表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
セラフィンゲイン  作者: 鋏屋
EP-1 セラフィンゲイン
37/60

最終話 天使が統べる地

 唐突に意識が繋がった。そして繋がると同時に宙を舞う感覚と、次に仰向けに倒れたせいで襲ってきた背中の衝撃と痛みに思わず呻きが漏れた。何が起きたのか全くわからず、混乱する頭で色々考えようとするのだが、所々記憶が曖昧で上手く思考が働かなかった。俺は自由に動かない体を無理矢理動かし、辛うじて腕を杖代わりにして上体を起こし、ぼんやりとした視界で周囲を見た。

 視界の先に、赤い人影が動いている。その他に2人、それを囲むように人影がせわしなく動いているのが確認できた。

「やれやれ、お前達がまだ動けるとは思わなかったよっ!」

 吐き捨てるように言ったその声を聞いたとたん、思考がハッキリした。

 そうだ、俺は鬼丸の罠にはまって鬼丸に記憶のダウンロードを掛けられて……

 その鬼丸に、サムとリッパーが攻撃を仕掛けている。どうやら俺へのダウンロード中に攻撃を仕掛けられた鬼丸は、ダウンロードを一時的に中断し応戦したようだ。その結果、俺は意識を回復したらしい。だが、回復したのは意識だけのようで、立ち上がろうと藻掻くが、体が何かに縛られたように動かなかった。


《接…… 続…… エラー…… 》

《最…… 接続…… ス…… たンバ…… い》


 頭の中に響く電子音声が、何かのノイズが混じって良く聞き取れない。それにルシファーモードの発動時に治まったハズの頭痛が絶え間なく襲ってくる。鬼丸が注入したれいの『ウィルス』の影響か?

 だが、安綱を握った右手が、まるで凍り付いたように柄を握ったまま動かない。ルシファーモードが未だに生きている証拠なのだろうが、その恩恵を受けることが出来ない今、無用の長物と言っても良い。

 不意に反対の手の指先に、何かが触れた。視線を移すと、そこにはララが倒れていた。

「ラ、ラ……」

 ララは仰向けに倒れていた。その切断された両足の傷口からは、あの細かな粒子が煙のように立ち上っていて、今はもう足の付け根にまで達していた。

「ララ……」

 俺はララの顔に視線を移し、もう一度名前を呼んだ。顔全体の血の気が引き、所々煤と血で汚れてはいるが、その美貌は少しも失われてはいなかった。その顔が少し歪み、続いてうっすらとその瞳が開いた。

「シャドウ……?」

 その瞳が俺を見て、ララは呟くように俺に声を掛けた。

「あんた、何やってるの……? 鬼丸は……?」

 ララは俺の目を見つめながらそう聞いてきた。俺は言葉を返すことが出来なかった。

 その時、リッパーの声が響いてきた。

「桜花、狂気乱舞――――――っ!!」

 片腕を失い、ダブルブレイド使いとしてはその特性が完全に殺されてしまってる。本来の威力が半減した状態での技で鬼丸に挑むリッパーと、その脇から同じく片腕で槍を突くサムの姿が見えた。その姿には悲壮感さえ漂っている。

「もういい…… もう止めてくれ……」

 俺はその姿を眺めながら、そう呟いた。

「鬼丸の目的は俺の体だ…… 俺が鬼丸の計画通り、体をやればそれで終わる…… 欲しいならくれてやる。だから…… もう俺の仲間を消さないでくれよぉ……」

 リッパーの高速剣を余裕の表情で交わし、サムの槍を弾き、飛来する魔法弾をことごとく撃墜する鬼丸。そしてリッパーがフレイヤで焼かれ、サムが蹴りを食らい吹っ飛ばされ。ドンちゃんが電撃を浴びる。その姿に俺は絶望感でいっぱいになり、涙が滲んで視界がぼやける。

 みんな、もう戦うな…… 負けたんだ、俺達は……っ!!

「みんな…… 戦ってる…… あたしも……」

 そう言ってララは上体を起こした。俺は辛うじて動く左手でララの腕を掴んだ。

「無理だ…… 第一、そんな体で何する気だよ…… 俺達は負けたんだ。やっぱりサムの言うとおり、あいつには…… 鬼丸には勝てっこ無かったんだよ…… もう良いよ、ララ。俺が奴に体を渡せば、まだ間に合うかもしれない…… だから……」

 するとララは俺の胸ぐらを掴んで俺を押し倒し、マウントポジションで俺に言った。

「無理って何?」

 吐息のかかる距離でララの瞳が俺の瞳を刺す。

「やっぱりって何? 勝てっこないって何よ!?」

「ララ……」

「みんな見てみなよ。あんたの『仲間』を…… 『あんたの体を奪わせはしない』って言ったスノーの言葉で戦ってるじゃない。なのに、あんたは諦めちゃうんだっ!?」

 ララの言葉は、激しい頭痛で上手く思考がまとまらない俺の頭に、何故かハッキリと響いてきた。

「あんたは確かにリアルじゃヘタレで、キモヲタで、ムッツリのダメ野郎だから、アッチで弱音を吐くのはしょうがないって思う。でも、ここでのあんたは違うんじゃないの? 英雄なんじゃないの?」

