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セラフィンゲイン  作者: 鋏屋
EP-1 セラフィンゲイン
32/60

第30話 魔神再び

「メタトロン…… そんなことはどうでも良い。それであいつは…… 鬼丸はどこにいる ?」

 俺は冷静にそうメタトロンに聞いた。

「会いたい? 彼に…… 彼にあってどうするの?」

 口元に微笑を湛えながら、逆にメタトロンが聞いた。

「……お前には関係ない」

 俺の無愛想な答えに、メタトロンは口を膨らませて文句を言う。

「ふふふっ まるで恋いこがれた想い人みたいだね。シャドウってもしかしてそっち系?」

「え、マジ!?」

 メタトロンの言葉にララが反応する。んなわけあるかっ!!

「アホっ! イチイチ反応するなっ!」

「あら~ それならそうと言ってくれれば良いじゃない。色々アドバイスするわよ。なんならあたしの店で働いてみる?」

 とドンちゃんが目を輝かせて言う。ちょっと待ってくれドンちゃん、それ冗談に聞こえねぇってっ!

「ムッツ~リでバイ【両刀】って…… ユ~の頭の中一回見てみたいネ」

「だからちげーって言ってんだろっ!! おいリッパー! てめぇなに離れてんだよっ!!」

 サムの言葉にそうきり返すが、隣に居たリッパーが俺から少し距離を置き、さらにドンちゃんの隣に立つスノーの妙なまなざしが嫌すぎるっ!

 お、お前らな……っ!!

「わはははははっ! やっぱり君たちって最高だっ! ここまで来てそれをやる! ははは――――っ!」

 メタトロンが大声で笑いながらそう言った。その笑い方が、なぜかとても自然で、人間的で、きっと人が心の底から笑ったらそういう笑い方なんだろうって思えるような、そんな笑い声が、この誰もいない街に響き渡った。

 俺達はただ唖然として、そんなメタトロンの姿を見つめていた。

「はー、可笑しい。初めてだよ、こんな愉快に笑ったのは。君たち人間が笑うって、きっとこういう事なんだろうね」

 そう言いながら、尚もクスクスと含み笑いを堪えるメタトロン。AIと言うことを忘れるほど、その仕草は人間めいていた。

「AIである僕が笑うのが、そんなに可笑しいかい? まあ、無理もない。僕自身ちょっと不思議なんだから……」

 少し落ち着きを取り戻し、メタトロンは左手をポケットから出して前に突きだした。するとぼんやりと手が光り出し、チリチリとポリゴン化したテクスチャーが凝縮して何かが形になり始めた。

「ここを目指してクエストNo.66に挑戦してくるチームはたくさんあった。でも、このフィールドの過剰な要求に応えきるチームは今まで無かった。諦める者、個人プレーに走る者…… 今まで連携の取れていたチームが、ほんの些細なことで呆気なく崩れていく。そんな姿を、僕は見続けてきた。皆口ではお互いを『仲間』と呼び合いながら、恐怖や打算によって、その『仲間』を簡単に裏切る…… 喩えそれが仮初めの世界であっても、土壇場でそれらが勇気をひっくりがえす。追いつめられることで、表に現れるのが人の本質なら、人間はかくも『自分勝手』な生き物…… 今まで僕はそう理解してきたよ」

 メタトロンの左手に集まる細かなポリゴンの粒子が、その手に握る得物を実体化させていく。紅い蔓で織り込まれた柄巻きから覗く目抜きが鈍い光を放ち、柄巻き同様紅い渡り巻きを施された鞘が、その反り返った長い刀身を包み込んでいる。

