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セラフィンゲイン  作者: 鋏屋
EP-1 セラフィンゲイン
25/60

第23話 安綱を振るう者

 右手に握る安綱が跳ね上がり、それに引きずられるように、俺の体は前へ進み出る。

 その瞬間、蓄積されたダメージで全身に鋭い痛みが走る。先刻まで襲っていた頭痛や体の震えは消えたが、ボルトバインを食らったダメージによる痺れとグラビデイトンによる加重力が全身にのしかかり、脊髄や腰、膝や足首の関節が悲鳴を上げているにもかかわらず、その歩みを止めようとはしない。

 押さえようのない破壊衝動が思考を支配し、『敵を消し去る』という意識だけが鮮明なビジョンとなって脳内を駆けめぐる。まるでそれが、自分が生まれてきた意味であるかのように俺を急かす。


 使命…… そう、使命なんだ……

 この世界の不具合を是正する……

 システムを浸食するバグを……

 私と私に似た全ての物を消去するため……

 それが、我の存在意義……


 不意に頭の中にまた先ほどの無機質な音声が響く。

《ペインリムーバー機動……》

《β-エンドルフィン増大……イプシロンオピオイド受容体結合……》

《神経伝達抑制率82%……痛覚遮断……脳負荷26%に上昇……》

《ペインリムーバー機動により、接続同調率低下……》

《診断……モードランニングレベル問題なし……》

《プログラム干渉リミッター30%解除……システム続行》


 頭の中で音声が響き続ける間も、俺は突き動かされるようにバルンガモーフに向かって進んでいく。ふとその狂気に満ちた奴の双眸と俺の視線が絡んだ。

 その瞬間、全身を蝕んでいた痛みが霞のように消え、頭上からのしかかっていた加重力の力場がゆるみ体が軽くなった。

 よっしゃー! なんだかよくわからんが、やれる、これならやれるっ!! 

 俺は疾走に移った。そして次の瞬間自分のスピードに驚愕した。

 尋常なスピードじゃない。この世界に充満する大気が空気なのか分からないが、肩口を切る気流の音が鼓膜にハッキリ伝わる。

 瞬きする一瞬で、俺はバルンガモーフに肉薄すると床を蹴り跳躍した。虚をつかれたこともあるだろうが、明らかに遅すぎるバルンガモーフの反応を尻目に、俺は体を捻りながらララを掴む奴の腕に、渾身の力を込めて安綱を振るった。

「おらぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」

 武器による物理攻撃を無効にするであろうその銀色の腕が見えない訳じゃない。だが何故か俺はそれが『斬れる』と確信出来た。そう…… この世界で、この安綱【俺】に斬れない物などあるものかっ!!

 安綱の刃が奴の皮膚に食い込み、そのままその下に脈動する筋肉繊維を骨ごと両断する独特の感触が両手に伝わり、快感が全身を駆けめぐる。

 やべっ、これじゃリッパーと変わらねぇじゃん―――――っ!!

 今や完全に同化した様に感じる安綱の刃からダイレクトに伝わる狂気の感触に酔いながら、握力を失った指の隙間から、こぼれるように投げ出されたララの体を抱き留めると同時に床に降り立った。

 一瞬遅れて耳を劈くバルンガモーフの叫びが聖堂全体に響き渡り、俺の傍らに奴の切り落とされた腕がドンッと落ちて転がると、切断面からチリチリとテクスチャーが剥がれ、細かな破片のポリゴンをまき散らしながら消滅していく。