 英雄…… 今の俺には一番遠い存在なんだよ、ララ……

「あんたが、片腕と引き替えにあんたを助けた鬼丸に『英雄』を見たように、あたしもみんなを助けようとして戦ってきたあんたに『英雄』を見た…… 素直にカッコイイって思った。セラフィンゲインは『真の勇気』が試される場所…… あんたがここで見せる『勇気』は本物だと思った。現実どんなにヘタレでも、ここでのあんたはヒーローなんだって……」

 ララの言葉が、俺の急所を的確に捉えコテンパンにする。だが、そんなララの瞳が微かに潤むのを見たとき、俺の中に何か力のような物が沸いてくるのを感じた。

「あたしは…… 『勝てっこない』なんて言うあんたを見たくない! そんなあんたを認めない! あたしが…… あたしが唯一認めた男が、そんな簡単に諦めるはずがないって思ってるからっ!!」

 ララが唯一認めた…… おいララ、それってひょっとして……

「しかし…… 俺は…… もうルシファーモードだって…… 憎しみだって……」

「そんなの関係ない。あんたの想いが…… あんたの強い意志が力になるなら…… あたしを守ってよ! みんなを守ってよ!! あんたが強く思えば、それが力になるんでしょ? あんたのその『守りたい』って意志が、あんたを英雄にするんだから!

 簡単に諦めないでよ。最後まで英雄でいてよ。『無理』とか『勝てっこ無い』なんて言葉、アッチでいくらでも聞いてあげるから……」

 嘘こけ、アッチでも問答無用のくせにっ!

 しかし、お前の無茶な要求は今に始まった事じゃないよな……

 そのララの言葉に俺は未だに呪縛が解けない体に力を込めた。だが、やはり体が金縛りにあったように動かない。くっそー! 動けぇぇぇぇっ!

「本当に体が動かない? 本当に戦えない? 本当にそう思う?」

 するとララが胸ぐらを掴んでいたその手をほどき、その腕を俺の首に巻き付けて顔を近づけた。


 え? マジですか―――――――!?


 唇に当たる柔らかい感触に続いて、少し血の味のする舌が俺の舌に触れる。

 時間にして数秒。その間俺の頭痛はどっかに吹き飛び、頭真っ白でトリップ! やべぇっ! 俺、ショックで接続切れるかもっ!?

 そして顔を放したララが俺を見ながら続ける。

「ヒーローの特権…… 女の子の本気のキスは男の子を無敵にさせるパワーがあるの。さあ、あんたにはまだ足が付いてるじゃない。ほら、立てるでしょ?」

 そのララの言葉に、俺は再度体に力を込める。するとゆっくりだが、ララが乗っかった上半身が持ち上がる。体中の筋肉にどくどくと力強い血液の流れを感じ、体の芯から発する強い力の脈動が俺を振るわせる。

 男って単純だよな、マジで。

 でもそれもアリか…… 生き方決めるのは単純な方が迷わなくて済むから……

「そう…… それでこそ、あたしの英雄【ヒーロー】…… あたしの騎士【ナイト】…… それでこそ、漆黒のシャドウ……」

 手にした安綱が再度震えだし、頭の中にあの電子音声が響く。


《システム再起動……》

《システム同調200%…… プログラム書き換え中……》

《ワクチン投与…… ウィルス駆除完了まで残り5秒…… 3…… 2…… 1…… 駆除完了オールクリア》

《モードプログラム再構築完了…… 》


 ものすごい処理速度で各プロセスが実行されていく。ただ、さっきと決定的に違うのは、俺の中を締めている感情が『憎悪』ではないってことだ。

 

 そうだ、俺は鬼丸を恨んでなどいなかった……

 俺は守りたい

 かけがえの無い仲間を

 大切な人を

 ただ純粋に守りたいだけだ……

 

 その俺の思いをまるで感じ取ったかのように、右手に握った安綱がその震えを増す。

 

 安綱、俺に力を貸せ

 何かを憎む力じゃない。大切な物を守る力を……っ!


《起動スタンバイ……》


「サンキューな、ララ。俺、行って来るよ」

「あの馬鹿兄貴にキツイの一発かましてやって。スノーの分と、あたしの分もね……」

 そう言うララを俺は自由になった左腕でアスファルトに降ろし、立ち上がった。

「ああ、消える前に終わらせる。ちょっと待ってろ」

 俺がそう言うと、ララはにっこり微笑みながら頷いた。

「うん…… 行って来いっ!」

 消えつつある傷口が痛むのか、一瞬眉間が歪み額に脂汗が滲むが、その笑顔は昔見た『友』の笑顔によく似ていた。

 やばいなぁ、この笑顔は…… リアルじゃ悪魔の笑みなのに、今のララは女神に見える。深みにはまると抜けられないよキット……

俺はそんな場違いなことを一瞬考え、すぐにうち消して安綱を構え直し鬼丸を見た。鬼丸は尚もしつこくジャンプ攻撃を繰り返すサムと刃を交えていた。

 さあ行くぞ、安綱。これで全てを終わらせよう。お前の前のご主人様だが、戸惑うなよ! 

