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セラフィンゲイン  作者: 鋏屋
EP-1.2 ターコイズブルー
39/60

マーカスメモリーズ ターコイズブルー1

インナーブレインという画期的なシステムで創造された仮想世界で繰り広げられる新時代の体感ロールプレイングゲーム『セラフィンゲイン』

その世界で、依頼を受けてクエストに望む傭兵『漆黒のシャドウ』はある日、一人の女戦士『ミゥ』と出会う。青の女剣士ミゥとシャドウのレアアイテムを巡る物語。

 澄み切った碧い空のずっと高いところで、鳥たちが編隊を組んで飛んでいる。その下を目の覚めるような緑の山々の稜線が並び、さらにその向こうには真っ白な一際大きい山が天を貫くように聳え立っている。

 その美しく雄大な自然のパノラマを眺めていると、ここが緻密な計算に元ずく膨大な記号データ配列によって創造されたデジタル仮想世界であることを忘れてしまうほど、その目に飛び込む風景には圧倒的な存在感を見る者に与える。

 美しい自然を人の手で破壊し消していく現実世界と、人の手で作り出された圧倒的な自然美を持つデジタル仮想世界。どちらがより愚かな行為なのだろうか……

 だが、ここには遙かな昔、人々が自然を脅威としてすぐ隣に感じていた頃の記憶を呼び覚ませる何かがあるように思えてならない。そんな太古の記憶を、デジタル世界に求めた制作者達の心を誰が笑えるだろう。さもあらん、故にここを訪れた者は例外なくこう口にする。


 この世界の制作者達は天才だ……と。


 だが、そんな美しい世界は、それを美しいと感じる者達にそれ相応の対価を求める。この世界を訪れる者達はすべからくその要求に応えねばならない。

 この世界は常に人を試みる……ここは、真の勇気が試される場所。

 それが

 『天使が統べる地』という意味を持つデジタル仮想世界……セラフィンゲイン



セラフィンゲイン マーカスメモリーズ


『ターコイズブルー』


「ちょっと、いい加減にしてよっ!!」

 そんな怒鳴り声に驚き思わず上体をはね起こしたのだが、自分のいる場所が地上15mの大きな木の枝の上だったことを思い出し、間一髪枝の根元に両腕と両足を巻き付けて落下を防いだ。そのせいで枝に逆さまにぶら下がる、丁度ナマケモノのような何とも情けない格好になったが、頭からすっぽりかぶったフード付きマント『愚者のマント』のおかげで、俺の体は限りなく不可視状態になっているので他人からその情けない姿を見られることは無いだろう。

 あぶねぇ~ マジで今のはやばかった……

 俺はすんでの所で踏ん張りの効いた両腕に感謝しつつ枝をよじ登り、日頃から筋力パラメーターにタップリ経験値をつぎ込んでいた自分を賞賛する。

 もっともこの高さなら一撃でデッド判定されることはないのだが、『よりリアルな感覚』を生み出すためと、ショックと痛みはきっちりと再現される律儀なシステムなので、出来ることなら痛くない方がありがたい。だってMじゃないし、俺……

 そもそもなぜ俺がこんなところにいるのかということから説明しよう。

 2時間ほど前、俺はあるチームに雇われ、ここクラスAの戦場に来た。レベル4に相当する中上級クエストを受注するため前衛【フロント】戦力の補強を考えたそのチームは、傭兵である俺を雇ったのだ。ところが、クエストの全行程の3分の1ほどのところで、そのチームのもう一人の前衛と回復役であるビショップがリアルの急な事情でログアウトしなければならなくなりクエストは中止となった。

 上級チームならまずあり得ない行為だが、中級チームではたまにこういうことが以前からあった。ましてや先日行われた大型アップデート以降、本来のゲームの目的である『狩りと冒険』を楽しむのではなく、リアルで仲の良い友人同士が集まってリアルじゃないこの世界の雰囲気を味わいながら談笑する『ワイワイコミュニテーチーム』が増えたのに比例して多くなったと言えなくもない。

 そういった『途中退場』とも言うべき行為は、上級プレイヤーや古参プレイヤー達からは白い目で見られたり文句を言われたりするのだが、傭兵を必要とするチームはだいたい中級~中上級のチームが多く、俺はこういったケースも少なからず経験していたので、さして気にして目くじらたてることも無かった。

 で、今回のクエストは他のチームの乱入を防ぐため『ブロックエントリー』で受注していたため、俺はエントリー代とキャンセル代をチームとは別に個人で出さなければならない。こういったブロックエントリーの場合、チームに所属してない俺たち傭兵は、クエストをエントリーしたチームから『ゲストプレイヤー』として招聘される形をとるため、別に支払う必要があるのだ。

