第26話 ねことメイド
午後の講義が終わり、約束の時間までまだだいぶあるので僕はいつものように秋葉原のゲーム・フィギアショップ『耳屋』に向かった。
あのマスターが鬼丸と古くから知り合いだったなんて知らなかった。マスターに会ったらそのあたりのことを聞いてみよう、なんて思っていたのだが、あいにくマスターは留守だった。あの崩れたバンドマンみたいな店員さんの話では、関西の方に商品の買い付けにに行ってて2,3日は戻らないとのことだった。
まあ仕事じゃしょうがない。とりあえず僕は全フロアを1時間半ほど掛けて散策し、そのまま雪乃さんのお屋敷に向かった。
2度ほど電車を乗り継ぎ、駅から7,8分歩いて僕は世羅浜邸の門の前にたどり着いた。
この前は車でスルーしたので感じなかったのだが、近くで見ると結構で背の高い門だったんだね。左手の石造りの門柱には御影石を彫り込んだ表札が掛かり、右手の門柱には赤いランプの光る監視カメラがまるで威嚇するように僕を睨んでる。そのレンズが、あの老執事さんの眼鏡みたいに見えて、僕は背中が少し寒くなった。何となくモニター越しであの執事さんがニヤリと笑っている姿が脳にリアルに浮かぶのが嫌すぎる。
いや~それにしてもスゲー家。建物が門から見えやしない。門から玄関ドアまで大股3歩行ける僕の実家とは比べる気にもなれないよ。
さて…… これから僕にとってコレまでの人生で5本の指に入る最高クラスの緊張を強いられる儀式をしなければならない。それは……
女の子の家のインターホンを鳴らすっっ!!
基本的に緊張するとまともに喋れない僕は、『女の子の家』とかって限定しなくてもインターホンを鳴らすこと自体ほとんどしない。だって相手が出た後がどうにも喋れないんだもんよ。インターホンの意味がないでしょ?
普通でも確実に怪しまれるのに、それが女の子の家のインターホンなんて、言葉どころか呼吸さえまともに出来るか自信がない。インターホン越しに「ハアハア」してる野郎なんて、普通に通報されるイメージしか沸いて来ないよな……
しかしマリアのやつ、よりにもよってなんで雪乃さん家で集合にしたんだよっ!? あいつ絶対僕苛める為だけにそうしたに決まってる。くっそ~!
とりあえず僕はおずおずと震える人差し指をインターホンのボタンに近づけた。ヤバイ、心臓がまるでドラムロールみたいにバクバクだ。
指がボタンまで1Cmのところで止まり、そっから前に進みませ~んっ!! だ、ダメッス、無理ッスっ! 女の子の家のインターホンなんてっ、しかもこんな僕の想像の遙か斜め上を行くセレブお嬢様邸の呼び鈴なんてっ、ATフィールド以上の障壁だっつーの―――っ!!
「ワンワン、ワンっ!!」
おわぁぁぁっ!!
背後で突然発生した犬の吠え声にビビったと同時に伝わる人差し指の確かな感触。続いてスピーカーから流れる電子音……
お、お、押しちゃった!
「こら、バウちゃんダメでしょっ!」
振り向くと白いグレイハウンドのリードを引っ張るいかにもセレブなおばさまが、なおも「グルルルゥ!」と僕を威嚇する愛犬を叱っていた。
今にもお尻に食らいつきそうな勢いで、興奮して涎と一緒にご自慢の牙をその口元から覗かせる姿を見て門にへばりつく僕。あわわわわっ!!
見た目華奢そうな細い腕でぐいぐい引っ張り、ようやく僕から愛犬を引きはがすことに成功したセレブマダムは「ごめんなさいね、いつもはおとなしいんですけど……」と言いながらお散歩に戻って行った。去り際に何度も僕を振り返り、負け犬を見下す目で僕を見るグレイハウンド。く、食い殺されるかと思った!