《―――――Reactivation The Lucifer mode…… 》


 頭の中に響く声が終わる瞬間、俺はアスファルトを蹴って疾走に移った。さっきまであれほど体の自由を奪っていた呪縛も、頭痛もどこかに吹っ飛び、まるで風になったようにアスファルトを滑る。

 前に感じたような、安綱に全てを持って行かれるような感覚はなく、逆に安綱が俺の力を増幅してくれているような感覚だ。

 頭をよぎるのは、鬼丸を憎む憎悪ではなく、鬼丸の悲哀を哀れむ心

 体の筋肉を鼓舞するのは、全てを消し去る破壊衝動ではなく、大切な物を守りたいという欲求。

 ララは言った。その想いが俺の力になると。

 ああ、そうだなララ、思い出したよ。

 英雄であり続けること、英雄であろうと思い続けること……

 それが俺がここに…… この世界『セラフィンゲイン』に居続ける理由だったんだよな……! 

 一気に間を詰めた俺は、今まさにサムに振り下ろされようとする鬼丸の斬撃を、脇から安綱で受け止めた。その瞬間にあの甲高い音が響き渡った。

「帰ってきたぜ、鬼丸っ!!」

「シャドウ…… 何故動けるんだ!?」

 驚愕の表情を浮かべる鬼丸を、俺は力で押し返し、返す刀で横一線に安綱を振るう。鬼丸は瞬間的に身を逸らすが、わずかにかすった脇腹の鎧がはじけ飛び、その破片が銀色の粒子になって霧散した。

 鬼丸は逸らした反動を利用してとんぼを切り、俺から距離を置いて着地した。

「ブ、ブラザー…… 遅すぎる……ネ」

 サムはそう言いながら、手にした槍にすがるように跪いた。

「おい、くたばるなよ。俺が迷ったら背中から突くんじゃなかったのか?」

 俺のその声に、サムは苦笑いをする。

「相変わらず…… ユーは…… 言うことがブラックだネ……」

「だがサム、俺はもう迷ったりしない…… 俺はこの偽りの世界を飛ぶ大鴉…… 『漆黒のシャドウ』なんだから!」

 サムはその俺の言葉に首を傾げる。俺はそんなサムに苦笑して答えた。

「良いんだよ…… わからなくても!」

 そして安綱を正眼に構え、鬼丸と対峙した。鬼丸は芋虫を咬んだような苦い顔で俺を睨んでいた。

「シャドウ…… 何で動けるんだよ……!」

「さあな? 詰めが甘かったんじゃないか?」

「ちくしょう…… サムやあのチビが余計なちょっかいを出してこなけりゃもうとっくに終わっていた物を……っ!」

 鬼丸の目に憎しみの炎が揺らめき、その全身から殺気が迸る。先刻まで余裕の表情で俺達を翻弄していた者とはまるで別人のようだった。

「さっき俺がミスったように、お前もミスをしたって事だよ、鬼丸」

「ミス…… ミスだと?」

 俺の言葉に鬼丸は意外な表情でそう聞き返した。

「あんたのミスは、俺だけしか見てなかったってことだ。まあ無理もないな…… 一緒に戦ってきたメンバーを『仲間』と思ってこなかったあんたには、他人のために『命を張ろう』っていう『仲間』なんて思いも寄らなかったはずだ」

 そう…… サムやリッパーは、さっきのスノーの言葉を受けて、俺のために攻撃を仕掛けてくれた。もっともそれで事態が好転するかはわからなかったろう。だが、今の俺と同じような気持ちで鬼丸に挑んだことはよくわかる。

「あんたは前に言ったよな。『ここに来る奴は戦友とか仲間とかに飢えてる』ってさ…… その通りだよ。確かに冷めたリアルじゃ引かれることだけど、冷めたリアルじゃ出来ない仲間がここでは出来る。だからここは、ゲーム以上の何かであり続けるんだ。だから俺はここで『英雄』になりたかったんだ!」

 そう言って俺は一気に間合いを詰めて鬼丸に斬りかかった。急激な反応と加重移動で下半身の関節と筋肉が軋む。するとまた脳内に電子音声が流れ出す。


《ペインリムーバー機動……》

《β-エンドルフィン増大……イプシロンオピオイド受容体結合……》

《神経伝達抑制率98%……痛覚遮断……極軽少、測定不能……》

《プログラム干渉リミッター50%解除……》


 俺のスピードに、鬼丸も驚異的な反応で迎え撃つ。

「うぐぅっ!!」

 俺の攻撃を捌く鬼丸の口から呻きが漏れた。捌くだけで手一杯と言った様子の鬼丸に一瞬の隙を見付け、俺は鬼丸の腹に蹴りを入れる。その衝撃に鬼丸は吹っ飛び、たまらず片膝を突いた。

