マーカスメモリーズ ターコイズブルー2
「ちょっと、いい加減にしてよっ!!」
思わずそう怒鳴ってしまった。すると4人組のリーダーの大剣使いは一瞬たじろいだ気配を見せたが、直ぐに唇を歪めた。
「そんなにトンがるなよミゥ。お前の宝探しに付き合ってやるって言ってんだぜ。俺たち『天竜猟団』がな。知ってるだろ? 俺らあの『聖杯の雫』の傘下になったんだぜ? ミゥだって損はねぇだろ?」
大剣使いはそう言って「なあ?」と他の3人に同意を求めた。求められた方の3人も口許に薄ら笑いを浮かべながら「だぁな」やら「そうそう」と呟きながら頷いている。
「あんた達よくもそんな……」
思い出すと胸がムカムカしてくる。もし私が高位魔導士だったなら全員メテオ・バーストで消し炭してやりたい気分だ。ホント、なんでこんなやつらとチーム組んでたんだろう…… やっぱり男なんて信用したあたしが馬鹿だった。
「確かにミゥの『グルガスタの涙』を売った金で『聖杯の雫』の参入基準をクリアする装備を買えたんだがな。お前のチームへの貢献、これでも感謝してるんだぜ? ミゥ」
感謝? 感謝してる? こいつら……っ!
「私のレアアイテム掠め取っておきながらよくそんな事が言えるわね。返してよっ! ねえ、今すぐ返してよっ!!」
「おいおい、人聞きの悪いこと言うなよ。チームでレアアイテム取りに行ったんだからチームで使っただけだろう? それにお前が気前よく俺に渡したんで、俺ぁてっきり売って金にしてくれって事かと思ったぜ。俺たちのチームのことをそこまで考えてるのかと、思わず目頭が熱くなっちまったよ」
大剣使いはそう言ってわざとらしく目頭を押さえて俯いた。何も知らない第三者が見たってチープな三文芝居だってわかるわざとらしさに反吐が出る思いだ。
「白々しい…… 確かに『グリーンラドラの瞳』は百歩譲ってチームのモンでいいわ。でも『グルガスタの涙』はチームとは一切関係ない、私のパーソナルアイテムよ。あんたが『ついでに知り合いに無料で鑑定頼んでやる』っていうから渡したのよ! それを勝手に売ってきたんでしょ! 普通人のアイテム勝手に売る? しかもその金で自分達の装備まで新調するとかマジ信じらんない。それって泥棒とどこが違うのよ? あんた達最低よ。クラスBの盗賊以下、まだ『キラー』の方がマシってモンよ!」
私がそう怒鳴るが、4人はまったく悪びれた様子がなかった。こいつらホント最低だ。強奪目的で他のプレイヤーを襲う『プレイヤーキラー』通称『キラー』と同じ…… いや、それ以下だ。私は腸が煮えくり返る思いで4人のリーダー、『ザッパード』を睨んでいた。
この4人は先月誘われて入ったチーム『天竜猟団』のメンバーで、大剣使いの戦士でリーダーの『ザッパード』、シーフの『ロキオ』、ビショップの『リッキー』、メイジの『コレキヨ』。この他に、今日はログインしてないが、ガンナーの『ネロ』と、私と同じ片手剣使いの戦士『ブレイカー』がいる。私を含めて7人の『狩メン』チームだった。
私は先月まで違うチームに所属していたが、リアルの都合でメンバーが1人辞め2人辞めと、くしの歯が抜けるように辞めていきあえなく解散となり、さすがにソロでクエストに挑むレベルではないので、メンバー募集の掲示板に書き込んだところ、リーダーのザッパードから誘いを受けたのだ。
他にも数チームから誘いがあったのだが、他のチームは皆最近流行の『ワイコミチーム』だったので、レアなドロップアイテム狙いの私は狩メンチームである天竜猟団の誘いを受けたのだった。
入って直ぐの頃はさして気にならなかったが、1週間ぐらいで私はこのチームが好きになれそうにないと感じていた。
品の無い冗談、ゲーム内のセクハラ規定に抵触しそうな言動や行為。自分達より強いチームには愛想良く振る舞い、明らかにレベルの低いプレイヤーやチームには威圧的な態度をとる。
私ももういい加減嫌になったので抜けようかと考えていた矢先に、私の元に知り合いのプレイヤーからレアアイテムの情報が入った。
で、その情報を元にクエストで首尾良くレアアイテムをゲットしたのだが、このザッパードは情報を持ってきた私に何の相談もなしにそのアイテムを売り捌いてしまったのだ。
しかも、タダで鑑定してくれる奴が居るからと言って、私のコレクションアイテムまで借り、なんとそれまで売ってきたと聞いた時は耳を疑ったよマジで。