 間違いなくそれは、俺の持つ安綱同様、この世界で『太刀』と呼ばれる物だ。

「だけど、君たちは違った。ホントならここにたどり着いたチームには、あらかじめ用意された最終セラフと僕が相手をするのだけれど、君たちには試練になりそうにない……」

 メタトロンは完全に実体化したその太刀を、右手でゆっくりと鞘から抜きつつ続ける。

 俺もそれを見ながら、腰の安綱の柄を握り迎え撃つ準備をする。他のメンバーも俺と同じように得物を手に取り身構える。

「そんな君たちには、もっと別の試練を与えよう…… 良いよシャドウ、会わせてあげるよ、鬼丸にっ!」

 そう言い終わるが早いか、メタトロンは瞬きする一瞬で距離を詰め、鞘からその太刀を引き抜き、俺に斬りかかってきた。俺はかろうじて初太刀を交わしたものの、続いて繰り出される斬撃に安綱で受けるのが精一杯だった。予測していたとはいえ、その凄まじいスピードに完全に後手に回ったことを感じ舌打ちする。

 3激目の斬撃を安綱で受け止めたところで、右からリッパーが斬りつける。そのリッパーの攻撃を上体を逸らしてするりと交わし、さらには後方から突き出されたサムの槍を左手で掴むと、そのまま力任せに放り投げた。手の空いた左手だけで、槍を持つサムごと放り投げるその膂力は驚愕に値する。

 槍を持つサムごと飛んでいくのを視界の隅にとらえながら、俺は半身前進してメタトロンの刃をはじき返すと、返す刀で奴ののど元に突きを繰り出す。

「くらえっ!!」

 首筋に繰り出した俺の突きを、メタトロンは文字通り紙1枚で交わしたところで、今度は横合いからララが烈泊の気合いと共に爆拳を放った。

「痛つぅっ!」

 だが次の瞬間、ララがぐもったうめきを漏らした。確実にヒットしたかと思われたララの爆拳だったが、メタトロンはララの拳をなんと握った太刀の柄尻で受けていた。ララはすぐさま拳を引き後退するが、俺はララがその瞬間を追撃されないように安綱を袈裟切りに振るった。

 痺れるような手応えと共に、甲高い音を放って安綱の刃が、メタトロンの太刀に防がれ動きを止めた。初太刀からこの間わずか数秒。この一瞬で、しかもこの距離で繰り出された俺達前衛の攻撃は全て返された。凄まじい体捌きと反応速度だ。ドンちゃんやスノー達後衛の攻撃は、この至近距離では味方にまでダメージが及ぶから援護が出来ない。そこまで計算しての超近接戦闘に持ち込んでいるのかもしれない。

「上手く使えるようになったもんだ、完璧に交わしたと思ったんだけどな」

 俺の安綱の刃を、その手に握る太刀で受けながら、右頬の下からすぅっと血の筋をしたたらせつつメタトロンがそう言った。だが、その声は、さっきまで聞いていたメタトロンの声ではなかった。

「なっ…… お、お前は!?」

 黒光りする安綱の刃の向こうで、メタトロンの目がうっすらと赤みを帯び、口元がニヤリと緩む。続いてメタトロンの体が、先ほどの奴の太刀の出現時のようにチリチリと輝き出した。頭の中に警戒を告げるアラームが鳴り響いているにもかかわらず、俺は後退することも出来ずに、今は少し下を向きながらうつむくメタトロンを凝視する。俺はただただ、その異様な光景に魅入っていた。

 メタトロンの足下から這い上がる細かい光の粒が、さっきまで着ていたジーンズやスタジャンと言ったカジュアルなファッションを見る見る変貌させていく。変わりに現れる見覚えのある深紅の鎧……

 まばゆい光の粒子から出現する背中に垂れるマントが、まるで純白の翼が生えてくるように見える。そのマントの白さが、体を覆うその深紅の鎧の色を際だたせ、さっきまで短髪だった前髪がすうっと伸び、うつむく顔に影を作った。そしてその顔が、ゆっくりと持ち上がり俺に微笑んだ。

 あの、人の心を惹きつけて止まない、極上の笑顔で……!!

「久しぶりだな…… シャドウ」


―――――――――!?


