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セラフィンゲイン  作者: 鋏屋
EP-1 セラフィンゲイン
29/60

第27話 鴉と鷲

 世羅浜邸から30分ほど車を走らせ、僕らは新宿2丁目にあるクラブマチルダに到着した。ここまで乗せてくれた折戸さんにお礼を言って僕らは車を降りた。

「いえいえ、おやすい御用ですよ。それでは雪乃様、お帰りの際はご連絡下さい。お迎えに上がりますので」

 折戸さんはそう言って雪乃さんと僕らにまで丁寧にお辞儀をして運転席に乗り込むと走り去っていった。う~ん、変わってる世羅浜家にちょっぴり染まってるけど本当にいい人だなぁ、折戸さんって。

「さあ雪乃、ここがドンちゃんの店、『クラブマチルダ』よ」

「わ~ なんかわくわくしますぅ♪」

 マリアの言葉に応じて目を輝かせながらお店を見上げる雪乃さん。毎度の事ながら、もうホント見えてるとしか思えない仕草だよ。

 僕ら三人が店のドアに手を掛けた瞬間、後ろから声が掛かった。

「ヘイヘイヘ~イ! キュートなレディ~スにマイ・ブラザ~ボ~イっ!!」

 アホな台詞で振り向かなくてもわかる。だいたいいつからあんたのブラザーになったんだよ僕は……

「あ、サムだ~! サムってホントに外人みたーい!」

 マリアの声に少し興味が沸いたので僕も振り返った。

 ジャマイカだかどこだか良くわからん七色のグラデーションTシャツにダウンのロングコート。8ボールのロゴが入ったキャップに首から提げた大きめのヘッドホン。僕の実家の台所に垂れ下がっているすだれのようなドレッドヘヤーを鬱陶しくまとわりつかせたのっぽの黒人がそこにいた。

 想像通りというか…… ニューヨークとかで道ばたで座ってたら間違いなくヒッピーだなお前は。しかもそのヘッドホン、コードの先が繋がって無いんだけど……

「フゥ~っ! ララち~ん、リア~ルでもエキサイティングなセクスィーガール!! 突然『オウル』から連絡有ったときはどうしたものかとシンクしたけど、カムしてグーだったYo!」

 うぜぇ…… あっちでもウザイがリアルじゃウザさが2割り増しだ。さらに声もでかい。サムが何か喋る度に道行く人が振り返る。一緒にいたくないよまじで。あのさ、会話もそうだけど、何で事あるごとに奇声を上げるんだ?

「ウッホ、ブラザ~ってばリアルも別の意味でブラック! ってかヲッタックぅ!」

 やかましいっ! ほっとけサルっ!! なんだその『ヲタック』って!? だからリアルじゃ会いたくないんだよ。特にコイツとだけは……っ!

「ああ、その声はサムさんですね、こんばんは~」

 と律儀に挨拶する雪乃さん。

「わおっ! ユーはプリティースノー? Ho~w キュートアンドベリーベリープリティーガールね♪ ……ホワッツ?」

 そう奇妙な声を上げ、サムは雪乃さんの右手に握られた白い杖に目を止めた。不意に黙ったサムに雰囲気を感じ取ったのか雪乃さんが答えた。

「私、目が見えないんですよ……」

 そう言って少し恥ずかしそうに微笑む雪乃さん。うわ~可愛いすぎるっ! オイサムっ! 少しは察しろよ、雪乃さん困ってるじゃんかっ!

 しかしサムはもう一度「ホワッツ?」と聞き返す。あれ? と思ったが…… あ、そうだ思い出した。コイツ確か……

「ま、ま、マリア、さ、さ、サムは、み、み、みみ耳が、わ、わわわ悪いん、だ」

「えっ? そうなの?」

 そう、コイツ確かリアルじゃすげえ難聴なんだよ。前に聞いたことがある。なのに何故かクラブDJやってるんだよ…… どうやってやってるんだかさっぱりわからないんだけどな。

