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セラフィンゲイン  作者: 鋏屋
EP-1.2 ターコイズブルー
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マーカスメモリーズ ターコイズブルー7

 私がホールを回ろうとした時、また新たな客が入ってきた。私と百恵は「お帰りなさいませ、ご主人様ぁ〜」と声を揃えた。

「あ、カゲチカ君だ」

 入ってきた客を見て、心なしか嬉しそうにそう言う百恵に、私は「常連?」と聞いた。

「ララ姉様の知り合いの人ですぅ。確か同じ大学だって言ってましたよぉ?」

 私は「ふ〜ん……」と言いながらその客を見た。

 背は私より高いが、別段高身長と言うわけではない。チェック地のカッターシャツにストーンウォッシュのデニム姿で背中にメッセンジャーバッグを背負っている。

 下ろした前髪が若干眼鏡に掛かっていて表情はここからでは良く確認できないが、その掛けている眼鏡もあまり似合っているとは言いがたく、全体的に冴えない印象で、この店のお客さんの9割がそうであるように、純度90%以上の秋葉チャンといった感じだ。

「モモにゃんは6番テーブルに指名が入っているので、ミゥ姉様はカゲチカ君をご案内してもらえますかぁ?」

「オッケー、任せて」

 私は百恵の言葉にそう答えてそのお客にむかった。

「お帰りなさいませ、ご主人様はお1人ですか?」

 私が営業スマイルでそう言いながらお辞儀をすると、そのお客は「あ、ああ、は、はは、はい」とどもりながら答えた。

 モモの話だと初めてってわけじゃないのに、なんでこんなにキョドってるの、この人?

 私はそんな事を考えた事などおくびにも出さず「かしこまりました〜」と答えて店内に案内した。するとそのお客はテーブルの席に座るやいなや「あ、ああ、あの……」と声を掛けてきた。

「もうご注文がお決まりですか?」

 私がそう言うとそのお客は首を振った。

「い、いや、あ、あの、マ、ママリア…… い、いえ、ララは……?」

 マリアはララの本名だ。どうやら同じ大学というモモの情報は間違いないらしい。

「あ、ごめんなさい、ララちゃん今日はお休みなんですよ〜」

 私がそう答えるとそのお客は「ええっ!?」と驚き「マ、マジか……」と呟いた。

「あの、ララちゃんに何か……?」

 するとそのお客は背中に背負っていたメッセンジャーバッグから何かを取り出してテーブルに置いた。

「USBメモリ?」

「か、かか、課題の、レ、レポート、た、たた、頼まれ、て、たんです、け、けど、き、き、今日、こ、この時間、この店、で、わ、渡す、よ、よよ、ように、言われて……」

 つまりこの人は、今日それを渡すようララに呼び出されたのにすっぽかされたって訳ね。それにしても呼び出しておいて休むとか、ララも酷いなぁ……彼女らしいけど。

「あの、良かったら私が預かりましょうか? 確か明日はシフト入ってたと思うから。提出日はいつ?」

 私がそう持ちかけると、その人は「ほ、ほほ、本当ですか?」と超期待した顔で私を見た。私はその顔に若干引き気味に「え、ええ……」と答えた。

「た、たた、助かり、ま、ます。提出日、は、あ、あ、明後日なんです。ま、ま、間に、あ、合わなかったら、タ、タタ、タスマニア、デビルと、マ、マジバトル、さ、させる、って、言われて…… ほ、ホント、た、助かり、ます。よ、良かった」

 どんな脅し文句だよそれ。

 つーか、普通にそんな脅しを本気にするか? とか思うかもしれないが、少し考えると、ララならやるかもしれないという気になって来る。ララは色々と伝説じみた無茶ブリの話が残っているからだ。

 ララは思いつきから決断までの時間が、宇宙刑事の『蒸着』プロセス時間と同じなんだともっぱらの噂で、大抵の事は力技で実行に移すハタ迷惑な有言実行タイプだ。

 狼狽えぶりから考えて、この人も普段から相当ララに振り回されているのだろう。

「わかったわ、これは明日必ずララちゃんに渡すから」

 私はそう言ってテーブルの上に置かれたUSBメモリを摘み、胸のポケットに仕舞った。するとその人はやっぱりどもりながら礼を言いつつ頭を下げた。

 どうやらこの人のどもりは、緊張している訳ではなく、そういう体質のようだ。

「私はミゥって言うの。これからは指名の方もよろしくお願いしま〜す」

 と私はいつもの営業スマイルで笑いかけた。するとその人は私の顔を見つめ、固まっていた。

「ミ…… ゥ……?」

 私を見つめながらそう呟き、数秒固まった後、急に「ああっ!?」と驚いて大きく叫んだ。な、なんだこの人っ!?

