表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
セラフィンゲイン  作者: 鋏屋
EP-1.2 ターコイズブルー
43/60

マーカスメモリーズ ターコイズブルー5

 それから私とシャドウはレベル4のクエストを受注し、フィールドに入った。もちろんお互いの力量を見極めるためだ。


 リアルのコンクリートに穴を穿つような鋭い4本の爪を左手に装備した盾で受けると、ガクンと腰と膝に負荷がかかる衝撃が私を襲った。

 ここで無理に踏ん張るのではなく、左足を半歩引き膝の屈伸運動で衝撃を緩和し、腰を捻って右手の剣に溜め込んだエネルギーを一気に解放する。レベルの上昇にあわせて習得して行く技スキルは、その発動と同時にシステムを走るプログラムを起動させ、私の通常の身体運動能力を超えた動きを促す。

「はぁっっ!!」

 斬り上げから繋ぎ、烈拍の気合いと共に突き放った4連発の突きは、全てことごとく中型獣セラフである『グラノボロス』に命中した。片手剣技『スパイク』の4連弾だ。

 グラノボロスは頭に水牛のような角のある熊と言った容貌から『ダッフィー』と呼ばれている中ボスセラフで、中級者の主な稼ぎ相手だ。因みにこのグラノボロスを狩るのを『ダフる』と言い、それを集中的に狙って狩る中級者達を『ダフ屋』と呼んでいる。何を隠そう私も最近までダフ屋でレベルを上げていたのだ。

 グラノボロスは私の4発のスパイクを受け、そのHPを大幅に減らしたが絶命には至らなかった。しかし私も端からスパイクで仕留められるとは思っていない。スパイクは相手の体勢崩しを狙っただけで、本命は覚えたばかりの技だ。

 体勢の崩れたグラノボロスを視界の端に納めたまま、私は両手で柄を握り、剣先を後ろ手にスゥっと腰を沈み込ませる。そして次の瞬間、まるで引き絞られた矢のように音速でグラノボロスに突進し、相手の脇腹をすれ違いざまに切り裂き背中に抜けた。先日覚えたばかりの音速突進系剣技『ソニックブースト』だ。グラノボロスは一声吠えてから、腹から体液をまき散らしつつ仰向けに倒れ絶命した。

 私は大きく息を吐き、新たな技の威力に確かな手応えを感じつつ振り返った。シャドウが気になったからだ。するとシャドウは少し離れた場所で8体のセラフを相手に戦っていた。

 シャドウの戦っている相手は『ハウンドミングス』という半獣人達だった。私がグラノボロスを相手にしている間、シャドウは獣人達を私に寄せ付けないようにしてくれていたのだった。

 ハウンドミンクスは毛むくじゃらの背中に緑の肌をした獣人で、耳まで裂けた口の知性の欠片も無い顔のくせに、剣や戦斧、簡易甲冑などを装備しプレイヤーを襲ってくるセラフだ。

 ハウンドミングス単体は中級レベルのプレイヤーなら難なく倒せる相手だが、こいつらのやっかいなところは群れで襲ってくることだった。しかも戦闘中に遠吠えのような鳴き声を発すると、どこからともなく仲間が現れあっという間に囲まれてしまうのだ。群れで囲まれたら中級レベルのチームなら全滅する可能性もある危険なセラフだった。

 交戦前に、私はそんな相手にいくら高レベルな傭兵であるシャドウとはいえ危険だと主張したのだが、シャドウは「なんとかなるさ」と軽く答え、さらに「ミゥはダッフィーに集中して良いから」と言ってのけたのだ。

