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セラフィンゲイン  作者: 鋏屋
EP-1 セラフィンゲイン
35/60

第33話 魔人の記憶

「そんなこと、出来るわけないって顔だな」

 激痛に苦しむ俺に、鬼丸の声は何故か妙に鮮明に届いた。

「今の社会は高度に発展したネットワーク社会だ。ワールド・ワイド・ウェブ、この地球上に張り巡らされたネットワークの蜘蛛の糸…… その糸をたどれば、米国の大統領にだって行き着くことが可能。つまり、セキュリティなどの傷害さえなければ、顔を見る事さえ不可能な人物とさえ、今の社会は繋がっている。これを利用しない手はない」

 そう言いながら、鬼丸はゆっくりと俺の脇腹から國綱を引き抜いた。傷口は瞬間的に凍り付いたためしゅっけつは皆無だったが、引き抜いた際に、完全に瞬間冷凍された細かな肉片の欠片がカラカラと音を立ててアスファルトに落ちる音がした。

「メタトロンは軍事目的で想像されたAIだ。いずれ各国の軍に導入される。現時点でも主要7カ国の軍隊が9割方導入を決めているし、国連からもオファーがある。わかるか? メタトロンを掌握すると言うことは、世界中の軍事ネットワークを手に入れることに等しい。そして、それを足がかりに、手当たり次第に他のネットワークに侵入する。警察機構、消防、3ライフラインに銀行や役所…… どんなに強力なセキュリティでも、メタトロンとガーディアンの能力があれば無いのと同じだ」

 そう言う鬼丸の表情は、まるで何かに取り憑かれた様に恍惚としていた。

「なあ、シャドウ。このセラフィンゲインのシステムサーバがどこにあるか知ってるか?」 鬼丸はそう質問した。

「シ、システム…… サーバ……?」

 辛うじてそう声が出た。そして俺がそう言った瞬間、ブゥゥンという音と共に、周りの風景が消え漆黒の闇が俺達を包み込んだ。そして足下に青く大きな地球の姿が映し出されていた。

「地表から23,000kmの上空…… そう、この世界のコアは衛星軌道に浮かぶ人工衛星にあるんだよ」

 そう言って鬼丸は俺の胸ぐらを放し、俺はその場に崩れ落ちた。床の感触は確かにアスファルトの感触だが、その向こうには、衛星軌道から見た地球の姿がリアルに映し出されている。

「見ろよシャドウ、ここから見る地球の姿を。国同士を区切る線なんてどこにもない。なのに人類は飽きることなく争いを繰り返しているんだ。人種、宗教、価値観の違い。自分たちとほんのちょっと違うだけで、少数派は差別され、迫害を受ける。ここから見る地球の美しい姿を、みんな写真や映像で見ているハズなのに、高々20,000kmほど下がると、とたんに忘れてしまう……

 俺は肉体を捨てここに来た。そしてお前が来るまでの間、この風景を眺めながらそんなことを考えていた。だから人類みんなに思い出させてやるんだ。ここから見る地球の姿を…… 差別のない、真に誰にも平等で、優しい世界。だが、力がなければ世界は変わらない。それも統一させる為には、誰かが導いてやらなくちゃダメなんだよ。

 ガーディアンの力は『人の意志の力』でその能力を発揮する。無限の可能性を秘めた進化した存在…… 俺やお前はその力がある。それを実現させる力を手に入れる事が出来る。

 見て見ろよシャドウ、この風景は『神様の視点』だ…… 俺は…… セラフィンゲインから神を創造する。メタトロンという依り代を使い、このデジタルの世界から神を降臨させるのさ」