 俺はその顔に一瞬息を飲んだ。一瞬の体の硬直をその男は見逃さず、安綱を弾くと流れるような動作で俺の腹に蹴りを打ち込むと、俺の膝を土台にしてふわっと中を回った。そして俺が片膝を突くと同時に、俺達の数メートル先のアスファルトに音もなく着地した。

 俺は蹴りを食らった脇腹の痛みを堪えながら、どことなく戦国時代の甲冑のような形の深紅の鎧姿を視界に捉えつつその男の名を漏らした。

「鬼丸……っ!」

「え? この人がっ!?」

 俺の呟きに、拳の痛みを忘れてララが素っ頓狂な声を漏らす。

「コイツが…… 鬼丸っ!?」

 ララに続いてリッパーもそう呟いた。

「お兄さま……」

 後方からスノーの声が聞こえる。やはりスノーの考えは正しかった。鬼丸の意識はまだこの世界に残留していたのだ。

「スノーも久しぶりだな。おお、サムじゃないか、今回は死なずに来れたみたいだな」

 そう言いながら笑う鬼丸。

 かつて、俺とサムが在籍していたチーム『ヨルムンガムド』の主催者にしてリーダー。俺の持つこの妖刀『童子切り安綱』の初代所有者で伝説の太刀使い。ハイレベルな魔導士に匹敵する威力の高位魔法を操り、その卓越した戦闘センスと、圧倒的とも言える戦闘能力、そして天才的な頭脳を併せ持ち、常に俺達の遙か高みを歩いていた最強の魔法剣士。トレードマークであるその深紅の鎧からか、いつしか他のプレイヤーから『紅の魔人』と呼ばれたパーフェクトプレイヤー

 その姿は、あのころと全く変わらない。この1年半ほどの間、肉体を離れ、意識だけになってこの世界を彷徨い続けた男は、まるで時間という概念を感じることのない笑顔で俺達の前に立っていた。

「鬼丸…… 会いたかったぜ。あんたには聞きたいことが山ほどある」

 俺はそう言いながら立ち上がった。

「俺もさ、シャドウ。お前がここに来るのを、俺はずっと待っていたんだからな」

 待っていた? 鬼丸が俺を? 俺がここに来ることを予測していたのか?

「どういう意味だ?」

「なに、時期に判るさ……」

 俺の質問を鬼丸はそう言ってはぐらかした。その顔には終始笑顔が浮かんでいる。

「何故あの時俺達を裏切った? お前がそうまでしてこの聖櫃を目指した理由はなんなんだ?」

「裏切る? オイオイ、そりゃ違うよシャドウ。初めから本気で『仲間』だなんて思ったこと無いんだから。前にも言ったろ? 『仲間意識』を利用したって。ここに来るにはそう言ったチームとしての『統一意識』みたいな物が必要だったんだよ。単純に戦闘力だけなら俺一人で十分突破できる。でもそれじゃ通路に入ったとたんに強制的にループ軌道に飛ばされて永久に彷徨うかリセットするしかない。面倒でもある程度チームで行動しないと聖櫃にはたどり着けないようになっているんだよ」

 俺の中で、かすかな希望が少しづつ崩れていくのを感じた。

「それで…… 用が済んだから切り捨てた…… そういうことかよ」

「リセットするなんて言いださなけりゃ聖櫃まで連れてってやろうかと思ったんだがなぁ…… 一度折れた人間は聖櫃にはたどり着けない。なら一緒にいる意味はないだろ?」

「だからってロストさせることはないだろうっ!」

 俺は怒気を込めて言った。鬼丸は気圧された風もなく、軽い口調で続ける。

「使徒である俺の生体コードは、システムを管理する側から常に監視対象にあった。あのままでは聖櫃に入る前に外部から接続を絶たれる恐れがあったんだ。だからシステムを一時的にダウンさせて、奴らの目を逸らす必要があったのさ」

 ただそれだけのために……っ!!

