マーカスメモリーズ ターコイズブルー9
「影兄ぃ、何処まで歩くんスか? つーかルート合ってんスよね……」
不意に後ろのゼロシキがそうぼやくように言った。
「ああ…… そうだよな、ミゥ?」
ゼロシキのぼやきにシャドウはそう答え、それから私にそうきいた。
「ええ、『転送されたら荒野を西に向かえ、お前さんなら陽炎宮はその姿を現すだろう』…… さっきのNPCは確かにそう言ってたもの」
私がそう言うと、今度はスプライトがぼやく。
「西に向かえ…… どんだけなんでしょうね? かれこれ30分は歩いてますけど」
スプライトの言う通り、この荒野に転送されてから、西に向ってもう30分は歩いている。地形変化も乏しい景色にそろそろ飽きがきていた。
「あのNPCの話ぶりから考えて、そんなに遠く感じなかったから細かく聞かなかった。ゴメン、私のせいだね……」
私がそう言うと、スプライトは慌てて言い直す。
「い、いや、いやいや、違う、違いますよマドモアゼル。そう言う意味で聞いたのではなくですね、実際この目標物の無いフィールドで、ホントにたどり着けるのかと言う……」
スプライトはしどろもどろになって弁解するが、そこにゼロシキがツッコミを入れる。
「つまり、スプライトはあんま信じてねーつー訳っスネ」
「違うわボケ、余計なこと言うなっ! き、貴様だってさっきルートを疑うような発言をしてたではないかっ!」
「俺は影兄ぃに確認しただけッス。ミゥ姉には1バイトも疑いを抱いてないッス。俺は何があってもミゥ姉さんについて行くっすよ!」
とゼロシキははしゃぎながらそう言い、私の周りをぐるりと回った。ホント、犬みたいだ。手を差し出したら『お手』とかしそうな勢いだ。私は「あ、ありがと……」と愛想笑いをする。
「確かにミゥのせいじゃない。恐らくあのNPCは明確な位置を提示しないんだ。あの時点でミゥがどう聞いたところで、同じ事しか言わんだろう……」
ふと前を歩くシャドウがそう言う。
「しかし、チェーンクエストの発動トリガーが『高レベルの女片手剣士が単独で話しかける』なんて条件じゃ見つかる訳ないよな、実際」
スプライトがそう言うとゼロシキもその意見に同意して頷いた。
「俺らが話しかけても全然違う話だったけど、ミゥ姉さんが話しかけたらいきなり変わるんだもんビックリッスよ。影兄ぃよくわかったッスね?」
「あのNPCが俺たちに話す内容はどれも場違いな内容だったからな。それにミゥから聞いていたターコイズブルーの装備条件を考えたら『もしや?』って思ったのさ」
なるほど……
私はそれだけでそのことに気づくシャドウの洞察力に感心した。
「にしても条件付けがシビアすぎだ。ま、今まで見つからなかったってのも頷けるが、レジェンドアイテム並の複雑さだ。いや、それ以上かも知れないな……」
シャドウのそんな言葉に私も同意した。確かにクエストの発生条件が限定されすぎている。
私たちは今、こうして荒野と呼ばれるフィールドを歩いているわけだが、30分前まではレベル5の採取クエストを受注し、森林エリアに居た。そこであるNPCに私が話しかけた事によって、別クエストが発動され、強制的にこのフィールドに転移されてきたのだ。
これは別段珍しい事では無く、セラフィンゲインには公式に公開されているクエスト、正式には『ナンバークエスト』と言われる物の他に『チェーンクエスト』と呼ばれる、いわば隠しクエストが多数存在する。
この『チェーンクエスト』とは本来の正式な呼称では無く、元々名前などが設定されていないクエストだ。セラフィンゲインの公式クエストであるナンバー付きのクエストに対して、ある条件を満たしたプレイヤーが何か行動する事によってイベントが発生し、それが次々と別のクエストに派生していくので、その繋がる様がまるで鎖に似ていることから、いつしかそう呼ばれるようになったいう。今では縮めて『チェーン』と呼ぶ事が多い。
現在わかっているだけでも100近い数のチェーンクエストが確認されていて、現時点でどれだけのチェーンクエストが存在するのかは誰にもわからない。恐らくアップデートの度に私たちプレイヤーの知らないところで追加されているのだろうという意見が最も多い。
