第2話 女子2人
ダイノクラブの第二脚を、愛刀の綱安で辛うじて切断に成功した俺は、すぐさま奴の反対側に回り込むべく地面を蹴った。
やはりこの太刀は凄い切れ味だ。ダメ元で斬りつけたのだが、あの堅い甲羅に覆われた脚がまるで枝を切るような手応えで斬れた。使えば使うほど切れ味が上がっているように感じる。
自分の愛刀の威力に感嘆した瞬間、一瞬の気の緩みを突かれダイノクラブの大鋏が唸りを上げながら襲いかかってきた。
「―――っ!!」
何とかガードしたものの、愚者のマントを羽織るためプレートメイルなんつー貧弱な装備を着込んでいるのが辛いトコ。マジで体がバラバラになりそうな衝撃で声が出ない。
チックショー! 蟹の分際で調子コキやがって、あったまきたっ!
―――が、続いて顔面に激痛が走った。
「いってぇぇぇぇっ!」
☆ ☆ ☆
あまりの痛さに涙しながら目を開く。涙ににじんだ風景は暗がりの森の中ではなく、自分の部屋の天井だった。
まだ痛む鼻に手を当てながらとりあえず眼鏡、眼鏡。
無事眼鏡発見――― あれ? なんか変だ。うわっ、蔓ひん曲がってるし。
オイオイ待ってくれよ、この眼鏡いくらしたと思ってんだよ。先週、眼鏡を作り替えるつもりで、たまたま入った店の女性店員に「似合うから絶対これにしなさい」と半ば強引に買わされた二万八千円の眼鏡の変わり果てた姿にまた涙がにじむ。
僕の名前は影浦智哉【カゲウラトモチカ】今年二十一歳の大学三年生。いつもはもう少しスマートに始まる起床なんだけど今日は少しドタバタしてます。
―――いや、あんま変わらないか。まあとりあえずこんな感じで今日が始まったわけですよ。
ゆっくり慎重に曲がった蔓を直してみたが、やっぱりちょっと形が違う気がする。仕方ないと諦め、僕はそのクリップを無理矢理伸ばしたような形の蔓を耳に掛け視力を矯正した目で改めて周囲を見渡してみる。
ベッドの枕の周辺には無数のPCソフトのケースとフィギア数体、それに分厚いアニメの設定本が散乱している。どうやら局地的な雪崩が起きたようだ。
このベッドに散乱した数々の品物や壁に貼ってあるポスターなんかを見ても判る通り、僕は根っからコッチの趣味の人です。あまり世間に胸はって自慢できる趣味ではありませんが。
当然こんな趣味の僕だから、起き掛けに「おはよ〜」なんて言ってモーニングコーヒを持ってきてくれたり「もう起きてる?」なんてメールを送ってくれる彼女なんか居るはずもない。彼女居ない歴=人生を貫いてるわけですよ。ええ、もっぱらガールフレンドは二次元オンリーですとも。見ているだけのが良いんです、僕の場合は。
いや、それにしても眠い。そう言えば昨日ログアウトしたらもう終電無くって、セラフィンゲインの端末がある秋葉原から歩いて帰ってきたんだっけ。
途中コンビニ前で明らかに年下の血気盛んな少年達にカツアゲされかけ、ダッシュで逃げて何とか家までたどり着いたらクタクタで、そのままベッドでブラックアウト。
セラフィンゲインつーのは僕が大学入学当初から嵌っている体感ゲームのことで、昨日もどっぷり八時間ほど浸かっておりました。またこれが嵌るんだよ実際。
アーケードオンラインゲームの発展系なんだけどただのそれじゃない。このゲームはインナーブレインシステムつー画期的な技術で創造された、全く新しいタイプの体感ロールプレイングゲームなのだ。
インナーブレインシステムって何よ? って聞かれても僕もその筋の専門家じゃないから細かいことまでは良くわからんけど、何でも人間の大脳に低周波信号を流して大脳皮質への直接励起によって予めプログラムされた疑似空間を体験することが出来るという…… これマニュアルの受け売り。
まあ何だその、簡単に言うと夢のなかの空想世界で、ファンタジーRPGを実際に体感できるというわけ。良くある剣士や魔法使いつーキャラに自分自身がなってクエストをこなしていく文字通り夢の様なゲームなのだ。