「なんだ…… このスピードとパワー……!」

 鬼丸はそう漏らして俺を睨んだ。

「今のあんたじゃ理解できないかもしれないな。ルシファーモードは一方向に偏った感情で起動するんだったよな…… 俺が今発動したルシファーモードは、あんたが言った憎悪で起動したんじゃない。俺の『仲間を守りたい』って意志で最起動した物だ。自分のことだけを考えて、他人をシカトしてきたあんたじゃ、絶対出せない力だよ……」

 俺の言葉に、鬼丸はさらに殺気を込めて俺を見る。

「だがな鬼丸…… あんただって昔はそうだっただろ? スノーの願いが自分の願いだったハズだ……」

「そんな昔のことはもう忘れた…… あんな不自然な体の…… 他人から同情され続けた頃の惨めな記憶など…… 思い出したりするものかっ!」

 鬼丸の口から、獣のような呪詛の声が漏れる。だが俺はその姿を哀れみを込めた目で見据えた。

 哀れだな、鬼丸……

 崩れかけた自分の体を呪い続け、他の人間達をうらやみ続けてきたあんたの気持ちは、あんたの記憶にリンクした今の俺なら理解できる。だけどな、違うんだよ……

 他人を羨むってことは、自分を蔑むってことなんだ。自分の置かれた残酷な境遇に、そんな悲しい事をしなくても精一杯明るく生きていた人が、あんたの側に居たじゃんか!!

「俺に嘘をついても無駄だ。俺はさっきあんたの記憶に触れた。その記憶では、あんたはスノーのことを想っていた。記憶を共有した俺にはそれがよくわかる。そして、ミミの事も…… 鬼丸、あんたミミが……」

「言うなっ! ミミのことなどどうでも良いっ!」

 そう叫びながら、鬼丸は俺に向かって太刀を振るう。俺はそれを安綱で捌く。数回の斬撃を繰り出し、その全てを俺に受けきられたと判断するや、鬼丸は一瞬引いて呪文を口ずさむ。

「メテオバースト!!」

 鬼丸の口から、爆炎系最強呪文の呪文名が迸った。

 俺の頭上の出現した大きな火球が、逆落としに俺に降りかかった。狂った様な音と炎と衝撃が乱舞し、辺り一面が火の海になる。だが俺は全くダメージを追うことなくその場に立ちつくしていた。

「無駄だ、鬼丸。今の俺にはプログラム干渉リミッターの影響で、メテオバーストすら無効になる。俺をどうこうできるのは、この安綱とお前のイレーサー、それと禁呪『コンプリージョン・デリート』ぐらいだろう。だが、ここでアレを使ったらお前まで消える…… チェックメイトだ、鬼丸」

 俺は冷静にそう言った。すると鬼丸はニヤリと口を歪めた。

「俺が使わないとでも? 甘いよシャドウ……」

 その瞳に狂気の色が踊っている。

 この馬鹿兄貴が……っ!

 俺はアスファルトを蹴って鬼丸に突進した。未だに俺のスピードに反応する鬼丸に驚愕しつつも、俺は安綱を立て続けに振るう。

「よせ、鬼丸! スノーだって居るんだぞ。本当に実の妹をその手で消し去るつもりかっ!?」

 俺の脳内に、あの鬼丸の記憶が重なる。あの大きな木の下で、首飾りをした幼い妹を、目を細めて見つめていた想いが…… 

 初めてインナーブレインシステムにアクセスする前の、シートに手を組んで祈るように座っている妹を見守る想いが……

 ベッドに横たわる少女に、千切れんばかりに伸ばした指先に触れる唇の感触……

 その映像全てが俺の脳内を駆け回った。

「俺は鬼丸…… 朋夜じゃない。あんな惨めな存在じゃない! 俺は過去を…… 過去を捨てることで、新しい存在に生まれ変わるんだっ!!」

 その鬼丸の言葉に、俺の中で何かが弾けた。


 もういい……

 

 俺は鬼丸の刃を弾き、がら空きになった鬼丸の左腕を斬り飛ばした。鬼丸の左腕は、その切断面からチリチリと光の粒子をまき散らしながら、クルクルと空中を回転してアスファルトの上に落ちた。

