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セラフィンゲイン  作者: 鋏屋
EP-1.2 ターコイズブルー
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マーカスメモリーズ ターコイズブルー3

「必要ない……か?」

 その黒ずくめの男はもう一度私にそう聞いた。私はその男を見た後、チラリとザッパードを見て瞬時に考える。

 よくわからないが、この男は私に加勢してくれるらしい。いや、新手のキラーって事も考えられる。加勢するフリをして此処ぞって時に背後からバッサリなんて嫌過ぎる。

 しかしザッパード達4人だけでも今の私には手に余る。となると私に選択の余地は無かった。

「加勢して…… くれるの?」

 私は慎重にそう聞いた。するとその黒ずくめの男はニッコリと微笑み頷いた。

「ああ、安くしとくよ」

「えっ?」

 安く……しとく?

 私が首を傾げると同時に、その男はクルリと振り返りザッパード達4人と対峙した。サッパード達は突然自分達の前に立ちはだかったその男に一瞬怯んだが、直ぐに得物を構え直した。

「何処の誰だか知らないが、その女はウチのメンバーなんだ。チーム内の事に口を出すのはここじゃタブーのはずだろ? 悪いがそこをどいてくれねえかな? 黒い兄さん」

「違うわっ! 先週抜けたでしょ、もうチームメイトでも何でもないわっ!」

 私はザッパードの言葉に直ぐさまそう言い返した。すると黒い男は私をチラリと見てから、再度ザッパードを見る。

「……って言ってるけど?」

 やはり何処か気の抜けた様な、トボけた口調だった。

「確かにそうなんだが、今まで一緒に頑張って来た仲間だからよ。そんな一方的に辞められても納得いかねぇつーかさ…… ましてやその女はかなりの手練れだし、ウチの前衛の要と言ってもいいキャラだ。それがいきなり居なくなったら俺らも困る訳よ、わかるだろう? だからもう一度考え直さねぇかって説得してたところなのさ」

 ザッパードはさも困った様に首を振り、はぁ、とため息を吐いた。私はその姿に怒りがこみ上げて来た。

「あんたよくもぬけぬけとそんなでまかせ……っ!」

 私がザッパードに怒りに任せて文句を言おうとした時、黒い男は左手をかざして私を制した。

「なるほど…… けど男4人で女の子一人を取り囲むのはどうかと思うんだがなぁ。おまけに得物まで抜いて…… それって説得とは言わないっしょ? 普通」

 そんな男の言葉にザッパードはチッっと軽い舌打ちをした。

「あーもうめんどくせえな、どかねえんならコレで押し通るぜ?」

 ザッパードはそう言って肩に担いでいた大剣をブンっと振り回して両手で持ち、再び右肩に柄を預け腰を落として構えを取った。ダッシュと同時に上段斜めから袈裟斬りを放つ大技『斬馬一型』の構えだ。

 一方の黒い男は棒立ちのまま、右手を腰ベルトに刺した太刀の柄に預け、それを抜こうともしていない。

「いやいやいや、いきなりは無しっしょ? お互い名前も知らないまま切り合いとかって、イチプレイヤーとしてマナーとかモナーとか、色々アレじゃん?」

 ダメかもコイツ……なんだよモナーって……

 そんな男の言葉にザッパードはニヤリと笑った。自分より格下の相手をいたぶる時の、いつもの顔だった。

「ははっ、そうだな。俺は天竜猟団のリーダー、大剣使いのザッパードってんだ。そういや言い忘れたけど、こう見えても俺ら、聖杯の雫の傘下なんだぜ?」

 とザッパードはドヤ顔で言う。ここで大ギルドの名前を出して相手を動揺させるつもりなんだろう。ザッパードらしい姑息な手だが、対人戦では有効かもしれない。果たして、黒い男は……

