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セラフィンゲイン  作者: 鋏屋
EP-1.2 ターコイズブルー
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マーカスメモリーズ ターコイズブルー13

「ロストだよ。リーダーがシステムに干渉するあるコマンドを発動させてな、プログラムパラドックスを起こして4人がその巻き添えになった。俺ともう一人は運良く難を逃れたが、その後チームは解散、ま、メンバーが4人も消えたんだから当たり前だけどな」

「ロスト……」

 私はそう呟いて僅かに身を震わせた。一瞬寒気が背筋を襲ったからだ。

 ロストとは、プレイヤーとシステムの接続干渉事故のことで、意識が戻らないままシステムとの接続が断たれてしまう現象のことだ。ロストしたプレイヤーは意識が無い状態のまま生き続ける。

 その原因は様々なケースがあり、一概に『何をしたからダメ』というわけでは無いが、最も多いのが『ドラック』等の不正薬物依存者のアクセスだった。

 でもそれも初期のことで、現在は厳重な適性検査とパーソナルメモリーバックアップシステム『PMBS』のおかげでロスト自体過去の物となっている。現に1年以上ロストは起きていなかった。

「事故…… だったの? その、リーダーが発動させたコマンド……」

「いいや、あいつはそうなることをわかっててやったんだ。後でわかったんだが、あいつはリアルじゃもう長くは生きられなかったんだ。生まれつきの不治の病ってやつ。そのことで色々と自分の中にネガティブなモンを溜め込んでいっちまったんだな。そんで強迫観念と馬鹿げた妄想に取り憑かれていった。

 病んでいたんだよ、肉体的にも精神的にも…… 俺たちはそんなあいつの妄想に無理矢理巻き込まれ、仲間4人はロストした。

 マトゥ、リオン、ライデン、レイス…… リアルじゃどんな生活を送っていたかなんて知らない。外じゃ会ったことも無かったからな。でも此処ではヤツの指揮の下で共に肩を並べて戦った戦友だ。そんな戦友達をリアルの病院で見た時は正直キツかったよ」

 シャドウはそう言って肩をすくめた。いつも飄々としてつかみ所の無い感じのするシャドウが、その時は少し悲しそうな顔をしていた。

「それで…… そのリーダーはどうなったの?」

「俺が殺した……」


 ――――えっ!?


 そのシャドウの告白に私は思わず言葉を飲み込んだ。しかしシャドウの次の言葉で私はほっと息をついた。

「もっともリアルじゃ病気でなんだろうけど、俺がこの仮想世界であいつを斬った事は現実だ」

 なるほど…… 

「恨みを返したってわけね……」

 するとシャドウは僅かに首をひねり「う〜ん…… ちょっと違うかな」と答えた。

「まあ恨んでなかったって言ったら嘘になる。現にあいつとこの世界で再会した時、俺は確かにあいつに対して憎しみの感情を抱いたんだからな。けど、あいつと対峙し、俺はあいつの過去や抱いて来た社会への不満、妬み、嫉み、健常者への劣等感といった負の感情を知った。それに対して同意は出来なかったが理解は出来た。その時俺は思ったんだ。あいつの馬鹿げた妄想を終わらせるのは友だった俺の役目なんじゃないかってな」

 シャドウはそう言って再び私の目を見た。

「でもどう取り繕ったところで、俺がこの手で友を斬り殺したのは事実だ。何せリアルでも死んでいるんだ。そこには1バイトの救いもないだろ?

 死があいつにとって唯一の救いだったなんて言葉は、実際に手をかけた者には気休めにもなりゃしないさ。それに俺は実際に殺す気で斬ったんだし、そう言う点から見れば俺が殺した事に変わりは無い。リアルか仮想かなんて俺には関係ないんだ……」

 私はシャドウのその話を聞きながら、その経験に息を飲んだ。

 外見から判断して、たぶん私とたいして違わない年齢だろう。リアルじゃまだ学生かもしれない。

 でも彼はその若さであまりにも凄惨な経験をしている。時折とても歳上の様に感じるのは、そういった経験のせいなのかもしれない。

「それは、俺が死ぬまで背負って行く業だ。どれだけ時間が流れようと事実は変わらない。だったら、それを自分の一部として上手い事やって行くしかないよ」

 シャドウはフフッと自嘲じみた微笑をこぼした。

「まだ俺が奴と共に戦っていた頃に、奴に今ミゥが聞いたことと同じ事を聞いた事があるんだ。ずいぶん昔の話だけどな」

「私と同じ事?」

「ああ、今の俺と同じ様に、欠損ペナまで食らって俺を助けてくれた時だった。『何で俺を助けた? あんたならノーダメージで倒せたはずだ』ってな」

 なるほど、だからさっき私が聞いた時に笑ったのね……

「その人はなんて答えたの?」

 私がそう聞くと、シャドウはクスっと笑った。

「『俺たち仲間だろ?』って、さも当たり前の様にそう言って笑ってた……

 答えになってなかったかもしれないけど、俺にはそれで充分だった。その後確かに俺は裏切られたのかもしれない。でもあの時あいつが言ったあの言葉だけは本当だったって思いたい」