 そして、鬼丸の左肩から鮮血が、口からは絶叫が迸った。太刀を止め、もう一度構え直す俺を睨みながら鬼丸はアスファルトを蹴って距離を取り、呪文を口ずさむ。

「フレイヤ!」

 呪文名と共に、太刀を握った鬼丸の手から炎が上がり、左腕の傷口を焼くと鬼丸の口からぐもった声が漏れた。

「シャドウぅ……」

 鬼丸の口から漏れるその声は、まるで呪詛を含んだ獣のうなり声のようだった。

 俺は安綱を構えたまま、そんな鬼丸の姿を見つめた。哀れみを込めた瞳で……


 もういい……


 俺は再度心の中で呟いた。

「あんたは、この世界に意識と記憶を持ってくるのに、肉体を捨てた……」

 ここに来た理由も……

「さっき、スノーを手に掛けたとき、兄であることも辞めた……」

 あんたのその救えない恨み節も……

「そして今、あんたは人であることも否定しちまった……」

 全部もういい……

 俺が終わらせてやるよ…… 

 それが『友』だった俺が、あんたにしてやれる唯一のこと……

「あんたは俺の体で帰るつもりだった…… あの現実世界へ……」

 俺は静かに続けた。

「でもそれは無理だよ、鬼丸……」

「シャドウぅぅぅ……」

「一度でも人間辞めちまった奴に、帰る場所なんてありゃしない…… あんたはここで消えてゆけ!」

「シャドウぅぅぅ―――――――――っ!!」

「鬼丸ぅぅぅぅ――――――――――っ!!」

 ほとんど同時の絶叫! そして同じく同時に太刀を振るった。数回刃が交差し甲高い音が余韻のように響き渡る中、硬直した交わる刃の向こうにお互いの顔を睨む。

「あんたはこの世界で『神を創る』と言った。だがな鬼丸、忘れたのか? あんたが創った世界なのに……」

「な……に……?」

 徐々に押され気味の鬼丸が、苦い表情で俺の聞く。

 そうか…… なら教えてやらないと可愛そうだな、友として……

「この世界に『神様』なんていらないだろ?」

 俺のその言葉に、一瞬鬼丸の力が緩んだ。俺はその一瞬を見逃さず、鬼丸の太刀を弾いて安綱を鬼丸の左胸に突き刺した。

「―――――っ!!」

 鬼丸の口から、声にならない呻きと同時に血泡は溢れた。

「ここはセラフィンゲイン……『天使が統べる地』だ。『神様』なんて必要ないさ…… だってほら、子供だけの遊び場に、親がしたり顔でしゃしゃり出たってウザイだけだろ?」

 その言葉と同時に、俺は安綱を鬼丸の胸から引き抜いた。すると鬼丸の手から國綱が滑り落ち、アスファルトに転がって乾いた音が響き渡ると、その音の余韻が消える間に、鬼丸が膝からゆっくりと仰向けに倒れた。

「まだ…… だ…… 俺は…… こんな……」

 倒れた鬼丸の口から、そんなつぶやきが漏れる。

「メ…… タ…… トロン…… 再生を……っ!」

 うつぶせに倒れたその背中から銀色の粒子を立ち上らせつつ、鬼丸がそう呟いた。すると俺達の頭上に光の粒子が渦を巻いて現れた。

 マジかよっ!?

 俺はとっさに安綱を構え距離を取った。するとその光の粒子は急速に中央に集束し始め、眩しいほどの光の中に、一人の人影を形成していった。その姿を眺め、ニヤリと口を歪める鬼丸。

 だが、その光の中から現れたのは、俺達が知っているメタトロンの姿では無かった。

 この姿は……

 鬼丸もその姿を見て、驚いたように目を見開いた。


『鬼丸ちん……』


 頭から羽織った薄い緑色のローブに包まれたその顔を俺は知っていた。

「ミ…… ミミ……っ!!」

 ミミはフワリと鬼丸の前に降りると、膝を突いて鬼丸の顔を撫でた…… 鬼丸は震える手でその手を握りしめる。

『ミミ…… 何で……』

『ふふ…… もう、ゲームオーバーナリよ、鬼丸ちん』

「俺…… 俺は…… ミミ…… お前を……」

 鬼丸は何か言いかけたが、口から溢れた血で言葉にならなかった。胸から這い上がる銀色の煙は、鬼丸の体をもう半分以上消し去っている。そんな鬼丸の姿を見て、鬼丸の頭を膝に乗せたミミは、慈愛のこもった笑みを浮かべていた。

『そんなの、言わなくてもわかるって…… 話し』

 ミミはそう言って鬼丸の口に手を当てた。

『さあ、行こう。次のクエスト受注しなくっちゃ…… 今度は僕も頑張るからさ』

 その言葉を聞く鬼丸はまるで憑き物が落ちたような安らかな顔だった。さっきまで、炎の様な殺気を帯びていた鬼丸の瞳が、別人のように安らかな色を湛えている。そして鬼丸はミミに笑いかけていた。

 その笑顔は、過去に俺が見た、たまらなく人を惹きつけるあの極上の笑顔だった。

「ああ…… もう呪文…… まち…… がえるな…… よ」

『はいナリ!』

 鬼丸の言葉に、ミミはそう元気良く答えた。そのミミの答えに、鬼丸はまた笑った。そしてその瞳を閉じた瞬間、鬼丸の姿は銀色の煙に巻かれ、夕暮れの秋葉原の空に霧散していった。俺はその光景を、ただ呆然と見つめていた……

 鬼丸が消えていくのを見守ったミミは、すぅと立ち上がった。するとその像がぼやけ、ゆっくりと形を変えていった。そして彼女の周りの空間がブンっと音を立てて歪み、やがて彼女の姿は小さな女の子の姿になった。

