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セラフィンゲイン  作者: 鋏屋
EP-1 セラフィンゲイン
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第34話 人として

第34話 『人として』



 また場面が変わる。今度は俺は車の後部座席に座っていた。そして酷く焦っていた。

「折戸さん、あとどのくらいですか?」

 俺は運転席に座る中年の男にそう声を掛けた。

「あの信号を曲がれば正面に出ます、朋夜様」

 運転席の男はそう答えた。彼は体が不自由な俺達兄妹の移動手段として親父が付けてくれた専属運転手だ。

 そのうち車は信号を曲がり、暗い道を照らすライトの先に目的地である大学病院の正面玄関が見えた。折戸さんは正面玄関のロータリーをパスして駐車場を横切り、丁度建物の反対側にある救命センター前に車を横付けした。そしてサイドブレーキを引き、後ろのハッチを開け、再度ピラーの横に付いたボタンを押した。

 すると低いモーター音と共に、かすかな振動を伴いながら俺は車いすごと180度旋回したところで車いすを前進させた。車いすが所定の場所に来ると、今度は床が全体的に降下し始め、地面に設置したのを確認するやいなや、俺はすぐさま車いすを再び操作し車外に出た。この車は後部座席に車いすでそのまま乗降出来るように改造されている俺専用の特注車だった。

「私は駐車場に車を置いてきますので、朋夜様は先に病室の方へ……」

 俺はその言葉に頷きながら、車いすをスロープに走らせた。自動ドアをくぐり、建物に入った瞬間に声が掛かる。

「どちら様ですか?」

 見ると白衣を着た男性看護しがこっちを見ていた。

「済みません、2時間ほど前に運び込まれた栗枝騨見伊奈【クリエダ ミイナ】さんの友人なんですが、見伊奈さんはどちらに?」

「ああ、あの車いすで事故に遭われた…… 今手術が終わったところです、この通路をまっすぐ行って突き当たりを右ですぐの部屋」

 俺は礼もそこそこに車いすを発進させた。通路を右に折れたところで、言われた通りに最初の部屋をノックした。すると一寸の間でドアが開く。中から白衣姿の中年男が顔を覗かせた。

「失礼ですが、あなたは?」

 彼は俺の顔を見、そのまま視線を下に持っていき、再度俺の顔を見てそう訪ねた。その視線の動きに俺はイラっとした。いつもなら「またか」と普通に流せるのだが、病院で白衣を着る職業の人間がする仕草ではないように思えたからだ。

「私は見伊奈さんの友人で世羅浜と申します。彼女が事故に遭われたと聞いて駆けつけました」

 俺はいらついた気持ちを抑え、努めて冷静にそう言った。このあたりの病院で世羅浜の名を名乗るのに少し抵抗を憶えたが、今はそんな状況ではない。

「悪いが見伊奈さんは今手術が終わり、現在危篤状態で非常に危険な状態なんだ。家族以外の面会は遠慮していただけないか?」

 その男は俺の名字に何の関心も抱かなかったようだ。それほど病院内で高い地位のある医師ではないのかもしれない。親父が総帥として君臨するセラフマゴイットグループは医療機器などでは世界3位、国内では1位のシェアを誇り、かつ複数の病院に資金的バックアップもしていて、かく言うこの病院もそれに含まれる。病院内でそれなりの地位を獲得している医師なら『世羅浜』の名前は知らないはずが無いからだ。俺は心の中でそんな事を考えていたら、部屋の奥から声が掛かった。

「あの…… もしかして朋夜さんですか?」

 中年の女性特有の声だ。その声音が少し震えて聞こえるのは、恐らく泣いていたからだろう。

「はい、世羅浜朋夜ですっ!」

 俺は目の前の男の向こうを覗き込むように、首を伸ばしてそう言った。

「すみません先生、その方を中へ……」

 その女性の声を聞いた白衣の男は少し不満げな表情でドアを引いた。俺は心の中で勝ち誇った気分を味わうが、その感情は微塵も見せずに、機械的に車いすを操作して中へ入った。