 バルンガモーフに目を移すと、痛みを感じるのか失った左腕の傷口を押さえのたうち回っていた。

 奴のその傷口からは体液が吹き出るわけでもなく、押さえた手の指の隙間から、切り落とされた腕と同じように、キラキラとしたポリゴンが空中に霧散していくのが見て取れる。

 俺はすかさず呪文を唱え、ララを腕に抱えたまま左手を付きだして呪文名を吐いた。

「メガフレイアっ!!」

 迸る閃光と轟音を纏い、大きな火球が超スピードで俺の手の平から打ち出されると奴の傷口に直撃し、バルンガモーフは吹っ飛ばされた。

 俺は安綱を床に突き立て、担いだララをゆっくりと床に寝かせるともう一度バルンガモーフに目を移す。

 見ると奴は右手で傷口を押さえて床に蹲り呻いていた。メガフレイアが直撃した傷口は焼けただれ、押さえた指の隙間からうっすらと煙が上がっているが、先ほど見た消滅現象は止まっている。

 思った通りだ…… ククっ、そう簡単には消さねぇよ……

 そう心の中でほくそ笑み、俺は床に突き刺さった安綱を握り再度バルンガモーフに向かって構え直す。さっきまで散々手こずっていたバルンガモーフが、今や一回り小さく見える。

 弱ぇっ! 弱すぎんぞお前はっ!! いや、つーか強すぎんぞ俺っ!! 笑いがこみ上げてくる。可笑しさMAXだ!!

 心の中で急かす何かに突き動かされるように、いや、右手に握る安綱に引きずられるように俺は蹲るバルンガモーフに突進を開始した。俺の接近を感知した奴は切断された左腕の痛みを堪えつつ、残った右腕で床に転がるハンマーを握ると予備動作無しで横凪に振るう。唸りを上げて迫るハンマーを俺は安綱で迎え撃った。

 大きさやパワーを考えても、到底受けきることが不可能な安綱の刀身は、受けるどころか、その手に持つハンマーをまるで粘土細工のように両断し、綺麗に分離した奴の得物は先ほどの右腕同様ポリゴンを弾けさせながら消滅していった。

 バルンガモーフはすぐさまそのハンマーから手を放し、すっと飛び退くと呪文を口走る。

「ギガボルトンっ!!」

 空いた右の手の平から閃光と共に電撃が迸る。

 普通なら絶対回避できないタイミングと距離で放たれたその電撃は、確実に俺の体をその射程に捕らえていた。俺はとっさに左手でそれを凪ぐように振り払った。

 バルンガモーフが放った電撃は、まるで見えない障壁に遮られたように四方へ分散し、その飛び散った稲妻を床に走らせる。

 こんなもん、避けるまでもねぇっ!!

 バチバチと帯電する左腕を無視して、俺はその魔法攻撃に毛ほどの抵抗も感じないままバルンガモーフの懐に入り込み、下からすくい上げるように安綱を斬り上げる。

 左腕を切り落とした時と同じように、銀色の皮膚の上からにもかかわらず、さほど抵抗を感じずに空いた奴の右腕をそぎ落とし、やはり先ほど同様沸き上がる『快感』に身を震わせる。

 先に切り落とした左腕同様、細かなポリゴンの破片をまき散らしながら消滅する右腕を見下ろし、絶叫するバルンガモーフの声をBGMに、呪文を行使する。

「フリザルドっ!!」

 瞬間的に氷結する右腕の傷口。転がりのたうち回るバルンガモーフの巨体……

 そのどれもが笑いの壺を刺激し、無意識に口元が吊り上がるのを感じる。

 やべぇ、楽しすぎる……

 押さえきれない快感がこみ上げ、俺の腹筋を圧迫する。口元が緩み、漏れ出す含み笑いが高笑に変わるのにそれほど時間は掛からなかった。

 俺の高笑が響き渡る中、戦闘と呼ぶにはあまりにも一方的で残忍な『解体』がその場で披露される。安綱で切断されるパーツはことごとく消滅し、その消滅現象を止めるためだけに行使される攻撃魔法……

 俺の手に握る安綱がその切れ味を誇示する度に絶え間なく響き渡る絶叫。属性防御など全く無視したその切れ味。やがてその属性防御すら行使できなくなり、出現時のあの緑色の表皮変わった四技の無い体。削がれた両耳の次に標的となった下顎にフレイアを食らった段階で、バルンガモーフはほとんど動かなくなり、ヒクヒクと痙攣する肉塊と化していた……

 時間にして2分と少々……

 あれほど俺達を手こずらせ、全滅寸前まで追いつめた怪物は、俺のブーツの下で呼吸すら滞る肉片と化していた。

 奴の四技を切断し肉を削ぐ度に得も言われぬ快感が全身を貫き、それが次の行動を加速させる。まじ楽しすぎ……っ!