「たった…… それだけの理由で…… あんたはあの4人を……」

「案の定マビノのフィールド消失と1度に4人もの接続干渉事故でサポート側は大混乱。システム復旧とロストしたプレイヤーの対応に追われ、俺が聖櫃に侵入したことはおろか、システムサーバから俺のデータが消えているのにも気が付かない。結局コンプリージョンデリートの使用後、術者もロストって事で片が付いた。奴らは俺の行動を無謀と笑っただろうなぁ。それが目的だったとも知らずにさ……」

 鬼丸はそう言ってははっと乾いた笑いを漏らした。俺はそんな鬼丸の仕草に、徐々に沸き上がる感情を意識した。

「そうまでして…… ここに来ようとした目的は何なんだ?」

「俺は自分の肉体がもう限界だと感じていた。そこで俺は自分の意識と記憶を、このセラフィンゲインに補完させることを思いついた。

 セラフィンゲインに使われているインナーブレインシステムは、被験者の意識をプログラムとしてそのシステム内に一時的に移動することが出来る。もちろん一般的なプレイヤーは表層意識だけだが、俺達ガーディアンは接続同調率を引き上げることで、脳内の意識をかなりのところまでシステムに持ってくることが出来る。俺はそれを応用した。同調率を高めて、自分の記憶と意識をこのシステムのサーバー内に補完する…… ただし、それにはどうしてもシステム領域に自分の意識を持っていかなければならない…… それが問題だったんだ。何せここは、俺達使徒でさえ踏み込めない、文字通り『聖櫃』だったからな。

 だがここは、プレイヤーとしてなら侵入が可能だった。喩え俺が使徒といえど、『統一意志』を持つ『チーム』のプレイヤーとしてであれば、聖櫃はその姿を現す。だから俺はプレイヤーとしてチームを主催する必要があった訳だ」

「意識と記憶の補完…… 本当にそんなことが可能だと?」

 人間の意識とその記憶全てをデジタルデータとして補完することが、本当に可能なのだろうか? 

「人間の大脳をバイト換算すると、まあ、個体差もあるが約2.5ペタバイト程度だとも、実際はそれ以上だとも言われていて、正直な話し正確なところは判ってはいない。もっとも、神経や感覚を司る領域を含めた生体機能の複合体である生物の大脳を、トランジスタの複合体であるコンピューターのアーキテクチャと同列に考えること自体ナンセンスなんだが、そのうち神経回路や生存に必要な生体機能の部分、つまり学習能力のない『書き込み不能』のシステム領域を差し引くと、意識や記憶といった部分の量はたいして多くはない。精々10テラバイト前後だ。十分保存可能な量だろ?

 ただ問題はその人間の脳から、『意識』を抽出することだった。俺の作ったこのインナーブレインシステムは、人間のその意識に干渉することが出来る。ロマンチックに言うと『魂』に触れる事が出来るって言えるかもな。まあ間接的ではあるけど」

 鬼丸はまるで大学の優しい講師が、できの悪い生徒にかみ砕いて教えているような口調で続けた。

「俺達ガーディアンの特徴は聞いてるか?」

 前に初めてバルンガモーフと戦った時に、メタトロンが語った話を思い出す。アザゼル因子を持った俺の脳が、この世界に干渉するって話だ。

「ああ……」

「なら判るだろう? 俺達ガーディアンはこの世界の法則に物理的に干渉できる新人類だ。脳内で発生した情報信号をこの世界に送り込むことが出来る。と言うことはつまり……」

「自分の意識を、自分の意志で送り込むことが出来る……」

 俺は鬼丸の話を遮り、そうオチを付けた。

「う~ん、まあぶっちゃけそうなんだが、実はそう簡単じゃない。いかに俺達ガーディアンでも、意識全てをこの世界に持ってくることは不可能だ。あくまでリアルに脳があってこその力だからな。だが、こちら側から何らかのサポートがあれば、接続した状態で意識を強制的にこちら側に持ってくることが出来る。そのサポート役にうってつけの存在がこの世界にいる事を、俺は思い出したんだ」

「メタトロンか……」

 自立学習型高性能戦術AIメタトロン。戦闘時の人間の行動パターンや心理変化をサンプリングするために人を試み続ける、その結果自ら自我を持ち、創造者である使徒の命令をも拒否するまでに成長した人工天使。

 奴は初めてあったとき『退屈だった』と言った。そんな退屈な時間をもてあましていた奴なら、鬼丸の提案を受け入れても不思議はない。

「そうだ、俺は奴のプログラムを依代とすることで、この世界のシステム領域に俺の意志と記憶を保存することに成功したってわけさ」

 メタトロンは確か『契約の天使』なんつー称号を持っていた。鬼丸はホントに、その天使と、くそったれな契約を結んだってわけかっ!