 シャドウはそう言って昔を懐かしむ様に目を細めたあと、私を見た。

「たかがゲーム、リアルじゃないデジタル仮想世界。でも現実世界でのどんな言葉よりも、この世界であいつがあの時言った仲間って言葉には敵わないって思う。実際に死ぬ事がないとはいえ、痛みを感じたり死の恐怖を体感するこのセラフィンゲインだからこそ、その言葉が重みを増す。

 あいつがやった事は許される事じゃない。でも俺の中では、あいつは今でも英雄であり、俺の目標であり、親友なんだ。あいつと共にこの世界で戦った思い出、そしてあいつが抱えてた物、俺があいつを殺めた事実……

 それ全部が俺の中にある。ココに刻み付けて、俺は今ここに居る」

 シャドウはそう言って残った右手で左胸をポンと叩いた。

「それが、あいつが生きた証しだと思うから……」

 シャドウはそう言って薄く笑った後、ゆっくりと立ち上がり、身体の埃を払った。

「俺は仲間を見捨てない。かつてのあいつがそうだったように…… 

 それがさっきのミゥの質問に対する俺の答えだよ。ミゥが納得できる答えじゃ無いかもしれないけど、俺に他の答えは無い。だって仲間を救うのに、俺には理由なんて要らないんだからさ」

「シャドウ……」

 すると周りでシャドウの話を聞いてたゼロシキが「俺もッスよ!」と言った。

「俺も仲間は絶対見捨てないッス!」

「まあ、傭兵はみんな大抵そうですけどね」

 とスプライトもゼロシキの言葉に相槌を打つ。

「俺たちは常に金【経験値】と信義を天秤に掛ける。どちらを傾けるかは傭兵個人の自由だ。だけど俺は、仮の仲間であろうとやられるところを見たくない。ミゥみたいな女の子ならなおさらだ」

 シャドウはそう言って欠損したままの左腕をクイッと上げた。

「それでも納得出来ないってんなら、俺にはもう言葉が無い。他を当ってくれ」

 その時のシャドウの笑顔は、私が今まで見たどんな笑顔より素敵に見えた。私はそんなシャドウに胸の鼓動が高鳴るのを自覚して狼狽えてしまった。

「そ、そんなプレイヤーなんて…… 他にいないわよ」

 私はそう言って俯いた。

 まったく、なんて顔で笑うのよ……

 でも傷付いてまで私を助けてくれる人が居るってことが嬉しい。全てが虚像の世界で、シャドウのそんな心は確かに本物なんだ……

 そう思うと口元が自然に綻ぶのを感じた。

「さあて、そんじゃ行こうかミゥ」

 シャドウはそう言いながら、折れた太刀を手に持ちそのまま鞘に戻し、腰のポーチから携帯端末を取り出した。

「流石に丸腰はヤバイから…… ミゥは予備の剣はあるのか?」

「う、うん。一応もう一本予備は『キャリア』に入れて来たけど……」

 と呟きながら私はシャドウと同じように携帯型端末を開いてキャリアボックスを呼び出し、予備の剣を実体化させた。

 片手剣『ブリンカー』

 軽くて扱い易いが、先程破壊された『ヴァーミリオン』に比べると耐久値、攻撃力共にツーランクほど劣る。

 本当はこれよりランクの高い剣も持っているのだけれど、キャリアボックスの重量制限を考えるとブリンカーより上の装備は持ってこれなかった。

 私は続けて『マンタイト』というミドルサイズの盾も実体化させる。これも先程砕け散ったクロスシールドよりランクが下がる物だが、軽い割には比較的高めの防御力で、私の様な中、上級盾持ち剣士の予備装備としては定番の装備だった。

 一方シャドウもまた私と同じように予備の太刀を実体化させていた。

 しかしシャドウはその太刀を握ったまま一瞬固まっていた。それは何かその太刀を装備するのを躊躇している様に見えた。

 私もアイテムハントをしているのでアイテムや装備の知識は一般のプレイヤーよりは知識があるが、シャドウの扱う太刀だけはよくわからない。今シャドウが握っている物も外見からは先程折れた太刀と変わらないように見えた。

 やっぱりシャドウも予備の装備は格下なんだろうな……

 私はそう思いつつシャドウに声を掛けた。

「やっぱりシャドウも予備装備には不安があるの?」

「んっ? ああ…… まあそんなとこ」

 シャドウはそう答え、まるで迷いを振り払うようにふぅーっと息を吐き握った太刀を腰に差した。とその時、シャドウの体が一瞬ザリっとノイズが走ったように歪んで見えた。

 あれっ?

 私は何度か瞬きをして目を凝らし、再度シャドウを見たが特に変わった風には見えなかった。さっきのシャドウの話ではこのフィールドはシステム領域に近いという話だから、プログラム自体が若干不安定なのかも知れない。

「保険…… みたいなつもりで持って来たんだが、できる事なら使いたくは無いなって思ってさ」

 シャドウはそう言って腰に差した太刀をマントで隠した。やはり格下の装備は心許ないのかもしれない。しかしシャドウはそんな気持ちを払拭するかの様に「よしっ」と気合いを入れ直していた。


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