しかし、犬にまでガン付けられるとは…… 人以外にカツアゲされる日もそう遠くないかもしれないな、僕の場合。
『どちら様でしょうか?』
犬のプレッシャーから開放され呼吸を整えたのもつかの間、目の前のインターホンから若い女性の声が聞こえてきた。ヤバイ、そうださっきボタン押しちゃったんだ! 心の準備が全く出来てないのにいきなり超高い飛び込み台に乗せられたリアクション芸人の心境だ。うわ、なんか膝がカクカクしてきたよ。
『どちら様でしょうか?』
ともう一度同じトーンで聞かれ、このまま走り出して逃げたい心境に駆られる。いやいやいやっ、成人になってまでピンポンダッシュなんかできるかっ!?
「あ、ああああ、あ、あの、か、かかか、かげ、かげげ、う、うら、ち*;s@‐&∀ういw……!」
どなたかわかりませんがごめんなさい中の人っ! こんな状況では、僕にはもうナメック語しか話せないんです―――っ!! と心の中から必至にテレパシーを飛ばす僕。届けっ! 僕の念波っ!!
すると『少々お待ち下さい……』の言葉の後にプツっと通話が切れた。
あれ? まじで通じちゃった!?
いや待て、まだワカラン。いきなりわらわらとマト○ックスのエージェントみたいな強面黒服集団に囲まれるって事態も考えられる。いやもしかしたら警察に通報とかだってあり得るだろう。つーか、今の僕の返答なら普通に考えてそっちの方が遙かに可能性高くね? やっぱり今からでも遅くないから逃げようかな……
そんな不安一杯で門の向こうを眺めていると、屋敷に続いているであろう石畳の道の向こうから誰かが歩いてくるのが見えた。少し歪んだ眼鏡の蔓のせいで若干ピントが合わなくなっているレンズ越しに目を凝らして見ると、どうやら女性のようだった。
さっきのインターホンで受け答えていた人かな? なんて思って見ていると、なんとその人は秋葉でよく見かける例のあのコスチュームを身につけているではないですか!?
すげーっ! リアルメイドさんだぁぁぁ!! 僕は初めて見るよ~
そのメイドさんが門の前まで来ると、「キイィ」と言う音と共に大きな鉄格子の門がゆっくりと奥に向かってひとりでに開いていった。
門が完全に開ききったところで、そのメイドさんはすぅっと僕の前まで進み、流れるような動作でお辞儀をした。
「ようこそおいで下さいましたカゲチカ様。わたくし、雪乃様のお世話をさせて頂いております。使用人の疾手【ハヤテ】ともうします。雪乃様がお待ちです。どうぞこちらへ」
と言って僕を招き入れた。僕はそんな彼女に見とれながら「は、はは、はい」と当たり前のようにどもりつつ門をくぐった。やっぱりまともに名前を呼ばれないのはもう仕方がないので軽くスルーしよう。きっとこの人も『カゲチカ』ってのがホントの名字だと思っているに違いない。雪乃さんに至っては、今更本名は名乗れない域まで達してる気がするしな。
長いストレートの黒髪に、長いまつげに飾られた少しきつめの目元。すぅっと伸びた鼻梁と小さな唇。来ている服は紺の西洋風メイド服なのに、全体的に日本人形のような印象を受ける顔立ちが良い意味で相手にギャップを与えてくる。マリアや雪乃さんレベルではないが、普通に世間一般では美人と言われる属性だな。『綺麗なお姉さん』的な。
175cmの僕より少し低いぐらいの、女性としては高い部類に入る身長もさることながら、すらりと伸びた背筋で歩く姿に、どことなくキャリアウーマン的な『出来る女性』をイメージしてしまう。
そんな彼女の後ろ姿を眺めながら歩いていると、不意に背後に妙な気配を感じて振り返った瞬間、僕は凍り付いた。
―――――――っ!?
ゴメン、思考が追いつかないっ! なんでこんなのがここにいるんデスカ!?
