第3話 悪魔の決断
「どうかしら、シャドウ? Yes or No?」
そう言って見えない筈の瞳を僕に向ける雪乃さん。ホントこの人、目が見えてるとしか思えないんですけど。
「俺は仕事の話しはリアルじゃしない主義なんだ。依頼ならあっちのターミナルで正式に聞く。話はそれからだ」
僕はぶっきらぼうにそう答えた。マリアと話すとやっぱりどもるのに何故かこの娘と話すと普通に喋れる…… もしかして、これが恋ですか!?
いや、違うな、きっと。どうもシャドウと呼ばれるとそれに反応してスイッチが入るみたいだ。
ワード認識音声センサー付き二重人格症かよ……
どもりだけでも厄介なのに、またいらない機能がインストールされたらしい。もういい加減疲れるんですけど、このふざけた体。
「言葉が不足していたようね。これは傭兵としての仕事の依頼じゃないわ。私が主催するチームの正式メンバーとして、貴方をスカウトしたいって事よ」
「『アポカリプス』に入れってか? 願い下げだな。あそこの前衛とは馬が合わん。きっと向こうだってそうだろう。そんなチームがフィールドで戦えると思うか? たまに組むぐらいでちょうど良い。俺は二度とゴメンだがね」
そう言って僕はかけそばの汁を啜る。蕎麦自体は不味いけど、汁は出汁が利いてて結構いけるんだよ、此処の蕎麦――― ってそうじゃない。
僕に嫌な言い方をされて不快な顔をする雪乃さんを直視する勇気がなかっただけ。ゴメンナサイね、自分でもどうにもならないんです、この口調。
「第一、俺は傭兵だぜ。経験値以外取り引きしない。相手を見て言葉を選べよ、お嬢さん」
いや、見えてませんよー実際。
「『アポカリプス』は解散したわ。元々あまりまとまっていたチームじゃなかったし。貴方に入って貰いたいのは別のチーム。私がこれから作る新しいチームよ」
「新しいチーム? 」
「そう、セラフィンゲインで伝説になるような最強のチームを作るの。それが私の夢。それに貴方の力を貸して欲しいの」
伝説の最強チーム。ヤバイ、今ぶるっと来た。その響きだけでワクワクしてきてしまうじゃないですか。
「伝説の最強チームか、確かに面白そうな話だな…… しかし何故傭兵の俺を誘う? 俺よりレベルの高い一般のプレイヤーも居るだろう。金で転ぶ様な傭兵じゃイザって時に逃げるかも知れないぜ?」
心の中ではワクワクしてるのに素直じゃ無いよなシャドウって。と自分で自分につっこんでる僕って一体……
「そうかしら? 貴方の戦いぶりを見ると本心で言ってるとは思えないんだけど」
そう言って人差し指で前髪を揺らしながら微笑む雪乃さん。
ダメだ、萌え死ねる。
それ狙ってやってるならあなたもマリア同様宇宙人レベルの悪魔女子ですよ。
落ちかける目尻と意志に反して伸びようとする鼻の下を何とか押さえつけ、トリップしかける意識を強引にねじ伏せながら話を続ける僕。
今のはヤバかった。コイツは想定外の破壊力だ!
「あんたに俺の何がわかる」
「それがあそこでの貴方の存在理由だから。貴方は逃げない…… 」
見えない筈の瞳が、まるで僕の心の全てを見透かしているような気がして慌てて目をそらした。そう言えば昔、似たような経験をした気がする……
他人に流されまくる僕だけど、性格や生き方を決めつけられるのは正直微妙なんだよね。
そんな気持ちを誤魔化す為に話を続ける。
「ふん、まあいい。それでメンバーは? 」
「受けてくれるなら、貴方が一人目になるわね」
キックオフメンバーをこれから集める訳か。まずはメンバー探しから始める事になるな。と、すでにその気になってる僕です。しばらく傭兵家業から身を引くのも悪くないかも知れない。そんなことを考えていると話しに入りあぐねていた栗毛の悪魔がしびれを切らして割り込んできた。またややこしい事になりそうな予感…… いや悪寒がする。
「ちょっと、二人して一体全体何のこと話してんのよ。カゲチカ、あんたあたしを放置するなんて良い度胸してるじゃない。あんたこの娘とどういう関係? あたしも話しに混ぜなさい。あんたはあたしの犬なんだからそうする義務があるでしょ」
さっすが、マリア様。僕って君の犬だったんだねー! マテコラ
「ここ、これは、ききき君には、か、関係いい、ないここと…… 」
「だから、馬鹿にしてんのかって言ってんのよっ! なんでこの娘とは普通に会話できて、あたしとは出来ないのよ―――――っ!」
そう言いながら、キーって僕の首を掴み、がっくんがっくんと振り続けるマリア。おーい誰かっ、酸素っ、酸素プリーズっ!!