プレイ料金は泣きたくなるくらい高いけど、笑っちゃうくらい面白いんだよこれが。そんなわけで昨日もプレイしてたんだけど、それにしても昨日のクエストはしんどかったなぁ……
最悪のクエストから帰還して最悪の帰路。そんでもって最悪の目覚めかぁ。おまけに当然のごとく寝不足だし。
でも待てよ、あれから巨大蟹巻いて何とか帰還して経験値も入ったし、クライアントも三人生き残って喜んでもらえた。結果的にカツアゲもされなかったし、辛うじて眼鏡も掛けられないほど破損してない。そう考えれば、これまでの人生を振り返って比べてみてもそう悪くはないだろう。やっぱ人間ポジティブに考えないとダメだよな。
つーか、そう考えないとやってられません、僕の人生は。
とりあえず枕元に散乱している物をかたづけようとタウンページのように厚いアニメの設定資料集数冊を持ち上げると、その下に見慣れない物体。
バラバラ死体発見。被疑者――― アレですよ。赤いボディースーツのドイツ帰りの金髪少女。劇場版の二号機宜しくバラバラになっても尚、僕に微笑みかけるけなげな少女の生首。ちょっとキモイけど……
前言撤回、やっぱり今日は最悪かもしんない。この瞬間バラバラになった限定物のフィギアで1分半思考フリーズ。
☆ ☆ ☆
最愛の者を亡くした悲しみのフリーズから解放され、バラバラ少女を丁重に箱に埋葬。きっとまた同じ事になると分かっていながら他に全く収納するスペースが無いので、仕方なくPCソフトのケースやらフィギアやらを雪崩前の状態に戻したところで時計を見ると、単位ギリギリの講義まで1時間を切っていた。うっわ、やっべぇ!
えっと、風呂、風呂は入ってる時間無い、省略。服は――― 選ぶほど持ってないか。顔洗って、歯を磨いて、寝癖を直……せない。形状記憶ヘアーの異名を取る僕の髪の毛はブラシやドライヤーじゃ歯が立たない。もういいや、次ぎっ、朝飯! オイオイ朝飯なんか食ってる場合じゃないって!
そんなこんなで朝から一人疑似ダイハードを体感しながらワンルームアパートを飛び出して駅に向かって全速力。
毎朝まるで日課のように目の前を横切り「にゃぁ」と挨拶する黒猫を嫌な気分でパスして無事改札到着。
バラバラ少女のメンタルダメージから復活して此処まで18分15秒。すげー、新記録だよ。何とか間に合いそうだ、よかったよかった。やっぱり今日は最悪の日ってわけでもなさそうだ。そう思いながら僕は改札を抜け、タイミングバッチリの電車に滑り込んだ。
ずっと後になって、この日のことを振り返ると今だに良い日だったのか悪い日だったのか分からない。ただ「人生の転換期はいつですか?」と聞かれる事があるならば、やっぱりこの日を思い出す。
人生で初めて、リアル、バーチャルひっくるめ、本当の意味で『仲間』と呼べる人々と出会えた日。現実も非現実もそれほど差はないのかも知れない。
本人が自分なりに意義を見つけ、それを認めてくれる世界ならば、それはその人にとって現実以外の何物でもない。逆を言えば、自分を認めてくれる仲間がいるならば、そこがたとえ辛い現実世界だったとしても笑って過ごせるってこと。僕にそれを気付かせてくれた愛すべき仲間達。
そのきっかけを作ったのは僕がこの地球上で最も苦手な生き物……二人の『女子』だった。
寝不足で落ちかける意識を僅かばかりの根性でねじ伏せ、午前中の講義を何とか乗り切り、やっと訪れた昼休み。僕はいそいそと学食ホールへ向かった。
数人に割り込みされながらやっと買えた一杯百七十円のかけそばをトレイにのせ、がやがや騒がしい学食ホールで空いている席を探す。
朝の一人疑似ダイハードで財布の中身を確認してなかった僕は、食券買う際に中身を見て愕然とした。
所持金二百五十円。
帰りの電車賃などは定期があるから良いとしても所持金二百五十円で大学に来る生徒って他に居るんだろうか?