「スノーはねーっ! リアルじゃーっ! 目がーっ! 見えないのーっ! わーかーるーっ!!」

 マリアはサムの耳元ででかい声で叫んだ。サムもようやく聞こえたようで何度か頷いた。

「オーケー、オーケー。アンダースタンドだよララちん。ちょっとモーメントプリーズね……」

 そう言ってサムはポケットから何かを取り出し、耳に挟んだ。

「コレでノープロブレムね♪」

 そう言ってサムが耳に挟んだのは補聴器だった。お前…… そんなのあるなら常時装備してろよ……

「オ~ウソーリー、プリティー・スノー。ユーのアイがルック出来ないなんて知らなかったYo~ ミーの愛でユーのアイをあげた~いネ!」

 とくだらないことをのたまいながら、乾いた笑いをするサム。やはり呼ぶべきではなかった……

「とにかく中に入りましょ」

 そのマリアの言葉に僕たち4人は店に入った。

「いらっしゃ~い♪」

 入ると同時に例の『木馬ガールズ』が僕らを出迎えた。すでに店のコスチュームに着替え終わってるところを見ると、どうやら準備をして待ってくれていたらしい。

「マリアちゃーん、おひさしぶり~」

 金髪美女(?)セイラさんがそう言いながらマリアに抱きついた。性別が微妙だが、ビジュアル的には問題なし。そういや前回来たときも結構良く喋っていたよなこの二人。どうやら仲良しになったみたいだ。

「わおセイラ、元気してた~? 今日は約束通りお客として来たよ~」

 マリア、お前やっぱりこの人ですら、もう呼び捨てなんだ。すげぇな、相変わらず。

「う~んとサービスするから楽しんでって。あら? うわ~、こっちの彼女もすっごい美少女じゃない!?」

 マリアの隣に立つ雪乃さんを見て、セイラさんがその微妙な声音を数オクターブ上げた驚きの声を上げる。いや無理もない。マリアと雪乃さんはちょっとあり得ないほどの天然美貌の持ち主だからね。

 そこへぬうっと現れた巨体。このクラブマチルダのオーナーママ。マチルダことドンちゃんだ。相変わらず全く似合ってない連邦軍女性士官のコスプレが、今にも引きちぎれそうなほどパッツンパッツンで登場。

「いらっしゃ~い…… あら? あなたもしかしてスノー?」

 ドンちゃんが雪乃さんを見てそう質問した。

「はい。初めまして、世羅浜雪乃ですぅ。今日は突然だったのにオフ会の場所を設定して頂き、ありがとうございますぅ♪」

 そう言いながら雪乃さんはぺこりと頭を下げた。その可愛らしい姿にドンちゃんも驚いているようだった。

「いや~ん雪乃ちゃん! 可愛いさが留まることを知らないわよ! もうマッハいくつよ? て感じ♪」

 あのねドンちゃん、気持ちもわかるし、言いたいことも何となくわかるけど、『可愛い』度はたぶん『マッハ』じゃ表せないと思ワレ……

「この子もママの知り合いなの?」

 そう言ってマリアと雪乃さんに群がる木馬ガールズ。口々に『可愛い~!』を連発するコスプレオカマ軍団と、取り残される僕とサム。まあ、仕方ないよなこの場合。

「なかなかエキサイティングなクラブネ~ ミーは気に入っちゃったYo」

 そう言って店内を見回し、店内に流れる『シャアが来る』の曲に合わせて妙なリズムを取るサム。鬱陶しいから少し離れて欲しい。

 あれ? そういやたしかもう一人居たよね、ここのホステスさん。

「私をお捜し?」

 いきなり耳元にそう声を掛けられ一瞬息が止まる。おわぁぁぁあっ!!

「また会えたわね。あ、そうそう、当たった? 私の占い」

 だからそのステルスモードで接近するのはやめて下さいララァさんっ! 心臓止まったらどうするんですかっ!? その相変わらずの怪しい衣装も胡散臭さに拍車を掛けてるんですから。

「その顔じゃ当たらずとも遠からず…… まだ鬼丸さんには会えてないみたいね」

「あ、ああ、い、い、いえ、も、もも、もうすぐ、あ、あ、あ会う、か、かかかも」

 どもりながらそう答えると、ララァさんはフッと笑って顔を近づけてくる。

「意識が永遠に生き続けたら拷問よ…… 私はあなた達二人の間に居たいだけ……」

 だからいちいちアッチの台詞をこじつけなくても良いですってっ! そもそも最初から鬼丸と僕の間にあなたは気配すら存在してませんから。

 すると、ララァさんの後ろにもう一人女性? が居るのに気づいた。この店の従業員さんみたいだからたぶんこの人もオカマさんだろう。黒いストールを羽織って腕を組み、顔は皆さんと同じく綺麗なんだけど、ちょっと高圧的な視線を投げかけてくるのが少し怖い。誰だろうこの人。そんな僕の困惑した表情に何かを感じ取ってくれたのか、ララァさんはその人を紹介してくれた。