「あれ? どうしちゃったんですかぁ?」
と、まっとうな疑問を投げかける雪乃さん。頼む、見てないで助けて。息が、息が出来ないんですよっ!
あ、そうだ、この人目が…… 見えないん…… だっ…… たぁぁ……
「カゲチカはね、女の子と喋ると言語障害を起こす奇特体質なの。だけど何故かあんたと話している時はそれが出ないのよ。あたしと喋る時は出るくせに、あ〜ホントむかつくっ!」
マリアはそう吐き捨てると掴んでいた手を放した。ハアハア、とりあえず酸素酸素。
あぶなかったぁ、あと5秒続いてたら落ちてるって。もう少しでこの悪魔を死神にクラスチェンジさせるところだった。頼むから人の病気に勝手にむかついて殺人未遂にまで発展させるのは勘弁して欲しい。
「そうなんですかぁ。なるほどぉ、ふしぎですねぇ」
どうやら、雪乃さんもスノー化が解けたようで、またあの何ともマイペースな口調に戻っている。僕も雪乃さんもセラフィンゲインのキャラ名で呼ばれるとリアルでもあっちのキャラを演じてしまう体質のようだ。
現実と非現実の区別が付かなくなる事は『ロールプレイヤー』にはありがちなことだけど、普通に考えたらそれって単にアブナイ人だよな。
でもちょっと待てよ、僕の場合はまだまともに言語が話せるから良いことなのか?
そんなこんなで話しに混ぜろとうるさいマリアにセラフィンゲインの説明をする羽目になった。と言っても、今の僕じゃ説明出来ないので全て雪乃さんが説明し僕はその横で聞いてるだけ。やっぱり喋るスピードは少々スローリーだけど説明が上手いね、雪乃さん。
ただ少々気になることもあった。
僕もこの変な持病のせいで人のことを言えるほど人づきあいが上手い人間じゃないが、マリアもあの性格なだけに他人と距離を置く傾向があり、雪乃さんとトラブルにならないかビクビクしながら聞いていた。だってこの二人が険悪になって、最悪喧嘩でも始めちゃったらはっきり言って僕じゃ止められませんから。
しかし、話が進むにつれそんな心配は無用だと言うことに気付いた。なんか妙に仲良いんですけど、この二人。
スノーの時はどうだか分からないけど、見た目、雰囲気正反対のこの二人がこんなにうち解けるとは思わなかった。
まぁ、共通点もある。二人とも類い希なる美貌の持ち主ってこと。類は友を呼ぶって言うけど美の持ち主はやはり美を好むのだろうか。僕としても実写アニメのようなこの二人のツーショットは見ていて凄く得した気分になるね。隠し撮りしてデスクトップの壁紙にしたい心境だよ。
でも、二人のこの仲の良い関係がマリアにある重大な決意をさせることとなる。
「面白そうね、ねえ、あたしも入れてくれない? そのチームに」
なんですとーっ!? マジですかっ!?
「なっなな、なっ*;sぢういw……! 」
ごめん、人の言語じゃなかった。何ですってマリア様!?
「私は別にかまいませんよぉ。カゲチカ君さえOKなら」
ト・モ・チ・カです。
それより雪乃さん、いつの間にか僕がメンバーという前提で話が進んで行ってる気がするんですが―――
しかし、そんなことには少しも触れず話が進行していく。この二人の前では僕の選択権とか拒否権とかそういった物は無いことになっているらしい。オイ、君達ちょっと待ちたまえ……
「ああ、コイツの意見は聞かなくて良いの。彼あたしの奴隷だから。あたしに負い目もあるし。雪乃がOKなら決まりね」
ああ、やっぱり。そう言う流れだったもんね。僕ってそういうキャラだし……
つーか、出会って数分の人をもう呼び捨てデスカ。さすがだね、天下御免のマリア様。ついでに犬から奴隷に格上げされた僕。オイゴるぁっ!
でも実際犬と奴隷ってどっちが格上なんだろ?
いや、そんなことはどうでもいい。マリアがメンバーってマリアは初心者だろ? そんなの入れて最強チームなんて出来るのか?