考えてみれば、セラフィンゲインの予備アクセス開始が午後五時からで、それからログアウトまで八時間ほどあっちに居たし、昨日は色々あって疲れたから晩飯食わずにブラックアウト。つーことは昨日の昼から何も食べてない事になる。
二十四時間ぶりの食事がかけそば一杯って、生命維持の観点から言ってどうなんだろ……
ホールを眺めると、窓際に運良く開いているテーブルを見つけ座れる事が出来た。食べる前にもう一度財布の中を覗く。この昼食で所持金八十円になった。真面目に悲しくなってくる。子供のお使いの駄賃の方がキットこれより多いだろうな。
まあ、今更言っても始まらない。別に全財産が八十円って訳じゃない。帰れば部屋にはいくらか現金が置いてある。クレカだって持ってる。(使ったことはないけど)今日一日、いや部屋に帰るまでしのげばいい話じゃん。冷めないうちに食べよ。そう思い直し気を取り直して食事に取りかかる。
あ――― 当然一人です。
昼休みに一緒に食事をする気の合う仲間なんてのは僕には居ない。
つーか『知り合い以上友達未満』という相手すら片手でお釣りが来る僕の場合、本当の意味で友人と呼べる存在なんて居ないかもしれない。彼女居ない歴も長いけど友達居ない歴も結構長いよなぁ。
鞄から昨日買って読んでないゲーム雑誌を傍らに広げ、新作の美少女ゲームのレビューをチェックしつつかけそばをすすってると、しばらくして前から声がかかった。
「ここ、良い?」
女子の声。
この大学でこんな僕に声を掛ける奇特な女子などたった一人しか居ない。嫌な予感がしたがシカトでもしようものなら後が怖いので恐る恐る顔を上げる。そこには予想通り、最高のビジュアルフェイスを持つ最悪の悪魔がトレイ片手に立っていた。
「どうせあんた一人でしょ。他空いてなくってさ、仕方ないから同席してあげる。あんたもラッキーねぇ」
断じてラッキーとは思っていない僕にそう言って、こちらの了解もとらぬまま勝手に席に着いたかと思うと、僕の読んでいたゲーム雑誌を取り上げパラパラと目を通す彼女。
萌え系女子キャラがにっこり笑う表紙の雑誌をめくるそんな仕草でも、絵になる人はそうはいない。
蛍光灯の下でも決して色あせない天然栗毛のロングヘヤー。ビックマックとほぼ同じ大きさの小さな顔に完璧な設計で見事に形成されたパーツが神の手によって緻密に配置されている。顔の面積に対して少し大きめの一重の切れ長の目。繊細な鼻梁と愛くるしい唇。どれ一つ掛けてもこの芸術品のような顔は生まれないだろうと思える神の手による美貌の持ち主。当大学のミスコン二年連続ダントツ優勝の実績を持つビジュアル天使、もといビジュアル系悪魔、兵藤マリア嬢 。
「か、か、か、かえししてくくれ…… 」
つくづくイヤになる。これが僕の持病、極度などもり症。緊張したり特に女子を前にすると確実に言語出力に障害が出る。
前に人数あわせで無理矢理連れて行かれた合コンの席で『天然ラッパー』なんて言うあだ名が付けられ、以来その不本意なあだ名が定着してしまっているのもこの持病のせいなのだ。
「でてくる女の子、みんな巨乳ばっか。男って何でこんなにおっぱい好きなのかね。こんなでかかったら逆に気持ち悪いだろつーの」
いや、あんたの胸もそれなりに大きいですけどね。そんなツッコミを心の中で入れつつ視線を下げると、少々大きめに開いた胸元が目に飛び込んでくる。透き通った白い肌の内側に血管が肉眼で確認できる。ほわぁ〜 ほぼ徹夜に近い脳には刺激強すぎるって。
ヤバイっと思い僕は視線を逸らした。
見るだけタダと思う無かれ。この女なら確実に金を取る、しかも即金で。所持金八十円の今の僕では自殺行為に等しい。
「はぁ〜ん、やっぱりあんたも生身のおっぱい好きなんだ。てっきり二次コン不能者かと思ってたんだけどねぇ、カゲチカ君」
そう言って雑誌をテーブルに戻しにんまりと笑うマリア女史。
イヤ別に『嫌い』じゃなくて『苦手』なだけなんですけどね。
―――ってか僕は智哉だ。カゲウラ・トモチカ! 何でも略すな。フルネームを合わせて略すなんて明らかにおかしいだろ。そんなのマツケンだけで充分だ。