「ああコレ、私の友達のハマーン。先週からこの店で働いてるの」

 ハマーン……

「何がコレだこの俗物が! そもそも私とお前がいつから友達になったのだ。私に友はいらん、人は生きる限り1人だからな。そう思わないか少年?」

 ははは…… だから同意を求めるなって。また変なのが入荷してるよこのお店……

「いつもこんな感じだから気にしないで。声帯いじって声まで変えたのに男口調なの。オカマなのに『男っぽい』っていうちょっと変わったオカマね。ちょっとややこしいから『男口調の直らないオカマ』でいいわ」

 えっと…… 元男で女になって男の真似…… あれ? それって女性になった意味あるんですか?

「違うぞララァ。何度言えばわかるのだ。私は『男口調の直らないオカマ』じゃ無くて『男口調の女性になりたいオカマ』だ。このハマーン、見くびって貰っては困る!」

 言葉にすると微妙な違いだけど、この人にすれば地球圏とアステロイドベルト以上の開きがあるらしい。僕の脳内メモリーには普通に『変なオカマ』とインプットされました。

「なかなかミステリアスなレディーだね」

 あのなサム、レディーじゃないと思うぞたぶん。つーかこの人相手に普通のリアクションするお前も凄いけどね。

「こんなんだけど評判良いのよ。今じゃハマーン目当ての客も多くて。でもなぜか8割方女性客なのよね」

 ああ、それ何となくわかる気がする…… あれだ、宝塚みたいな感覚なのかもしれない。

「ちょっと待て、私は普通に男が好きだぞ! 人を変態を見るような目で見るんじゃないっ!!」

 女性に好かれるのは男としては普通だけど、そもそもオカマって時点で…… いや、もう考えるのよそう。正直頭痛くなってきたし。

 そこに店の奥から僕らを呼ぶ声がした。

「よう、先にやってるぜ」

 見るとスーツ姿のリッパーと法衣を着たサモンさんが早くも飲み始めていた。この前来たときも思ったんだけど、そんな法衣姿でジョッキ煽って良いんですか? サモンさん……

「さ、さ、さ先に、つつ、つ着いて、い、いい、いたん、で、ですか?」

 どもる僕の言葉にリッパーはニヤリとして答えた。

「ああ、俺達もさっき来たトコだよ。ちょっと早かったんで、悪いと思ったんだが先に一杯やらせて貰ってたんだ」

 そう言ってリッパーは残りのビールを煽った。

「私も今日はここに来る予定は無かったんですが、リアルでスノーに会うってことで来てしまいましたよ」

 そう言って坊主頭をさすりながら苦笑いをするサモンさん。チームの副官としてはやはりチームリーダーのリアルの姿を見てみたかったんだろうね。

 そんなことを思いつつ、僕とサムは2人の前に座った。続けてテーブルにマリアと雪乃さんがやってきた。

「ああ、リッパーにサンちゃん。先に来てたんだね~ はいはい2人ともお待ちかね、この娘がリアルスノーの雪乃だよ~♪」

 そう言ってマリアは雪乃さんを二人に紹介した。

「こんばんはリッパーにサンちゃん。世羅浜雪乃ですぅ♪」

 そう言ってにっこりと微笑みながらお辞儀をする雪乃さん。2人とも雪乃さんの可愛さに一瞬言葉を無くしたようだった。

「あ…… ああ、こっちじゃ初めましてって事になるか。しかし本当に目が見えないんだな……」

「ええ。でもその分耳はいいですよぉ。一度聞いた声は忘れませんし」

「それになんつーか、その…… いや、何でもない……」

 そう言い淀んでリッパーはジョッキに口を付ける。雪乃さんの可愛さに動揺しているみたいだ。もしもしリッパー、そのジョッキもう空ですよ? リアルに動揺してませんか?