 部屋の中には一人の女性看護士の他に、一つ置かれたベッドの隣に座る中年女性が居た。彼女は赤く腫らした目で俺を見ると、ゆっくりと頭を下げた。

「初めまして…… 見伊奈の母です」

 中年と言うより、少し初老に近いような印象を受けるその女性は、確かに目元が見伊奈に似ていた。そう言えば前に見伊奈は母親と二人暮らしだと言っていたな……

「あなたの事は、娘から聞いています。来てくださってありがとうございます」

「あの、見伊奈さんは……」

 その俺の言葉に、その女性は言葉を詰まらせ、ハンカチを目の下に押し当てる。その姿に俺はいたたまれない気持ちになった。そして彼女は無言でベッドに俺を促した。俺は焦る気持ちを抑えながら、スティックを操作して車いすをベッドの横に付けた。

 ベッドの上で、見伊奈は口に酸素吸入器を付けたまま横たわっていた。鼻から上を包帯でぐるぐる巻きにされている。点滴の刺さる腕にも同じように包帯が巻かれ、体から数本のコードがベッド横のバイタルモニターに繋がっていて、明らかに早いタイミングで打たれるデジタル音が、痛々しさを強調しているように思えた。

「見伊奈……」

 俺はそれ以上言葉をつなげる事が出来なかった。ほんの数時間前に会った姿とは思えないほど、その姿は別人めいていたからだ。

「さっき…… 娘が譫言を言ったんです。『朋ちゃん』って…… たぶんあなたのことでしょう……」

 そう言って見伊奈の母親は見伊奈の左手をそっと掴むと、俺の前に差し出した。右手と同じように手首まで包帯を巻かれてたが、不思議と手だけは綺麗だった。俺はその手を、動く方の手で掴んだ。その手は暖かく、そして柔らかかった。

「見伊奈…… なんで……」

 俺はその手を握り、そう呟いた。するとその手が俺の手を握り返した。俺は驚いて見伊奈の顔を見た。見ると酸素吸入の透明なマスクの中で、見伊奈の唇が動いているのが見えた。

「何か言ってる……」

 俺の呟きに、他の三人もそれを確認した。だがその声はあまりにも小さく聞き取れなかった。

「先生…… マスク…… 外してやってくれませんか?」

 見伊奈の母親はそう医師に言った。規則的な電子トーンが響く中、その医師は無言で母親を見つめていた。

「娘の…… 娘の最後の言葉かもしれないんです…… お願いします」

「……判りました」

 医師は静かにそう言うと、見伊奈の酸素吸入マスクを外すよう看護士に指示した。

 見伊奈の唇はマスク越しに見るよりずっと赤く見えた。

「朋…… ちゃん?」

 かすれた声で、見伊奈が俺を呼んだ。俺は握る手に力を込めた。

「ああ、俺だ、朋夜だ。見伊奈、聞こえるか?」

「うん…… 朋ちゃんの声…… 僕に…… 聞こえないわけ…… 無い…… よ……ん」

 俺はその声に鼻の奥がつーんとした。込み上げる感情を抑えることが出来ない。

「ごめん…… クリ…… でも、仕方ない…… 僕の命は…… 元々あまり…… 無かったんだし……」

「何言ってるんだ、さっき『またね』って言ったじゃないか!」

「前に言った…… じゃん?…… 持って、あと3ヶ月って…… それが、少し早まった…… だけ」

 俺はその言葉に愕然となった。

 馬鹿な! アレは冗談だったんじゃないのか? いつものようにふざけて言ったんじゃないのかよっ! だってお前、『王子様製薬』の『キス』って……

「判ってない…… なぁ…… 乙女心って…… やつ……」

「何で…… 何でだよ…… もっと真面目に言えば…… あんな冗談めいた言葉で、判る分けないだろ!」

 俺は自分の洞察力を呪った。何で気が付かなかったんだ!