 現に私がグラノボロスと戦ってる間、ハウンドミンクスは1匹も乱入してこなかったのだが……

 私は加勢するべく急いでシャドウの元に向かったが、近づいて行くとシャドウの周りの光景に唖然とした。

 現在相手にしているハウンドミンクスは8体だが、その周囲にはおびただしい数の獣人の死骸横たわっていた。ざっと見ただけでも20は下らないだろう。

「なに…… これ……!?」

 私は加勢するのも忘れ、息を飲みつつ一人黙々と戦うシャドウを見た。

 シャドウの戦い方はいたってシンプルだった。

 まず相手が斬りかかってきたところを太刀で弾き、相手が体勢を崩した後、正確に急所に強攻撃をヒットさせ相手を切り倒すという物だ。そこに奇をてらう動きも無く、最小限の動作で1連の動きを反復させていた。

 受けて、斬って、捨てる。受けて、斬って、捨てる……

 それに加えて、流石傭兵と思えるのは、多対1の混戦に慣れている点だ。1体が斬りかかると同時に別の数体が斬りかかってくるのだが、受けた攻撃の反動を利用して体を横移動させ別の1体の背後に回ったり、立ち位置をわざと別の数体の攻撃線上に誘導したりして、常に自分に優位な位置取りをして攻撃に転じている。

 そして私が最も驚いたのは、その攻撃の正確さだった。

 相手が少しでも体勢を崩して隙を見せると、それを見逃さず正確無比な動作で確実に急所に強力な攻撃をヒットさせていた。その正確さはまるで機械の様だった。その証拠に1体を1撃で倒している。

 また1体を1撃で切り捨て、シャドウはチラリと私の方を向いた。

「あ、もう終わりか? やるなぁ~ ミゥ」

 と声を掛けてきた。その声も表情もこの凄惨な戦場にそぐわない、疲れなどみじんも感じられない陽気な声だった。私が「うん……」と頷くと、シャドウが「それじゃあこっちも終了させよう」と言いながら、また1体切り捨てた。

 とその時、残り6体の1体が仲間を呼ぶ遠吠えを放った。するとまた前方の森の奥から数体のハウンドミングスが姿を現し、全部で10体になった。

「それにしてもチビカン並に増えるなぁ。チーム人数が2人とか極端に少ないと湧出パターンが過剰になるのかも知れないな……」

 とシャドウが太刀を左右に振り、刃に付いた体液を振り落としながらそう分析する。私も剣を握り直して構えを取り、突撃の準備をした。

「あー、ミゥは来なくて良いぞ」

 不意にシャドウがそう言う。私はそのシャドウの言葉に反論した。

「何でよっ! いくら何でも多すぎるわ、1人じゃまた仲間呼ばれてどんどん増えていくんだもの、ここは2人で片づけるか、でなければ撤退した方がいいじゃない!」

「確かにキリが無い。だから一気にケリを付けるつもりだ。ちょっと離れて見ててくれ」

 シャドウはそう言いながら、斬りかかってきた先頭の獣人の斧を太刀で受け、がら空きのお腹に思いっきり蹴りを見舞った。蹴りを食らった獣人は後方へ吹っ飛び、後ろにいた数体を巻き添えに倒れ込んだ。

 一方シャドウは右手の太刀の剣先を下ろし、空いている左手を顔の前に持って行って素早く指で印を結び、口早に何かを口走った。

「えっ!?」

 私は思わず驚きの声を上げた。すると次の瞬間、シャドウが左手を振り上げた。

「フレイストームっ!!」

 シャドウの声と同時にゴウっという爆音と共に、獣人達の目の前に大きな炎の竜巻が発生した。獣人達は各々解読不能な言語で何か叫び、反転して後退しようと試みたが間に合わず、あっという間に一人残らず炎の竜巻に飲み込まれて行った。

 私は放心しつつも、そんな現実離れした光景を見ながら呟いた。


「魔法…… 剣士……っ!」


 私達プレイヤーがこの世界で活動するための自分の分身であるアバターを作る際に、必ず『階級』という物を選択する。この階級はセラフィンゲインで活動する為の自分の分身キャラクターを作成する際の最重要項目であり、セラフィンゲインという世界の舞台で自分が演じる役割のことだ。それはロールプレイング【演じ、行動する】というセラフィンゲインの大原則を決定づける最大のファクターでもある。

