マーカスメモリーズ ターコイズブルー12
数秒後、ゆっくりと顔を上げると、擬似嗅覚が焦げ臭い匂いを感知する。そして立ち昇る煙の先には大きなクレーターが出現していた。圧倒的とも言える熱量を伴った爆発の前には、生物の影すら認める事は出来なかった。大きなクレーターの端には先ほどのパイルドゥンの尾が転がっているだけだ。
「ぷひゃ~ 相変わらずすっげー威力ッスね。あんなに手こずってたセラフなのに一撃だもんな」
そう言って後ろからゼロシキが撃滅砲を肩に担ぎながら近づいてきた。スプライトのディ・ケアのおかげで先ほどのメガンシェイクのダメージは残っていないようだ。
「というか、魔法耐性が甲羅のみだったんだろう。たぶん甲羅が無ければ極端に魔法に弱いんだ」
とスプライトもそう言いながら近づいてきた。
それにしても、まさかメテオバーストまで行使できるなんて驚きだ。もしかしてシャドウってとんでもないプレイヤーなんじゃ無いの……?
あ、そういえばシャドウは?
私は周囲をぐるりと見渡しシャドウを探した。すると未だ煙りが漂うクレーターの向こうの岩肌に黒い人影が地面に倒れているのが目に入った。
「シャドウっ!!」
私は急いでその人影に駆け寄った。シャドウは仰向けになって倒れていた。右手に握られた太刀の刃は中央で折れ、左腕は未だ部位欠損ペナルティで肘から下が消失している。目は閉じられたままだが、胸が上下に動いているのを見て、私は少し安堵した。
「シャドウ……」
私は傍らに膝を着きシャドウの体に手を置いた。すると「大丈夫、まだ生きてる」と声が掛かった。
「けど、HPも魔力もスッカラカンだ。今何か起こったら諦めるしかないな……」
シャドウはそう言って「はは……」と乾いた笑いを吐いた。
「アレを…… 狙ってたの?」
私がそう聞くとシャドウはゆっくりと上体を起こして「ああ」と頷いた。
「中国の古事にある矛盾だよ。どんな装備を粉砕する尾と、どんな攻撃も防いでしまう甲羅…… 互いにぶつかればどうなるかな? って思ったのさ。もっとも、互いの効果が干してシステム的に効果無効【ドロー】って可能性もあったんだけどな」
シャドウはそう言って肩を竦めてみせた。私は改めてシャドウの想像力に驚かされる。あんな苦しい戦いの中で、そんな事を思い付くなんて……
「それにメテオバーストなんて…… アレを唱える魔法剣士なんて聞いた事がないわ」
するとシャドウは「あれは……」と呟き話を続けた。
「奥の手つーか、最終手段的なもんでさ。いつでも使えるって訳じゃないんだよ」
シャドウはそう言ってアイテムバッグから回復液を取り出し、それを飲み干して「うえっ」と舌を出した。回復液は相当苦いので無理も無い。
「マインドリミットブレイクっていう魔法剣士特有のスキルでさ、これを使うとHPと引き替えに、魔法力や魔法に関連するステータスを一時的に引き上げる事が出来るのさ。本来魔法剣士の使う魔法は本職である魔導士に比べて効果が2割ほど落ちるんでコストバランスが悪いからほとんど使わないんだけど……」
シャドウはそう言って傍らに置いてあった折れた愛刀を持ち上げてくるっと回した。
「コイツがこんなになっちゃったもんで、仕方なく使ったって訳さ。あのセラフが甲羅無しだと極端に魔法に弱くて助かったよ」
シャドウはそう言ってふぅっと大きなため息を吐いた。
「しっかし参ったな。『真柄太郎』って言って、一応レアの業物なんだぜ? コレ」
シャドウは折れた太刀を持ってそうぼやいていた。私はそんなシャドウを見ながらもう一つ、私的にとても気になる質問した。
「シャドウさ…… さっき私を助けてくれたじゃない?」
「ああ、間に合って良かったよな。ギリギリセーフ…… いや、若干アウト…… かな? 左手無ぇし」
私はそう言うシャドウの左腕に視線を落とした。あの銀色の腕章の下の切断面は、ピンク色の光が明滅しており、現実の怪我をリアルに再現している訳ではないが、それでも本来有るべき部位が無いのは、実際のダメージより痛々しく感じる。
「痛かった…… よね?」
「はあ? あったりまえだろ。今はもう痛みは薄いけど、さっきまではちょー痛かったんだぜ? マジ落ちるかと思ったぐらい」
「じゃあ何故私を助けたのよ…… あの場合、私を無視して攻撃するべきだった。あなたのスピードなら充分回避できたはず。メガンシェイクを食らった後だし、下手したらデッドしたかもしれない。そもそもシャドウは傭兵でしょ? ヒーロー気取って死んだって、それこそ1ポイントにもならないじゃない。なのになぜリスクを背負ってまで助けようとするのよ」
私のその質問をシャドウはキョトンとした表情で聞いていた。そして少し考えた後、不意にぷっと吹き出し笑い出した。
「な、何が可笑しいのっ!?」
ついカッとなり思わず声が大きくなった。
ここで笑うとかって意味わかんないっ!?