このチェーンクエストの発動には、各々様々な条件があり、先ほどシャドウの言った『レジェンドアイテム』がドロップするクエストなどには3重4重の発動条件が必要になってくる。
だがそのほとんどが偶然発見された物で、そのクエスト内容とドロップアイテム、そして発動条件などの情報はプレイヤーの間では高値で取引され、情報屋の最も有益な収入源となっていた。
今回は私が以前情報屋から聞いた話を元に探索計画を立てた。その情報は、レベル5のある採取クエストに登場するNPCが、チーム内に女キャラがいるとセリフが長くなるという物だった。
通常NPCは誰が話し掛けても話の内容が変化する事はないので、何かのイベントが発生するトリガーかもしれないとのことだった。
もしやと思い、私達はそのNPCの居るクエストを受注し、実際に話かけてみることにした。
するとそのNPCは大昔の伝承を語り出した。伝承の内容は、大昔に悪魔と女神が戦い、見事女神が勝利というありきたりな話だったが、その時女神が使った剣が鮮やかな青の美しい宝剣だったという。そしてその宝剣は荒野にある幻の城、陽炎宮に今も眠っているとのことだった。
その宝剣こそが、私が探し求めるターコイズブルーに間違いないと確信した。
因みにこの話の中に出てくる悪魔は、レベル4のクエストNo.41『異界の脅威』に、相互干渉無効標的、Miit【Mutual interference invalid target】として登場する。いわゆる『絶対倒せない敵』ってヤツ。
そのクエ自体は、その悪魔を倒せなくてもクエストクリアとなるのだが、NPCの話しぶりから察するに、どうやら過去に『異界の脅威』で登場する悪魔と対峙し、その時『魅了』という特殊攻撃を食らっている事も発動条件の一つのようだった。
まとめると、恐らくレベル20位上の女片手剣士で、過去にクエストNo.41で悪魔に魅了を掛けられた経験がある者が、例のNPCに単独で話し掛ける事によって初めてクエストが発動するという仕掛けだ。
確かにシャドウの言う通り発動条件が無駄シビアだ。道理で出て来ないわけである。
「それにしても、ホント不毛というか…… 何も無いわね、ここ」
思わずそんな台詞が口をついてしまう。岩と荒れ果てた大地が延々と続く景色はこの世界の売りの一つでもある『美しい自然美の景観』とはかけ離れている気がする。
ナンバークエストの舞台に設定されているわけでもなく、クリア条件の最終標的があるわけでもない。どのクエストからも相互アクセス可能だが、本来あるはずのセーブポイントやベーステントも確認されていない。
にもかかわらずセラフとのエンカウントも発生し、ボスセラフも徘徊する。オマケに出現するボスセラフのレベルに上限が無いという極め付けの危険地帯だ。
グラスAフィールド初心者のチームが何も知らずにアクセスしてしまい、あっという間に全滅なんて話も良く耳にする。
「ホント、何の為にあるんだろう? このフィールド」
そんなため息混じりの私の言葉に、シャドウはふと呟いた。
「気まぐれ天使の戯れの産物…… ってトコかな」
気まぐれ天使? 戯れの産物? 何のこと?
「何それ?」
私は前を歩いていたシャドウの横に並び、そう聞いた。するとシャドウは口許に薄い笑みを作った。
「たぶんリンクフィールドを繋ぐバイパスエリアなんだろうな。だからリンク先を設定してないと無限ループにハマってたちどころに現在地を見失う。リセットしなけりゃ永遠にこのフィールドを彷徨う事になる。恐らくシステムのコアに近い領域なんだろう……」
そのシャドウの物言いは、まるでこの世界を全て知っている者の言葉に聞こえた。私はそんなシャドウの横顔を見ながら考える。
この男は一体何者なんだろう?
太刀を使う魔法剣士で凄腕の傭兵。それはわかっている。しかしわかっているのはそれだけだ。
レベルは教えてくれないが、これまでの戦闘を見ていると高レベルであることは間違いない。けど私は、そんな数値的なスッペックだけでは無いような気がしてならなかった。
そんなことを考えていたら、私はふとあることを思いついた。
シャドウは以前、どんなチームにいたのだろう?
