エピローグ
あの『聖櫃』のクエストから2週間ほどが経過した。あの後僕は3日ほど関節痛と筋肉痛で苦しみながらも大学に行き何とか単位をクリアーして留年を免れた。流石にその間セラフィンゲインにはアクセスしなかったが、他のメンバーは僕抜きでクエストに参加していたようだ。
あの聖櫃クリアーで得た経験値で僕も晴れてレベルが40になったのだが、そのキャラをまだ一度も試してないんだよね。でも今回はちゃんと経験値入って良かった~ レベル2個上げてもまだおつりが来る経験値で、欲しかった萌えゲーも2本ゲット出来たしもうウハウハだった。今回はセラフィンゲイン様々ですよまじで。
あの聖櫃での鬼丸との決戦から、そんな退屈すぎる日常が続くかと思ったのだが、残念なことがあった。
なんと雪乃さんがアメリカに行くことになったのだ。何でもインナーブレインの医療応用をテーマにした論文が認められて、MITからお誘いがあったんだとか…… 鬼丸、いや亡きお兄さんである朋夜さんの意志を雪乃さんが継いだ形になったわけだ。
正式な留学は4月かららしいけど、手続きやら何やらで1月前から現地入りするって話で、僕たちもそうだが、雪乃さんにとっても急な話だったようだ。
こっちの大学は休学扱いで、2年ほどMITで学び、帰ってきてから復帰するそうだけど、MITで単位取ったらもう良いんじゃね? って思うんだが……
しかしスゲーなまじで。雪乃さんはアメリカで最先端でサイバーな研究に勤しんでいる頃、俺やマリアはこの不況の中、汗だくで就職活動にかけずり回らなくてはならないんだよなぁ…… 雪乃さんに頼んで、お父さんの会社の下の方で良いから入れて貰えないかなぁ……
てなわけで、今日がその雪乃さんの出発の日なのだ。とりあえず着替えて、僕はマリアと待ち合わせをしている駅前のイタリアンレストランに向かった。
マリアとの待ち合わせは絶対に飲食店で、しかも確実に何か食べるので雪乃さんの出発の時間よりかなり早く待ち合わせる必要があった。
だってせっかくの雪乃さんの出発の日なのに、マリアの食事のせいで遅刻して間に合わなかったなんて事になったら嫌すぎる。それにマリアはそれを僕に絶対八つ当たりするはずだ。そんな二重の地雷を踏むわけにはいかないのですよ。
店にはいると、窓際のテーブルから僕を呼ぶ声がした。
「おーい、カゲチカ、遅いぞこらー」
いや、早いだろ、じゅーぶん!
「あんた遅いから、あたしもう頼んじゃったよ」
そう言ってメニューを僕に渡すマリア。つーかそもそもAM10:00で何食うつもりですか?
あ、言っておくけどこれは間違いなくブランチとかではありません。間違いなく朝ご飯食べてるだろうし、お昼もガッツリ食べるつもりですよ、恐らくね。
とりあえず僕は受け取ったメニューをメニュー建てにはさみ、コーヒーを注文した。
程なくして、ナポリタンとミートドリア、オレンジジュースとコーヒーが運ばれてきた。端から見れば2人分だけど、当然僕のはコーヒーだけです。午前10時に見たくない量だ。これが朝、昼、晩以外の食事って知ったら、このウェイトレスのおねーさんどういう反応するだろう…… マリアって1食でも抜いたら餓死するんじゃないか?