とりあえず触らぬマリアに祟り無し。急いで食って早々に撤退した方がお利口さんの選択だ。僕は蕎麦を啜るスピードを上げた。
「あんた、何あからさまにシカトしてんの? 言っとくけど今の貸しだからね」
マリアの言ってることの意味が分からず手を止めてマリアを見る。
「かか、か、貸しって? 」
「今の胸元覗き込んだ分。とぼけたって無理→無駄→無謀。しっかり見てたんだから。あたしが気がつかないと思った? 」
ほら、やっぱり来たぁぁぁ。
前もたまたま手の甲が腰に触れたとかで駅前のレストランで六百八十円のクラブサンドと八百円のスペシャルオムライスを速攻で驕らされた覚えがある。そういやあの時はご丁寧にその店のプリンまでおみやげに持って帰ったっけ、この人。
無理、無駄はわかるが無謀って何? つー意味不明な三段活用はこの際スルー。今日はヤバイですマジで。何せ残金八十円ですから。明日に繰り越したら確実に五割以上の利子が付く。恐るべしマリア金融。ダメもとで反論開始。
「い、いい今のは、たた、たたまたま、め、目に入った、だ、だけで、べべ別にの、の覗いてたたた、んじゃななな、無い」
「うら若き乙女の柔肌を視姦しといて何言ってんの? 今すぐ五千円請求されたくなかったら、あたしが食べ終わるまで、そこに座ってなさい」
ブラの端すら見えてないのにどういう料金設定ですか? しかも視姦って何だ? そんなんで罪を問われるならおまえとすれ違った世の男性は全員逮捕されるだろ!
もし、マリアがセミヌードの写真集なんか出したら一冊いくらになるんだろう。でもかなりの高額でもこの女なら売れちゃうかも知れない。やっぱり恐ろしいよビジュアル系悪魔。
仕方なく僕は蕎麦を啜るスピードを戻して食べることにする。食べながらマリアの方を見るとオムライスとスパゲッティーを交互に食べていた。
前にも思ったがこの女にダイエットなど必要ないみたいだ。この前も此処の学食ランキングトップスリーのメニューを同時に食べていたっけ。ギャル曽根か、あんた。
それにしてもホント見るだけなら最高の素材だと思う。二次元マニアの僕でさえ眺めるだけなら時間を忘れて見入ってしまう。これで彼氏が居ないのは絶対性格のせいだよな。
前に強制的に驕らされた時もレストランに一緒に入った瞬間、店にいた男みんなが羨ましそうにこっち見てて恥ずかしかったけど誇らしい気分を味わったのも事実。
でも騙されちゃイケナイ。マリアは正真正銘の悪魔的サディストなんですから。
確かにこの美貌だから入学当初からかなりの男子学生から猛烈なアタックを受けていたが、その全てをワンパンで撃沈してきた。
あっ、比喩じゃ無いですよ、本物のぐーパンチですよっ!
中でもそのうち四人はストーカーまがいな追っかけをして逆に彼女に病院送りにされた。
マリアはハーフで父親がアメリカ陸軍の突撃隊に所属しており、その父からマーシャルアーツを学んでてその腕前は大会の女子の部で入賞できるほどなのだ。僕はその方達に少しだけ同情します。
あとマリアには妙な趣味がある。こう見えて彼女コスプレマニアなのだ。学校の人間はまず知らないが、秋葉原のコスプレカフェでバイトしている。当然この美貌な訳で、その店ナンバーワンの指名率を誇りかなりのコアファンが居る。
なにしろ二次元アニメキャラがそのまま三次元になった様な容姿で、それがチャイナやメイド服を着て注文取りに来るんだから二次元マニアはたまらない。僕もたまに行ってみるけどありゃ反則ですよ。
性格知ってる僕でもマリアを指名する。だってほら同じ値段な訳だから、最高のビジュアルを楽しみたいじゃないですか。
そんなコスプレカフェでのマリアを脳内で映写しながら目の前で食事をしている素マリアを眺めていた僕だったが、タダで見ているとまた難癖を付けられて請求額が上がりそうなので視線を逸らして蕎麦に集中集中。
すると今度は背中から声を掛けられた。
「あのぉ…… すいません」
またまた女子の声。この学校で目の前で最後の一口のオムライスを口に運んでいるこのビジュアル系悪魔以外に僕に声を掛ける女子なんて検討つかない。やっぱり恐る恐る振り向く僕。
いや、だから苦手なんだってばっ!