「おお、『ガンズ』のとこか。そりゃ凄い。あそこは参入規定が厳しいからなぁ……今時ちゃんとクエスト参加のノルマとかあるんだろ?」

 と呑気な声で答えた。どうやら聖杯の雫の名前も規模も分かっている様だが、あまり脅威には感じていない様子だった。

 と言う事はこの男は聖杯の雫に肩を並べる大ギルドに所属しているのだろうか? 聖杯の雫に匹敵するギルドとなると『ヤハウェの子』ぐらいだけど……

 一方ザッパードは相手がギルドの名前を聞いてもさして驚かなかったことに気分を損なったようで、少々ムスっとした顔をしていた。

「……で、あんたは?」

「俺はシャドウ。ギルドは…… 特定のプレイヤーギルドには入ってなくて、実は俺……」

 と黒い男が言い終わる前に、ザッパードはいきなりダッシュを開始し、あっという間に男との間合いを詰めた。相手に話を振って注意をそらした絶妙のタイミングだ。エゲツない不意打ちだけど、対人戦の不意打ちとしては効果覿面な戦略だ。

「避けてぇっ!!」

 私は『切られるっ!』と思い反射的にそう叫んだ。

 しかし黒い男はその身をわずかに逸らして斬撃をかわした。あのタイミングで放たれた袈裟斬りを紙一重でかわすその反射神経に驚いた。

 だが斬馬一型は二型、三型と繋がる連続強攻撃コンボのトリガー技だ。初撃をかわしても直ぐに二型の切り上げが来る。しかしザツパードは振り下ろしたポーズのまま固まり、次の連続技へのモーションを起こそうとしなかった。私は不思議に思い立ち位置を半身ズラして覗き込んだ。

「……っ!?」

 思わず絶句する。男は振り下ろされたザッパードの剣先をブーツの踵で踏みつけ、いつ握ったのか、左手の短剣をサッパードのむき出しの喉に当てていたのである。

「惜しかったな。狙いも悪くないし、なかなかのタイミングだったぜ? でも俺にしてみれば初歩の戦術だ。こんなのは俺達には日常茶飯事だからな」

 そう凄む男にザッパードは目を向く。

「日常茶飯事ってお前いったい…… あっ、!?」

 そう呟いて男の首すじに視線を移動したザッパードはさらに目を見開いていた。しかしザッパードが何を見て驚いているのか、私のいる位置からじゃわからない。

「け、剣と天秤のエンブレム…… お前っ!?」

 そのザッパードの言葉に私は記憶を検索する。

 剣と天秤をあしらったエンブレム……? 

 ……あっ!?

 私が記憶の検索が終わるのと同時にザッパードが呟いた。

「マーカスギルド『ワイルドギース』……あんた、傭兵か?」

「そういうことだ」

 黒い男はそう答え、すぅっと喉に当てていた短剣を降ろすとザッパードの大剣を横払いに蹴り飛ばした。大剣はザッパードの手を放れ地面に転がった。

「傭兵……」

 私は放心したようにそう呟いた。

 剣に掛けた天秤のマーク。その天秤に掛けるのは『信義』と『金【経験値】』。その秤が少しだけ傾いている方が果たしてどちらなのだろうか?

 セラフィンゲインがギルド制を採用する以前から存在していたと聞いたことがある。どのギルドの派閥争いにも加わらず完全中立を貫き、昨日のチームメンバーでも、今日の報酬次第で敵になる。

 初心者のガイドからクエストのボス攻略、プレイヤー同士のもめ事の仲裁やキラー討伐、ギルド間の抗争の加勢や代理デュエル【決闘】まで、PK以外のどんな仕事でも経験値の折り合いが付けば仕事を受ける日雇いプレイヤー。

 仕事に掛かる費用はプレイヤー自身の自前だが、受ける仕事内容やその活動は全てプレイヤー個人の裁量にゆだねられ、ギルドはそれを縛ることをいっさいしない完全なフリーランス制のギルドだと聞く。しかも人員それ自体は有力大ギルドには遠く及ばないが、所属プレイヤー全てがレベル25を越えるハイレベルプレイヤーという戦闘集団だが、雇われた先が違えば、たとえ同じギルドあろうが、かまうことなく全力で戦うという。