初めから傭兵であるはずが無い。だとすると傭兵になる以前はどこかのチームにいたはずだ。傭兵に過去を聞くのはマナー違反だと聞いたことがあるが、私は何故か妙に気になってしまった。
「なんだよ、ミゥ?」
不意にシャドウが私の視線に気づいてそう聞いてきた。私は虚を突かれて逆にドギマギしてしまった。
「え? ああ、い、いや、あの……さぁ……」
私はそう言って目を逸らした。やっぱりちょっと抵抗があったからだ。
「シャドウもさ…… その…… 前はどっかのチームに入ってたのかなぁって思って……」
そんな私の質問に、シャドウは無言で私を見つめた。私はそんなシャドウに慌てて言葉を続けた。
「あ、いや、別に無理に言わなくたっていいの。何となくそう思っただけだから。マナー違反だって事は知ってるし、別にどうしても聞きたいって訳じゃないから。ゴメン、変なこと聞いて。忘れて?」
するとシャドウはクスッと笑いながら再び前を向いて「別にかまわないよ」と答えた。
「前に2度、チームに所属していたことがあるよ。1度目はもうずいぶん前だけど、2度目のチームは去年まで所属してた」
「去年まで…… そのチームを抜けちゃったの? 私みたいに……」
私がそう聞くとシャドウは軽く首を振った。
「うんにゃ、チームそのものが解散したんだ。リーダーがアメリカに行っちゃったからな。そんでまた傭兵に戻った」
なるほど…… でも傭兵に戻ったって事は、そのチームに入る前は傭兵だったって事かな?
「チームとしての活動期間は半年にも満たなかったけど、最高のチームだったよ。今まで傭兵として色々なチームと一緒にやってきたけど、あのチーム以上のチームは出会ったことがない。最高の仲間たちと、最高のリーダー。恐らくこの世界で最高位魔導士で、彼女は俺は初めて太刀を預けても良いと思えたリーダーだ。その思いは今も変わらない」
シャドウは目を細めて笑いながらそう言っていた。
彼女…… 女の子だったんだ、そのリーダー。
そんな事を考えながら懐かしそうに笑うシャドウの横顔を見たとき、何故だろう、私は少し残念な気持ちになった。そして、そんな気持ちになっている自分にちょっと驚いていた。
ーーーあれ?
私は慌ててシャドウから視線を外した。何故だろう、私はそんな顔をして笑うシャドウを見たくないと思った。
すると後ろを歩いていたゼロシキがテテッと私の前へ駆け寄ってきた。
「ところでミゥ姉さん、ミゥ姉さんはどんな男が…… あれ? どうしたんスカ? カップ麺に半分お湯入れた時点でポットのお湯が無くなった時のような顔して」
どんな顔だそれっ!
と心の中でツッコミをいれつつ、私は「別に何でもないからっ!」と怒鳴ってしまった。
「ああ……っと、その…… スンマセン、なんか気に触ったっスカ?」
とゼロシキはすまなそうに小さくなった。
違う、違うんだ、そーじゃないんだ!
「あ、いや、そーじゃなく……」
と私がゼロシキに弁解しようと口を開くと、その後ろからスプライトが口をはさむ。
「まったく…… 君の脳にはデリカシーという単語が記録されていないのか? ミゥ女史がそんなたとえで納得する訳無かろうが。私ならそこは『萌え系恋シュミゲームで大本命ルートを歩いていたと思ったら、実は相手が男つーオチのBADエンディングだった時の顔』と喩えるな、うん」
違うわスカポンタンっ! なにそのどや顔? てか論点ずれてるでしょ!
私が心の中でツッコミを入れまくっていると、不意にそんなやりとりを見ていたシャドウが振り向き私を見た。
「お前ら少し空気読めよ、ミゥどん引きだぞ? 2人ともいくら仮想世界とは言え、相手の気持ち考えて喋れよ。悪いな、ミゥ?」
とシャドウが締めくくった。
言ってることはまともだけど、あんたがそれを言うのがちょっとイラッとするんだけど……