み、そして畏怖の対象である栄光の7人。
そのチームの名は……
「ラグナロク……」
私がそう呟くと、スプライトは「ええ、チーム・ラグナロクです」と誇らしげに頷いた。
「『絶対零度の魔女』プラチナ・スノー、『沈黙の守護神』ハイビショップのサモン、『千里の魔神』ガンナ-マチルダ、『疾風の聖拳』爆拳のララ、『狂気の瞬刃』切り裂きリッパー、『天空の大鷲』魔槍グングニルのサム。そして……」
そこでスプライトは未だに20人以上居るであろうザッパード達の前に立ちはだかる黒衣の魔法剣士を見やった。
「伝説のチーム、ラグナロクの斬り込み屋。マビノギの大鴉の異名を持ち、妖刀『童子切り安綱』を振るう黒衣の最強魔法剣士…… あのキャラはね、私達全傭兵の憧れであり、誇りでもあるんですよ」
するとゼロシキも「そうっス」と頷いた。
「ミゥ姉さんには悪いけど、今回この話を受けたのは、影兄ぃとマジでクエストに参加できるからなんス。傭兵は普通一緒にクエに参加出来ねーっスから」
ゼロシキはそう言ってにぃっと歯を見せて嬉しそうに笑った。
「漆黒のシャドウ……」
私はそう呟きながら、改めてシャドウの背中を見つめた。
私達のそんな話をまったく聞いてないであろうシャドウは、太刀の刃先を降ろして起き上がったザッパードと対峙していた。
「まだこっちには20人は居るんだ。倒せない道理が無ぇ! みんな絶え間無く連続で攻撃してくれよっ!」
ザッパードのそんな掛け声に反応して、再び数人が襲い掛かった。私はハッとしてターコイズブルーを握り締め床を蹴った。私がさっき脇腹を斬りつけた手負いのブレイカーが、シャドウを背後から斬りつけようとしていたからた。
「やらせないっ!!」
私はそう言い放つと同時に、片手剣技ソニックブーストを発動させた。発動シークエンスである構えと僅かな溜めを解放してシステムのプログラムに身を委ねると私の体は音速で移動し、青く美しい輝きを帯びたターコイズブルーが稲妻のように宙を走ってブレイカーの右手を装着していた篭手ごと斬り飛ばした。
私はソニックブーストの終了間際に再び突き技スパイクの発動を促し、制動を掛けた左足を軸に体を回転させ、ブレイカーが呻きながら退け返りガラ空きになった胴にスパイクを突き入れた。
いけるっ! もう怖くないっ!!
胸を串刺しにされたブレイカーがポリゴンをまき散らして爆散する中で、私はそう心の中で声を上げた。こんな流れる様にスキル技のコンボを決めたのはセラフ相手にだって無い。しかも自分で言うのも何だが、技のスピードとキレがハンパなく良い。もしかしたらターコイズブルーは、装備者のステータスを大幅に上昇させる武器なのかも知れない。
これさえあればっ!
そう思った瞬間、横合いから別のキャラがソニックブーストを仕掛けて来た。
「くぅっ!!」
私は思わず呻いた。しまった! 技の終了直後は僅かに身体が硬直してしまう。硬直時間は瞬きする間の一瞬だが、その瞬間を音速攻撃で狙い撃ちされたら交わすのは不可能だ。
やられるっ!!