 鬼丸はそう言うと俺の髪の毛を掴んで引き起こした。すると周りの宇宙と足下の地球がが消え、さっきの秋葉原の街の中にいた。

「じゃあ、そう言うわけだから。悪いな、シャドウ」

 鬼丸はそう言って自分の額を俺の額にそっとくっつけた。

「メタトロン、ダウンロードスタートだ」

 そして次の瞬間、俺の頭の中に、ものすごい情報が流れ込んできた。

 頭の中に焼き鏝を押し当てられたような感覚で、さっきの数倍の激痛が襲いかかる。あまりの痛さに声も出ない。

「あ…… がっ……」

 そして視界がブラックアウトした。



☆  ☆  ☆  ☆


 頬に当たるそよ風と、鼻孔をくすぐる花の臭いで目を覚ました。

 芝生の上に座り、大きな木に寄りかかってうたた寝していたようだった。見上げると大きな何本もの枝に茂る葉の隙間から、キラキラした陽光が降り注ぎ、心地よい暖かさが体を包んでいた。ふと目を落とすと、膝の上に1冊の本が置いてあった。

 『天界の反乱』と言う日本語のタイトルの洋書だった。

 そうか、僕は本を読みながら寝てしまったのか……

「ううっ…… できないようぅ……」

 不意に後ろから女の子の鳴き声が聞こえてきた。僕が振り返ると、一人の女の子が作りかけの花の首飾りを手に泣いていた。涙をこすりながら、たどたどしい手つきで花の首飾りを繋ごうとしているのだが、最後のところが結べないようだ。どうやらその女の子は、目が見えないようだった。

「貸してごらん」

 僕は女の子から首飾りを受け取ると、蔓を結んでやった。

「こうやって2,3回蔓を回せば取れないだろう」

 女の子は僕の指を触りながら何度か頷いている。

「こうやって…… こう…… ほら、出来た」

「出来た? もうお仕舞い? わああぁ……」

 その子は両手で確かめるように首飾りを触り、涙と鼻水でぐしゃぐしゃになった顔を輝かせた。僕はポケットからハンカチを取り出して顔を拭いてやる。

「ほら、綺麗な顔が台無しだ」

 そう言って拭いてやってると、女の子は僕の手を押しのけてもう我慢できないと言った様子で花の首飾りを首に掛けた。そして立ち上がるとクルリと回って、花の首飾りで飾った自分を僕に披露する。

「どう? お兄ちゃま。雪乃お嫁さんみたい?」

「ああ、お姫様みたいだよ」

「ちがうもん、雪乃、お嫁さんがいいんだもん」

「そっか、雪乃はお嫁さんが良いのか」

「うん、お兄ちゃまのお嫁さん!」

「ははは、ダメだよ雪乃。兄妹じゃお嫁さんになれないんだよ」

 そう言う僕に、雪乃は口を膨らまして抗議する。

「そんなのつまんな~い。じゃあ兄妹やめる~!」

「兄妹はやめられないよ。いつまでも、ずっと兄妹なんだよ」

「そんなのやーっ! 雪乃はお嫁さんになるのっ! お兄ちゃまのお嫁さんになるんだからっ!」

 尚も抗議する雪乃。まあ、無理もない。雪乃は6歳になったばかりだ。まだその辺のことは理解できないだろう。

「じゃあこうしよう。僕がずっと雪乃の側にいてあげる。何があっても雪乃を守ってあげる。そうすればお嫁さんと同じだろう?」

「う~、雪乃、お嫁さんが良いんだけどなぁ……」

 そこに、少し離れたところから声が掛かった。

「出来ましたよ」

 ふと視線を移すと、少し離れたところで、筆を持った初老の男がこっちを見て微笑んでいた。そうだこの人、お父様が呼んだ絵描きさんだ。僕らの絵を描いていたんだっけ……

「本当に仲がよろしいですなぁ、お2人は……」

 筆を足下の洗いバケツに浸し、腰のタオルで手に付いた絵の具をふき取りながら言った。

「見せて貰えますか」

 僕は本を傍らの芝の上に置き立ち上がると、絵描きさんの方に歩いていった。「雪乃も~!」と言って雪乃もついてくる。

「ええ、もちろん。ささ、観てくだされ」

 そう言って絵描きさんは僕らの方にキャンパスを向けてくれた。

 そこには大きな木の木陰で、まぶしそうにしている僕と、首飾りを持ってはしゃぐ雪乃の姿が描かれていた。少ししかめた顔の僕にちょっぴり不満ではあるけれど、雪乃の方は、雪乃らしい笑顔でこっちを見ている。今にも笑い声が聞こえてきそうな、そんな素敵な絵だった。

