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セラフィンゲイン  作者: 鋏屋
EP-1.2 ターコイズブルー
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マーカスメモリーズ ターコイズブルー8

 その日、私はアクセスしてすぐにターミナルの裏通り、通称『寝床通り』を西に折れ、傭兵達の集まるマーカスギルド『ワイルドギース』の本部に向かった。もちろんシャドウに会うためだ。

 今日はバイトのシフトがフルだったので、5時からの予備接続には間に合わずサービス開始から1時間ほど遅れてログインした。本来、プレイヤー同士の待ち合わせはレストラン『沢庵』がほとんどだが、アクセスしてすぐにシャドウから携帯に連絡が入ったのだ。何でも紹介したいキャラがいるとかで、ギルドに来てくれとのことだった。


 先日打ち合わせた時に、ターコイズブルー探索に流石に2人だけではキツイと判断したシャドウは最低あと二人は欲しいと言っていた。

「ロングレンジキャラと最低限、回復キャラのビショップは入れたい」

 シャドウはそう言って考え込んだ。

「メイジじゃなくて?」

「いや、ビショップだ。そりゃメイジが居るに越したことは無いが、今時質の高いフリーのメイジなんて優良物件はまず見つからないだろう。でもビショップなら成長スピードもそれほど遅くないからキャラ人口も比較的多い。今ちょっと考えただけでも使えそうなヤツの心当たりが3人居る」

 シャドウはそう言いながら携帯電話を取り出すと画面をスクロールさせていた。

「でも一気に形勢逆転出来る攻撃魔法を使えるのは魅力的じゃん。あ、でもシャドウが魔法剣士だから良いってわけね……」

 私がそう言うとシャドウは首を振った。

「確かにメイジの強力な攻撃魔法は魅力的だ。しかし中〜上級のメイジを入れるなら、俺は中級のビショップを選ぶ。それと一つ言っておくけど、俺はこの前みたいな攻撃魔法は滅多に使わないんだぜ?」

 そのシャドウの答えは私には意外だった。

「魔法剣士なのに? 魔法剣士って攻撃魔法が使えるのが最大のメリットなんじゃないの?」

 私はそう言いながら先日のシャドウの魔法を思い出していた。複数のセラフに囲まれたときのあの威力は正直心強いと思うんだけどなぁ。

「いや違う。魔法剣士の最大のアドバンテージは、前衛キャラでありながら回復魔法が使えるって事なんだ。このセラフィンゲインにおいて、アイテムを使わずにHPを回復できるという事は、それだけで生還率が上がる。考えてみろよ、ビショップは魔法力さえ回復すれば回復魔法でフルに回復できるんだぜ?」

 シャドウはそう言って自分の所持アイテムが仕舞ってある腰のアイテムポーチを叩いた。

「所持アイテムの重量がシビアなセラフィンゲインでは、回復アイテムに加えて回復魔法が使えるキャラの方が生還率はぐっと上がる。俺たちみたいな少人数チームにとってこの差は大きい。特にクエストが長引けば長引くほどこの差はジワリと効いてくる。俺が早い段階で傭兵としてそこそこの戦果を得たのは、この回復魔法のおかげと言っても過言では無い」

「なるほど……」

 私はそう呟きシャドウの言葉に頷いた。傭兵としての経験から来る言葉には確かに納得するだけの説得力がある。その戦術眼は流石と言わざるを得ない。

「つーわけで、ミゥの知り合いに気の利いたビショップはいるか?」

 とシャドウが私に聞いてきた。しかし私は呆れたようにため息をついた。

「はぁ…… ったく、何言ってるんだか。そんな人居たらとっくに組んでるわよ」

 するとシャドウは肩をすくめて「だよな……」と答えた。

「じゃあ俺の知り合いを当たってみる。と言っても傭兵だけどな」

「ちょ、ちょと待ってよシャドウ、私そんな傭兵を何人も雇えないよ」

 探索に手を貸してくれるのは嬉しいけれど無い袖は振れない。シャドウは普通にチームとしての均等割りでかまわないって言ってくれたけど、他の傭兵は違うだろうし……

「ああ、それなら気にしなくて大丈夫。安心してくれ」

 シャドウはそう言ってニコッと微笑んだ。

「俺と同じで、皆変わり者だから」

 ……むぅ。

 そこ、安心するところなの?


 ――――てな話で、シャドウが声を掛けたキャラと会うことになったのだ。

 マーカスギルド『ワイルドギース』の建物はそこそこ大きく、寝床通りを折れるとすぐに目に付く白い建物だ。通常他のプレイヤーギルドは、プレイヤーのプライベートホームが本部となり、大して大きくない建物がほとんどで、ターミナルの東側にある『居住区』と呼ばれるエリアにあるのだが、傭兵の本部であるマーカスギルドだけは別だった。

 内部も広くゆったりとしていて、キャラ収容人数も沢庵に匹敵するが、バージョンアップ以前は『待ち人の社』というプレイヤー同士の待ち合わせ施設だったと聞けばうなずける。

 私は入り口の上部に掲げられた剣と天秤のエンブレムを眺めながらドアを開き中に入った。

 中に入るとすぐ正面にカウンターがあり、その向こうにNPCと思われる受付が座っていて、私にお辞儀をした。そのカウンターを横目に見ながら、視線を右手に移すと、そこはロビーになっていて、10組ほどのチームがロビーに配されたテーブルで傭兵達と話していた。恐らく契約の打ち合わせをしているのだろう。