 さて次は…… 目でも行っときますかぁ?

 ひゅーひゅーと笛のような音を焼けただれた顎下から鳴らしているバルンガモーフの顔をつま先で引っかけ無理矢理こちらを向かせる。そこに並ぶ若干潤んだように見える赤い瞳の下瞼に、俺はゆっくりと安綱の刃を添えた。

「シャドウ――――っ!!」

 悲鳴のような女の声が背中から掛かり、俺は振り返った。

 見るとボロ雑巾のような、煤けた衣服を纏う女が手にした杖にすがるように立っているのが見える。

「や、やりすぎだよ……」

 オイオイ、何言ってんだよ…… 俺たちさっきまでこいつに全滅させられそうだったんだぜ? でも、まあいいか。そろそろコイツもリアクション限られてきたしな。フィニッシュと行こうか。

 俺は安綱を下瞼から離し、今度はその刃を首に添えた。

「フンっ、じゃあな……」

 俺はそう呟くとバルンガモーフの太い首に添えた安綱の刃を引いた。骨格を切断する際のわずかな抵抗感を右手に伝えながら、バルンガモーフの頭がごろりと床に転がる。

 一瞬びくっと痙攣した奴の体は、やはり他のパーツと同様、細かくポリゴン化したテクスチャーを撒きながら霧散する頭の後を追うように消滅していった。

 そこに、この凄惨な場面に似つかわしくない場違いな拍手ととぼけた声が響いた。

「いやはや…… 予想以上の戦闘能力だよ~ 漆黒のシャドウ。あれほど手も足も出なかったバルンガモーフが、覚醒したとたんにまるで子供扱いだ。全く、君ら……!?」

 メタトロンの言葉が終わらないウチに、俺は空中に浮遊する奴に向かって跳躍した。

 余裕かましてんじゃねぇ、狩りはまだ終わってねぇんだよっ!!

 一瞬で奴の傍らに接近した俺は全身をバネのようにしならせ身を捻り、右手に握る安綱を振るう。俺の行動を予測していなかったであろうメタトロンは、驚愕の目を見開きつつも、瞬間的に身を捩り回避行動に移る。

 右手に伝わる微妙な手応えを残しつつ奴の傍らを行き過ぎると、まるで羽織った『愚者のマント』の裾に縋り付くように、白く小さな腕が宙を舞った。

 先ほどのバルンガモーフを解体したときと同じよう、斬られた腕がチリチリと消滅していくのを視界の隅に捕らえながら目の前に迫った壁画を蹴り、再度メタトロンに向かいその体を加速させる。

「ちっ!!」

 驚きとも、呆れとも取れる舌打ちを吐き俺を見るメタトロン。その瞳がランと金色に輝く!

 やべぇっ!! とっさにそう判断して愚者のマントを左手で持ち上げる。

「ボルトバインっ!!」

 聖堂に響く少年の声と同時に弾ける閃光と衝撃っ!! 