「ありがとうございます」

 僕がそう言ってお辞儀をすると、その絵描きさんは柔らかい、慈愛に満ちた笑顔で笑いかけた。

「仲良きことは、美しきかな…… 末永く、兄妹仲良くという願いを込めております。お疲れさまでした」

 そう言って頭を下げてお辞儀を返してくれた。僕はとても暖かい気持ちになった。

「ねえ、雪乃綺麗に描けてる?」

 僕の横からキャンパスを覗き込んでいた雪乃が、そう僕に聞いてきた。

「ああ、とても可愛く描けているよ。雪乃らしい笑顔だよ」

 そう僕が言うと、雪乃はまた抗議する。

「え~ 雪乃『綺麗』がいい~!」

 その雪乃の言葉に僕は笑った。可愛いと綺麗の違いって何なんだろう? でも雪乃らしい答えだった。

「でもつまんないな~ 雪乃見えないし……」

 その言葉に、僕は胸の奥がちょっぴり痛んだ。どんなに素晴らしい絵でも、それを見ることが出来なければ無いのと同じ。雪乃はきっとこれからもこの絵を見ることなく大人になるんだ……

 僕は少し悲しくなった。それを誤魔化すように、僕は雪乃に言った。

「でも、とっても可愛く…… いや、綺麗に描けてるよ」

「違うもん、雪乃、お兄ちゃまの方が見たいんだもん。お嫁さんと『同じ』なるんだから、お兄ちゃまを見てみたいんだもん」

「雪乃……」

 僕は少し言葉に詰まってしまった。見えないはずの雪乃の目が、そんな僕の心を見透かしているように、真剣なまなざしで僕の瞳を覗き込んでいた。

「わかったよ雪乃。僕が雪乃の願いを叶えてやる。凄い勉強して、いつか雪乃の目が僕を見ることが出来るようにしてみせる……」

 僕は雪乃に言うと同時に、自分にも言い聞かせるようにそう言った。

「ホント!? ホントに絶対のホント!? 雪乃憶えておくよ、一億万年も憶えとくよ?」

「ああ、忘れるなよ?」

「うんっ!!」

 そう無邪気に笑う雪乃の顔が、花の首飾りに飾られて眩しかった。その時、少し離れた場所から僕たちを呼ぶ声がした。

「朋夜様~ 雪乃様~ お茶が入りましたよ~っ! 風洞様もご一緒にどうですか~!」

 見ると執事のアリシノさんが、テラスから声を上げているのが見えた。

「今行くーっ!」

 僕はそう言ってチラリと絵描きの風洞さんを見る。

「ええ、それではお言葉に甘えて。私は少し片づけてから行きますので、お二人ともお先に……」

 そう言って風洞さんはにっこり微笑んだ。

「行こう、雪乃」

 僕はそう言って雪乃の手を握った。その手は小さく、柔らかかったが、とても元気な手だと思った。

「うん! 雪乃走るよ!」

 雪乃のその言葉を合図に、僕たちは手を繋いだまま走り出した。何か、手を伝って元気が流れてくるような…… この手を握れば僕は何でも出来そうな…… そんな気がした。


☆  ☆  ☆  ☆


 ふと目を開けると、俺は暗い空間を漂っていた。

 どっちが上で、どっちが下なのか見当もつかない。落ちているのか、それとも上昇しているのか…… どちらも正解で、どちらも間違っている様に思えてくる。

『今のは…… 今のは鬼丸の記憶?』

 すると、暗い空間のあるか向こうから、何か光る物がこっちに向かってくるのが見えた。凄まじいスピードだ。それも一つや二つじゃない。無数の光の固まりが高速で飛んでくる。