「な、なに!?」

 私はそう聞きつつ若干身体を引いた。

「あ…… い、いえ、な、なんでも、な、ないです、す、すみません……」

 その人はそう言って頭を下げ、再び言葉を続けた。一体何に驚いたのだろう?

「あ、あの、僕は、景浦って、い、いいます。あいつは、ぼ、僕のこと、『カゲチカ』って、よ、よ、呼びますけど」

 そういえばさっきモモもカゲチカ君って呼んでいたな、確か。

「了解。ララちゃんにはカゲチカ君から頼まれたからって言っておくね。で、ご注文は?」

 私がそう聞くとその人、カゲチカ君はメニューも見ずに『みくるティー』を一つ注文した。この『みくるティー』とは、何のことは無いタダのミルクティーなのだが、どういうわけかこの店ではミルクティーをみくるティーと呼ぶ。

 店長やモモに言わせると『萌と愛情がミルクの2倍(当社比)で入っているから』らしいが、計測不能の成分だけに、実証するのは難しい。私は絶対文字の語呂が良いだけだと思うが、それを口に出すことはタブーなのでスルーしようと思う。

 注文を取り終えた私はカウンターまで戻ってきたところで、ふと振り返りカゲチカ君を見やった。別に何がどうと言うわけでは無いのだが、何故だろう? 妙な感覚が私を捕らえた。

 あれ? あの人、どこかで……

「どうしたんです? ミゥ姉様」

 妙な顔で客席を見つめる私を不思議に思ったのか、モモがそう声を掛けてきた。

「ああ…… いやね、あの人さ、私どっかで会ったことがあるような気がするかなぁ……って」

「カゲチカ君ですか? そりゃそうですよ、よくいらっしゃいますもん。ほとんどララ姉様と喋って帰って行きますけどぉ。ミゥ姉様はその時に何度か見ているからそう感じるんですよ」

「まあ、そうなんだろうけどね。でもなんか引っかかるというか、気になるというか……」

 私がそう言うとモモは「き、気になる……」と若干頬を赤らめて呟いた。

「お、お姉様、それってもしかして、こ、恋ですか!?」

「んなわけないしっ!」

 思わず速攻否定してしまった。例の一件以来男が苦手になったこともあるのだが、それ以前に彼のような男は私の中には無い選択だったからだ。

「そんな思いっきり否定しなくても…… あ、でもカゲチカ君って凄い優しいんですよ? それに……」

 そこでモモはちょっと思い出すような仕草をした。それに……なんだ?

「凄く強い人ですよ」

「え? あの彼が!?」

 私は驚いて思わず声を上げてしまった。外見からは全く想像できない。何か格闘技でもやっているのかな?

「ああ、そう言うとちょっと誤解されるかもですね。えっとですね……」

 モモはそう言ってちょっと考え話を続けた。

「強いって言うのは内面的な意味です。精神的と言いますかぁ…… あ、勇気があるって意味ですぅ」

「勇気……」

 私のそんな呟きにモモは頷いた。

「前にこの店に凄くガラの悪いお客さんが来て、お店の娘に触ったりしてちょっと言い寄ったことがあったんです。間の悪いことに、ちょうどララ姉様がお店をちょっと離れていたときで、誰もそのお客さんを止められなくて……」

「その時、彼が?」

 私の問いにモモは大きく頷いた。

「ええ。あの通りどもりのあるしゃべり方で、体も震えてて、たぶんカゲチカ君もすっごい怖かったんだと思います。でもカゲチカ君はそばまで来て、その人の腕を掴んで『女の子が怖がっているから止めてください』って言ったんです」

「で、その後は?」

「腕を捕まれたそのお客さんは怒ってカゲチカ君を突き飛ばしました。たぶん軽く殴られたんだと思います。でもカゲチカ君は震えながらも『止めてください』って言い続けて、そしたらそのお客さんがキレちゃって…… そこにララ姉様が戻ってきて、後はもう…… 言わなくてもわかりますよね?」