 先ほど俺達全員を行動不能にした威力の電撃魔法攻撃だが、何故か痛みは感じず、しかし襲いかかるその衝撃に勢いを殺された俺は失速し、あえなく床に落下。鬱陶しく細かにスパークする電撃を鎧に纏わせつつ床に着地した。

「全くぅ、人の話を聞きなよぉ~」

 目の前をパリパリと跳ねる青白い電撃を左手で追い払いながら奴を見ると、いつ装備したのか、自分の身の丈に届きそうな細身の剣で自分の肩口を切断していた。その切断した二の腕の破片が弾けて消滅するのを見ると頬を膨らまして文句を垂れる。

「やれやれ、せっかく作ったお気に入りの体が台無しじゃないか…… どうしてくれるんだよぉ~」

 ホント、姿形は普通の…… いや、標準以上の可愛らしい少女なだけにその仕草は微笑ましいのだが、腕を自ら切り落とすというその行為が異常すぎる。深く被った麦わら帽子が嫌にその異常さを増幅させるファクターになっている気がする。

「君ら『アザゼル』ってのはどうしてこう節操がないのかな……」

 そう言いながら、メタトロンは千切れた腕の肩を上下に動かすが、その切断面に変化は見られない。

「ん…… やっぱり再生はかからないか……」

 再生ってお前…… しかしアザ……? なんだそれ?

 俺はそんなことを考えつつ、未だに空中を浮遊するメタトロンのスカートの中…… じゃなかった。顔を睨む。

「あれっ? その顔…… なんだ、やっぱり彼から聞いていないのか……」

「彼? 彼って誰だよ?」

 俺のその答えにメタトロンはクスッと笑ってこう言った。

「誰って…… 決まってるだろ? この世界の創造主、そして君の持つその『童子切り安綱』の初代持ち主さ」


―――――な……んだっ……てっ!?


「おいクソガキっ! てめえ鬼丸を……」

「『知っているのか?』なんて聞かないでくれよ? 僕はこの世界の管理AIだ。知ってて当たり前だろ」

 言われてみれば確かに、この世界を管理するAIがその創造主たる鬼丸を知るのは道理だが、その鬼丸が俺に何を教えなかったのかが見えてこない。

「鬼丸がなんだってんだよ。そのアザなんとかって何のことだっ!?」

 俺は安綱を中断に構え、跳躍の準備に入りつつ空中のメタトロンを見据えた。

「まあ、順に教えてあげるよ」

 そう言ってメタトロンは右手に握る細身の剣を肩に担ぎ、にっこりと微笑んだ。

「『人間を含む動物は電気で動いている』って話し、聞いたことある?」

 メタトロンはそう問いかけながら、スゥっと静かに降下すると俺の数十メートル先に着地した。

「人間は様々な情報データを電気信号に変換し、ニューロンって言う神経細胞を使ってその信号を伝達して各器官との情報のやりとりをしている。脳から出た電気信号はパルス電圧としてニューロンを伝わりシナプスと呼ばれる隣のニュ-ロンとの接点に達すると、今度は化学物質による伝達方式に切り替えられ次のニューロンに必要な情報を伝達する。この一連の作業を繰り返して必要な器官に必要な情報や指令を伝えていく。

 このシナプスは送られてきた膨大な量の信号を足し算や割り算みたいな簡単な計算をして、合計電圧が一定の値を越えた時初めて次のニュ-ロンに向けてパルス電圧が発信されるしくみになってる。最終的にはそのプラスやマイナスの電圧を含んだ分子であるイオンが細胞から分泌されて各器官に刺激を与え、それに反応して生命活動が起こるわけ。これが『電気で動いている』って言われる所以だよ」

 かなりかみ砕いて説明しているのは奴のしゃべりで分かるのだが、この時点で今の説明の3分の2は俺のメモリーからスルーしている。

「この情報の伝達の仕組みはコンピュータと非常によく似ている。媒体が『半導体』か『タンパク質』かの違いだけ。コンピュータがトランジスタの集合体なら、脳は神経細胞の集合体な訳だからね。扱う信号も片方は『0か1』の電気信号で、もう片方も『基本的な電子素子』……ね? 共通点が多いんだよ。

 鬼丸…… 世羅浜朋夜は此処に目を付けた。

 インナーブレインシステムは大脳皮質に電気信号、正確には低周波を当ててこのシナプスで行われている電圧計算を操作し、分泌されるイオンの種類や量を押さえ、代わりに生成される科学物質を調節して帰っていく電圧パルスを変更させ被験者の脳にダミーの情報を送っているんだよ。分かりやすく喩えて言うならTVアンテナの線にビデオのアンテナ線を割り込ませて偽情報を見せているって感じかな」

 やべえ、マジでわかんなくなってきた。もう良いいんじゃね? やっちゃうかオイ?