「あ、そうそう、今度新しいバイト見付けたんだ。あの何だっけほら、傭兵ガンナーのおっさん?」
器用に両手でスプーンとフォークを操り、ナポリタンとドリアを同時に食べてるマリアがそう言った。
「お、お、 オウ、ルのこと?」
「そう、あのおっさんに紹介して貰ったの。割と良い稼ぎになるんだ」
「ど、ど…… どんな、バ、バイト?」
「ガールファイティング・コロシアムって言って、秋葉の地下の特設リングで戦うの。女の子同士でね」
思わず吹いた。慌ててこぼしたコーヒーを拭いてマリアを見る。オウルのおっさん、この悪魔になんつーバイト紹介してんだよ……
いや、僕もちょっと見たいけどね。だってマリアなら、リアルで爆拳とか決めそうだし…… ただ相手の子がちょっと心配だ。
「良いトレーニングになるよきっと!」
どこ行っても殴る蹴るな訳ね…… 流石格闘悪魔。
そうこうしているウチに、あっという間に食事を食べ終わったマリアが最後にジュースを一気飲み。相変わらず手品みたいだよまじで。僕はコーヒーまだ飲みきっていないのに、どうやったらあれだけの量がその時間で皿から消失するのか誰か教えて欲しい。
「さて、行こうよ」
そう言って席を立ったマリアの肩に手を乗せる人物が居た。
「やあ、マリアちゃん、奇遇だねぇ」
長身のマリアより、頭一つ背が高い男がマリアにそう声を掛けた。そしてそのまま僕を見てフンッと鼻で笑う。僕はすぐさま視線を逸らした。彼は僕らが通う大学で今年卒業の先輩だった。この人はマリアと同じく、大学内で開催されるボーイズコンクールで必ず優勝するモテ男君だった。でもって親が有名な弁護士でお金持ちつー絵に描いたようなボンボンだった。でもこの人、あんまり良い噂聞かないんだよね……
「おいおいマリアちゃん、天然ラッパーヲタッキーと食事かよ?」
彼の周りに、いつの間にか出現した似たような顔のチャラ男君約二名が、その言葉で馬鹿笑いする。
「何よ、なんか用?」
と、マリアは好戦的に答えた。
「そんな恐い顔しちゃ、綺麗な顔が台無しだよ。別に用があって声掛けた訳じゃないんだよ。たまたま会ったからさ」
そう言ってにっこり笑うボンボン先輩。いや、実は名前知らないんだよね、僕。
「それにしても…… ずいぶん不釣り合いな組み合わせだね。学内ミスコン2年連続優勝の君と、天然ラッパーなヘタレヲタクのツーショット」
「先輩、その天然ラッパーって何っすか?」
と彼の右隣のチャラオ君がそう聞いた。
「それが大ウケなんだ。コイツさ、緊張するとどもってまともに喋れなくなるんだよ。前に人数あわせで連れてった合コンで会場の笑いを独占してたよ。それで付いたあだ名が『天然ラッパー』ってわけ。他にも『ヘタレなケンシロウ』なんてのもあったっけ」
「マジッスか~ 超クールッスね。そのあだ名付けた奴グッジョブって感じ」
そう言ってまた馬鹿笑いするチャラ男3人組。僕は3人から目を逸らして座っていた。まあ、もう慣れているけど、こんなレストランで言われるのはちょっと辛いな……
「ねえ、あんたら喧嘩うってるの?」
そこに、今まで黙っていたマリアが文句を言った。
「あ? 何言ってんすか、この女」
ボンボン先輩の隣で馬鹿笑いしていたチャラ男A(仮名)がマリアに言い返す。なんと無謀な……
「いやいや、まさか。そんな無謀なことはしないよ。お前もやめとけって。この娘はこんな顔しててマーシャルアーツの使い手なんだぜ? ちょっかい出した男がもう何人も病院送りになってるんだからさ」
とボンボン先輩が後輩達をたしなめる。マリアの恐ろしさをよくわかってらっしゃるね。
「それにしても…… 君がこんなヘタレヲタッキーが好みだとは知らなかったよ」
その言葉を聞いたとき、僕はちょっと悔しくなった。僕だけじゃなくマリアまで馬鹿にされているとわかったから…… それでも言い返せない自分が情けなかったんだ。
もし、シャドウだったら…… ふと、そんな考えが浮かんだ。
もし、シャドウだったら、仲間が笑われて黙っているだろうか?
「君も、変な趣味してるんだねぇ、マリアちゃん」
僕は立ち上がり、そう言って笑いながら去ろうとする先輩の肩を掴んだ。
いや……
きっと黙って返さないよな……
「待てよあんた……」
とっさに口から出た言葉には、何故かどもりは出なかった。そんな俺の行動に、マリアがビックリした顔で僕を見ている。こんな行動に出るなんて自分でも驚いてる。だけど僕は今、無性に腹が立ち、自分の意志で喋っている……
「今の言葉、取り消せよ」
「あ? 何言ってんの? お前」
先輩はそう言って僕の手を掴み、そのまま僕の目を睨んだ。一瞬目を逸らしそうになったが、僕は勇気を振り絞ってその目をにらみ返した。
恐くない…… 雷帝の顔はもっとデカくて恐ろしいだろ? 鬼丸の殺気に比べたら、猫の盛りと変わらないだろ?