「そんなの…… 好き…… だからに…… 決まってる…… って話し」

 馬鹿…… やろう……っ!!

「朋ちゃんには…… 超…… 感謝だよ。朋ちゃんに…… 出会わなけりゃ、きっと僕の人生…… もっと…… ペケだった」

 見伊奈はそこで大きく息を吸い込んだ。その苦しそうな表情に「もう喋るな」と声を書けなければと思うのだが、俺の喉からは声が出なかった。

「楽しかった…… セラフィンゲイン…… ホントじゃないけど…… 自分の…… 足で、歩いたり、走ったり…… あそこでは、僕たち…… ホントの人間…… みたいだったよね。周りも、他の人と同じように…… 僕たちを見て…… くれる。

 あの世界で、僕は…… ホントの人間になれた。本当の仲間が…… できた。そして、ホントに…… 好きな人も……」

 見伊奈の目に掛かった包帯が濡れているのを見て、俺の目からも涙が溢れた。

「ねえ、朋ちゃん…… もう一度、おねだりする…… ナリよ。『王子様製薬』の…… 特効約…… 一度だけ、『眠れる森の美女』…… 気分だけでも…… 味わって…… みたい……」

 その言葉に、俺は今までで一番このふざけた体を呪った。肝心なときにまともに声すら出ない自分の体を……

 何故、俺の足は動かない?

「見伊奈じゃダメなら…… ミミとして……」

 何故俺の腕は、彼女を抱きしめることが出来ない?

「だから…… 朋ちゃんも、鬼丸ちんとしてで…… いいから……」

 何故俺の唇は、彼女に届かないんだっ!?

 俺は唯一動く右手の人差し指を自分の唇の押し当て、そしてその指を見伊奈の唇にめがけて思いっきり伸ばした。俺が出来る精一杯のことを、誰の力も借りずに、何か一つでも見伊奈にしてやれる事を…… その想いで唯一自由になる右腕を千切れるぐらいに伸ばした。そして微かにその指先が彼女の唇に触れた。

 見伊奈の唇は、先ほど握った彼女の手よりも温かく、そしてとても柔らかかった。

「ありが…… と…… やさしい…… な、鬼丸ちん…… 嬉しい…… な…… ふふ……」

 それが、俺が聞いた見伊奈の最後の言葉だった。

 そして見伊奈が逝った事を周囲に知らせるように、さっきまでモールスのように規則的な音を発していたバイタルモニターから、とぎれることのない電子音が部屋に響いた。それは酷く空しく機械的で、そしてとても理不尽な音のように感じた。

 そして見伊奈の傍らに立つ医師が見伊奈の手首を持ち、事務的な声で彼女の死を告げる。

「23時49分…… ご臨終です……」

 その言葉の後ろに被さるように、見伊奈の母親から嗚咽が漏れだした。俺はそれを聞きながら、溢れる涙を拭くことも忘れ、唇から放した右手を彼女の左手に戻し、その手を心ゆくまで、力一杯握りしめた。ほんの数時間前に別れた時の見伊奈の姿を脳裏に浮かべながら……

 見伊奈が横たわるベッドに顔を埋めて嗚咽を漏らす母親の姿を見やり、そしてもう一度見伊奈を見た。顔半分が包帯に隠れて表情そのものは判らなかったが、露出した口元が、微かに微笑んでいるように見えた。俺は握っていた見伊奈の手を放し、そっと布団の上に置くと、レバーを操作し部屋を出た。

 廊下に出ると、折戸さんが立っていた。

「朋夜様……」

 折戸さんは呟くように言って俺を見た。俺は無言で首を横に振った。言葉にするのがたまらなく嫌だったからだ。俺のその無言の返答に、折戸さんは俺の意図を正確に読みとったようだった。