「さて、みんな揃ったことだし、改めて乾杯と行こうじゃない」

 そう言ってドンちゃんがジョッキやグラスを回す。

「やっぱこういう場合はリーダーよね」

 とマリアが雪乃さんに乾杯の音頭を促す。

「そりゃそうよね」

「当然じゃね?」

「ええ、もちろんですね」

「フルコ~ス、オフコ~スネ!」

「じ、じ、じじゃあ、ゆ、ゆ、ゆ雪乃さん……」

 一斉に一同雪乃さんを見る。何故か木馬ガールズやララァさん。それにハマーンさんまでも一緒にグラスを持って雪乃さんの言葉を待っていた。雪乃さんは少し照れたように笑いながら

「では……」

 少し目を閉じてから再び目を開くと、手にした杯を掲げた。

「チーム『ラグナロク』オフ会を開催します。みんな、乾杯っ!!」

「「かんぱ~いっ!!」」

 雪乃さんの乾杯にみんなが復唱して杯を掲げ、続いて皆一斉に手にした杯に口を付けた。ドンちゃんなんか中ジョッキをほとんど一飲みだったよ?

 しかしなんか今の、まるでクエストのエントリー宣言みたいだったな。雪乃さん声スノーだったし…… まあ、そんなこんなでリアルでの『ラグナロク』オフ会が始まった。


 雪乃さんの乾杯から30分ほどで、テーブルに用意されていたオードブルの約3分の2がマリア一人のせいで無くなり、それに輪を掛けてドンちゃんとマリア、それに木馬ガールズの3人プラスサムの6人はアルコール消費量がハンパなかった。マリアなんか常に口がもぐもぐ動かしビールで流し込んでるし、ドンちゃんはほぼ一飲みで空の中ジョッキを量産し続け、木馬ガールズとサムは生ビールが底をついたので途中からハイボールにスイッチしたのだが、カウンターの向こうにいるクランプさん(源氏名)つーバーテンダーさん1人では、到底作るのが追いつかず、ついには作成量を消費量が大幅に上回るという緊急事態で、仕方なく「何で私が……っ!」とぶつぶつ言いながらもハマーンさんも手伝う羽目になった。

 あのさ、マリアやサムは良いとして、ドンちゃんと木馬ガールズは普通に従業員だよね? そりゃこういう水商売なんだから客の酒を飲むのはわかるけど、量考えませんか? さっき追加で生樽を買いに行ったララァさん、まだ帰ってこないよ?

 従業員がこんな状態なので、カランってドア鐘鳴らして一般客が入ってきても誰も気が付かず、仕方なく僕が案内しようとするが、案の定どもりで言葉が伝わらず店内をチラッと見ては渋い顔して帰っていく始末。流石にヤバイと思ったのでハマーンさんに対応をお願いしたのだけれど、この人、ドア開けて覗くお客さんに片っ端から『来たか、俗物どもっ!』とか『こんな時に来た己の身を呪うがいいっ!』ってな具合のアッチ風の台詞で暴言吐くもんだからやっぱり帰っちゃう。もしもしハマーンさん、あなた『お客』って言葉の意味わかって喋ってますか?

 これじゃ僕が対応しても一緒なので、結局『本日貸し切り』の札をドアの外に書けることになったわけですが、ホントにハマーンさんってここのホステスさんなんだろうか? どっか他の店が送り込んだ潜入工作員とかじゃね? この人に客の出迎え対応させてたら3日で閉店を余儀なくされる気がするんですけど…… 普段どんな接客してるんだろ?

 追っかけ始まったカラオケでは、ドンちゃんの『哀戦士』から始まりサンちゃん、リッパーと流行の歌を歌い、サムの『橋幸雄』は別にしてもマリアの歌声には驚いた。スゲー歌上手いんだもんよ! あいつ歌手でも食っていけるんじゃね?

 そして、なんと言っても雪乃さんの『黒田節』には驚いた! 目が見えないので歌詞を全て暗記しているらしいが、こんな萌える黒田節を聴いたのは、僕は生まれて初めてです! 雪乃さん、反則っすよそれ……

 え、僕ですか? 僕はどんな歌も全てラップになり、そのうち「あたたたた……」とケンシロウみたくなって、もはや断じて歌と呼べる代物ではなくなるので、ワンフレーズ20十秒でマリアが強制スキップしました。僕はカラオケ嫌いなんですよ……

 最初の乾杯のビール以降、終始ウーロン茶のハズなんだけど、店内の異様な熱気で顔回りが熱くなったので、僕はメインテーブルから離れ、隣のテーブルのソファーに腰を下ろした。腰掛ける際に未だに関節が痛むけど、朝よりだいぶ良くなったみたい。やれやれだよ。

 メインテーブル脇では、今度は木馬ガールズがキャンディーズの『年下の男の子』を歌い出し、皆手拍子でリズムを取っていた。ビジュアル的にはOKなんだけど、声が…… ミライさん、歌詞も微妙な上に、こっちに投げキッスするのはやめて下さい、背筋が寒くなるからっ!