人は変わる…… 人は変われる…… それは『可能性』だと鬼丸は言ってた。なら僕だって変われるかもしれない。僕は心の中で何度もそう繰り返していた。
「逆ギレして舞い上がんなよ、ヲタク野郎」
その言葉が終わる瞬間、僕は手首を掴む先輩の手を捻り、逆に先輩の手首を持ってテーブルの上に張り付かせた。そしてさっきマリアの使っていたフォークを掴むと、先輩の人差し指と中指の間にそのフォークを突き立てて怒鳴った。
「取り消せって言ってるんだっ!!」
僕の怒鳴り声が店内に響き渡り、店内中が静まり帰った。
「あ、ああ……」
先輩は放心した表情で僕を見ながら、崩れるように膝を床に着けた。
「いいか…… 一度しか言わないから良く聞け。僕のことをどう言うのは構わない。だが、今後もし、僕の仲間の事を馬鹿にする様なことを言ったら…… 絶対に許さないっ!」
僕は低い声で静かに、そしてゆっくりと言葉を繋ぎながらそう先輩に告げた。
限りなく現実に近いセラフィンゲインで数多くのクエストをこなし、数々の修羅場を経験してきた僕には、普通の人にはない殺気があるのかもしれない。焦点の合わない目で僕を見上げる先輩の顔は、怯える小動物のようだった。
先輩はカタカタと人形のような動きで頷き、よろめきながら立ち上がると他の2人と一緒によたよたした足取りで店を出ていった。その姿を見送った後、僕はそのまま椅子に崩れ落ちるように座り込み長いため息を吐いた。
「ど、どうしちゃったの、今の! まるで別人じゃない! もしかしてシャドウ化したの ?」
驚いた表情でそう僕に質問するマリア。いや、聞かないでくれ。僕もよくわからないんだから……
「い、い、いや、ぼぼ、僕にも、な、な、なんで、こんなこと、で、出来たのか、ぜ、ぜ、ぜんぜん、わか、わからな、いい」
「でも良かったよ~ あいつ超ビビッてた。あんたもやればできるんじゃん」
「はは、なんか、マ、マリアが、ば、ば馬鹿に、さ、されたと、思ったら、カッと、な、な、なっちゃって……」
「ふ~ん…… あんたも一応男の子だったんだ」
そう言ってマリアは笑った。
「格好良かったぞ、まるでアッチにいる時のあんたみたいだったわ」
そう言いながらマリアは僕に右手を差し出した。
「さあ、もう行こう。早くしないと間に合わないかもよ」
僕は未だに震える右手でそのマリアの手を握った。しかし下半身だけは正直だった
「ひ、膝が、ふふ、震えて、た、た、たた、立て、ない」
その僕の言葉に、マリアはあきれ顔でため息をついた。僕はそのマリアの顔を見て思った。僕は変われる。そう努力しよう。ゆっくりと、少しづつで良いから……
大丈夫だ、僕には仲間がいる。このマリアのように、頼りになる仲間がいるんだから……
「もう、ほんとキマらないヒーローだよね、あんたって!」
そう言いながら僕の手を引っ張るマリアの顔は何故か笑っていた。それを浮かべさせた相手が誇らしく思えるような、それはそんな笑顔だった……
僕とマリアが空港に着くと、ロビーにはラグナロクのメンバーが雪乃さんを囲んでいた。きっとこの中の誰よりも早く家を出たのに、マリアの『間食』のおかげで僕らが一番遅くなってしまった。
「カゲチカ君とマリアさん、見送りに来てくれたんですね。感激ですぅ♪」
雪乃さんは、その見えない瞳をウルウルさせながらマリアの手を取ってそう言った。
「何言ってんの、雪乃の新しい門出に、あたしが来ないわけないでしょ? 何なら今からそこのレストランで送別会やる?」
オイオイ、送別会なら先週末にクラブマチルダでやったろっ! 僕に二日酔いと筋肉痛のダブル地獄を味合わせたのを忘れたのかっ!?
