マーカスメモリーズ ターコイズブルー16
シャドウがずいっと前へ動くと、ザッパード達はザワッとして半歩身を下げる。30人がシャドウたった一人に飲まれていた。
「どうしたよ? 俺はほれ、この通り欠損ペナで片腕だ。おまけに久々に装備した安綱だ、今なら俺の首が取れるかも知れないぜ?」
シャドウはそう言って欠損している左腕をマントから出し、右手で握った黒い太刀でポンポンと肩を叩きながら挑発していた。一方ザッパード達はそんなシャドウの挑発を息を飲んで見つめていた。
するとその後方から一人の男が出てきてザッパードの横に並んだ。装備からして魔道士のようだが、身につけている装備の一つ一つが上級者用の装備である事から、この男が先ほどブレイカーが言っていたレベル29の魔道士なのだろう。
「安綱? まさか……!?」
その魔道士はそんな言葉を吐きながらシャドウをよく見ようと身を乗り出した。
なんだこの人? シャドウを知ってるの?
「左腕の『アンギレット』。あれが征服者の称号かよ……」
私はその言葉にシャドウが左腕にはめている腕章を見た。中央に何枚もの翼を広げた天使が精巧に彫り込まれた銀の腕章。
『アンギレット』って言うのか。でも、征服者の称号? なんだそれ?
「何よモンブランさん、知ってる上級者か?」
ザッパードがそう聞くと、その男はザッパードを見ずに言葉を続ける。
「あの男がもし俺の知るシャドウなら、上級者なんてもんじゃ無い。だが、あのアンギレットは……」
その男はそう言うとザッパードに向き直った。ザッパードが「何だよ?」と聞くとその男は首を振った。
「ザッパード、悪いが俺は降ろさせて貰う。万歳アタックは俺のシュミじゃ無い」
「はあ? な、何言ってんだよあんた!?」
ザッパードはそう言ってその男の肩を掴むが、その男はザッパードの手を静かに払いのけた。
「あの腕章はな、この世界で7つしかない。サーバに7つじゃないぜ? 世界中のサーバで7つだ。あれを装備できるのはこの世で7人しか居ない。あれはこの世界の頂点を極めた者にだけ与えられる印。だから『征服者の称号』なんだ。あの腕章を付けたヤツを自分と同じプレイヤーと思うな。悪いことは言わん、あの黒い太刀使いは相手にするな。俺たちが束になっても敵う相手じゃ無い」
その男はザッパードにそう言うと、今度はシャドウに向き直った。
「あんたがあの漆黒のシャドウだろ?」
その男がそう言うとシャドウは「ああ」と頷いた。
漆黒のシャドウ? シャドウってもしかして通り名で呼ばれるほど有名プレイヤーなの?
「俺はあんたとやり合う気はないんだ。だから俺は降りる。それで構わないか?」
「そんなの俺にいちいち確認し無くても良いよ。勝手に落ちれば良い。去る者は追わずさ」
シャドウがそう言うと、その男は「ありがとう」とシャドウに礼を言い、再びザッパードに向いた。
「まあこの人数だ、やりあうってんなら俺は無理に止めやしない。だがザッパード、俺は忠告はしたぞ?」
「お、おい、ちょ、ちょっと待ってくれ……」
そう言うザッパードの静止を無視してその男はリセットを宣言して消えていった。ザッパードは「何だってんだよ!」と吐き捨てた。
それにしても、これだけの人数がいてもなお、レベル29の魔導士がシャドウと戦うのを避けてリセットするなんて……
「シャドウって、いったい何者なのよ……」
「ええっ!?」
私のそんなつぶやきにゼロシキとスプライトが驚きの声を上げた。
「ミ、ミゥ姉さん、もしかして影兄ぃのこと知らなかったんスか?」
「あ、やっぱりシャドウって有名なプレイヤーなんだ?」
私がそう言うとスプライトも苦笑いをしていた。
「シャドウと親しそうに話していたので、私もてっきり知っててシャドウを雇ったのだと思ってましたよ……」
私はますます困惑した。
「確かにあれ程の傭兵は評判も良いだろうけど…… ザッパード達に絡まれてるときに助けてくれたのが最初よ。それまでは知らなかったわ」
「ま、影兄ぃは傭兵としても一流ッスけど、そんなんじゃないんスよ。ミゥ姉さん」
とゼロシキは自慢気にそう言った。そうこうしているうちに、ザッパード達は左右に展開し私たちを正面から包囲しようとしていた。
「いくら傭兵が強いって言ったってこっちは30人以上居るんだ。一斉に仕掛ければ捌ききれるもんじゃねぇ。みんな、一斉攻撃だぜ」
ザッパードはそう言って背中の大剣を抜くと腰を落として柄を肩の上に置いた。斬馬一型の構えだ。すると周囲に展開した戦士系のキャラ達も各々剣技スキルの構えを取る。
シャドウはさっきああは言ったが、この人数は流石にヤバイ気がする。シャドウの魔法力に充分余裕があれば何とかなるかも知れないが、先ほどの話では魔法力が底をついたって話だ。あれからまだそんなに経ってないから、ほとんど回復はしていないだろうし……
私がそんな事を考えつつターコイズブルーを握り閉めていると、不意にシャドウが笑い出した。
「はは、やる気になったんだ? よ~し、戦い方を教えてやるから掛かってきなよ」
シャドウはそう言って右手の太刀を構え直す。といっても剣技スキルを発動させる構えとかでは無く、ただ片腕で刃先を正面に向けたまま正眼に構えるだけだ。
なんで剣技を使わないのよ……!?