「ただし、人間のニューロンを伝わる電圧パルスは、コンピュータの電子回路や光通信伝達と比べても比較にならないほど遅い。秒速100mか、良いトコ150mぐらい。だから人間はそのニューロンとの接合点であるシナプスの量と膨大な神経のネットワークでスピードの遅さを補っているんだ。これはアレだよ、複数のコアを持つCPUで最近やっとこ出来るようになった『並列分散処理』って奴だよ」

「余計なことは良い、俺が聞きたいのはそんなことじゃねぇ」

「まあ聞いてよ~ 全く…… せっかちだなぁ」

 そう言ってまた頬を膨らますメタトロン。コイツには恐怖という物がないんじゃねぇかな? 今の安綱【俺】なら確実にお前を殺れるんだぜ? たぶん。

「このニューロン同士の接合点であるシナプスは、普通の成人男性では1ニューロン辺り平均約8000個有ると言われている。しかし、君の場合、此処に外部からの操作で加えられた電圧が掛かると、その数が一気に倍以上に膨れあがるんだ。単純に情報を出したり入れたりする入り口が増えるから脳に帰っていくパルス電圧の数値変化が大きくなる。普通に考えたらニューロンが許容オーバーで意識まで届かずにフリーズするだろうね。でも君の場合ここで面白いことが起こるんだよ……」

 そこで奴は俺を舐め上げるように一瞥し続けた。

「普通なら許容オーバーなはずのニューロンが、シナプスが増えた瞬間にその太さを増すのさ。当然太くなればそれだけ大容量の情報を円滑に意識に伝えることが出来る。電圧が上がっても問題な無しってわけ。まあシナプスが増えるのも普通に考えれば異常だけどね。でもって、過電圧でもフリーズしなくなった君の脳がこの世界でどういう事を引き起こすかって言うと……」

 そう言ってメタトロンは「ははっ」と呆れたような乾いた笑いを吐いた。

 オイオイ、呆れたいのはこっちだぜ。さっぱりわかんねぇ話しなんだからさ。

「意識側から放たれる強い思考が逆流する…… 『こちら側』にまで干渉する様な強いパルスを発生させ送り込んでくるんだ。恐らく無意識に……」

 えっと…… つまりそれって…… どういうこと?

「え~っとつまり、分かりやすく言うとね、君はこと、この『電脳仮想世界』って言えばいいのかな? 此処に限っては、ある程度自分の都合の良いようにプログラムに干渉出来ちゃうってことだ。ある程度ってのがミソだけど……」

 ―――――はぁ?

 ってことはなんだ……俺はこの世界を自分の都合のいい『台本』に書き換えられるって訳? ありえねぇ…… そんなのぜってー嘘だっ!!

「馬鹿言ってんじゃねぇっ! そんなこと出来る訳ねぇだろっ!? じゃあ何か? この世界じゃ俺が望めば『無敵のスーパーマン』になれるって訳か!? いい加減なこと言ってんじゃねぇよ! 現に俺はさっきまで大ピンチだったじゃねぇか。デッド食らった事だって何回もある。もしお前が言うように都合良くプログラムを変えられたら、そんなことにはならんだろううがっ!」