「そうですか……」

 そう力無く答え、折戸さんは病室のドアに手を合わせ、見伊奈の冥福を祈った。

 するとそこに、廊下の向こうから誰かが歩いてくる足音が聞こえてきた。そして廊下の曲がり角から、2人のスーツ姿の男が現れた。一人は40代半ばと言った感じの中年男性。もう一人は俺より2,3上の20代半ばの若い男だった。

「失礼ですが、栗枝騨さんのご家族の方ですか?」

 二人組のうち、中年の男がそう聞いてきた。その二人組が醸し出す、明らかに一般人ではない雰囲気に、この二人が何者か気づいていながら質問した。

「そちらは?」

 俺の問いに中年男の方が俺の予想通り懐から黒い手帳を見せ、軽いお辞儀をした。

「山手署の崎山と申します。こっちは緑川です」

「緑川です」

 中年男に紹介された若い男は、その言葉を復唱するように名乗り、同じように会釈した。その時、その若い刑事は俺の姿を、まるで動物を観察するような目で見た。俺はそれに苛立ちを憶えながらも、無言で会釈を返した。

「事故のことで2,3確認したい事がありまして伺ったんですが…… 被害者である見伊奈さんは?」

「いま、息を引き取りましたよ……」

 俺は少しぶっきらぼうにそう答えた。

「そうですか…… ご愁傷さまでした」

 俺の答えにそう言って二人の刑事は頭を下げた。だが俺の目には、それは先ほどの折戸さんの時とは全く違う様に映った。

「彼女の母親が中にいますよ」

 するとその中年の刑事は少し意外な表情で聞いた。

「それでは、あなたは?」

「見伊奈さんの友人です。事故の知らせを聞いて駆けつけました」

「そうだったんですか…… それでは一寸失礼」

 そう言ってその刑事は俺の前を通り過ぎ、ドアをノックした。程なく先ほど部屋にいた看護士が顔を出し、その看護士に今俺に言った内容とほぼ同じ事を、その看護士に伝えていた。しばらく戸口で二言三言やりとりをしていたが、見伊奈の母親と一緒に廊下に出てきた。俺は少し離れて、しばしその様子を見ていた。

「先ほど、加害者である男性の調書が取れました。加害者は26歳男性、会社員で帰宅途中だったそうです。一応アルコール検査をしましたが、アルコール反応は出ませんでした。ご報告いたします」

 中年の刑事はそう母親に告げた。見伊奈の母親はその刑事の報告を鼻でハンカチで押さえつつ、頷きながら聞いていた。

「事故当時、見伊奈さんが車いすで移動していた歩道に、乗り上げて駐車していた車がありました。見伊奈さんはどうやらその車を避けようとして車道に出たようです。現場は6m幅員の道路で、加害者側から見て左にカーブしており、加害者は直前まで見伊奈さんに気が付かなかったと供述しています」

 中年の刑事の横に立つ若い刑事が、手帳を見ながらそう報告した。

「それで…… これは参考までに聞くのですが、見伊奈さんは最近、悩んでいたとかはありませんでしたか?」

 若い刑事の報告の後に、中年の刑事がそう母親に聞いた。俺はその言葉に妙な違和感を感じ聞き耳を立てていた。

「いえ…… 無いと思います。確かにあの子はもう何年も病気で苦しんで来ましたし、不自由な暮らしをしてきました。流石に余命を宣告された時は一寸落ち込んで居ましたけど、それでも持ち前の明るさで…… 精一杯生きていました。少なくとも私には、何かに悩んでいる様には見えませんでした」

 母親は涙声でそう答えた。

「……何故そんなことを聞くんです?」

 俺は考えるより先に、そう口にしていた。その二人の質問が、なぜだか妙に腹立たしく思えたからだ。

「スマンがご家族以外の方は遠慮してもらいたいな」

 中年の刑事はそう言って俺を見た。その視線には、先ほどとうってかわり、明らかな敵意の色が見えた。俺が見伊奈の家族でない事が判ってすぐの手のひらを返した態度も腹が立ったが、何よりもその刑事達が俺に向ける目つきがかんに障った。