「それにしてもずいぶん急よね」
とドンちゃんが言った。
「本格的な講義は来月からなんですけどね。色々準備しなくちゃならないから1ヶ月早くしたんです」
世羅浜邸からは疾手さんが一緒に行くらしい。アリシノさんや、他の使用人さん達はお留守番。まあ、れいの『大きな猫』達も居ることだしね。元々ボストンには世羅浜家所有の屋敷があってそこから通うんだそうだ。
「アッチにもあるのか? セラフィンゲインって」
とリッパーが聞いた。そういやセラフィンゲインって世界規模のネットワークゲームだったよな。
「もちろんあります。インナーブレインも1台持っていく予定です。でも時差の関係で日本のサーバに入るのはちょっと微妙ですね」
雪乃さんは残念そうに言った。そっか…… セラフィンゲインなら離れてても会えると思っていたんだけど残念だなぁ。
「でも、私が望んだことですから文句言えませんよ。兄に笑われちゃいます」
そう言って雪乃さんは微笑んだ。
「オー、ミーは羨ましいネ~ ミーも一度は日本からでてみたいYo~」
とサムが、そのサルのように長い腕を広げて大げさに嘆いた。だから声でかいって…… その外見で吐く言葉じゃないからそれ。
「そうだ、あの…… マリアさん? ちょっとお話が…… あ、皆さんはちょっと……」
雪乃さんはそう言ってマリアに手招きしながら僕たちの側を離れる。マリアは「なあに?」と意外そうな顔で雪乃さんの後に続いて行った。
僕たち5人は取り残されてしまった。
「女同士の話って奴か……」
とリッパーがぽつりと呟いた。
「何であたしは誘われないかな~」
と、ドンちゃん。えっとそれは…… 頼むからリアクションに困るコメントは勘弁して欲しい。
女同士の話ねぇ……
ここから2人が話しているのは見えるのだが、距離が離れているので声は聞こえず、内容はわからなかった。
ん? なんか雪乃さんがマリアに言い寄ってるぞ? あれ? マリア何慌ててるんだろう? 何だ? 今度は雪乃さんが慌ててる……
その後はなんだか真剣に話をしていて、最後には何故か2人とも笑いながら握手をした後、僕たちの方へ戻ってきた。なんか2人とも妙な感じだった。一体何を話していたんだろう?
「な、な、なんの、は、話し、だっだんだ?」
僕はそれとなくマリアに聞いた。そるとマリアは僕を睨み返した。
「お前が聞くなっ!」
と言って僕の脇腹をパンチした。内蔵を揺さぶるそのマリアの一撃に僕は悶絶してしゃがみ込んだ。
お…… お前…… 少しは…… 手加減しろ…… って!!
しゃがみ込み脇腹の痛みに耐えていると、僕の目の前に手がさしのべられた。苦痛に歪む顔を上げると、雪乃さんの顔があった。
「ありがとう。私の願いを叶えてくれて」
その見えない目を僕に向けて、雪乃さんは微笑みながらそう言った。僕はその手を握り立ち上がった。
「あなたに出会わなければ、私は壊れていたかもしれない…… あなたが私の仮面を剥がしてくれた…… 私と兄を救ってくれた……」
そう言う雪乃さんの潤んだ瞳から、一筋の涙がしたたり落ちた。
「私…… あなたに出会えて良かった…… 」
雪乃さんはそう言って、開いた手で涙を拭った。そんなウルウル目で見つめられる僕の方はと言えば……
「い、い、いや、ぼ、ぼぼ、僕、うぢっ◎Uυν★……!」
ええもういっぱいっぱいです! リアルなのに強制リセット寸前ですっ!!
「本当にありがとう…… 智哉君」
そう言って雪乃さんは僕の手を放した。僕は握手した状態で体を硬直させたまま、ぼーっとした思考でそれを見ていた。気の利いた言葉を何一つ掛けられないまま……
――――あれ? そういや雪乃さん、今僕を本名で呼ばなかった?
するとロビーの向こうから、雪乃さんを呼ぶ声が聞こえてきた。見ると普段着姿の疾手さんが歩いてくるところだった。
「雪乃様、そろそろよろしいですか?」
その疾手さんの言葉に、雪乃さんは頷いて改めて僕らに向き直った。
「じゃあ、私はもう行きます。みんな、見送りに来てくれて本当に感謝ですぅ」
「元気でな、スノー」
とリッパー。およ? 少し目が潤んでないか?