それがきっかけで私は天竜猟団を抜けた。それが先週の頭の話だ。しかし、その後も何かにつけて私に付きまとい、小さな嫌がらせじみた事をしてくるようになった。
直接危害を加えてくる様な事は今のところ無いのだけれど、沢庵で私を見つければ勝手に同席してきたり、私と話しているプレイヤーに嫌がらせをしたりするのだ。今日などはターミナルで私を見つけ、私を付けてきたのだろう。
もうここまでくるとリアルのストーカーと変わらない。私はほとほと嫌になっていた。
「なあミゥ、またチームに入れよ。女が居るとチームに花があるんだよ。俺らもう聖杯の雫だろ? それなりにハクとかスタイルってモンを考えなきゃならねえんだ。女キャラが居るってのはそれだけで話題になる。それがお前なら尚更だ。アイテムハンター『青刃のミゥ』はそれなりに名が通ってるからな」
ザッパードはそう言ってニヤリと嫌な笑みを作った。結局、この男は女子キャラなどステイタスの一部としか見て居ないのだ。有名ギルド、聖杯の雫に入った事だって単に周りから羨望を浴び、自分達より弱いチームに威張りたいだけなのだ。それに、聖杯の雫にしたって、確かに有名な大ギルドで、ターミナルでも周囲から一目置かれるギルドだが、実状は派閥の勢力を拡大させる事を命題にしてる様なギルドだ。
このギルドというのは、チームの集合組織のことだ。この前のバージョンアップで、コミュニティエリアであったターミナルでもプレイヤー同士の戦闘が可能の『オープンフリースタイル』に移行され、それに伴い急増した犯罪プレイヤー『プレイヤーキラー』に対抗するため、複数のチームが集まって作った自己防衛組織のこと。
しかし最近ではギルドの報復を恐れ、プレイヤーキラーが減った後にギルド同士の勢力拡大競争がその存在意義になっているのだった。今では殆どのチームが何処かのギルドに所属している。
この天竜猟団も中規模ギルドに所属していたが、この度そこを脱退して有力ギルドである聖杯の雫に所属したのだ。
確かにキラーは驚異だけど、私はどうもこのギルドという集団、しかも聖杯の雫の様な有力大ギルドがあまり好きになれず、猟団を抜けようと考えた理由も、猟団が大ギルドに所属しようとしていた事が少なからずあった。ギルド結成時の理由はどうであれ、最近は目的を見誤ってる気がしてならないのだ。
「もう戻る気なんてない。さっきは返してなんて言ったけど、あんたが売ったアイテムの事ももういい。聖杯の雫に入ったお祝いって事にしてあげる。それでもうあんた達とはお終い。だからもう私につきまとわないで! もう放っといてよっ!!」
私は吐き捨てる様にそう言った。だが、ザッパードは笑みを浮かべたまま他の3人に目線を放った。そんなザッパードに3人も似たような笑いを貼り付けた顔で頷き、私を囲う様にゆっくりと左右に展開した。
「な、何よあんた達……」
私はその動きに妙なきな臭さを感じて腰の愛刀に手をかけた。
「そんな怖い顔すんなよミゥ。なあ、もう一度考え直せって。悪い様にはしないって。俺たちのチームに居たら、ソロじゃ行けないレアアイテムのドロップするクエストにも行けるんだぜ? 俺たちの力にお前のスキルが加わればお宝ゲットの確率も跳ね上がるだろ?」
ザッパードはそう言いながら近づき、私の肩に手を回してきた。
その時、私の体に電気が走った様にビクっと痺れ、頭の中に思い出したくない記憶が蘇ってきた。
「や、やめてよっ!」
私はそう叫んでザッパードの顎を肘て跳ね上げ、胸をを突き飛ばし跳ねる様に後退して腰の剣を固く握りしめた。しかし柄を握った手が情けないほど震えていた。
「いってぇ…… ったく、カマトトぶりやがって。美人女剣士なんて呼ばれて調子乗ってんじゃねえよ」
ザッパードは顎を摩りながらそう言いい、背中の大剣をゆっくりと抜いた。私はその姿にゴクリと生唾を飲み込んだ。
「おっ? ザッパード、やるのか〜?」
そんなザッパードにシーフのロキオが嬉しそうな声を出して、その刃に痺れ薬をたっぷり含ませたダガーを抜いた。
私も腰の愛刀を抜き正眼に構えるが、刃の先がブルブルと震えていた。
大丈夫、私は強い。こんな奴らには負けない。セラフの時と同じ様にやればいいんだから……っ!
