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セラフィンゲイン  作者: 鋏屋
EP-1.2 ターコイズブルー
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マーカスメモリーズ ターコイズブルー11

 何度も跳ねて叩きつけられ転げ回った私は、辛うじて意識を保ったままうっすらと目を開けた。そして砂埃に煙る視界の中で私は上体を起こす。

 直下型の大地震を食らって跳ね回ったせいで身体中が軋む。おまけに揺れがおさまった今でさえ、まだ揺れているような感覚がして平衡感覚に自信が持てない。

 範囲攻撃魔法『メガンシェイク』

 私はあまり魔法に詳しくはないが、たしか局地的な激震を起こし敵の一団にダメージを与える魔法だったと思う。もちろん食らったのも始めてだったが、まるで地面が嵐の中で荒れ狂う海面のようだった。まだこんな何もないフィールドだったから良かったものの、ここがもし廃墟などの建物内だったり、雪山だったりしたらと思うとゾッとする。

 私はそんなことを考えながら、未だにフラつく頭を振って立ち上がり周囲を警戒するが、地震によって舞い上がった砂塵で視界はほぼゼロに近い。この魔法があまり使われないのが少しわかった気がする。

 とその時、正面にぬぅっと黒い影が落ちる。見上げると砂埃の奥に爛々と輝く赤い光点が2つ見えた。

「ああ……!」

 怒り状態に入った赤い双眸で私を見下ろすパイルドゥンに、自然とそんな呻きが漏れた。

 そのパイルドゥンの瞳がスゥっと細まり、私にはそれが笑っているように見えた。猛獣が小動物をいたぶる時のような、好奇と残忍さが入り混じった笑み……

 私の中に根源的な、そして圧倒的な恐怖が沸き起こる。そしてそれは、あの忌まわしい記憶を呼び起こした。

 あの日私を襲った男も、こんな目で笑っていた。

 敵わない……

 女である私がいくらやっても男に勝てないのと同じ。絶対的な力の差の前には、狩る物と狩られる物の立ち位置が逆転する事は無い。子供の頃、優しい人であれと教わった。だが私の世界はどこまでも無慈悲だった。

 すると右側からヒュウンっと風を切る音がして、何かが飛んで来た。私はその音に反応し反射的に剣で弾いたが、その刃が甲高い音をたてて折れ飛び、その衝撃で私は再び地面を這った。それはパイルドゥンの尾による装備破壊の攻撃だった。

 顔をあげた先に折れた剣が転がっていた。私はそのままパイルドゥンを見上げると、立ち込める砂埃の向こうにそびえ立つ異形の怪物は、死そのものに見えた。

 また、1人だな……

 周囲にシャドウ達の気配は無い。仮に居たところで彼らは傭兵だ。こんな絶望的な状況で他人を援護しようなんて考えないだろう。ましてやまともな契約関係を結んだわけではないから尚更だ。

 不意にパイルドゥンが前足を持ち上げ、その影が私に覆いかぶさった。けれど私は回避する気が起きなかった。私の心は剣と同時に折れてしまっていたのだ。

 私は静かに目を閉じる。恐怖を少しでも薄くするために……

 とその時、パイルドゥンの必殺の一撃が振り下ろされる瞬間、私の腕を誰かが掴み、そのまま力任せに放った。私は何が起きたのかわからないまま再び地面を転がり、這いつくばった状態で目を開けた。

「あ……っ!?」

 すぐ傍にシャドウがいた。

「大丈夫かよ、ミゥ?」

 シャドウは太刀を地面に突き刺しながら私にそう声を掛け、空いた右手で左腕を抑えながら素早く回復魔法『ミ・ケア』を唱えた。

「シ、シャドウ、その腕……っ!?」

 私はシャドウの左腕を見て思わず絶句した。シャドウの左腕は肘から下が無かった。

「回避が遅れて持っていかれた。間抜けな話だ」

 シャドウはそう言って残った右手で太刀を肩に担いで構えを取った。額から滴る汗と食いしばった奥歯から、かなりの痛みを伴ったフィードバックに耐えているのがわかる。セラフィンゲインは『よりリアルな感覚』を再現するために、神経同調が実装されている。現実側の肉体には何のダメージも無いが、脳に伝わる感覚には痛覚を再現する。同調率が高い時などは、リアルで覚醒した後で傷を負った箇所が腫れ上がったりすることもある。