 そんな妙な悪寒を感じながらウーロン茶をすすりつつ眺めていると、サムとハマーンさんが近寄ってきて僕の隣に座った。

「ヘイブラザ~ モッコリあがってないね~」

 それを言うなら『盛り上がってない』だろ! 余計なモン付けるな、意味が違っちゃうでしょっ!

「どうした少年? ガンダム30周年なのに出番のない大物声優みたいな顔して」

 どういう顔だよ…… つーか本人聞いたら怒りますよそれ? そもそも20歳すぎた僕に少年は無いでしょう?

「い、いい、いや、き、きき、今日は、ち、ちょっと、つつ、疲れてて」

 いやマジ疲れるよ今日は。楽しいけどね。

「ヘイ、時にブラザーシャドウ。やっぱり鬼丸は『聖櫃』にいるのかい?」


 カチリ


 サムに呼ばれた名前に反応し、僕の頭の中でスイッチが入る音がした。

「ああ、奴の意識は『聖櫃』にあるそうだ…… あそこを管理するクソガキが言ったんだから間違い無いだろうな」

 『俺』は眼鏡を外して蔓を畳むと静かにテーブルの上に置いた。

「あれ? オイ、どうしたんだ少年?」

 と俺の変化に驚いて隣に座るハマーンさんが訪ねる。

「ああ、気にしないでくれ。いつものことだ」

 そう言ってグラスに口を付けた。あれ? これウイスキーじゃん! またやっちゃったよ…… 眼鏡外すとダメだな。

「か、変わってるな、少年…… ああ、ちなみにその水割りは私のだが……」

 げげっ! ハマーンさんのだったの!? ……まあいっか。

「悪いな…… 出来ればもう一杯作ってくれないか?」

「あ、ああ、わ、わかった。ちょっと待っててくれ」

 そう言ってハマーンさんは席を立った。ゴメンナサイね、こうなっちゃうと、どうも性格まで変わっちゃうみたいなんですよ。

「そうか、鬼丸はやっぱりまだいるんだ、あの世界に…… ユーは彼に会ってどうするつもりなんだい?」

 前に同じ事を誰かに聞かれたな…… 

「そうだな…… 最近は聞きたいことが増えちまった。何故俺達を裏切ったのか。何故そうまでして『聖櫃』を目指すのか。そこに何があるのか。何故俺に『童子切り安綱』を託したのか…… 」

 そう言いながら空いたグラスに残る氷を眺めた。曲面の硝子の向こうに、鬼丸の笑顔を見る。するとハマーンさんが、俺の頼んだ水割りを持って戻ってきて、僕の隣に座ると同時にグラスを俺の前に静かに置いた。