「おいザッパード、いくら聖杯の雫って言ったって、さすがにワイルドギースを事を構えるのはヤバくね?」

 とシーフのロキオが心配そうな顔でザッパードに耳打ちする。他の2人も同じような顔して頷いていた。無理もないと思う。ギルドの名前を出したら、事はプレイヤー同士のもめ事ではなくなってしまうからだ。

 マーカスギルド『ワイルドギース』のもっとも特筆すべき点はその情報力と結束力にある。こう言うと先ほど述べた事と矛盾するかもしれないけど、普通のプレイヤーギルドはどんなに大きくてもアクセスサーバのみで活動するのに対し、ワイルドギースは全てのサーバに存在する、いわば管理側の公営施設に近い存在だ。よってギルドに所属している傭兵のプレイヤーはどのサーバでアクセスしようと、同じギルドの所属となる。そのネットワークは一般のプレイヤーギルドを遙かに上回る。

 そして、傭兵個人のもめ事にはいっさい感知しないギルドだが、キラー被害やギルドとしてのイザコザ、報酬の不履行などの問題が発生した場合には恐ろしいまでの団結力を発揮し報復に出るのだ。

 なのでキラーも傭兵には手を出さず、他のギルドも『ワイルドギースとは事を起こすべからず』という暗黙のルールがあった。 

「俺の名はシャドウ、傭兵のシャドウだ。悪いがたった今、この姉さんは俺の雇い主になったんだ。あんたさっきギルドの名前を名乗ったけど、ギルドの看板背負ってやるってんなら俺もそのつもりでやるが……どうする? 黙って引き下がるならギルドの名前は聞かなかった事にするよ?」

 その黒い男、シャドウの言葉にザッパードは苦い表情を作ったが、「わかったよ……」と呟き、横に転がった大剣を拾った。そして私をしばらく睨んだ後、クエストリタイアを宣言しその場から消えていった。残り3人も同じようにザッパードの後を追ってリタイアした。

 そしてフィールドには私とシャドウだけになった。私は握っていた剣を鞘に仕舞うと、ふぅと息を吐いてシャドウに近づいた。

「助太刀って言ったけど…… 太刀、使わんかったな」

 シャドウはそう言って私に微笑んだ。私はそんなシャドウの言葉にクスっと笑った。

 まだ言ってるよ、この人……

 何故だろう? イマイチ決まらない変な奴だけど、なんかホッとする笑顔だ。男相手にこんなにホッとするのはいつ以来だろう……

 そんなことを考えながら、私は自然に右手を差し出した。初めて会った男に、ホントこんな事初めてだ。

「一応、礼は言っておくわ。ありがとう」

 するとシャドウは私の右手を握りながらこう言った。

「お客は大事にする主義なんだ。それはそうと、まだちゃんとお客の名前を聞いてないんだけどな?」

 ホント、さっきの会話でもう知ってるはずなのに…… とぼけた奴だなぁ。

「私の名前はミゥ。コレでも『青刃のミゥ』って、ターミナルじゃそこそこ名が通ってるんだけど。で、安くしとくって言ってたけど、おいくらかしらね?」

 私のその言葉にシャドウは少しうつむいて考えた後、うん、と頷いてこう言った。

「沢庵でビオネア、それから今後の打ち合わせをしようか」

 私は今度こそ声を出して笑ってしまった。ホント変な奴だ。この後私とシャドウはクエストリタイアしてターミナルにある沢庵に向かった。


 

 コレが、私がシャドウと初めて会った時のこと。このときの事は今でもよく覚えている。たぶん私は、この時からシャドウのことが気になっていたんだと思う。

 漆黒のシャドウ……

 仮想でもリアルでも、本当の意味で私を救ってくれた真っ黒の剣士のことを、たぶん私は一生忘れないだろう。


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