「なるほど、大体判った。そんなことのために、マトゥやリオン、レイスにライデンは犠牲になったって訳かよ……っ!」

 あの後、俺はあいつらが収容された病院を見舞いに回った。

 半ば口を開け、ぼんやりとした、何も感情の色を写さない瞳で病室の天井を眺める人間。いや、アレは人間じゃない。セラフィンゲインの経営側から、入院費用とは別に、毎月多額の慰謝料が家族に振り込まれるのに、なんの反応も、回復の見込みすら示さない本人に、家族すら見舞いに来ず、誰からも忘れ去られていく存在。ただ息をして、飯を食い、その結果として催す生理現象だけを繰り返す『生ける死体』【リビングデット】

 同じチームで、たとえ仮初めであろうと、生死を共にした戦友の変わり果てた姿を思うと、今でも胸が詰まる。それをこの男は……っ!

「何故…… 俺を…… 消さなかった……っ!?」

 そう…… それでも俺は消されなかった。あの時、鬼丸の言ったあの言葉が、俺の耳にこびりついて離れない。


『お前はもしかしたら…… 俺の唯一の 仲間 だった かもな―――』


 あの時の言葉と共に、こみ上げる感情を理性が抑える。心の中にわずかに残った物に、俺はなりふり構わず縋り付く。まるで、足下までうち寄せてきた波で、崩れかかった砂の城を必死になって補強しようともがく子供のようだ……

 途中から、聞かない方が良いと思いながらも、聞かずにはいられなかった。頭をよぎるかつての仲間達が、変わり果てた姿で俺の手を引く。何度振りほどいても、すぐに別の手が腕を掴み、俺を引きずっていこうとする。

「お前は唯一、俺の『友』だったから……」

 鬼丸のその言葉に、一瞬息が出来なくなった。振り向きスノーの顔を確認したい衝動に駆られる。俺は今どんな顔をしているのだろう……

 だが、次の瞬間、俺の心に残っていた大事な部分は、木っ端微塵に吹き飛ばされた。

「そう言って欲しかったのか、シャドウ? ははっ、そうかお前友達いなかったモンな」


―――――!!


「残念だが、お前を消さなかった理由は他にある。俺の『計画』の重要な役割を担うお前をあそこで消すわけにはいかなかった。『仲間意識』とか、そう言う理由じゃないんだ、悪いけどな」


『何言ってんだよシャドウ、仲間だろ? 俺達』


 眼前に差し出された、血糊で染まったグローブの向こうに浮かぶ少し困ったような笑顔。何度も励まされたあの極上の笑顔をが、俺はどうしても思い出せなくなっていた。脳裏に浮かぶ鬼丸の姿が、込み上げるどす黒い感情と共に、真っ黒いクレヨンで塗りつぶされていく。

「あの後、お前にああ言ったのも、お前が持つその安綱を譲ったのも、その計画の為だよ。その為の心理的計算って奴。安綱を渡してああ言えば、お前の性格から考えて、確実に勘違いすると踏んだ。その後俺が聖櫃に消えた事を知れば、お前は必ず俺を追いかけてくる。確信すらあったね。お前わかりやすいからさ。

 ここに訪れるプレイヤーは大体そうだけど、中でもお前ほど『仲間』とか『戦友』とかいうのに飢えている奴もいないだろ? リアルじゃよっぽど友達いないんだなぁって思ってちょっと同情したよ。でも俺にはその方が好都合だったけどな。元にほら、俺の考えたとおりに、お前はここにいるだろ?」

 全ては鬼丸の計画だった…… 俺はまんまと乗せられてここまで来たって訳か……

 いや、もうそれはいいんだよ。俺がマヌケだったって話だけ。初めて『仲間』なんて呼ばれたモンだから、それもあんたみたいなスゲー奴に言われたモンだから、つい舞い上がっちまったんだよ……

 だけど、あんたを信じて共に戦ってきたあいつらを、簡単に消して笑う事だけは我慢できねぇっ! 喩えあんたが作ったチームでも、喩えあんたが仲間と思っていなくても、あの4人は、間違いなく俺の『戦友』だったのだから……っ!!