「な、なぜ……っ!?」

 私はそこで言葉か詰まった。シャドウのその怪我は間違いなく私のせいだ。シャドウのスピードなら、私を助けなどしなければパイルドゥンの攻撃など当たらなかった筈だ。あの場合、私など無視して攻撃するべきだったのだ。傷を負ってまで、痛い思いをしてまで、若しくはデッドするかも知れないリスクを負ってまで他人を助けようなんてプレイヤーは今まで見たことが無い。

「ミゥは下がれ。俺が何とかする!」

 シャドウはそう言って太刀をぐるんと回し、腰を落として回した太刀を腰の高さでぴたりと止めた。するとうっすらと太刀の刃が光を帯びた。剣技の発動予兆だ。

「そんな、欠損ペナの体で……!?」

 セラフィンゲインでは、受けたダメージや食らった攻撃の種類などで体の一部を欠損することがある。その場合、体力やHPは魔法やアイテムで回服するのだが、失った部位はすぐには復活しないようになっている。これが『部位欠損ペナルティ』略して『欠損ペナ』と呼ばれる物で、受けたダメージの程度にもよるが数分間はその部位が欠損した状態のままクエストが継続されるのだ。

「なに、足じゃないからまだやれる。それとちょっと思いついた事があんだよ。そいつを試してみる…… スプライトっ! ゼロシキっ! 生きてんだろっ!!」

 シャドウがそう叫ぶと、後方から「何とか……」とスプライトの、「死にそうッスけど」とゼロシキの声が聞こえた。見るとだいぶ開けてきた視界に2人の姿が見えた。

「スプライトはミゥとゼロシキに『ディ・ケア』! ゼロシキは突っ込む俺の援護射撃! やるぞ~っ!」

 シャドウはそう指示を出し、パイルドゥンに向かって飛び出した。

 すご……っ!?

 私は後退しながら息を飲んだ。シャドウの疾走スピードが尋常じゃなかったからだ。確かに欠損部位は腕だけだから普通に考えて疾走に影響は無いと考えるだろうが、それにしたってダメージはあるわけだし、痛みもあるだろう。しかしシャドウのスピードはそれを全く感じさせない。いや、むしろ先ほどよりもさらにギアが上がっているように見えた。

 一方迎え撃つパイルドゥンは尾を振り回しシャドウを迎撃するが、完全に遅れていてシャドウのスピードについて行けてなかった。

 そのうちシャドウが足の攻撃範囲に入った瞬間、鋭い爪で攻撃し始めたが、そこにシャドウの剣技が炸裂し、パイルドゥンの足がまた一つちぎれ飛び、その巨体が傾いた。そこにゼロシキの魔法弾が数発着弾し爆炎が上がる。

 するとシャドウがそれを見計らいその身を空中に踊らせた。だがそこにパイルドゥンの尻尾が襲いかかった。

「シャドウ――――っ!?」

 ヤバイ、空中じゃ回避できないっ!

 襲いかかる尾をシャドウは太刀で弾いた。だがその瞬間、シャドウの太刀は私のクロスシールドや剣と同じく、木っ端微塵に砕け散った。

「――――くっ!!」

 シャドウの口から短い呻きが漏れ、砕けた太刀の破片がキラキラとその周囲を舞った。

 ダメだ、何をやるにしても、武器すら無いんじゃどうにもならないっ!!

 そう思った次の瞬間、私は目の前の光景に唖然とした。

 ―――――うそ!?

 なんとパイルドゥンの尻尾がシャドウの太刀のせいで軌道が変わり、背中の甲羅に突き刺さったのである。パイルドゥンの尾の突起と甲羅が砕け散り、周囲に青白く細かい光の粒が弾け飛んだ。

「まさか…… シャドウはこれを狙って……っ!?」

 いや、まさかじゃない。シャドウはこれを狙っていたんだ! なんて人!?

 一方尾の攻撃に弾かれたシャドウは藻掻き苦しむパイルドゥンの背中を蹴り、再びジャンプして距離を取り着地。そして刃の折れた太刀を天に掲げて呪文を口走った。

「メテオバーストっっ!!」

 そう響き渡るシャドウの声に私は思わず耳を疑った。

 メテオバーストですってっ!?

 あり得ない、高位魔導師の特権とまで言われる爆炎系最強呪文を魔法剣士が唱えるなんて聞いたことが無い。常識外れにもほどあるっ!

 私はそう心の中で繰り返すが、現実にパイルドゥンの頭上には大きな火球が出現し、それが逆落としにパイルドゥンに直撃した。

 その直後に凄まじい轟音と熱風が辺りを席巻し、私は地面に伏せてその破壊と熱風の嵐が治まるのを待った。


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