「ゆゆ、雪乃さん。ままま、マリアは、し、しし初心者で、ですよ」
「ああ、大丈夫ですよぉ。私とカゲチカ君でサポートすれば。他のメンバーもそれなりに強い人集めれば問題ないんじゃないですかぁ。私たちと一緒にクラスAで大物と戦えば、きっとあっという間にレベル上がります」
だから、トモチカ…… もういいや、カゲチカでも。『天然ラッパー』よりはだいぶマシだし、好きに呼んでくださいな。トホホ
いやいやそんなことよりあなた、レベル1でクラスAに立たせる気ですか!? それは素敵すぎます雪乃さん。そこらへん徘徊してる雑魚セラフの軽〜いジャブでさえ一撃でデッドっすよ、きっと。
「あたしも手っ取り早いのが良いなぁ〜 ようはウロウロしている怪物を片っ端からどついて倒してその経験値ってのを巻き上げればいい話でしょ」
と言い放ち笑うマリア(悪魔)。オイオイ、そう言う身も蓋もない言い方するんじゃない。なんか僕ら山賊みたいじゃないか!――― だいたい合ってるけど。
「最近人間相手も飽きてきてたし、ちょうど良いわ、面白そうじゃない。その話し乗った!」
乗るなっ!
つーか人間相手ってあなた、普段一体何やってんの?
まぁ、それはこの際置いといて、所詮ゲームって思っているんだろうが、セラフィンゲインはそんなに甘いゲームじゃないぞ。僕だって此処まで来るのに二年以上掛かったんだ。仮想世界って言ったって現実のクオリティを持った体感シュミレータなんだ。イヤ、現実そのものと言ってもいい。
現実であるが故、およそこの現実世界で考えられる物理法則は全て適応されるのはもちろんのこと、それに魔法など現実では超常的だと考えられる現象まで現実そのものの『本物』として付加されている。テレビや映画などで見るVFXバリバリのような現象や、空想上の怪獣達が当たり前のように再現され自分たちを包容している世界。まさに究極のファンタジーフィールドだ。
そこでは当然自分たちの体もその世界の法則に則って再現されるわけで、怪我をすれば痛いし死ぬこともある。確かにイメージの世界だから本当に死亡することはないが、痛みや死の恐怖などは現実の物として体感される事になる。これがどういう事か解るかい?
たとえば、スゲー怖い悪夢を見てそこで怪我をしたり、殺されたとする。確かに怖いけどやっぱり夢だから実際に痛みなどはないでしょ。でもそれが夢ではなく現実に痛みを伴って体感することになるとしたらどうする?
何年か前に恐竜を現代に復元させるつー映画があったでしょ。アレを自分がリアル体験する事を考えてみてほしい。しかも自分たちか使える武器は近代的な銃やロケット砲、戦車なんかではなく、剣、斧、槍、弓といった笑っちゃうくらい古典的な武装で立ち向かわなければならない。
まあ実際の物と違って結構強力な物として設定されてはいるけど、何せ相手も怪物ですから、簡単にやっつけることも出来ないわけで、噛みつかれたりどつかれたり踏みつぶされたりして大怪我して死んだりするわけですよ。
実際死なないじゃんって思うかもしれないけど、これが結構痛キツイ。個人差があるけどシステムとの同調が高い時に腕ちょん切られた時なんて失禁するほど痛くって、終わってからでも腫れてる場合もあるし、初めて死んだ時なんかは精神的ダメージでまず間違いなく胃の中の物をリバースする。
そう言った恐怖を勇気でねじ伏せて戦いに挑み、勝利を掴んだ者だけが初めて廻りから英雄として認められる。怪我や死ぬのが怖い腰抜けちゃんは掃いて捨てられちゃうつー厳しい世界なのですよ。
現実ヘタレの僕だけど、あそこで発揮する勇気だけは誰にも負けないと思っている。 あの世界ではこの現実世界で得た地位も名誉も関係ない。偉い人もそうでない人も、強い人も弱い人も、全てに於いて平等に『勇気』が試される場所。誰もが英雄と呼ばれる存在になれる可能性を秘めたまさにドリームワールド。それが究極のデジタル仮想世界セラフィンゲインなのだ。
その辺りのことを僕ほど熱くはないが、それとなくマリアに説明する雪乃さん。
ちゃんと説明できる人って羨ましいです、尊敬しますよ。まぁ僕の場合、説明以前の問題ですけど……
さあどうなのよビジュアル系悪魔マリアさん。そんな勇気をお持ちですか?
だが僕はこの悪魔が人一倍好奇心が強い事を忘れていた。
「上等じゃない。そう言う緊張感って人生には必要なスパイスよ。そうじゃない? 死の体感ってのも一度味わってみるのも悪くはないわ。どうせ誰でも一回は死ぬんだからさ」
ものすごーくマリアらしい回答。
でもね、現実では普通死ぬのは一回こっきりだから。その二回目もあるような言い方は止めようよ、君の場合ありそうで怖いから……
「さーて、そうと決まったら善は急げね。とりあえずあたしは登録しなくちゃ。ねえカゲチカ、あんた今からあたしのガイドね。それでさっきの貸しは半分にしてあげる」
善かどうかはともかくチャラじゃないんだっ!?