「あんたさぁ、さっきから聞いてるけど、ちょっと間違ってるよ」

 とそこへ、ララの良く通る美声が響いてきた。

「間違い?」

 鬼丸が少し意外そうな声で聞き返す。

「そ、シャドウにリアルで友達がいないってトコ」

「ララ……」

「確かにリアルじゃヘタレだし、キモヲタだし、どもってまともに話が出来ない『天然ラッパー』なムッツリだけど、友達がいないってわけじゃない」

 ララ…… あの気持ちはその何つーか、凄い嬉しいんだけど、もう少し言い方考えてくれるともっと嬉しかったり……

「あんたの妹であるスノーも含めて、このチーム全員が仲間であり、シャドウの友達。もちろんリアル、バーチャルひっくるめてね。ウチのチームの交戦規定、『全員で戦い、全員で帰還する。決して仲間を見捨ててリセットしない』これってあんたが前にシャドウに言ったことと同じでしょ? シャドウはそれを忠実に守ってこれまで戦ってきた。どんなにピンチになったって、シャドウは仲間を一人でも多く救うために戦う。前に自分の左腕と引き替えにシャドウを助けたあんたの姿に、きっとシャドウは『英雄』ってもんを見たのよ。たとえそれが偽りだったとしてもね」

 いつになく真剣なまなざしでそう言うララ。オイオイ、どうしちゃったんだよ!?

「リアルじゃどんなにヘタレでも、ここでのシャドウは『英雄』よ。この前だって全滅しかかって全員動けなかったのに、シャドウだけは立ち上がった。勝てないかもしれないって思っても気絶したあたしを助けるためにね。

 シャドウはね、自分の弱さを知ってるの。リアルで伊達にヘタレを張ってない。でもだからこそ、ここではどんなにピンチでも諦めない。どんなに怖くても、どんなに痛い思いをしようとも、勇気を振り絞ってチャレンジする。自分のためだけを考えて、他の人間をシカトして当然のように切り捨てるようなあんたなんかより、自分の弱さを知りながらも、『英雄』であろうとするシャドウの方が何倍も強いし、何よりカッコイイよ」

 おお、やっべ――――っ! 今一瞬ぐらっと来たっ!! たぶん生まれて初めて女子から『カッコイイ』って言葉を言われた気がする!!

「なるほどね…… シャドウ、お前にも友達が出来たって訳か。良かったじゃないか」

 そう言って鬼丸はまた笑う。そんな鬼丸に尚もララは続ける。

「あんたさっき言ったよね、ここに来るのに『単純に戦闘力だけなら自分だけで突破できる』って。確かにその通りなんでしょうよ。でもね、それを聞いたときあたしなんか判っちゃったのよね」

「へぇ~ 何が判ったって言うんだい?」

 そうからかうように聞く鬼丸に、マリアはフンっと不敵にも鼻で笑いながらこう言った。

「あんたこそ友達いないでしょ? ここはもちろん、リアルでも。でもホントは欲しくてたまらない…… 違う?」

「……っ!」

 終始笑みを絶やさなかった鬼丸の表情が、ララの言葉に絶句して固まる。初めて見る鬼丸の動揺だった。

「羨ましいんじゃないの? あたし達が。ウチのチームはね、仲間の一人が辛いとほっとけない連中ばかりなの。ここへ来たのだって、スノーの『あんたに会いたい』って願いを叶える為。一人の願いはチーム全体の意志に変わる。それがウチら『ラグナロク』他のチームはどうだか知らないけど、あたしはこのチームが一番だと思ってるわ。だからシャドウに友達なんかいないなんて言わせない…… ちょっとシャドウ、あんたも何か言ってやんなさいよっ!」