 俺は慌てて手足を動かし、回避しようと藻掻いた。だが、いくら手足をばたつかせても、俺の体はその場から移動しなかった。そうこしているうちに、無数の光の固まりが、凄いスピードで俺の横を通り過ぎて行く。

 何個も通り過ぎていく光の固まりにビビリながら、俺は無駄だと判っていながら必死にこのわけの判らない空間を泳いだ。その時、その光の固まりの一つが、俺をかすった。その瞬間、頭の中にまたさっきの夢のような映像が流れ込んできた。


☆ ☆ ☆ ☆


 俺は車いすに乗っていた。

 辛うじて動く右手で、肘掛けの上に備え付けられたスティックを操作し、車いすを正面に見える黒いリクライニングシートの横に持っていった。

 車いすをシートの横に着け、俺はシートの脇にあるグリップを掴んだ。とそこに、すぅと脇から細い腕が伸び、俺の体を支えた。俺は右手の他に、唯一自由になる首を横に回してその腕の持ち主を見た。

「判ります、大丈夫ですよ、お兄さま」

 そう言ってその女性は微笑んだ。俺はぐいっと右手に力を込めた。するとそれに反応して、その女性の腕が俺の体を支えた。俺は弾みを付けてシートに尻を預けた。

「悪いな、雪乃」

 俺がそう言うと、雪乃は少し困った顔をした。

「悪くないわ。妹なんだから……」

「少し腕が太くなったんじゃないか?」

 俺はからかうように雪乃にそう言った。俺のその言葉に雪乃は口を膨らまして抗議する。その仕草は雪乃が子供の頃から変わらない仕草で、俺は懐かしい気持ちになった。

「そんなことないですぅ~っ! ほら、放しますよ、背中、大丈夫?」

 雪乃は俺の背中に手を入れ着衣の乱れを直すと、天井からぶら下がった、ゴテゴテとコードがへばりついたヘルメットを引っ張り、俺の頭にかぶせた。そして今度は足の方に周り、俺の足をまっすぐにすると再びヘルメットをいじりに戻ってきた。

 何度も繰り返した作業だが、その動作には無駄が無く、盲目と言うことを感じさせない雪乃の動きを、俺は感心しながら眺めていた。

「ヘッドギアのバックガード、きつくない?」

「ああ、大丈夫だ」

 俺は雪乃の言葉にそう答えた。雪乃は左のアームレストに不格好に備え付けられた、可動式の15インチディスプレィを俺の方に向け、俺の顔を見た。ホントに見えて居るんじゃないか? と疑いたくなるような仕草だ。

「いよいよですね、お兄さま……」

 そう言いながら、雪乃は羽織っていた白衣を脱いだ。

「ああ、雪乃も早く座れよ。みんな待ってるぞ」

「ええ、30秒下さい」

 そう言いながら、雪乃は白衣を車いすに掛け、俺の向かいにあるもう一つのリクライニングシートに座った。そして俺と同じように、天井からつり下がったヘルメットを頭に被り、ディスプレィを固定する。そして瞼を閉じ、ふうっと長い息を吐いた。

「お前の願いが、後数分で叶うな、雪乃。どんな気分だ?」

 俺は向かいに座る雪乃にそう声を掛けた。雪には瞼を閉じたまま答えた。

「ドキドキしています。昨日も眠れませんでしたし……」

「はは…… 実は俺もだよ」

 俺はそう言って笑った。

「朋夜君、雪乃ちゃん、準備はいい?」

 俺はその声の方に俺は視線を向けた。数台のモニターの向こうに、白衣を着た数名の技師達が俺達とモニターを交互に見ている。そして声の主が立ち上がり続ける。眼鏡を掛けたちょっと太めの男だった。年の頃は20代後半か30代前半ってところだ。