 私がロビーを見回していると、一番奥の壁際のテーブルでシャドウが手を振っているのが見えた。私は並んだテーブルを避けながらシャドウの元へ向かった。

「おおミゥ、ワイルドギースへようこそ……つっても初めてじゃないわな」

 そんなシャドウの言葉に私は「ええ……」と頷づいた。

 セラフィンゲインでクラスAのフィールドに立つ者ならば、ほとんどのプレイヤーは1度はここを訪れるだろう。それは初心者はもちろん、新しいクエストレベルに挑戦する際は大抵のチームが、最低1回はガイドとして傭兵を雇うのが常だからだ。

 別に傭兵を雇わなければ挑戦できないと言うわけでは無いが、傭兵は職業柄、様々なクエストに精通しており、経験で培われたその知識は得がたく、高い報酬を払っても充分元が取れるからだった。

 私が以前居たチームも、上のレベルのクエストに初めて挑むときは必ず一人傭兵を雇っていて、実際に事前に聞いていた傭兵のアドバイスで危機を回避したことも多々あった。

「でも来たのは久しぶり。ここは全然変わらないのね」

 最後に訪れたのは、確か私がまだティーンズ【レベル10代】だったっけ……

「まあな、メンツもそれほど変わっちゃいないかもな。どっかのチームに引っこ抜かれて足を洗ったと思ったヤツが、3ヶ月後にはそこいらのテーブルで寝てたりする…… そんなもんだよ、俺たち傭兵なんてさ」

 シャドウはそう言って室内を見回し、自嘲めいた笑みを浮かべていた。

「まあ座れよ、ミゥ」

 シャドウはそう言って自分の隣の椅子を引き、私に勧めた。私は静かに座り、正面に座る2人の男に視線を投げた。

 私の向かって右にいるのは目が細く髪の長い男で、恐らくファッションだろうフレームの細い下縁眼鏡を掛けている。身につけている装備からしてビショップだろう。そして左にいるのは、軽量のチェーンメイルの上から紺色のフードコートを着込んでいて、頭からすっぽりと頭巾のような物を被っていた。若干幼さを感じる顔立ちで人なつっこそうな瞳で私を見ていて、どことなく犬を連想させた。

 身につけた装備からではちょっと階級が判別できないが、傍らに立てかけている大きめのライフルの様な物を見て、私は彼がガンナーだと判断した。

「紹介するよ。向かって右にいるのがビショップのスプライト。でもってその隣がガンナーのゼロシキだ。2人とも傭兵だが、今回は契約料無しの報酬均等割りで協力してくれる」

 そしてシャドウは、今度は私を2人に紹介した。

「で、こっちがさっき話したミゥだ。2人とも名前は知ってるって話だったよな?」

 すると左のガンナーが「もちろんッス」とその人なつっこそうな顔で頷いた。

「青刃のミゥって結構有名ッスもん。腕もそうッスけど美人だって話で。でも噂通りめっちゃ美人じゃないッスか~ 俺、ゼロシキッス。見ての通りガンナーッス。彼女欲しいッス。ミゥ姉さんならドストライクッス! つーか超ウエルカム…… がぁっ!!」

 喋りながら身を乗り出し、どんどん顔を近づけてくるゼロシキに、私は唖然としながらも身を引いていたら、そんなゼロシキの頭にシャドウのげんこつが飛んだ。

「やかましい! 余計なこと言ってんじゃねぇっ!」

 頭巾を被った脳天を押さえながら「痛ってぇぇ……」と漏らしながらテーブルに沈むゼロシキの横から、今度はスプライトが右手を差し出してくる。

「お騒がせして済みません、マドモアゼル……」

 マ、マドモアゼル?

 唖然とする私に、スプライトはにっこり微笑むと、私の手をスゥっと持ち上げると、その甲にそっと左手を添えてきた。この瞬間、私の全身をぞわぞわっと悪寒が走った。

「私は彼のような無粋な輩ではありません。私は常々、傭兵ももっと紳士であるべきと申しておるのですが、なかなかこういう粗暴な男が減らずに困っておるのですよ…… と言うわけで、私は紳士的に美しい女性に敬意を込めまして……」

 と私の手の甲に顔を近づけてきた。

 ちょ、ちょ、ま……っ!?

 私が慌てて手を引っ込めようとした瞬間、横合いからスゥっと銀色の刃が伸びてきてスプライトのアゴ下にぴたりと当てられた。

「おいスプライト、顔は何枚に下ろされたい?」

 抜いた太刀の刃先を当てたまま、シャドウは静かにスプライトに訪ねると、スプライトは唇をちゅーの形のまま、乾いた笑いを吐いた。

「や、嫌だなぁシャドウ。じょ、冗談に決まってるじゃないですか」

 スプライトはそう言ってぱっと私の手を放し、両手を上げて万歳のポーズをとるが、シャドウに刃を突きつけられてるので、首を動かせないまま固まっていた。その額にはうっすらと汗が滲んでいる。

「冗談はお前のリアルライフだけにしとけ」

 シャドウはそう冷たく言い放ち、静かに太刀を鞘に戻した。それと同時にスプライトがへなへなとテーブルに崩れ落ちた。

「ま、ちょっと頭は残念かも知れないけど、2人とも悪いヤツじゃ無いからさ。腕もそこそこだし、度胸もある」

 確かに傭兵であるなら私よりレベルは上だろうし、実際頼れるキャラなのかも知れないけど、なんかちょっと不安だ。いや、人間的に……

「ミゥです、よろしく。探索に協力してくれてありがとう。サポートの方、頼みます」

 とりあえず私はそう頭を下げた。すると2人とも急に立ち上がった。

「サポートしますともっ! 全力でっ!!」

 その声と同時にシャドウが2人の頭を叩く音が重なり、再び2人とも頭を押さえてテーブルに沈んでいった。

 傭兵ってもっとクールでワイルドなイメージがあったのだけれど…… ホントに大丈夫なんだろうか? 

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