私は心の中で何度もそう自分にいいきかせた。ザッパード達のレベルは20か21、私は23だ。まともにやれば負けないはずだ。まずメイジの魔法が厄介だからコレキヨを先に潰して次にリッキーだ。初撃で大技が決まれば失神は免れないだろう。
だが、いくら強気にそう考えても私の震えは止まらなかった。体の奥底から忌まわしい記憶が、まるで羽虫の大群の様に湧いてくる。
「やっぱりだ、剣先が震えてるぜ。青刃のミゥは対人戦がめっぽう弱いって噂は本当だったんだな。セラフ相手にはあれだけ強いから信じられなかったがよう。なあミゥ、お前なんかトラウマでもあんのか?」
私はその言葉に信じられないほど動揺した。それがさらに過去の記憶を呼び起こす。
「そ、そんな噂信じるなんて、あんたもおめでたいわね。き、来なさいよ。私の大技で切り刻んであげるから!」
そう強がってはみるものの、やっぱり声が震えてしまう。私は自分が情けなくて涙が出そうだった。
私は強くなった。リアルじゃないけど、この世界ではそこいらの男なんて問題にならない程強い女剣士、青刃のミゥだ。男なんて…… 怖くないっ!
何度もそう自分の心に鞭を入れるが、体は今にもその場にへたり込みそうなほど震えていた。
なんで、私はいつまでこんな……
私は折れそうになる心を必死につなぎ止めようと奥歯を噛む。
「ま、何にせよ俺たちには好都合だな」
ザッパードが大剣を右斜め後ろに構え、腰をグッと落とした。
とその時、私が背にしていた大木の横で、大きな音がした。何かが木の上から落ちて来た様だ。私はセラフかと思い横に飛び退く。ザッパード達に気を取られて完全に索敵を怠ってた。この状態で背後を取られたら確実にやられるっ!
私は即座に剣先を音のした方に向け腰を落とした。すると大木の横の草むらがガサガサ動き、黒い人影がヌゥつと立ち上がった。
「あがぁ……っ、痛っっ、わき腹モロとか、マジでちよーいてぇ……っ!」
その黒ずくめの男は、立ち上がって直ぐにわき腹を押さえてしゃがみ込んだ。どうやらこの男がこのブレイククエストの受注者のようだが、こんなところで何をしていたんだろう?
「クッソ、葉っぱで枝が見えなかった…… あの枝さえなけりゃかっこ良く着地できたのによ。くそっ!」
その男はそう言って悔しそうに頭上の木を見上げ、それから脇腹を摩りつつ私に顔を向けた。
「あ、えっと…… どうも、その、コンチハ……」
その黒ずくめの男は恥ずかしそうに頭を掻きながらそういった。私はその言葉に一気に脱力して崩れそうになった。なんと呑気な声だろう。さっきまでのザッパード達との一触即発な雰囲気をこの男はたった一言で綺麗さっぱり吹き飛ばしてしまった。
そんな場違いな挨拶に「はぁ?」と思わず聞き返した私は、さっきまでの震えがきえていた。
「何もんだお前? 何しに出て来たんだオイ?」
ザッパードも構えを解き、手にした大剣を肩に担いでそう聞いた。するとその男はザッパードと私を交互に見て少し考える。
「やっぱこっちだよな普通……」
そう呟き、その男は未だ痛むのか脇腹を摩りながらスタスタと私に近づいて来た。
真っ黒なプレートメイルに同じ色のブーツとグローブ。プレートメイルの上から羽織っているローブ付きのマントも真っ黒。全身が真っ黒の出で立ちだか、左腕の白銀色の腕章がいやに目立っていた。銀の下地で中央に数枚の翼を広げた天使が、両腕を広げているそのデザインはとてつもなく緻密な彫り物で、一見してレアアイテムだとわかる。そして腰に携えた馬鹿長い獲物が一際異彩を放っていた。
この世界では『太刀』と呼ばれる剣の一つで、攻防一体の特殊なスキルを習得する故、盾を必要としないと聞いた事がある。ただ扱いが難しく使いこなすには気の遠くなるほどの熟練度を必要とするのでプレイヤーからは敬遠される不人気装備の一つだった。
「な、何よあんた……」
私がそう言うとその男は飄々とした様子でこう言った。
「助太刀…… いるか? 太刀だけに…… なんちって……」
「だ、ダジャレ?」
一瞬思考が停止する。そしてたいして可笑しい訳じゃないのに、何故か私は吹き出しそうになった。