そんなシャドウの構えを見たザッパードの顔が怒りに歪んだ。どうやら舐められてると思ったようだった。
「舐めるなぁぁぁぁっ!!」
ザッパードが一際大きな声で吠え、飛び出して一気に間合いを詰めた。肩口に振りかぶった大剣が仄かにピンク色に発光する。剣技『斬馬1型』の発動エフェクトだ。それにつられて周囲のキャラ達も怒号のような雄叫びを上げて突っ込んできた。
シャドウは頭上から高速で振り下ろされるザッパードの大剣を、以前のように交わすのでは無く、なんと太刀で弾いた。両手で渾身の力を込めたザッパードの大剣を、片腕一本で弾き返して見せたのだ。
「――――っ!!」
斬撃を真正面から吹っ飛ばされ絶句しながら反り返るザッパードの腹に蹴りを見舞うと、シャドウはその反動で後方に飛び、右から襲って来た剣士のわき腹を薙ぎ、真っ二つにした。剣士の身体はポリゴンの破片を撒き散らして消えて行った。
シャドウはそのまま太刀を返して、後ろを見ないまま後方からスパイクを放って来た剣士の心臓をチェーンメイルの上から串刺しにして見せた。
す、凄い……っ!!
私は援護も忘れてシャドウの立ち回りに目を奪われていた。先ほどのスプライトの言葉通り、片腕である事など何のハンデにもなってはいない。
「いったいどれだけレベルの差があれば、ブレイヤーがトゥエンティーズ【レベル20台】を一撃でデッドできるのよ……!?」
私がそう言うと、スプライトが答えた。
「ま、倍近くないと出来ない芸当ですよ」
倍…… 倍ですって!?
「ちょ、ちょっと待ってよ。ってことはシャドウは……!?」
すると今度はゼロシキが「そうっス」と頷いた。
「フォーティーオーバー、セラフィンゲイン最強キャラの一人なんスよ」
フ、フォーティーオーバーっ!?
「セラフィンゲインの記録の中で、これまでレベル40に到達したのは世界中でわずかに6人、しかし現役は3人しかいません。そのうち2人が日本人ですが、現在は1人が日本にいないので、現時点ではシャドウが日本で唯一のフォーティーオーバープレイヤーですね」
確かに凄腕だとは思っていたけど、まさかシャドウがそんな凄いプレイヤーだったなんて思ってもいなかった。
「でも影兄ぃはそれだけじゃないんスよ」
するとゼロシキが嬉しそうに言った。
「ま、まだ何かあるの?」
「その日本人2人のフォーティーオーバープレイヤーには、その他の4人と決定的な差があるんスよ。それが影兄ぃが腕にある『アンギレット』なんス」
アンギレット…… あの天使が彫り込まれた銀の腕章のこと? そういえばさっきリセットした魔導士もそんなことを言ってた。
「あれは何なの? 征服者の称号って何のこと?」
するとゼロシキはニンマリ笑ってこう言った。
「あの腕章は…… 聖櫃をクリアしたプレイヤーキャラにだけ与えられるユニークアイテムなんスよ」
――――っ!?
「う…… そ……!?」
私はゼロシキの言った事の意味を理解するのに少し時間が掛かった。