「ようやく終わったようだね、聖櫃クリアーおめでとう、シャドウ」

 その少女はそう言って俺に笑いかけた。俺はさほど驚きはしなかった。実は今現れたミミの正体に薄々気が付いていたからだ。

「あれ? その顔は僕に気が付いていたの?」

 少女は意外そうに聞いてきた。

「何となくな。しかし良いのかよ? 『契約の天使』が契約放棄して」

 俺のその問いに、少女姿のメタトロンは可笑しそうに笑った。

「あはははっ、別に鬼丸と契約なんかしてないよ。ただ面白そうだからつき合っただけさ。僕はAIだよ? 人と契約なんてするわけないじゃん。喩えそれが使徒でもね。僕が興味あるのは、人間の集団心理と面白そうなことだけだよ」

「なら…… 今のはいったい何だったんだ? ミミに化けて鬼丸を看取ってたじゃねぇか?」

 その俺の質問にメタトロンはちょっと意外そうな顔をした。

「んー、何でだろう? 何となく…… 鬼丸のメモリーにあったミミの姿で出てきたら、彼がどういう反応するか興味があっただけ…… って、何笑ってんのさ?」

 俺の含み笑いに、メタトロンはふくれっ面でそう言った。その仕草は本当に可愛い少女のそれだった。

「いや、別に…… しかし、人間よりAIの方がおセンチってんだから…… 世も末だな」

「何それ? 『おセンチ』ってどういう意味だよ?」

 俺はまた笑いを堪えつつ、その問いにあえて答えなかった。良いんだよ、わからなくても。一つぐらいわからないことがないと不公平ってもんだ。この世界、すべからく平等だって言ったろ。

 尚もしつこく聞いてくるメタトロンをあしらっていると、不意に大事なことを思い出した。そうだ!

「やべっ! そうだ、みんなは……っ!?」

「みんな今頃ベースに転送されてるよ。もちろんデリート前にね。経験値たっぷり貰ってウハウハなんじゃない?」

 俺はメタトロンの言葉を聞いて、周囲を見回した。確かに奴の言うとおり周りには誰もいなかった。俺はホット胸をなで下ろしたが…… 俺の他にもう一人、転送されていない人物が居た。

「シャドウ……」

 スノーが俺にそう声を掛けた。純白のローブについた血糊はそのままだが、イレーサーによるデリート現象は止まっているようだ。

「メタトロン…… 何故俺とスノーだけが残っている?」

 俺はメタトロンにそう聞きつつ、安綱を構え直す。コイツ、俺達をどうするつもりなんだ? だがメタトロンは笑って答えた。

「はは、違うよシャドウ。僕は2人に見せたい物があるんだよ。面白いチームを連れてきてくれた白いお姉ちゃんと、人の意志の可能性を見せてくれたシャドウに…… 僕からのプレゼントだ。さあ、受け取りたまえ……」

 メタトロンはそう言って右手を天にかざした。その瞬間、俺とスノーはまばゆい光に包まれて意識を失った。


☆ ☆ ☆ ☆ 


 一瞬の意識の消失の後、俺は頬に当たる心地よい風と、鼻孔をくすぐる草の臭いで目を覚ました。いまいち意識がハッキリしないのは転送良いと同じ症状だ。どうやらあの仮想秋葉原からどこかへ転送されたらしい。

 俺は辺り一面綺麗に仮そろえられた芝生の上に倒れていた。少し離れたところに、建物が見える。どこかのお屋敷の庭のようだ。

 だが、俺はこの風景を知っていた。

「ここは、鬼丸の……」

 そう。ここは鬼丸の記憶で見た、あの世羅浜家の庭の風景だった。

 俺は立ち上がろうと手を地面に付けるとムニュっと何か柔らかい物にさわり、ビックリしてそちらに視線を移した。そこには、仰向けに横たわるスノーが居た。そして俺の手は……

「おわぁぁぁぁっ!!」

 慌ててスノーの胸から手を放すと、スノーが目を覚ました。

「あ…… あれ? ここは?」

 まさに間一髪!!

 良かった、気が付いていないみたいだ…… 俺は冷静さを装いながら、心臓バクバクで聞いた。

「き、気が付いたか、す、スノー」

 どもりまくるって事はリアルかここ……?

「シャドウ…… あれ? ここは……」

 そういってスノーはあたりを見回す。スノーの目はどうやら見えているようだ。ってことは俺達はまだ仮想空間に居るってわけだ。

「目が覚めたら此処にいた。でも、俺はこの場所を知っているんだ」

「私も…… 知っています……」

 俺の言葉にスノーもすぐにそう言葉を返した。そりゃ知ってて当たり前か。自分の家なんだし…… あれ、でも待てよ? リアルで目の見えないスノーが、なんでこの風景がわかるんだ?

「まだ残っていたんですね…… 懐かしい……」

 そう言って目を細めて周囲を見回すスノー。その顔は昔を懐かしむ表情に溢れていた。 どうやら『見たことのある風景』ってのは本当のようだ。でも一体どこで見たんだ?