普通話の流れから言ってそこはチャラになるんじゃないでしょうか―――?
「じゃあぁ、今日の五時にターミナルの『沢庵』で待ち合わせしましょう。なんかぁ、ワクワクしてきますねぇ」
全然そんな風に聞こえない口調でそう言ってにっこり笑う雪乃さん。
そうですか? 僕は色んな意味で不安で一杯なんですけど……
雪乃さんの言う『沢庵』というのはセラフィンゲインに接続してまず最初に転送される『ターミナル』というエリアにあるレストランの名前。あっちの世界では主にチームメンバーとの待ち合わせなどによく使われる店で、レストランと言うからには当然食事も出来る。
基本的にセラフィンゲイン内での食事には『スタミナ回復』という意味があるため、現実同様取らなければならない。スタミナは時間経過や行動によって減っていき次第に動きなどが鈍くなったり、戦闘時の攻撃力なんかに影響が出てくるため食事は結構重要な行為でクエストに行く前には必ず食事をするし、遠征先では回復アイテムとして携帯食料を持っていく事になる。
でもあくまであっちの世界での話し。現実での肉体には何の影響もない。夢の中でごちそうは食べても実際お腹いっぱいにはならないでしょ。
と言うわけで、僕たち三人は今日の午後六時にセラフィンゲイン内のその『沢庵』という店で待ち合わせをすることになったわけだ。恐らくそれが僕らチームのあっちでの初顔合わせになるのだが……
ちょっと待て。結局僕の返答というか意見なんかはこのままスルーなのか?
「それじゃあ、マリアさん、カゲチカ君、六時にあっちで会いましょうねぇ」
そう言って雪乃さんはにっこり微笑み会釈すると杖を手に学食ホールを出ていった。
やっぱりスルーかよ……
あのさぁ、入ってくれって『お願い』だったよな、たしか。誘った相手の返答を全く聞かずに話をまとめちゃうって人としてどうなのよ? ねぇ?
まぁ、もうやる気でいたからいいけどさぁ―――
この娘もやはりマリア同様侮れないな。
しかし僕はそれでも可愛いその仕草に脳が溶かされながら、やっぱりどことなく雪乃さんの周りだけ時間の流れが違うような気がしてゆっくりとその姿を見送った。
「さて、そうと決まって俄然やる気が出てきたぞぉ。あたしもう一品食べよ」
まだ食うんかっ!?
どんだけっ! どんだけカロリー摂取すれば気が済むんだこの女!
きっと悪魔は胃袋が魔界と繋がってるに違いない。ちくしょう! こっちは金無くってかけぞば一杯にもかかわらず、今の一件でカツカレーの大盛り並みのカロリーを消費したというのに……
マリアはテーブルに置いてあったチェック柄のビトン財布をひっつかむと、そそくさと食券機に向かうその後ろ姿を眺めつつ僕はため息をついた。
「やれやれ、ホントにそんなに上手くいくのか実際」
マリアが離れたことでようやく言語出力の機能が復旧した僕は、ため息と同じくらいローなテンションで呟いた。
悪魔参戦。リアルではほぼ無敵キャラのマリアだが、さてさてセラフィンゲインではどうだろう。ビジュアル系悪魔の実力やいかに…… つってもレベル1だからな。実力とかそーゆーのとは別問題なんだよな。
でもこのとき、実は僕は不安や心配よりも、あっちでのマリアのビジュアル面に想像が飛んでいた。だってさ、超美形の女戦士なんてマニアにはたまりませんよ……
初めて読んでくださった方、ありがとうございます。
毎度読んでくださる方々、心から感謝しております。
第3話更新いたしました。
さて、智哉の諸事情に関係なく、新チーム結成に向けて動き出しました。やっと物語が動き出します。この新しいチームのメンバーが、この『友達居ない歴の長い』主人公にとってかけがえの無い仲間になっていきます。現実、非現実の区別無く、本当の仲間としてやっていくわけですが、かなり変わったキャラ達です。
仮想世界とはいえ、生死を共にする仲間達との絆みたいな物を表現していきたいなぁ。
まだまだ勉強不足で読みにくい部分があるとは思いますが、どうかご容赦のほど。
鋏屋でした。
〈次回予告〉
半ば強引にセラフィンゲイン参加を決めたビジュアル系悪魔女子、マリアを伴い秋葉原にあるセラフィンゲインの接続所に向かう智哉。登録料の料金の高さに不満を言うマリアをなだめ、2人はセラフィンゲインにアクセスする。
次回 セラフィンゲイン第4話 『ウサギの巣』 こうご期待!