 あり得ない。被験者であるプレイヤーの意志で勝手にプログラムを変更出来るなんてできっこない。そもそもセラフィンゲインは外部からのアクセスは一切受け付けない強固なプロテクトが掛かっているし、その兆しが有れば鉄壁のセキュリティを誇るサポート側の監視網に引っかからない訳がない。第一、もし俺がそんなおかしな脳の持ち主なら接続前の適正チェックで弾かれているはずだ。

「だから言ったじゃ~ん、ある程度だって。基本的なルールは変えられないんだよ。プログラムの変更って言ったって、ちょっとしたことなんだ。たとえば…… ダメージが軽減して死亡判定が甘くなったり、パラメーターが一時的に上昇したり、受けた魔法効果が減少したり、本来ならその程度さ。う~んと、例えばねぇ…… あ、そうだ。シャドウは自分の死亡率って憶えてる?」

 死亡率? 別段気にして見たことはない。実務ステータス以外はまず見ないからな。

「クエスト受注に対してのデッド回数の割合だよ。普通のプレイヤーで大体平均して3割弱、君ぐらいのキャリアとレベルを持つ上級キャラでも良いトコ2割弱だ。それに比べてシャドウ、君の死亡率はどのくらいだと思う?」

 メタトロンはそう言って目を細めにんまりと笑う。

 えっと…… わかんねぇ……

「6.7%だ……」

「そんな……! あ、あり得ないわ」

 メタトロンの言葉に、俺の後ろで蹲るスノーが呟いた。

 えっ? そうなの? 知らなかった…… レベルが上がったら皆似たようなもんかと思っていた……

「そう…… 白いお姉ちゃんの言う通り、君ほどの戦闘経験を重ねていて自己損失が1割を切るなんてあり得ない。明らかに異常な数値だ。あ、そうそう、脳とシステムの同調率も信じられないくらい高いね。普通は良いトコ30%から40%。高くても50%を越えることは少ない。でも君の場合、平均して60%を越え、高いときは80%に達する。ね? この辺のことだけ見ても君が特別だって事がよく分かるだろ? 君の脳はまるでこのデジタル世界で活動する為にあるみたいだ。言い方を変えれば、この電脳世界に適合した『進化した脳』って感じかな。でも同調率が此処まで高いと受けるダメージや、特にデッド時のフィードバックはかなりヘビーなはずだ。レベルが低いときは相当きつかったんじゃない? もしかしたらそれが影響し、脳内で一種の『防御本能』が働いて無意識のうちにデッド判定が変更されるのかもしれないね」

 死亡率は別にしても、他人のシステム同調率なんて知るすべがないから気が付かなかった。確かにクソガキが言うように、デッド時は未だに胃の中身をリバースする。でも、それは皆同じなんだとばかり……

「実は君の様に脳の電圧パルスが異常値で同調率が高い人間は他にも居る。1万人に1人とかそのぐらいの割合で…… 彼はそれについて色々研究していたみたい。彼が言うにははそんな特殊な脳を持つ人間の因子を『アザゼル』、そしてその因子を持つ者達を『ガーディアン』と呼ぶそうだよ」

「ガーディアン……」

 そう言えば、前に鬼丸が聖櫃に向かう通路で言っていた…… そして俺の前から去っていく時も、あいつは確かに俺をそう呼んだ。お前はガーディアンだと……

「アザゼルってのは旧約聖書の『エノクの書』に出てくる堕天使の名前さ。アザゼルは人間を監視するグリゴリ【神の子】隊の天使だったにもかかわらず、人間の女性を愛し、その女性に天界の知恵を授けて仕舞ったが為に神の逆鱗に触れ天界を追放され悪魔になったって言われてる。その因子が何でそう呼ばれるのか、そしてその因子を持つ人間を何故『ガーディアン』と呼ぶのかは僕にもわからない。彼もそれについてはわからないみたいだった……」