「なあスノー、此処ってお前の家の庭だよな? でも何でお前がこの風景を知っているんだ?」

 俺の問いに、スノーは少し意外な表情をしていたが、すぐに納得がいった様子で答えた。

「ああ、目の見えない私がこの風景を知っているのか不思議なんですね。そうです、此処は私の家の庭を再現した仮想空間なんです。そして、私が初めて兄の姿を見ることが出来た思い出の場所…… ここが最初に創られた仮想領域体感プログラム『エデン』です」

 スノーはそう答えながら立ち上がった。俺もスノーに続いて立ち上がり、改めて周囲を見回した。

「これが、『エデン』……!」

 その風景は、俺が鬼丸の記憶で見た、あの絵を描いた風景を完全に再現していた。ほぼ天頂方向から降り注ぐ陽光、頬を撫でる心地良い風、鼻をくすぐる草の臭い……

 凄まじいリアリティを持った仮想空間だった。このプログラムをたった一人で作り上げた韓国人の青年は、まさしく天才プログラマーだった。

「私の家で見たあの絵、憶えていますか? あれはこの庭で描かれました。それを目にすることが出来ない私を不憫に思った兄が、せめてこの風景だけでも見せてあげたいって、我が家の庭を再現してくれたんですよ」

 スノーはそう言って歩き出した。その先には、あの大きな木が見えていた。

「俺は鬼丸の記憶がダウンロードされてきたとき、あの絵が描かれた時の記憶に触れたんだ。だからあの日の鬼丸があんたをどれだけ想っていたのか知っている……」

 俺は前を歩くスノーにそう言った。

「そうだったんですか……」

 スノーはそう呟きつつ歩みを進めた。不意にスノーは急に足を止めた。俺は不思議に思ってスノーを見た。スノーは目を見開き、驚きの表情で固まっていた。

「どうした?」

 俺はそう聞きながら、その視線の先を追った。その視線の先には、あの大きな木があり、その足下に座って本を読む一人の青年の姿があった。

 不意にその青年が俺達に気づき、本から目を離して俺達の方を向いた。

 その青年の顔は俺達の良く知っている顔だった。

「お、お…… お兄…… さま!!」

「やあ、やっと来たか」

 スノーの言葉に、鬼丸はにっこり笑いながらそう答えた。

「お兄さま―――――――っ!」

 スノーは走り出した。そして飛び込むように鬼丸に抱きついた。その姿は、あの記憶で見た幼い雪乃さんの姿そのものだった。

「良く来たね雪乃、お前ならきっと此処までたどり着くだろうと思っていたよ」

 胸に顔を埋めて泣くスノーの頭を優しく撫でながら、鬼丸はそう声を掛けた。そして鬼丸は俺の顔をみた。

「久しぶりだな…… シャドウ」

 その声はまさしく俺が友と思っていた頃の鬼丸だった。

「ああ、元気そうで何よりだ」

「はは、皮肉か、それ?」

 鬼丸はそう言って笑った。さっきまで死闘を繰り広げていた相手とは思えない笑顔だった。

「あんた、こんなところでなにやってるんだ?」

 俺は鬼丸にそう聞いた。鬼丸の意識はさっき消滅したはずだ。だが、この目の前に居る男は紛れもなく鬼丸だった。彼は一体何者なのだ?

「俺は本体から離れた意識の一部だ。プログラムだけになった時、本体から放り出されたのさ、いらない物としてな」

 俺の疑問を見透かしたように鬼丸がそう答えた。

「つまりあんたは、鬼丸の『良心』って感じか?」

「ははは、そんな綺麗な物じゃないさ…… 元に『ヨルムンガムド』を全滅させたときには、俺も本体の一部だったわけだから……」

 その鬼丸の言葉に少し心が痛んだ。

「あの時は済まなかった…… 本体の合理性が優先されてしまったんだ。元々俺の影響力は鬼丸全体から見れば、かなり弱くなっていたから止められなかった。あの4人には申し訳ないことをしてしまったと思っている…… 今更遅いけどな」

 確かにもう遅かった…… いくら此処で鬼丸がそう言っても、あの4人は帰ってこない。だが俺は鬼丸の今の言葉でだいぶ楽になった気がした。

「人の心はダイヤモンド…… 多面体が集まって出来ている。いまお前の目の前にいる俺は、その多面の一部に過ぎない。

 光が当たる方向が変われば、放つ輝きの色も自ずと変わる。光が強ければ強いほど、影も濃くなる。人は何かの拍子で簡単に変わってしまうものだな」

 鬼丸は少し寂しそうに呟いた。

「だがな、シャドウ。俺はこう考えたんだ。『変わってしまう』ってことは、逆の見方をすれば『変われる』って事だ。新しい何かに希望を見付け、今までの自分を変えて生きていこうとする意志の力は、人に可能性を見せてくれる。今までの自分に新しい選択肢を創ることが出来る…… その可能性は誰にでも平等に与えられる物なんだ。現実世界で不自由な生活を送る人々に、その可能性を教えたくて、俺はこのシステムを作ったんだよ。それはゲームになっても変わらないと思うんだ」