「い、いや、ゴメンゴメン。違うんだミゥ。あんたを笑ったんじゃないんだ。ミゥの言葉を聞いたら懐かしくなっちまってさ。思い出し笑い。あんまり似ていたもんだからつい……」
そう言ってシャドウは少し困ったような表情をした。
「う~ん、理由なんて考えたこと無いな。考える前に体が動いたつーかさぁ……」
シャドウは地面に胡座をかき、残った右手で頬杖を突いて考え込んでいた。
「普通のネットワークゲームだったら、そんなヒーロー気取る人もいるでしょうよ。でもここは違う。このセラフィンゲインは限りなく現実に近い体感仮想世界。怪我の痛みや死の恐怖も、全て本物として体感するこの世界で、その痛みや恐怖を覚悟で他人を助けようなんて考えるプレイヤーなんて居やしないわ。
私ももう1年以上この世界に居るけど、そんなプレイヤーなんて見たこと無い。それどころか自分の事で精一杯で、体感する痛みや死の恐怖に負けて身勝手にリセットする人を私は腐るほど見てきた。それはリアルと少しも変わらない。キャッチコピーにある『もう一つの現実』って言う言葉はまさしくその通りだと思うわ」
不意にシャドウは顔を上げて私を見つめた。私はそんなシャドウの瞳を睨むように見つめ返した。
「人ってね、恐怖や打算で簡単に他人を裏切るのよ。『信じてる』って何千回言葉にしたって、いざって時にはあっけなく消えちゃう。どれだけ一緒に居ても、どれだけお互いを知っていても……」
私の脳裏に、バイクで走り去るナオトの後ろ姿が浮かぶ。何も言わず、私を見ようともせずに逃げて行く後ろ姿。
「ずっと一緒に居ようって…… 俺が守るって…… 言ってたのに……」
私はシャドウの傍らに膝をついた。そしてその瞬間涙が溢れた。何故今になって泣きたくなったのか自分でもわからない。何故かシャドウを見ていたら涙が出てきたのだ。そして私はシャドウにナオトとのことを話していた。言うつもりなんか無かったのに、話し出したら止まらなくなった。いつの間にかゼロシキやスプライトも近くに来て私の話を黙って聞いていた。
そして、ひとしきり私が話し終わった後、一言も発する事無く聞いていたシャドウは、静かに残った右手で私の頭を優しく撫で、私はグローブで涙を拭いながらシャドウを見た。シャドウは目を細め「なるほど」と小さく呟いて頷いた。
「確かにそりゃあキツイわ、うん。人を信じられなくなるわな……」
シャドウはそう言ってため息をついた。その隣ではゼロシキとスプライトが何故か泣きながら「マジきっついスよ~」と言い鼻水をすすっていた。
「俺もさ、前に友達に裏切られたからわかるよ、ミゥの気持ち。ミゥみたいにリアルの恋人とかじゃ無いけど、唯一の友達だったから、当時は結構キツかった」
私が顔を上げてそう言うシャドウを見ると、シャドウは恥ずかしそうに頭を掻いた。
「チームメイトだったの?」
「ああ、そうだ。前に話しただろ? 2度ほどチームに所属してたって。その1回目。俺が初めて入ったチームのリーダーだったヤツ」
シャドウは懐かしそうに微笑み話を続けた。
「ヤツは今の俺と同じ魔法剣士で太刀使いだった。出会った頃はもうそうとう高レベルなプレイヤーだったな。当時俺はクラスAに上がったばかりの初級者で、初めて入った沢庵で誘われたんだ。自分は高レベルなのに、あいつはティーンズの俺を対等な『仲間』として誘ってくれた。その頃俺にはリアルでも友達なんて胸を張って言えるヤツなんていなかったけど、あいつだけは違った。でも桁違いに強いヤツでさ、俺はいつかはあいつと肩を並べて戦える様に…… 本当に対等な仲間になりたいって、ずっとそう思っていたんだ。あ、そうそう、太刀のイロハもあいつから教わったんだよ」
そう話すシャドウは終始笑っていた。私はそんなシャドウを疑問に思った。
何故裏切られた相手なのに、そんな顔が出来るの……?
「でも1年ほどでチームは解散した。チーム名は『ヨルムンガンド』。結構強いチームだったんだけどな」
「そのリーダーが辞めちゃったの?」
カリスマの高いチームリーダーが引退してしまって、吸引力を失ったチームが解散する…… 良くある話だ。しかしシャドウは私の言葉に首を振った。
「全滅したんだ。しかもメンバー7人のうち4人が帰ってこなかった……」
帰って…… こなかった?
私はシャドウの言ったその言葉の意味を理解するのに少し時間が掛かった。