振り向くと、そこにはまたまた美貌の女子! 此処まで来ると何かの呪いかもしれん。
黒髪のショート。小顔にくっきり一重の大きな瞳。左右と高さが完璧なバランスを保つ鼻筋と、ぷっくりとした唇が印象的。全体的に幼さを残す顔立ちはロリ顔全開の破壊力で、美人と言うよりまさに美少女と言った感じだった。それはマリアとはまた違った美で当然僕はこっちも好みです。
「ははは、はい、い? 」
やばい、もはや人間の言語を喋れる自信がない。スイマセン見てるだけじゃダメですか?
「間違っていたらゴメンナサイ。突然こんな事聞いてびっくりするかも知れませんがぁ…… 」
いや、あんたの顔だけでも充分びっくりさせて貰いました。
彼女の少しゆっくりとした口調に少しだけゆとりが生まれた僕はとりあえず深呼吸。スーハー、スーハー。
あれっ? 何だろうこの違和感。なんか変だぞコノヒト。美少女の顔を見ててなんか凄く違和感を感じる。何だろうと思っているとあることに気がついた。この人、俺の顔見てないんだよね。てんで明後日の方向に視線が行ってるんだ。何で? って思いながら彼女の右手を見ると白い杖が握られている。これってひょっとして……
「あっ、ごめんなさい。私、目が見えないんです」
僕の気配を察したのか彼女はそう答えた。
盲目の美少女ですかぁぁぁ――――――っ!?
なんつー設定で登場してくれるんだよコノヒトは!
僕はこの時ほど持病のどもり症を呪ったことはない。だってさ、外見全くイケてないモロ秋カジファッション全開ヲタ野郎の僕でもこの人にはそれが見えないんですよ。つー事は声とトークでOKって事でしょ? ああぁ、両方ダメな僕は話しにならねぇじゃん……
しょうがない、とりあえず、勿体ないので彼女のビジュアルだけは網膜に焼き付けておこう。
「もしかして『シャドウ』さんじゃありませんか?」
――――――――えっ?
この瞬間、僕の頭の中のどっかず〜っと奥の方でスイッチが入るのを感じた。
カチリ
「あんた、何者だ? 」
あれ? ここリアルだよな。僕、今ちゃんと喋れてなかった?
「やっぱり。私、目が不自由なんで、代わりに耳が良いんです。一度聞いた声は絶対わすれません。ちょっと聞き取りにくかったけど、もしかしてって思って声を掛けたんです」
そう言う彼女の顔は急に花が咲いたように明るくなった気がした。ああぁ、マジで可愛いんですけど。
「なるほど、それで、俺に一体何の用なんだ? 」
あれれ!? やっぱりちゃんと喋れてるよ僕。どうなってるんだこれ? 前の席で食事していたマリアも手を止めて驚いている様子が気配でわかる。
「あ、申し遅れましたぁ。お久しぶりです。あれ? こっちじゃ始めましてか。私、世羅浜雪乃【セラハマ ユキノ】と申します。半年前、クエストで御一緒した『アポカリプス』のメイジ、スノーです。まさかリアルで同じ学校だったなんてぇ――― なんか運命感じますね」
ごめんなさい。運命感じて喜んでくれるのはありがたいのですが、全く憶えておりません。ただスノーというメイジは知ってる。あっちじゃ結構有名なメイジだ。でも一緒にクエストしたことあったっけ?
それにしても、まさか同じ大学の生徒にセラフィンゲインのプレイヤーが居るとは思わなかった。世間って意外と狭いのね。
「勝手に盛り上がってるトコ悪いが、俺は雇われたチームのメンバーをいちいち憶えていられるほど器用な男じゃない。無論あんたのことも憶えちゃいないが、あんたの名前は知ってる。『プラチナ・スノー』ってあんたのことだろ?」
やっぱり変だ。一体どうなってんだろ。どもりはでないしこの高圧的な態度。まるでセラフィンゲインに居る時の僕、そう『漆黒のシャドウ』そのものだ。
「『漆黒のシャドウ』に名前を覚えて貰うなんて光栄ね。再会を祝して『ビネオワ』で乾杯したい気分だけど此処じゃそうはいかないわね」
ビネオワとはセラフィンゲインの世界で、アモーと言うセラフの乳から作られるお酒のこと。極寒フィールドでは寒さを凌ぐために携帯されることもあるが、無事生還した時などにチームメンバーとベースキャンプで飲んだりする事が多い。
いやしかし完全にシャドウ化してる僕が言うのも何だけど、雪乃さんうっすらキャラ変わってませんか?