「なあ、ブラザーシャドウ。もし鬼丸がミー達の知るかつての鬼丸じゃなかったら…… ユーはどうするネ」

 サムはいつになく真面目に聞いてきた。コイツがこんな顔を見るのは久しぶりだ。

「……どういう意味だ?」

 俺はサムが何を聞きたいのかわかっていながらそう聞いた。もしかしたらハッキリ聞かれるのを避けていたのかもしれない。

「ボケはミーの役だ。ユーには似合わない。彼が『敵』としてミー達の前に立ち塞がったらってことさ…… ユーの考えを聞いておきたい」

「そしたら間違いなく戦うさ、俺達全員で。なあシャドウ?」

 いつの間にか向かいの席にリッパーが座っていた。

「いくら伝説のプレイヤーだからって、俺達全員を相手じゃ……」

 リッパーがそう言いかけたとたん、サムが急に大声で笑い出した。元々声が大きいせいか、その声は店内中に響き渡り、他のメンバーも驚いたようにこっちを見た。

「HAHAHA…… いやソーリー、面白いジョークだったんでつい…… HAHAHAっ!」

 そう言って尚も含み笑いをするサム。俺は黙ってそんなサムの姿を眺めていた。

「おいサム、てめえ何がおかしいんだよ!」

 リッパーがそうサムに文句を言う。

「HA~ ナイスジョ~クだリッパー。ユーにジョークのセンスがあるとは思わなかった」

「どういう意味よサム」

 と今度はドンちゃんがサムに質問する。

「ミー達全員で戦えば…… なんなんだい? 鬼丸を倒せるって? それがジョークじゃなくてなんなんだYo~」

 サムは前に集まったメンバー全員の顔を見てさらに続けた。

「言わせて貰うとネ、ミー達全員束になって掛かったって鬼丸には到底及ばない。絶対に勝てないネ。まあ知らないから無理もないけどネ。そんな妄想は知らないから言えるわけだから」

「いくら何でもお前……」

 尚もそう反論するリッパーの言葉を遮り、サムは話し続けた。

「鬼丸はね、ソロでレベルシックスを連続で4回もクリアできるんだよ? しかもノーダメージでね。彼の戦闘力はレベル40オーバーとかってキャラパラメータだけの話じゃない。もっと別の…… ミー達のイマジネーションの外にある何かだ。ユーならわかるだろう、シャドウ?」

 そう言って俺に視線を向けるサム。奴の言葉に静まりかえり息を飲む一同。俺はサムの言葉に無言の答えを返す。すなわち肯定だ。奴の言うとおり、鬼丸の強さは単純にレベル40オーバーのそれじゃない。恐らく……

「この前の話じゃ鬼丸は例の何とかっていう特殊な脳の持ち主って話だから、恐らくそれなんだろうネ。唯一勝機があるとするなら…… ブラザーシャドウ、彼と同じようなスペシャルな脳を持つユーと安綱だYo」

 そう言ってサムは手にしたグラスを煽った。

「そっか、同じ力を持つあんたなら勝てるって訳ね。なるほど」

「ノンノン、ララちん。そうじゃない。まともに戦えるってだけだYo ソロでやり合ったらたぶん勝てないネ。ブラザーシャドウのアレと、ミー達全員の連携を取れた攻撃をして、初めて互角かどうかってトコだネ」

 マリアの言葉にそう返して、サムは俺の方を向いた。

「そこでだ、ブラザーシャドウ…… 改めてユーに聞こう。ユーは戦える…… いや『斬れる』のかい、鬼丸を? その刃に触れる同族を確実に消し去る装備『童子切り安綱』で」

 いつになく真面目なサムのまなざしを、俺は真正面にとらえた。

 もし鬼丸が敵として俺達の前に現れたら…… 考えたくないが、あのロストプレイヤーの意識をインストールされたバルンガモーフと戦った今なら、その可能性は決して少なくないだろう。サムの言うとおり、鬼丸の強さはハンパない。通常の俺達じゃ鬼丸には太刀打ちできないだろう。だがサムは、そう言う奴の強さとは別の意味で俺に戦えるかを聞いたのだ。


『―――お前はもしかしたら、俺の唯一の 仲間 だった かもな……』


 俺が最後に見た鬼丸の姿が脳裏によみがえり、奴の最後の言葉が、俺の鼓膜にこびりついて剥がれない…… こんな状態で俺は…… 俺は奴を斬れるのだろうか。

 そんな心の動揺を誤魔化すかのように、俺はサムの言葉に答えた。

「愚問だな…… 俺を誰だと思っているんだ? 無用な心配だ。叩き斬られたいか? サム」

 それほど怒気を込めたつもりはないのだが、俺の横に座るハマーンさんが一瞬びくっと震えたのを感じる。サムは別段気圧された風でもなく、薄ら笑いを浮かべながら答えた。

「フフっ…… 期待以上のアンサーだよブラザーシャドウ。久しぶりにファンタスティックなトークを堪能した。オ~ケ~、ミーは持てる力の全てを使ってユーを援護しよう」

 そこでサムはいったん言葉を切り、再び続けた。

「だがもし…… ユーの刃が土壇場で迷う様なことがあれば、ミーの『グングニル』はユーの背中に風穴を開ける。努々忘れないことネ」

 そう言って俺を見るサムの目からは覆いようのない殺意が迸っていた。このときばかりは普段のボケをかますサルではなく、傭兵時代の異名『黒い大鷲』に相応しい気配を纏っていた。やはりコイツも『セラフィンゲイン』にその魂をも魅せられたプレイヤーだと、改めて思った。

「フンっ、上等だよサム、やれる物ならやってみろ。何なら今から秋葉に行って相手をしてやろうか?」

 俺も久しぶりに傭兵時代に戻ったような感覚でサムの殺気を跳ね返すべく言葉に怒気を込める。面白いじゃねぇか、お前がその気ならいつだって構わないんだぜ? そういやお前とは本気でやり合ったこと無かったよな?