相手の歪んだ口許がハッキリ見える程接近された刹那、私は食らうのを覚悟して目をつむった。
とその時、私の鼻先でキンっ! という甲高い音が鳴り目を開くと、攻撃を仕掛けて来た相手が吹っ飛んで行くのが見えた。そして私のすぐ横に、続けて襲って来たプレイヤーを横薙ぎにするシャドウがいた。
「対プレイヤー相手の乱戦じゃスキル技は無闇に使わない方が良い。相手はAIコントロールのセラフじゃないんだ。技を読まれてエンドフリーズを狙い撃ちにされる」
シャドウはそう言いながら、今度は正面から襲って来た戦斧使いの一撃をスルリと交わし、無防備の顔面に太刀の柄を叩き込んだ。私はそんな流れる様な動きに息をのむ。
「けどさ、助かったよミゥ」
シャドウはクルッと太刀を回し、私に背中を向けたままそう言った。
「自分の背中を預けられる仲間がいるってのは心強いもんだ…… な、理屈じゃ無いだろ?」
シャドウは横目で後ろの私を見てそう言い、にぃっと笑った。
ああ……
そんなシャドウを見たとき、私は鳥肌が立った。ざわっと心が震えた。それはあの日走り去るナオトの背中を見て以来、私がずっと探していた一つの答えだったのだ。
今なら、さっきパイルドゥンとの戦闘でシャドウが私を助けてくれた事が…… その後私に言ってくれた事が理解できる。
もう誰も信じる事なんて出来やしないと思ってた。どんなに深く信じ合っていると思っていても、土壇場の恐怖が簡単にそれを幻に変えてしまうから。
でもシャドウは違った。人のそんな弱い部分を知っていながら、『それでも』と言いながら誰かのために太刀を振るう。彼こそが英雄……
「俺の背中、あんたに任せるよ、ミゥ!」
シャドウの言うその言葉が、私の中の忌まわしい過去に立ち向かう力をくれた。私はターコイズブルーを強く握りしめ頷いた。
「シャドウの背中は、私が守る。それが仲間だから!」
私はそう叫ぶと同時に、斬りかかってきた敵プレイヤーの大剣を交わし、体の回転を利用してそのまま脇腹を斬りつけた。まるで剣技を使っているときのような流れる動作だ。
すると敵の後方に控えていた魔道士達が呪文詠唱に入ったが、その瞬間に立て続けに爆発が起こった。
「魔法は使わせねぇッスよ! オラオラぁっ!!」
単発式の撃滅砲であるにもかかわらず驚異的な連射でゼロシキが魔道士達を射撃する。そのため呪文詠唱を行うための時間が無く、相手の魔道士達は魔法を発動できないでいた。
するとそこにスプライトの声が掛かった。
「ケイトンドっ!!」
その瞬間私達の体がブンッと鈍い音を発して緑色に発光した。スプライトの援護魔法『ケイトンド』の効果が付加されたエフェクトだ。ケイトンドは仲間全員の攻撃力を一時的に上昇させる魔法だ。もう恐れも無ければ迷いも無い。仲間を信じ、そして仲間から信頼されるという喜びが体を駆け巡る。
「ちっきしょう! なんで、何でだよっ!? これだけの人数揃えてたった4人をどうこうできないって…… そんなのあってたまるかよっ!」
とザッパードが叫んだその時、突如周囲の背景にザリっとした耳障りな音と共にグラッと地面が…… いや、世界が揺れた。
「―――――なっ!?」
何が起こったの!?
私は斬りかかってきた相手プレイヤーの剣を弾きながら周囲を見回した。すると至る所で空間を構成するテクスチャーにノイズが走っている。周りに居たシャドウやゼロシキにスプライト、さらにザッパードを初めとする多数のプレイヤー達も攻撃を中断して、尚も揺れる地面の動きに耐えながら周囲を見回していた。
「な、なんなんスかコレっ!?」
ゼロシキも撃滅砲をリロードしながら悲鳴のような声を上げた。
「ま、まさかあの外に居たセラフの!?」
この陽炎宮に入る前に出現したセラフの魔法が頭をよぎり、私はそう叫んでシャドウを見た。しかしシャドウは首を振った。
「違う、これはメガンシェイクじゃない…… こいつは……」
常に冷静というか、飄々としていたシャドウの顔が驚愕に歪んだ。
あのシャドウがこんなに動揺した表情を見せるなんて…… いったい何が起こっているの!?
「き、強制転移…… アイツの仕業かっ!?」
シャドウがそう言った瞬間、周囲に稲妻のような光が走り目の前が真っ白になった。そして私の意識はその白い世界に飲み込まれるように、急速に遠のいていった。
2012/12/20 ただの狐殿のご指摘箇所修正