頭真っ白で固まる僕の数センチ先に、とてつもなく大きな猫…… じゃねぇ…… 確かに猫科だろうけど、断じて世間一般で言われている『にゃんこ』じゃない動物が喉を鳴らして立ってる。こ、コレに比べれば、さっきのワンちゃんなんて子犬だよまじで――――っ!?
「あ、ああ、あああ……」
思わず声が震えるのも無理無いって! なんだコレっ!?
固まってピクリとも出来ない僕の気配を感じたのか、前を行く疾手さんが振り返った。
「あら? ダメじゃないジブリール。お客様に失礼ですよ」
疾手さんがそう言うと、その動物はチラリと彼女を見てからすぅっとその場に座り込んだ。すると疾手さんは何の躊躇もなくその動物の頭を撫でた。その動物は目をつむり、気持ちよさそうに喉を鳴らしている。
えっ? なにこれライオン? いや違うか。虎じゃないし、ヒョウか!?
「体に似合わずとっても臆病なので、いつもは知らない人が来ると隠れちゃって出てこないんですけど…… カゲチカ様が気になっちゃったのかな?」
元来動物好きなのか、そう言って顎とかをムツゴロウさんみたいにぐりぐりとまさぐる疾手さん。時折口元から覗くご立派な牙が、その動物愛に少しだけ水を差してる気がするのは僕だけですかね……? 確かに動物だけどコレって実際は『猛獣』とかにカテゴライズされてませんか普通に?
「は、は、疾手さん、ここ、こ、コレって、な、なななんで、すか?」
どもりながら震える声でそう聞くと、疾手さんは少し考えこう答えた。
「ねこ…… ですよ」
ああ、猫ね……
んなわけあるか――――――いっ!!
「い、いや、あ、ああ、あの猫、に、にしては、そ、そそ、その、お、おお、大きさが……」
「……大きな、ねこ、です」
すげぇよコノヒト…… 言い切っちゃったよ。
「何か問題でも?」
「い、い、いや…… べ、べ、別に……」
ツッコミどころが満載すぎて何からつっこめばいいかわかんないつーのもあるけど、その疾手さんのクールすぎる視線と、彼女の横にお座りしている『大きなねこ』の喉から時折聞こえる「ぐるるっ」つー声の前には反論不能ですぅぅっ。
実家の隣のミイちゃんは普通に抱けますよ? とか、絶対「にゃあ」って鳴かないでしょ? とか、磯野なにがしさんのオープニングじゃないけど確実にお魚じゃなくお肉くわえて逃げるんでしょ? とか、コタツで丸くなる以前に入らないよね? とかそういう一般的なツッコミはぜ~んぶ飲み込んどきますね♪ うんOKコレは猫。
そう、とっても大きな ね こ!
お腹が空いてないことを祈りつつ、そういうことにしておこう。
「はいジブリール、お客様にご挨拶♪」
疾手さんがそう言うと、そのジブリールと呼ばれた動物はその場で顔を上下に動かす。まるで頷いてるみたいだ。
「カゲチカ様、お手を出してくださいますか?」
その疾手さんの言葉におずおずと震えながら右手を差し出す僕。『お手』でもするのかと思っていたら……
――――――ぱくっ
はいぃぃ――――――――――――――――――――――っ!?
「あ、あわ、あわわっ だ、だ、だずけっ……!!」
見事に口に収まる自分の右手を見て気が遠のく…… やべっ 意識が……っ!!
「あらあら、ジブリールったら…… そんなに気に入ったからって失礼ですよ」
あんた落ち着き払って何いってるんですかっ! そこは『あらあら』とか言う台詞と違うでしょ――――っ!! ぼ、僕の手っ、僕の手がぁぁぁぁっ!!
――――――あれ? 痛くない?
そう思った瞬間、その『大きなねこ』は口を開け、僕の手を開放した。僕は完全に腰を抜かしてその場に崩れ落ちる。あは、あはは…… ちゃ、ちゃんとあるよ、僕のおてて……
「いつもは『お手』をするんですが、この子…… カゲチカ様の事をとっても好きになっちゃったみたいです。申し訳有りません。家の者意外の人にいきなり『握手』するなんて思っていなかったものですから……」
今のが握手!? そんな紛らわしい握手があってたまるか――――っ!?