「何かあったらミーがジャンプで駆けつけるね」
サム、そのまま太平洋で溺れてしまえ……!
「ううっ…… でがみ…… でがみがくがらぁぁ~」
ドンちゃん号泣…… すげぇ…… 周りの人混みが引いていくよ。でもねドンちゃん、その手紙誰が読むの?
「スノーが頑張れるよう、祈ってますよ」
サンちゃんがその姿で祈りって言うと、念仏唱えるイメージしか浮かばないんですけど。
「またね、雪乃。落ち着いたら連絡して、遊びに行くから。その時までにおいしいお店、リサーチ宜しくっ!」
なあマリア、雪乃さんに会いに行くって理由より、そっちの期待値の方が比率高くないか?
「あ、あ、あの……」
そして、僕も何か言おうとするが、どもって言葉にならない。こんな時まで僕って奴は―――――っ!
するとマリアがバンっと背中を叩いた。
「肝心のあんたが転けてどうすんの! バシッと決めなよ! さっきみたいにさ!!」
僕のどのあたりが肝心なのか、さっぱりわからないが、背中の痛みに咽せかえりながらも、僕はその言葉に後押しされたように言葉を発した。
「ぼ、僕も、雪乃さんに会えて良かったよ。こ、こんな僕にも仲間が出来たのは、ゆ、雪乃さんのおかげだよ。『ラグナロク』で『プラチナ・スノー』と一緒に戦った事も、わ、忘れないし、誇りに思う。あ、あ、ありがとう、元気でね、雪乃さん」
い、言えた――――!
ちょっぴりどもったけど、ちゃんと言語になってるよ! やった――――!!
その僕の言葉を聞いて、雪乃さんは「うん!」と元気良く頷いた。目にいっぱいの涙を堪えながらの笑顔は、彼女のお兄さんに負けないくらい極上の笑顔だった。
そして雪乃さんは右手を高く掲げ、こう宣言した。
「チーム『ラグナロク』、オールミッションコンプリート!!」
涙いっぱいの、その見えない目をキラキラ輝かせて宣言する雪乃さんのその姿は、彼女の通り名である『絶対零度の魔女』ではなく、白銀の衣を纏った女神を連想させた。それから雪乃さんはもう一度みんなにお辞儀をして、疾手さんと共に出発ゲートに消えていった。
「行っちゃったね、雪乃……」
姿が見えなくなったゲートの向こうを眺めながら、マリアがそう呟いた。
「マ、マリアにとっても、し、し、親友、だったんじゃ、な、な、いの、か?」
さっきまともに喋れたのは、どうやら奇跡だったらしい…… またどもりの復活した言葉で、僕はマリアにそう聞いた。僕も友達少ないが、マリアもこんな性格だから、あんなに打ち解けた友達って、大学じゃ雪乃さんぐらいだと思うんだ。日頃悪魔のマリアでも、ちょっと寂しいのかもしれない。
「親友か…… う~ん、ちょっと違うかな……」
マリアは少し考え、そしてこう続けた。
「強いて言うなら好敵手【ライバル】…… ってトコかな」
はぁ? なんだそれ? お前が勝てるわけないだろ? アッチはレベル40おーばーだぞ?
「今のところあたしが1歩リードって感じかな。それに、こっちにいる分有利だしね……」
何が一歩リードだ。お前この前20になったばかりだろ? それに専用のインナーブレイン持っていってるんだぜ? 追いつくわけないっての!
「マ、マリア、な、な、何言ってんだ?」
僕はそう言ってマリアの顔を見た。マリアは俺の視線に気づき俺を見ると、今度はさっきと反対の脇腹にパンチを打ち込んできた。
「聞くなって言ったでしょっ!」
お、おまえ…… なあぁぁぁ……っ!