「まあな、リアルで煽る酒じゃない。そんなことよりあんたの用件を聞かせろ。オフ会の誘いだったら断るぜ」
そう言う僕の言葉に雪乃さんはフッと笑いその大きな瞳を僕の顔に向ける。その動作が妙に大人びててぞくりとした。ロリ顔に大人びた仕草のアンバランスさがまた何とも…… やっつけられそう。
もしもし、あなたホントに目が見えないんですか?
「それも面白そうだけど、またの機会にするわ。実は私が主催するチームに貴方を召喚したいの。ここ良いかしら?」
雪乃はそう言って俺の横の椅子を指した。それは盲目である事を感じさせない動作だった。もう何でもありデスこの状況。
「カゲチカ、あんたちゃんと喋れんの!?」
それまで蚊帳の外だったマリア嬢が此処でやっと口を挟んだ。ゴメン、聞かないでくれ。僕自身判りません。突然治るなんてあるんだろうか?
「い、いいや、なな、何故か、ふ、普通にに、し、喋れれ、るんだ」
―――喋れてないし。
「あんた馬鹿にしてんの?」
残像が出るくらい激しく首を横に振る僕。いいえめっそうもない! Mじゃないですよ自分。地雷をわかってて踏むのはお笑い芸人ぐらいです。
そんな僕とマリアのやりとりを眺めつつ(いや、実際そう見えるんだって)クスッと笑いながら雪乃さんは静かに隣の席に座った。いやー二次元マニアの僕ですが、その顔だけでご飯三杯はいけそうです。
ビジュアル数値テラバイトの女子二人にこんな至近距離で囲まれるなんて、これまでの僕の人生には皆無。こういうのなんていったけ? 両手に花? 逆ドリカム状態? ニーヤが辞めたからもう違うか。
とにかく普通の男なら超ハッピーなんだろうけど、リアル女子は僕にとって極めてNGな存在な訳で、はっきり言ってもう限界。
極度な緊張と混乱で脳がオーバーロードしかけるなか、隣に座る白銀の女魔術師の微笑みだけが妙にはっきりと網膜に焼き付いて離れなかった。
読んでくださった方、ありがとうございます。
第2話更新いたしました。
前回とはうって変わり、今回は現実世界でのお話しです。仮想世界では『凄腕の傭兵』である主人公は、現実では、年下にカツアゲされ掛かるわ、女の子とまともに喋れないわとホント情けない青年です。その辺りのギャップを『おもろい』と思ってくださるか『くどい』と思われるかは微妙なところです。
今回で2人のキーになるキャラクターが登場します。片方には振り回され、片方は物語の重要な部分に関係するので、やっぱり振り回されちゃいます。
これから登場する予定のキャラ達も個性的な者だらけです。
しかし障害を扱うことについて不快に思われる方もいらっしゃるかも知れません。決して中傷するようなつもりで書いてはおりませんが、それでも不快に思われたなら、私の表現の仕方が悪いのでしょう。深くお詫び申し上げます。
ただ、この物語では、そのことが重要なコアになっておりますので、出来れば寛大な心で流して欲しいと思います。
鋏屋でした。
〈次回予告〉
セラフィンゲインで最強と噂される美少女魔導士『プラチナ・スノー』こと世羅浜雪乃に「伝説の最強チームを作ろう」と持ちかけられたシャドウこと智哉。
いつの間にか自分がメンバーになる事を前提に話が進んでいる事に戸惑いながらも、ワクワクしている自分がいることを自覚していた。
雪乃と智哉の話についていけないマリアは不満を爆発、智哉と雪乃に説明を促す。だがそれはマリアにある重大な決断させる事になる。
次回 セラフィンゲイン第3話 『悪魔の決断』 こうご期待!