「この方は見伊奈が生前大変仲良くして頂いた友人です。この方にも是非ご一緒に聞いて頂きたいのですが……」

 その刑事達の視線に気づいたのか、見伊奈の母親は慌ててそう言った。

「まあ、お母様がそう仰るなら……」

 中年の刑事は渋々と言った表情で話を続けた。

「実は、加害者の男性が、彼女が飛び出してきたとき『やられたと思った』と言ってまして……」

「やられた?」

 俺と母親は同じように首を傾げつつ、刑事の言葉を待った。

「彼が見伊奈さんを跳ねる直前、彼女と目が合ったそうなんです。その時、見伊奈さんが『笑っていた』と言うんです。いや、一瞬のことなんでなんとも言えませんが、彼はそれを見て、飛び込み自殺だと思ったそうです」

「冗談じゃない! 見伊奈が自殺なんてするわけないだろっ!!」

 俺は思わず怒鳴った。

「ですから最初にも申し上げましたが、これはあくまで確認です。そう言う可能性もあると言うだけです。我々は可能性を一つ一つ潰していくのが仕事ですから。それに確かに被害者の方はお気の毒だが、加害者の男性だってまだ若い。事故と自殺じゃ今後の人生の歩み方だって変わってきます。ましてや娘さんは……」

「おい、緑川っ!!」

 俺の怒気を含んだ言葉に若い刑事は反論したが、中年男が若い刑事の言葉を遮った。若い刑事の明らかな失言を制するつもりの様だったが遅かった。

「ましてや見伊奈は何だよっ! 余命宣告されたからもういいってか? 先の短い見伊奈より、若い加害者の未来を考えろ…… あんたそう言いたいのかよ、ええっ!?」

 俺の言葉に、その若い刑事は自分の失言に気づいたようで、ばつの悪い苦い表情をした。

「い、いえ、別にそんなことは……」

 そう言葉を濁すが、どうやら図星だったようで、俺から目を逸らし二の句を繋げないでいた。

 反吐が出る思いだった。仮にも社会の秩序を守るはずの国家公務員が口にいて言い言葉ではない。先ほどの視線もあってか、俺の言葉は止まらなかった。

「見伊奈はさっき俺と別れる前に、『またね』って言ったんだ。そんな奴が自殺なんかするかっ! 見伊奈は残りの人生を必死に生きてたんだ。自分が後数ヶ月で死んでしまうってわかってて、それをおくびにも出さずに明るく振る舞って…… 

 笑ったように見えたから『やられた』だと? 事故と自殺じゃ加害者の今後が違う? ふざけるんじゃねぇっ! 知るかそんなのっ! その加害者に言ってやれよ。ハンドル握った時点で、そんなもん全部に責任もって当然だろっ! それが嫌なら車なんて運転するんじゃねぇってさぁっ!!

 言うに事欠いて余命宣告された人の命より、その若い加害者の未来を考えろ…… あんたらは言って良いことと悪いことの区別も教えて貰ってこなかったのかよっ!」

 俺は右手の握った拳に力を込めてそう怒鳴った。二人の刑事は黙って俺の罵声を浴びていた。

「大体その路上駐車していた車の持ち主はどうしたんだよ? 違反切符きってさよならか? そもそもあのあたりの路上駐車は一掃したって胸張って宣伝してたじゃねぇか! 見伊奈が自殺かどうかを詮索する前に、俺達身障者が安心して暮らせる街にする方が先だろうがっ!!」

 俺はたまっていた鬱憤を言葉で晴らすかのように、そして悲しみを怒りに変えるように怒鳴った。出来ることならこの若い刑事をぶん殴ってやりたかったが、俺の体じゃそれは叶わない願いだった。セラフィンゲインで最強と呼ばれる魔法剣士は、現実世界では一人では着替えさえ満足に出来ない体のイチ弱者に過ぎない。そのことがこれほど恨めしく思ったことはこれまで無かった。