そもそも握手はハンドtoハンドだろっ!? ハンドtoマウスなんて握手聞いた事ねぇよ、普通に食われるのを覚悟しちゃったじゃんよっ!!
「ね、ジブリール。この方は雪乃様の大事なお客様なのです。ご飯なら後で持っていってあげますから、あちらでミカールと遊んでらっしゃい」
疾手さんがそう言うと、ジブリールはぺろんと舌で口の周りを舐め、名残惜しそうに僕を見つつ立ち上がり、クルリと向きを変えると、広大な庭の奥に姿を消していった。
今ので確実に寿命が年単位で縮まりました……
それとね疾手さん、軽くスルーしましたけど、今何かものすごく妙な言い回しに聞こえたんですが…… 『ご飯』とかいう単語をここで出すのはやめて下さいっ! 普通に怖いですからっ!!
とりあえず、抜けた腰をなんとか根性で持ち上げ、未だに震える膝を叱咤して、背後を警戒しながら疾手さんについて歩き、僕は以前訪れたあのお屋敷の前にやってきた。
すると玄関の大きな扉が開いて、あの眼鏡の執事さんと一緒に雪乃さんとマリアが出てきた。マリアの奴、先に着いてたのか。
「これはカゲチカ様、ようこそおいで頂きました。再びお会いできて嬉しゅうございます」
その言葉とは裏腹にちっとも嬉しそうに見えない顔で眼鏡のレンズをキラリと光らせつつ、深々とお辞儀をするアリシノ執事長さん。蛇対蛙の構図でカチコチに緊張して引きつった笑顔とぎこちない動作で僕もお辞儀を返す。前回同様絶対歓迎されて無い雰囲気満載だ。
「途中珍しくジブリールが顔を見せまして……」
と、さっき出会った『大きなねこ』と言い張る動物の件を、アリシノさんに簡単に報告する疾手さん。
「ほう、それは珍しい。ジブリールが…… そうですか」
そう言ってまた僕を見るアリシノさん。今はハッキリと嬉しそうですねっ! 前に雪乃さんが教えてくれた『嬉しそう』とは確実に違う意味でしょうけどっ! 絶対僕のこと嫌いだよコノヒト。
「ジブリールは雌なのですよ。カゲチカ様は男前でいらっしゃる。にしても動物までもですか…… なかなかにお手が早いようで…… あ、いやこれは失礼」
すいません、なんか言葉の端々に妙なトゲを感じるのですが……
「遅いよカゲチカ。集合10分前に着いてるのが男としてのマナーでしょ?」
と開口一番文句を垂れるマリア。君の口から『マナー』って言葉が出ると違う意味に聞こえるから不思議だよ。
「わざわざ来てくださってありがとうございます、カゲチカ君」
そう言ってマリアの隣でにっこり笑う雪乃さん。あれー? なんか大学で会う雰囲気とちがうんですけどーっ! 僕の視線をそのエスパー的な探知能力で感じ取ったのか、雪乃さんは恥ずかしそうに呟いた。
「えへへ、美由紀さんに頼んでちょっとおめかししちゃいました……♪」
大きめのチェックプリントのチュニックの上からファー付きフードの白いブルゾンを羽織り、茶色のカラータイツとスエードのブーツがかわいらしさを強調してる。化粧なんてしなくても断然可愛いその顔には、下地の良さを生かしたナチュラルメイクが施され、普段でさえ破壊力有るロリ顔がその威力を数倍に高めている。そんな雪乃さんが恥ずかしそうにハニカムもんだから、僕の脳はトロトロな訳で…… 連邦のモ○ルスーツは化け物か……っ!?
お め か し さいこーっ!!