 そこで俺たち傭兵は保障として、事前にエントリー代とキャンセル料を前金として貰っておくのがセオリーだった。キャンセル料はクエストが中止『クエストブレイク』にならなければ報酬から相殺されるのが通例だが、大物を仕留めて気前がいいチームの場合は相殺なしでそのままくれる場合もある。

 俺もそのセオリー通りエントリー代とキャンセル料を貰っていたので、そのままそのチームと一緒にブレイクしても良かったのだが、クエストをタイムオーバーまで粘ってリタイヤするか、クエスト中にデッドされればキャンセル料は発生しないというシステムの特性を利用してタイムアップまで居残る事にしたのだ。

 確かに一度ターミナルのネストに戻り、依頼を待った方が効率的と思うかもしれないが、今日は休み明けの月曜の夜でアクセス数も少ない。それに口開けの客は取らないのを信条にしている俺なので『だったら……』と久しぶりにソロでフィールドをブラつこうかと思った訳である。

 一応言っておくが、このセラフィンゲインは簡単にソロプレイが許されるほど甘い世界ではない。とは言っても別にルール上の禁則事項やシステム的なロックがかかってる訳ではなく、ソロプレイそのものがとてつもなく困難だからだ。

 初級レベルのプレイヤーがアクセスするクラスCのフィールドならともかく、俺が今アクセスエントリーしているこのクラスAフィールドは、生還すら危うい条件付けが課せられる。

 かく言う俺も、このクエストレベルが4だからここで1人こうして木の上で擬態しながら昼寝…… じゃなかった、索敵をしていられるが、これが最高位クエストであるレベル6であればそうそうにリタイアして今頃はネストでいつ来るかわからぬ依頼を待っていただろう。

 ってなわけで、おそらく来ないだろう月曜の仕事をぼけーっとネストで待つんなら、浮いたエントリー料分この世界を時間いっぱいまでめいっぱい堪能しようとしていたら、先ほどの怒鳴り声なのである。

 ここで『あれ?』と思うかもしれない。というのはこのクエストがブロックエントリーのはずなのに、なぜ他のプレイヤーが介在できるのかと言うこと。

 これはクエストを受注したリーダーがサレンダー【退場】した時点でオープンエントリーに自動以降されるからなのだ。普通はクエストブレイク後は大抵エントリー中のチーム全員がサレンダーするのであまり知られていないのだが、エントリーチームの誰か一人でも留まり続けると、そのクエストはタイムアウトまでオープンエントリーでクエストが続行されるのである。まあ、危険きわまりないクラスAのフィールドで残留するプレイヤーなどほとんどいないけどな。

 このブレイクされたクエストに他のプレイヤーが介入する場合は、クエストの残り時間分のエントリー料を支払うことになるが、残り時間でクエストクリアを狙うのは難しく、支払う経験値に見合う稼ぎにはならないので、ブレイククエストに介入するプレイヤーは、新しい装備や習得したスキルの試しか、何にも知らない初心者。あるいはよっぽどの暇人のどれかだろう。

 さて、ブレイククエストに乱入する酔狂プレイヤーはどんな奴だろうと考えつつ、俺は木の上から下をのぞき込んだ。

 下には1人のプレイヤーを4人が取り囲んでいた。囲んでいる方のプレイヤーは、その装備から大剣使いの戦士、盾持ちダガーのシーフ、メイスビショップ……最も軽装なのがメイジだろう。

 で、囲まれてる方は青地に白のラインが入ったプレートメイルに片手直剣装備の戦士が4人に向かってなんか怒鳴ってるが……

「女か……」

 俺は小声でそう呟いた。黒髪を後ろで束ね、装備である鎧と同じ色のバンドで止めている。時折耳元で青い光が跳ねるのは装飾アイテムであるピアスだろう。全体的に青で統一したコーディネートは、ちょっと気の強そうで凜とした雰囲気の彼女によく似合っていた。

 狩り場はもうちょい先だってのに、どっか他でやれってんだよ……

 と胸の奥でぼやく。

「しかしまあ、女一人を取り囲んで揉めてるのを見るのは気分が悪いよなぁ……」

 そんなことを呟きながら、俺はゆっくりとマントのフードをまくった。すると背景に同化していた体がするりと沸いて出た。俺はそのまま片手で枝を掴み、飛び降りるタイミングを計った。どっちに付くかはもう決まっている。

 だが一つ言っておく。決してその女の容姿に影響されて、不純な考えでこんな行動に出る訳ではないことを。

 そうだな……

 彼女の耳元に光る、青いピアスが気になったから……ってことにしておこうか。

 俺はそう心の中で言い訳しながら、空中に身を躍らせた。 


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