「接続が完全に切れるまで、絶対に動かないで。判った?」

「ああ、大丈夫です。やってください、屋敷土さん」

 俺がそう言うと、屋敷土さんはぐいっと親指を立てた。

「オッケー! ようし、始めるぞ! ブレインモニター確認、シンクロカウンター目視、高周波電圧+0.27修正!」

 屋敷土さんの指示に、周りのスタッフが慌ただしく動き出す。皆期待と不安の入り交じった表情でモニターを見ている。

「脳波同調、プログラム『エデン』、アクセス開始します」

 屋敷土さんの隣にいる技士がそう告げる。確か名前は亮罫潤【リョウ・ケイジュン】 韓国出身の天才プログラマーって事だが、確かにそうだ。このシステムに連動した仮想領域体感プログラムをほとんど一人で組み立てたんだから。

 このプログラムの名前を『エデン』【楽園】にしたとき、一番喜んでくれたのは彼だった。確か彼も故郷に足の不自由な弟が居るって言ってたしな……

「カウントダウンスタート! 10…… 9……」

 屋敷土のカウントダウンが始まったのを期に、俺はもう一度雪乃を見た。雪乃は瞼をきつく閉じたまま、シートの上で両手を組んでいる。もしかしたら、祈ってるのかもしれない。

 大丈夫…… このシステムは完成している。お前の願いは、後数秒で叶うだろう。長かった…… あの日お前が言った言葉がきっかけだった。お前の目に、どうしても光を映してやりたかった。それは、お前の願いであると同時に、俺の願いでもあったんだ……

「2…… 1…… コンタクト!」

 その声と共に、俺の意識は暗い穴の底に吸い込まれるように落ちていった……

 

☆ ☆ ☆ ☆


 一瞬の意識の消失の後、気がつくと俺はまたあのくらい空間を漂っていた。目の前を無数の光の固まりが高速で通り過ぎていく。

 『この無数の光の固まりは、恐らく鬼丸の記憶だ。それが俺の脳に流れていく課程に俺が居るって訳か……』

 俺は目の前を行き過ぎる無数の光の流星を眺めながらそう呟いた。

 今見た2つの記憶は、鬼丸がまだ世羅浜朋夜だった頃の記憶だった。俺が鬼丸として、朋夜の記憶を覗いていた。だから朋夜がどれほど妹を想っていたかよくわかる。今の2つの記憶だけでも、当時の朋夜は優しく、思いやりのある兄だった。

 それなのに…… こんなに良い兄だったあいつが、その妹を消してしまえるんだ!

 どうしようもないやるせなさが俺の意識を締めていった。

 とその時、俺の肩にまた光の流星が当たり、俺の意識は再び鬼丸の記憶に飲まれていった。


☆ ☆ ☆ ☆


 俺はまた車いすに乗っていた。

 今度はざわざわとした広い病院のロビーのようだ。

 俺は周囲を見回し、一人の車いすの女性を見付けるとレバーを操作してその女性に近づいていった。

「おい、見伊奈【ミイナ】!」

 俺の呼ぶ声に気づき、その女性は振り向いた。眼鏡を掛けているが、少し幼さを残した顔立ちはどことなく雪乃に似ている気がする。彼女は眼鏡を直しこっちを見た。

「およよ! 鬼丸ちん!?」

「あのな…… リアルでその名を呼ぶな。むちゃくちゃアヤシイだろ!」

「あやや、ゴメンこり!」

 この独特のしゃべり方と時代錯誤なギャグ調子はいつ聞いてもイラっとする。まあその辺はスルーしておこう。

 見伊奈は俺が開発したインナーブレインを元に作られた通信体感ロールプレイングゲーム『セラフィンゲイン』で初めて作ったチーム『グレゴリー』の魔法使い『ミミ』のプレイヤーだ。つっても、詠唱は遅いし文言は忘れるわ、魔法のコントロールは下手だわの我がチームのお荷物と言っても良いダメメイジだった。この前も至近距離で『フレイストーム』を唱え、危うく炭にされ掛かったのだ。