 セラフィンゲインというゲームは現実世界とは違う自分になることが出来る。そのプレイヤーの知恵と工夫、そして勇気によって、現実では絶対なれない人間になることが出来る。その可能性は無限大だ。だからこそ、俺みたいな奴が夢中になる。

「万人が納得する理想世界なんてありはしない。同じ人間は2人も居ないんだから当然だ。50億人居たら50億分の理想がある。それを統一させるなんて傲慢な考え方は、喩え神様だって許されない所行だよ。鬼丸本体の意志にはそれが見えなかったんだ……」

 同じ意志から除外された鬼丸は、悲しそうな目でそう言った。

「理想世界なんて物は、一人一人が自分自身の中に持っていればいいのさ…… 昨日より楽しい今日を…… 今日より輝くような明日を、自分なりに創っていけばいい。俺はそう思うよ」

 ようは自分の生き方一つで、見える世界は変わってくるってこと。色のない人生だと思うなら、知恵と工夫で色を付ける。目の前に立ちはだかる壁があるのなら、勇気と情熱で乗り越える。それは、この世界の原則そのものだった。

「なあ鬼丸、俺達ガーディアンっていったい何なんだ? ルシファーモードは何の為にあるんだ?」

 俺は話題を変えてそう聞いた。

「ガーディアンはデジタル情報処理に特化した進化した脳の持ち主、ルシファーモードはその存在を殲滅するためにあるって事ぐらいしか、俺にもわからない。それを研究していた使徒も、その存在理由までは解明できなかった」

「そうか……」

 俺は期待した回答が得られずがっかりした。まだまだガーディアンとそれにまつわる物は謎が多いみたいだ。

「お兄さまはこれからどうするの?」

 不意にスノーが鬼丸にそう聞いた。鬼丸はちょっと考えてから答えた。

「さあなぁ、まだ読みかけの本が山ほどある…… それを読破するまで此処にいるよ」

 そう言って鬼丸はスノーに笑いかけた。

「こんなところに一人で居て寂しくないの?」

「さあ、どうだろう…… 今の俺はデータだからあまり感じないな。腹も減らないし…… メタトロンっていう話し相手や、聖櫃に挑んでくるプレイヤー達を眺めるのも退屈しないで良いさ」

 そう言いながら鬼丸は傍らに置いた本を手に取り、スノーを立たせて自分も立ち上がった。

「でも…… 私は……」

 スノーはそう言って涙を流す。鬼丸はそんなスノーの涙を指ですくって笑いかけた。

「ほら、綺麗な顔が台無しだ…… 俺は此処にいる。会いたくなったら来ると良い。聖櫃がちょっとしんどいが、その時はシャドウに連れてきて貰うと良いよ」

「まあな、1回クリアしてるしな」

 俺はそう軽く言った。

「甘いなシャドウ。今回は俺の本体があれこれやったから本来のクエストとは違うんだ。それにあのおてんば天使が、お前に普通の試練を与えると思うか?」

 鬼丸のその言葉に俺はすかさず反論する。

「な、なら、いざとなったらルシファーモードで……」

「通常セラフで来られたら安綱は反応しないぞ? 正攻法でチャレンジするしかないな」 そうだった…… 反論できずにいる俺を、スノーは心配そうに見る。

「大丈夫だよ雪乃、シャドウはお前の願いを叶えてくれるさ、かつての俺のように…… それにな、お前の頼みを断れない理由があるんだ。実はさっきな、お前が目を覚ます前に……」

「おわぁぁぁぁぁっ!!」

 なんだお前っ! 見てたのか――――――――っ!!

「ちょっと待て、あれは不可抗力で……」

「そうは言っても兄として、見過ごせない事だからなぁ……」

 鬼丸はそう言ってニヤリと笑った。お、おまえホントにさっきの鬼丸じゃないのか!? 慌てる俺と、不可解な言葉を言う鬼丸を交互見て、スノーは不思議そうな顔をする。

 良いからっ!

 世の中には、知らなくても良いことはきっとそこそこあるからっ!

「さあ、もう行くと良い…… お前の仲間の元へ」

 鬼丸はそう言ってスノーの頭を撫でた。スノーは無言でこくりと頷いた。相変わらず涙に濡れていたが、その表情は、この陽光降り注ぐ空のように晴れ晴れとしていた。その顔を見て納得したように頷いた後、鬼丸は今度は俺を見た。

「じゃあな、シャドウ…… お前は今でも俺の……」

 俺は鬼丸の言葉を遮り、最初の言葉を訂正した。

「再会を約束した『友達』に贈る言葉は『またな』だろ?」

 その俺の言葉に、鬼丸は苦笑した。その顔を見て、俺も自然と笑みを漏らした。

「違いない…… またな、『友』よ」

 目映い光に包まれる視界に残ったその友人は、極上の笑顔で俺にそう言った…… 

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