 そう言って、膝をつく俺の方をパシンっと叩くララ。いや、言いたいこと全部お前が言ってくれたよララ。俺今ちょっと感動しちゃったよ。

「ごめんねースノー、聞いててちょっとイラってきちゃってさ。あんたのお兄さんなのに言いたいこと言っちゃった」

 そう振り向いてララがスノーに詫びた。そのララの言葉にスノーは首を横に振った。

「ううん、ララ…… ありがと」

 スノーが後ろからそう声を掛ける。

「ううぅ…… わたしぃ…… ちょっと感動じて泣きそうぅ……」

 いやドンちゃん、もう泣いてるって。

「まあな、なんだかんだ言って楽しいしな、このチーム。特にシャドウいじりはリアルでも」

 リッパーてめぇ……!

「う~ん、まさにアレだ、『ワンフォアオール・ホールインワン』精神だネ」

 ちげーよっ! ゴルフしてどーすんだっ!! お前のその一言で台無しだよ。

 でも確かにララの言うとおりだ。このチームのメンバーは、一人残らず俺の仲間だ。人間性はどうあれ、これまで共に戦ってきた戦友だ。今まで、本当の意味で『友』が居なかった俺にとって、初めて出来たかけがえのない仲間…… 今まで傭兵として色々なチームで戦ってきたけど、このチームは最高だ。

「仲間か…… かつての俺はそれを望んでいたのかもな……」

 そう言う鬼丸は、少し寂しそうに笑った。だがそれも一瞬のことで、またさっきの笑顔に戻った。

「なかなか興味深い分析だったよ。でも、今の僕には伝わらない。何せ体がないんだからね。俺の計画が成ったら、改めて考えるとしよう」

 鬼丸は静かにそう言いながら、ゆっくりと手にした太刀を持ち上げ、腰だめに構える。

「ここまでは俺の計画通り…… さあ、最終段階だ」

 そう呟く鬼丸の顔には、あの極上の笑顔が浮かんでいた。


初めて読んでくださった方、ありがとうございます。

毎度読んでくださる方々、心から感謝しております。

第30話更新いたしました。

年末から年始にかけてやたらと忙しくなかなか書けない日々が続いてて、こんなしょーもない物語に『やれやれ』と思いつつもつきあって下さる読み手の方にはホント申し訳ありません。感謝の印に鋏屋の『愛』をば一つ…… あ、いらない?(イヤマジデゴメンナサイ)

やっと登場しました鬼丸でございます。私的に結構好きなキャラなので登場もカッコつけてみたんですが、いかがだったでしょうか?

普段はシステム領域にある彼の意識と記憶は、メタトロンを依り代としてセラフィンゲインに出現します。どことなく、メタトロンを操っているっぽいですが、そのあたりのことはまだ秘密です。

ようやく鬼丸が聖櫃を目指した理由が明らかになりました。もうかなりバレバレでしたが、まあ、こういう理由です。でもそれは彼の計画の第一段階に過ぎません。なぜ彼はシャドウを聖櫃に来るよう画策したのか? 何故彼はガーディアン専用装備『童子切り安綱』をシャドウに託したのか? そして何故シャドウなのか? 勘の良い読み手さんなら、もうバレてるかもしれませんね。この物語を書き始めた当初から寝かせ続けたネタをようやく書く事が出来ます。皆さんが後納得していただける理由であればいいのですが……

目標あと3話! あ、いや4話かな……(汗 あんまり書くのよそう。大恥かくかもしれないしw

鋏屋でした。


次回予告

ついにその姿を現した伝説の最強魔法剣士『鬼丸』 かつて友と慕った人物の意外な告白に動揺しつつも、シャドウは鬼丸の言う『計画』とは何なのかを質問する。だが、鬼丸の口から語られる彼の『計画』とは、とんでもない内容だった! 鬼丸はシャドウに、いったい何を望んでいるのか? その答えがようやく明らかに!!


次回 セラフィンゲイン第31話 『ダウンロード』 こうご期待!


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