 セラフィンゲインにアクセスする全てのプレイヤーは、まずこの『階級を選ぶ』ことから始まる。

 この階級は数種類設定されているが、大きく分けると2種類に分けられる。

 一つが戦闘から回復、移動などの行動全てをリアル同様の物理原則に則った形で行わなければならない者。

 そしてもう一つが、一部の行動が本来定義付された物理原則を無視した超自然の現象を操り、それを行使する『魔法』を操る者。

 若干例外も存在するが、前者は私の様に近接戦闘に特化した戦士タイプがほとんどで、総じて直接攻撃を得意とする者が多く、基本HPや耐久力、直接攻撃力に直結する筋力などが高く、後者は遠距離からの攻撃や、回復、支援に特化し、体力や筋力、基本HPなどが低く設定されていて近接戦闘には向いてない。代わりに知性や教養値、精神力といった非戦闘系パラメーターが高く魔法や分析に向いている。

 つまり大きなくくりでは、階級は『魔法を使えるか使えないか』という分け方が出来るのだが、その中で唯一の例外が『魔法剣士』という階級だった。

 魔法剣士は読んで字のごとく魔法を行使する事の出来る剣士で、近接戦闘をこなしながら状況に応じて魔法使用キャラにスイッチできるオールマイティなキャラだった。

 しかも扱う魔法がビショップ【僧侶】の扱う回復、支援魔法とメイジ【魔導師】の攻撃、範囲魔法の双方を習得することが出来き、レベルが上がり成長すれば1人で近接戦闘から回復、魔法攻撃までこなせる一種の万能キャラになるのだけれど、セラフィンゲインではモンク【格闘家】と並び不人気なキャラだった。

 その理由は色々あるが最も大きな理由はその成長速度の遅さにあった。

 セラフィンゲインはキャラステータスアップから装備品購入に至るまで、その全てにEXP【経験値】ポイントが必要となる。プレイヤーはフィールドでセラフを倒したり、受注クエストをクリアした報酬としてEXPポイントを獲得し、そのポイントを自分で振り分ける事で各ステータスが上昇。各々のステータスが、階級によって決められたある一定の数値を超えた段階で初めてレベルが上がる仕組みになっている。

 このレベルアップに必要な数値の設定が高ければ高いほど、その階級の成長速度が遅いというわけ。

 その設定数値は階級によっての差が激しく、私のような戦士階級はレベルアップ設定数値が低く成長スピードはセラフィンゲイン中最速であるのに対し、一撃で複数の敵を屠る強力な魔法攻撃を得意とする魔導師は私たち戦士階級の倍近いEXPポイントを必要とする。

 だが魔法剣士はその魔導師のレベルアップ数値の設定を凌駕し、全階級中で最大のEXPポイントを必要とするワースト1の成長スピードで高コストのキャラだった。その高コスト故にプレイヤーのキャラ選択からは敬遠される階級で、キャラ人口はモンク同様極端に少ない。

 また、確かにほぼ全ての魔法が使用可能ではあるが、その効果や威力は本職である魔導師や僧侶の約8割程度であり、経験値消費量に対してのバランスシートの悪さもその理由の一つかも知らない。

 だが、今シャドウが行使したフレイストームという高位魔法は中上級クラスの魔導師が普通に『決め技』として使用する魔法なのだが、その威力は本職である魔導師のそれと遜色が無かったのだ。

 私ももうセラフィンゲインを初めて1年以上経つけれど、そもそも今までにフレイストームを唱える事の出来る魔法剣士なんてお目に掛かった事が無い。

 重くて長い、扱い憎い太刀をまるで手足のように使いこなし、高位魔導師に匹敵する高出力の魔法を操る傭兵魔法剣士なんて……!

 私は戦慄を覚えつつ、燃えさかる炎を背に、陽炎のように揺らぎ立つ黒いマントを纏った太刀使いを見つめていた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