 つまりララにフルボッコにされたって訳ね。

 因みにララはお父さんがアメリカ海兵の突撃隊員で、そんなお父さんに幼少の頃からマーシャルアーツを仕込まれており、その腕前は達人レベルだ。これまで何度かしつこく言い寄りストーカー紛いな行為をしてきた男を病院送りにしたって聞いたことがある。

「カゲチカ君は見た目もあんなだし、喧嘩も全然強くないと思います。たぶん自分でも勝てないってわかってたと思います。もしかしたら、ララ姉様が帰ってくる事を計算していたのかも知れませんね。でも、あの時何人か居たお客さんの中で、そのお客さんを止めようと席を立ったのはカゲチカ君だけでした」

 そんなモモの話を聞きながら、私はふと気がついた。

「ねえモモちん、ひょっとしてその時絡まれた女の子って……」

「ええ、モモにゃんです」

 私の問いにモモは力強く頷いた。

「あの時、モモはすっごく怖くて泣きそうで、でも周りの人は誰も助けてくれなくて…… そんな中でカゲチカ君だけが止めようとしてくれて、すっごく嬉しかった……」

 モモはそう言って懐かしむような仕草をした。

「その時思ったんです。この人は本当に強い人なんだって。そしたらカゲチカ君のこと…… その……」

 モモはそう言って顔を赤くして俯きながらもじもじし出した。

「つまり、モモちんは彼のことが好きになった訳ね」

「わぁぁ、こ、声が大きい! そ、それに、そんなハッキリ言われたら、も、モモにゃんどうにかなっちゃいますからぁっ!!」

 そんな赤い顔をして慌てるモモを、私は微笑ましく想いながら見ていた。私にはそんなモモが羨ましかったのかも知れない。

「告白とかしなかったの?」

「ま、まさか? そんなこと出来ないですってばっ!?」

「なんで? モモちんなら即OKっしょ?」

 そう言うとモモは赤い顔をしながらも首を横に振った。

「モモにゃんには無理です。きっと敵わないですもん……」

「敵わない? 彼、彼女でも居るの? にしたって、モモちんが敵わないってどんな女よ?」

 するとモモは目を伏せながら「ララ姉様ですよ。たぶんお互いに好きだと思います」と答えた。私はその答えに一瞬思考が停止した。

「ちょ、ちょと…… マジで!?」

「端から見ればララ姉様に振り回されているって感じですけど、お互い凄く信頼し合ってるっていう感じで、ちょっと間に入っていけないんですよ。それに、カゲチカ君と一緒の時のララ姉様って、全然違うんです。何というか、生き生きしてるんですよ」

「あのララが……? ちょっと信じられないわね」

 ララは周りから『神の手による美貌』とまで言われ、女である私が見ても、10秒以上見続けるとぽわ~んとなるほどの突き抜けた美人だ。それがあんな冴えない男となんて絶対釣り合わない気がする。相手が一方的に好きになることはあっても、ララが自分から好きになるなんて信じられない。

「モモにゃんも直接聞いたことはありませんよぉ? でも、あの事件の後でララ姉様に『カゲチカ君って強い人ですね』って聞いたんです。そしたら『うん、あいつは強いよ。私なんかよりずっとね』って言って笑ってました。それも凄い自慢げな表情で…… で、その時思ったんです。ああ、ララ姉様はあの人のことがとても好きなんだなぁって」

 私はそんなモモの話を聞きながら、再びカゲチカ君を眺めた。彼はテーブルの上でiPhoneをいじっている。その姿は本当に冴えない、どこにでも居るヲタな青年だった。

「ララ姉様が言ってました。『本当の強さって喧嘩に強いとかじゃ無くて、自分の弱さを知っても尚、立ち向かえるって事なんだ』って。今ならモモにゃんもその意味がわかる気がしますよ」

 モモはそう言った時、カウンターの向こうからモモのオーダーが出来上がった声が掛かった。モモは「あ~い」と答えてその場を離れた。

「自分の弱さを知っても尚、立ち向かえる、か……」

 私はそんな呟きをこぼしながらテーブルに座る青年を眺め、その言葉が頭の中でぐるぐると回っていた。



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