「マリアちゃ~ん、屋上からスノーの飛行機見えるって! 見に行かな~い?」
とその時、ドンちゃんがそう声をかけてきた。マリアは「行く行く~!」とドンちゃんに答えると、蹲る僕の腕を持って立たせた。
「ほら、カゲチカも行くよ」
そう言うとマリアは自然に僕の手を握って歩き出した。僕は女の子と手を握って人前を歩くなんてしたことがないハズなのに、そんなマリアの自然な動作につられてさほど違和感なく手を握り返すことが出来た。もちろん、ドッキドキだったけどね。
人が変わっていけるキッカケって、案外こんな些細な事なのかもしれない……
そんなことをぼんやりと考えながら、僕はマリアに手を引かれ、上へ向かうエスカレーターに歩いていった。
《 完 》
初めて読んでくださった方、ありがとうございます。
毎度読んでくださる方々、ほんとうにお疲れさまでした。
某サイトの連載をプラスすると1年半も掛かったこのしょーもない物語に、最後までおつき合いしてくださった全ての方に、最大限の感謝を贈ります。
いや長かった……
でもなぁ、納得できない人も多いだろうなぁ…… 最後急ぎすぎた感もあるし。
まだまだよくわからないって方もいらっしゃるでしょうが、まあとりあえず、ここいらで一端終了となります。
一応『The RED KNIGHT』つー鬼丸の物語と『雪乃さんのバレンタイン』つー雪乃が主人公のラブコメの短めのストーリー2本を考えてはおりますが、投稿できる物に仕上がるかわかりません。
あ、そうそう、空港で雪乃とマリアが話していたシーンで、あの2人の話の内容は当初本編に盛り込んで書いていたのですが、人称の変更が不可欠なため、どう考えてもおかしくなるので削除しました。読み手さんの想像に委ねたいと思いますが、私の『鋏屋短編集』にその削除部分をアンサーストーリー『ライバル【好敵手】』というタイトルでアップしております。どうしても知りたいと言う方がいらっしゃいましたら覗いてみてください。
今回の作品は『障害』というキーワードを使用しました。私は障害者ではありません。だからそう言った人間がこういう物を書くとき、その苦しみや気持ちなどは、見聞きしたり、想像でしか書けません。そう言う人間がこういう物を扱うという行為が、その人達にどう映るのか、どう思われるのかを考えながら書いてきました。
作中で鬼丸が語ってますが、ああいう感情ってどうなんだろう。もし私だったら…… そう想像しながら書いてみました。まあ、鬼丸は極端だったですけど。
でも、どんな言葉をかけたって、どうしたって絶対上から目線になっちゃうんですよ。募金とかだって、考えてみればポケットの小銭を箱に入れた時点で、相手から見れば上から物を見ているって思うんじゃないかと…… それはとても失礼なことで、偽善的な行為であり、単なる本人の自己満足に過ぎません。でも、人に何かしてあげるほど余裕のない私ですが、私はこれから先もたぶん声を掛けるし、募金もします。自己満足で偽善な行為だと思いながらそれをやっていくでしょう。全部わかっていながらすることに、非難されても仕方ないけれど、それでも見て見ぬふりするよりは良いんじゃないかって、何もしないより何かした方が良いと思うんです。
偽善って字は、『人の為の善』って書きます。私の親愛なる書き手さんが、私のブログに書いてくれた言葉です。私はこの言葉が凄く気に入りました。誰かの為にする善が偽善なら、偽善者って言われても良いんじゃないかな? って考えれば良いかなとw
夫婦や友達なんかの人間関係だってそう。「私がここまでやってあげてるのに!」って思っちゃうからおかしくなるんじゃないかな。ビジネスじゃないんだから…… 初めから見返りなどない物と考えればすんなり行くことが多いと思いますよ、人との繋がりなんてね。
エデンで鬼丸が最後に言った言葉
『理想世界なんて物は、一人一人が自分自身の中に持っていればいいのさ……』
は実は昔知人が言っていた言葉で、私の本心に近いです。それを他人に求めるからおかしくなると思うんですよ。
この物語を書き終えて、ふとそんなことを考えたんです。柄じゃありませんけどねw
障害を扱うにあたり、この物語を読んで不快に思う方がいらっしゃったらとても申し訳なく思いながら書いていましたが、そう言ったクレームが無かったことに胸をなで下ろしております。皆様の寛大なるお心に感謝いたします。
最後になりましたが、色々貴重なご意見、感想、時には辛口なコメントで私を応援してくれた方々、本当にありがとうございました。心よりお礼申し上げます。
鋏屋でした。