「やめとくよ、ブラザーシャドウ。ミーはユーのことを気に入ってるんだYo~ それに『マビノギの四分枝篇』の伝説の大鴉【ブラン】対ギリシャ神話の大鷲【ゼウシス】じゃ客引きの見せ物としてはマイナーすぎるネ」

 そう言って首を竦めるサムは、いつものとぼけたサムだった。サムはもう話したいことは全て話したと言った様子で「ミーはもう一曲歌うネ!」と言いながらマイクを取りに席を立った。全く…… 相変わらずつかみ所のない男だな、お前は。どこまで本気なのか全くわからない。

 すると、今まで隣で黙っていたハマーンさんが、不意に僕に微妙な視線を投げかけてきた。え、何?

「少年、眼鏡を外すとなかなかいい男だな。初めて見たときは、なよっちい奴だと思ったのだが、今のお前はなかなか渋くて私好みだ…… なあマチルダママ、この子お持ち帰りで構わないか?」

はい―――――――っ!? あなた何言ってるの―――――――っ!?

「ダメに決まってるでしょ――――がっ!!」

「ダメに決まってるでしょ――――がっ!!」

 とマリアさんと雪乃さんの声がハモった瞬間

「ただいま~っ! ママ見て~ 酒屋さんで福引き券貰ってやったら旅行券5万円分当たっちゃった~ 私やっぱりニュータイプ…… あれ? どしたのみんな?」

 ララァさん帰還。片手に生樽、片手に福引き賞品の旅行券を掲げて固まっている。

「ララァちゃん、タイミングバッチリ。やっぱりあんたニュータイプよ♪」

 そう言うドンちゃんに「え? えっ?」と困惑気味に一同を見回すララァさん。福引きやってたんだ、道理で遅いと思ったよ……

「さて、生樽も届いた事だし、仕切直しといきますか」

 そんなドンちゃんの宣言に「わ~っ!」と歓声を上げる木馬ガールズ。マチルダさんの答えを聞きそびれてしまったハマーンさんは「空気読め、愚民めっ!」と吐き捨てつつララァさんを一瞥して渋い表情をしていた。一方何か言ったはずのマリアと雪乃さんは、まるで何もなかったかのような顔をしてうつむき、静かにグラスを傾けていた。あれ? 今なんて言ったんだっけ?

 それにしてもドンちゃん、まだ飲むんデスカ……

   

初めて読んでくださった方、ありがとうございます。

毎度読んでくださる方々、心から感謝しております。

第27話更新いたしました。

切りどころが悪く、やたら長くなってしまいました。毎度読んでくれる方の疲れを考えていないデスね、相変わらずでスイマセン(汗

今回のオフ会シーンは、最後のサムとシャドウの会話を入れたくて書いた物です。普段ボケ役のサムですが、今回はひと味違います。ただボケだけだと傭兵は勤まりませんからねw

ハマーンさんは今のところあまり本編には関わりありませんが、私的に好きなキャラなのでまた出すかもしれませんw

鋏屋でした。 


次回予告

ついにシャドウ達チーム『ラグナロク』は難攻不落のクエストである『マビノの聖櫃』で、最終到達地点の『聖櫃』にたどり着いた。この仮初めの世界を統べる天使がプレイヤー達に科す試練、その最大限の要求にある者は力尽き、またある者は諦め…… 友を裏切り、また自分も裏切られ…… 『天使が統べる地』の名を持つ仮想世界の終着点。だがその扉の前で、スノーはシャドウに今まで隠し続けていた自分の考えを告白する。絶対零度の魔女『プラチナスノー』の苦悩とは?

次回 セラフィンゲイン第28話 『魔女の仮面』 こうご期待!

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