「雪乃様に喜んで貰えて私も嬉しいです」
萌え苦しむ僕の後ろで、そう疾手さんが答えた。美由紀さんって疾手さんの事なのか。そっか、さっき雪乃さんのお世話係って言ってたっけ。
「ガゲチカ様、何か問題でも?」
とずいっと一歩前進して僕に質問するアリシノさんの声に、脳内のお花畑が一瞬にして凍り付いた。
「あ、あ、あの、も、、もも、萌える、つ、つ、つつーか、そ、その……」
やべぇ、口が滑ったっ! なに言ってんだ僕っ!?
「萌え? 『萌え~』ですか? ほう…… 雪乃様に?」
あわわわ……っ ゴメンナサイっ! もうほんっとゴメンナサ――――イっ!!
銀縁の眼鏡の奥から覗く眼光だけで僕の動き完璧に停止させる。まるでのど元に安綱を突きつけられてる気分だよっ! この前のバルンガモーフより確実に怖えぇーっっ!!
と、そこへ上品そうなエンジン音と共に1台の車が滑り込んできた。そちらの方にアリシノさんが視線を移したおかげで、ようやく恐怖の呪縛から解放された。
ま、まじであと数秒で心停止するところだった……
実際に途中から呼吸まで止まっていたのでとりあえず酸素を補給し、目の前に止まった車を見て心の中で「おおっ!」と歓声を上げた。僕って意外に車って好きなんだよね。
バンデン・プラ・プリンセス 1300 Mk-2
前に乗ったクライスラーより2回りほど小さいけど、上品なワインレッドのピカピカボディーに荘厳なグリル、フォグランプが配されたフロントマスクがどことなくロールス・ロイスを思わせる。そういやたしか『ベビーロールス』って言われてたっけ、この車。前に雪乃さんが言ってた『普段乗ってる小さい車』ってたぶんコレのことだろう。
しかし『バンプラ』かぁ…… 名前もプリンセスだし正真正銘のセレブお嬢様な雪乃さんにはとっても似合ってる気がする。だってこのサイズで『ショーファードブリン』【おかかえ運転手付き】を前提に設計されたんだぜ、コレ。
不意に運転席から穏和そうな中年男性が降りてきて、僕らにお辞儀をした。世羅浜家の運転手、折戸【オリド】さんだ。
「これはカゲチカ様、ようこそおいで下さいました」
その言葉に車に魅入っていた僕は慌てて低頭した。アリシノさんと違ってこの人は本当に人の良さそうな笑顔で接してくれるから僕もほっとしますよ。
「さあ雪乃様、それにお二方もご乗車下さいませ。あ、カゲチカ様は恐れ入りますがナビシートの方へ……」
そう言って助手席側ドア2枚を開けてくれる折戸さん。遺伝子レベルまで一般市民な僕は、運転手さんにわざわざドアを開けて貰って車に乗り込むなんてまず無いから逆に緊張してしまう。あ、いやもうドアぐらい自分で開けますからっ! 右足と左足、どっちから先なんだ!?
そんなアホな事を悩みながらそそくさと車に乗り込む。少し遅れて雪乃さんとマリアが後部座席に乗り込むのを確認すると、折戸さんは丁寧にドアを閉め、運転席に乗り込みギアを入れた。
「行ってらっしゃいませ」
と言いながらお辞儀をするアリシノさんと疾手さんを後にして、僕らは新宿二丁目のクラブマチルダに向かった。
「ねえ雪乃、さっき言ってたジブリールって何なの?」
と後部座席でマリアが雪乃さんに聞いた。
「ああ、家で飼ってるねこですぅ。2匹居てもう片方が雄のミカール。とっても可愛いんですよ~ 兄も凄く可愛がってて。普段はお庭で遊んでるんですけど、臆病なのでお客様が来ると隠れて出てこないんですよ。だからあの子が家の者以外の人の前に出てくるなんて凄く珍しいんです。きっとカゲチカ君のことが気になっちゃったんでしょうね~」
そう嬉しそうにニコニコ話す雪乃さん。僕としては『餌』として気になったんじゃないことを祈るばかりです。しかし可愛いかどうかは別にして、そもそも『匹』って単位で数えないですよねアレ。
「え~、あたし見てないよ~ でもあんな大きな庭だったらねこちゃん達ものびのびしてるんだろうな~ あ~あ、見たかったなぁ」
いや、見なくて正解だよマリア。きっとお前の想像している『ねこ』とはかけ離れてるから。疾手さん一緒じゃなかったら、今こうして座っていない気がするよ僕は。でもお前の場合素手で撃退しそうだけどな。
「ね、ね、ねね、ねこ、で、です、かね?」
いや、ほらとりあえずそのあたりは軽く聞いておこうと思ってさ。
「え? ねこですよ? 私は目がこんななので見えないですけど…… ちょっと大きなねこって美由紀さんが言ってました♪」
そうだった。雪乃さん目が見えなかったんだよね…… 『ちょっと』って表現、凄く巾があるもんね。確かにねこ科だろうけど間違いなく『にゃんこ』じゃない。ひょっとしたら雪乃さんは一般的な『ねこ』って知らないんじゃないか?