「朋夜様、もうそのぐらいでよろしいかと……」

 その言葉と同時に、俺の肩にそっと折戸さんの手が掛かった。それを合図に、俺の中に渦巻いていた怒りの感情が急速に引いていくのがわかった。

「ウチの若いのが失礼しました。明らかに失言であり、我々の配慮が足りなかった…… 本当に申し訳ない。だが、我々は可能性がある限り、徹底的にそれを調べるのが仕事です。聞き難いことでも、我々はあえて聞かねばなりません。それだけはご理解頂きたい」

 中年の刑事は流石にベテランと言った感じで丁寧に頭を下げ、そう謝罪した。若い刑事もその後に続き、沈痛な表情で頭を下げた。

「では、この件は事故として上に報告します。君が今言った事も、つくづく耳が痛い事です。貴重な市民の意見として、担当部署にも上げておきますよ。ご協力感謝します。それでは我々はこれで失礼いたします」

 そう言って二人の刑事は去っていった。歩きながら、若い刑事は何度か中年の刑事に頭を下げ、中年刑事はその若い刑事の背中を叩いていた。俺はその二人の後ろ姿を見ながら、呟くように折戸さんに声を掛けた。

「折戸さん……」

「はい」

「やっぱり俺達はさ、人として……」

 俺はそう言いかけて少し考え、続きを口にするのを止めた。こんな質問をしたところで、折戸さんに答えられるはずもないし、それによって、見伊奈のために祈ってくれた折戸さんを困らせる事もない。

「いや、何でもないです。忘れてください……」

「はい…… 朋夜様」

 その折戸さんの言葉は、俺の言おうとしたことを全てわかっているような、そんな声だった。それから俺達は見伊奈の母親に挨拶して、病院を後にした。帰りの車の中で、俺は見伊奈の姿を思い浮かべながら、心の底から彼女の冥福を祈っていた。


初めて読んでくださった方、ありがとうございます。

毎度読んでくださる方々、心から感謝しております。

第34話更新いたしました。

今回は見伊奈とのエピソードオンリーです。見伊奈が鬼丸とどういう関係だったのか? つー話は次の機会に預けます。

まあ、これが直接的な原因ではないんですが、朋夜が今回の件を引き起こした原因の一つに触れて見ました。『The RED KNIGHT』 ではそのあたりも書いていきたいと思っております。あ、でもその前にショートストーリーラブコメディ『雪乃さんのバレンタイン』があったんだ……

セラフィンゲインはシリーズ化していこうと思ってます。とりあえず過去の話はこれで終了です。次回はいよいよAKIBA,PGに戻って最終決戦。ヨシ、もうすぐだ、ゴールが見えてきたぞ! 後1話…… いや2話か? 最終話のタイトルは、この物語を書き始めた時に決まっております。やっと書きたかったシーンが書ける。頑張るぞ!

鋏屋でした。


最終話予告

鬼丸の注入したウィルスの影響で体が動かないシャドウ。なす統べなく鬼丸のダウンロードで意識を隔離されてしまった。そしてシャドウは自分に送り込まれる鬼丸の記憶を見た。だが、リッパーとサムの決死の攻撃で鬼丸のダウンロードが中断し、シャドウの意識は聖櫃に舞い戻った。だが、鬼丸の強さに加え、未だに体が動かない事で諦めかけるシャドウに、重傷を負ったララがとった行動で再びルシファーモードを起動する。再び力を得たシャドウは、全ての決着を付けるため、その力で鬼丸との最終決戦に挑む。今、感情という意志の力で、仮初めの街の夕暮れを黒い大鴉が飛翔する!!


次回 セラフィンゲイン 最終話 『天使が統べる地』 こうご期待!


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