「定期検診か?」

「まあ、そんなトコ。朋ちゃんは?」

 朋ちゃん? ……まあいい。

「俺は松坂教授のトコ。また論文手伝ってくれって言われてその打合せ。何でも来月仙台で公演があるんだって」

「さっすが超天才。講演だの論文だのの単語だけで、中卒の僕にはメダパニでっす」

 そう言って見伊奈は顔の横で両手をぱっと広げて見せた。彼女は病気のせいで高校には行っていなかったのだ。かくゆう俺も高校には行っていないが、親父が付けた各界の専門講師のおかげで大学の教科単位は取得済みだ。中にはオックスフォードやMITのもある。

「……それ皮肉か?」

「ううん、全開違うよ! もうメチャンコ尊敬してるんだ! ホントだよ」

 慌てて見伊奈は否定した。もうどこまでホントか判らない。

「で、お前はどうだったんだ?」

 俺はとりあえずそう聞いた。コイツにつき合っていると先に進む話しも進まない。

「実は……」

 見伊奈は急に暗い表情になって下を向いた。

「えっ? やばいのか?」

「持ってあと3ヶ月……」

 一瞬言葉が出なかった。マジで?

「でも特効薬があるんだって。でもなかなか手にはいらんのですよ……」

「まじかよ…… なんて言う薬だ? 親父に頼んで仕入れさせるから」

 焦ってそう聞く俺に、見伊奈はさも申し訳なさそうに答えた。

「え~ でもぉ~悪いしぃ~」

「馬鹿言うな、そんなの関係ないだろ? どこの会社の薬だよ」

「えっとぉ…… 『王子様製薬』の……」

 『王子様製薬』? 聞いたこと無いな……

「『チッス』って薬ですぅ!!」

 そう言って見伊奈は目を閉じて唇をタコのように突きだした。このばかやろうがっ!!

「アホっ! 死ね! 死んでしまえっ!」

 俺は右手でレバーを操作して車いすを旋回させると、そそくさとその場から離れた。

「あ~ 待ってよぅ! 恵まれない少女に愛をプリ~ズ!! あれ? ちょっとコレ何で進まないの? ねぇ朋ちゃん、僕を捨てるの~っ!」

 そんな人聞きの悪い台詞を背中に浴びながら、俺は無視して車いすを走らせた。

 どうやら見伊奈はハンドブレーキをロックしていたようだ。あたふたしている見伊奈の気配にあきれながらも、俺はなんだか妙に心地良い気分でロビーを横切っていた。


初めて読んでくださった方、ありがとうございます。

毎度読んでくださる方々、心から感謝しております。

第33話更新いたしました。

本当は前話の話しに盛り込む予定だったのですが、あまりに長いので少々手を加えて分割しました。一気にラストに持っていこうかと思ったのですが、少し寄り道いたします。

今回は鬼丸の記憶を智哉が追体験して過去のことに触れてみました。当初は前の2つのエピソードのみだったのですが、少し量的に少ないので、新キャラ見伊奈とのエピソードを入れました。また濃いキャラを作ってしまった悪寒が……

この話は、現在構想&設定下書き中の『THE RED KNIGHT』のエピソードを抜粋しました。そっちは鬼丸がまだ智哉と出会う前の、魔人と呼ばれる前のエピソードを書いてみようかと思ってます。で、今回はさわりだけ。

この時点でのこれが、どんなもんなのか非常に不安…… やっちまった感があるなぁ

鋏屋でした。


次回予告

鬼丸の意識のダウンロードによって、鬼丸の記憶に触れるシャドウ。その記憶にある鬼丸、世羅浜朋夜は妹想いのやさしい兄だった。何故鬼丸は変わってしまったのか? そう自問するシャドウに、また別の記憶が流れ込んできた。障害を持っていても明るく、マイペースな少女見伊奈。彼女との最後の記憶が何を意味するのか?


次回 セラフィンゲイン第34話 『人として』 こうご期待!


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