「なんて種類のねこちゃんなの?」
「えっと確か…… あれ? なんでしたっけ、折戸さん」
そう運転席でハンドルを操作する折戸さんに聞く雪乃さん。そう振られた折戸さんは優しい口調で答えた。
「私はペンシルベニア・クーガーと聞いております」
そんなにこやかな顔で、さも当たり前のように…… やっぱりこの人も少し変わってます。僕は今ハッキリとそう思いました。
「へ~ あまり聞かない名前ねぇ。今度見せてね♪」
そりゃ聞かねぇよ普通。つーかもう『クーガー』って時点で『ねこ』じゃねぇこと気付よマリアっ!!
「ええもちろん。今度ゆっくりいらしたら遊んであげて下さいね。あの子『鬼ごっこ』とか『かくれんぼ』とかが凄い好きなんですけど、私がこんななんで相手してあげられないから…… きっと凄く喜びますよ♪」
雪乃さん、それってジブリールが鬼役なら『遊び』じゃなくて確実に『ハンティング』になりませんか? そんな命がけな遊びは遠慮しますよ僕は。
しかしピューマだったんだあれ…… またあの家で苦手な存在が増えた。
それにしても一般庶民にはセレブなお宅訪問は疲れるよなぁ……
初めて読んでくださった方、ありがとうございます。
毎度読んでくださる方々、心から感謝しております。
第26話更新いたしました。
再びやってきた世羅浜邸。前回は登場しなかった雪乃のお世話係、疾手美由紀【ハヤテ ミユキ】を登場させました。このキャラは現在筆が止まっているこの物語のサイドストーリー『雪乃さんのバレンタイン』にのみ登場予定だったのですが、世羅浜邸内の話しで出さないわけには行かなくなり急遽登場させました。今回は智哉やマリアが居るので少々堅い感じのイメージですが、もう一つのお話では雪乃のお姉さん的な立ち位置です。あのお話は本編が終わってから改めてゆっくり書く事にします。
調べてみたらピューマって日本でも飼えるみたいですね。数年前までは乱獲で絶滅危惧種だったみたいですけど最近は個体数も増えたみたですし。なんかキリンも飼えるみたいですよ。すげーな……
そういや父の実家には羊が居たんですが、私が行く時期はいつも毛を刈られていて、私はずっと山羊だと思ってましたw
次回予告
智哉たちは店の前でサムと合流しクラブマチルダへ。チーム『ラグナロク』オフ会はちょっとアッチ系のオカマ達にに囲まれながら異様な盛り上がりを見せていた。そんな楽しい(?)時間の中、智哉とサムは鬼丸について話をする。友であった男が、もし敵として現れたら『斬れる』のか? と問うサムの目は、普段大ボケをかますサルのそれではなく、シャドウと同じく、多くの修羅場をくぐり抜けてきた傭兵『黒い大鷲』のそれだった。殺気のこもったサムの視線を受け、シャドウに変わった智哉の瞳が不適に光る……
次回 セラフィンゲイン第27話 『鴉と鷲』 こうご期待!