 メタトロンはそう言いながら肩に担いだ剣の切っ先を俺に向けた。

「そしてその『アザゼル』因子を持つことが『ガーデイアンシステム』にアクセスするための第一条件だそうだ」

 ガーデイアンシステム。そういやさっき頭の中で響いていた鬱陶しい無機質な電気音声が、なんかそんなことを言ってたような気がする。

「ガーデイアンシステムはアザゼル因子を持つ被験者の脳を完全にサポートするプログラムなんだって。ただし、そのアクセスにはもう一つ条件がある」

「他の条件?」

「君の持つその太刀…… 『童子切り安綱』がそれだ」

 俺は手に握る安綱に視線を移す。微妙な角度で反り返り、その刀肌にうっすら濡れたような光沢を放つ二尺六寸の黒刃。

 確かに、前にカイン達未帰還者のチームに襲われた時も、そして先ほどのバルンガモーフと戦った時も。そして今尚まるで自分の体の一部、いや俺そのものの様な感覚もこの妖刀がきっかけだった気がする。

「その『童子切り安綱』は元々このセラフィンゲインには存在しない装備なんだよ。だから僕もその安綱には手を加えることが出来ない。どうも不可視属性のデータみたいだ。よって端末のデータには当然乗ってない。『アザゼル』因子を持つ者の専用装備って彼は行っていたよ。僕にとっては目障り極まりない存在だけどね」

 どおりで端末の検索に引っかからないわけだ。ホントに激レアアイテムだったってわけか……

 しかし創造主たる使徒の指示さえ拒否可能なこのAIが手出しできないアイテム…… 何かものすごく得体の知れない、『ヤバイ物』を使ってる気がしてきた。

「普通のプレイヤーが通常で使用するなら、ちょっと切れ味の良い太刀なんだけど、君たち『アザゼル』因子を持つ者が使うと同調率に比例してその攻撃力が跳ね上がる。恐らくそれで『因子を持つ、持たない』を判断しているみたいだ。しかもガーデイアンシステムの管理下に置かれるとその刃には禁呪『コンプリージョン・デリート』と同じ効果を持つ『イレーサー』機能が付加され、より効率的に対象のデリートを実行できるらしい」

 先ほどから斬ったもん全てが片っ端から消えていくのはそのためか…… なるほど言われてみれば確かにコンプリージョン・デリートより安全で効率がいい。 

「そして…… これが一番重要な機能、ガーディアンシステムとその安綱がある本来の目的。いや、意味と言っても良い。それが今の君の状態、対アザゼル因子殲滅戦闘形態『ルシファーモード』を起動させることが出来るってことだ」

 せ、殲滅って…… おい、ちょっと待て!

「まてコラっ! 今の話じゃ俺だってそのガーディアンって奴なんだろ? なのになんで俺がその因子を持つ人間を消さなきゃなんねぇんだ? おかしいじゃんか」

 俺の目の前のその少女は、手にした剣を向けながら目を細めクスッと微笑んだ。

「さあ? そんなの僕は知らないよ。そもそも何のために存在するんだかわからないんだし……」

 メタトロンはそう言って肩をすくめる。

「何でもその安綱はアンテナみたいな役割もあるらしいよ。『アザゼル』因子を持つ者が装備するのが大前提だけど、その状態で『アザゼル』因子を持つガーデイアン。若しくはそれに似た存在を感知すると、それに反応して殲滅プログラムが起動するらしい。しかし面白い趣向じゃないか。因子を持つ者の手によって同一の因子を内包する存在を駆逐する…… ウフフっ まさに共食いだね♪ 

 ―――あれぇ? 何そんな嫌そうな顔してるだよぉ~? あっちの世界じゃ良くやってるじゃん。でもって僕はその為に作られここに居るんだよん。でもさ、このガーデイアンシステムとそれに連動するルシファーモードを考えた人間は絶対Sだよ~ しかもドSだねきっと♪」

 いや、そんな嬉しそうな顔してそう言うお前も相当Sだ。AIに性格があるかどうかは知らんケド……

「ここまで話せばもうわかると思うけど、彼…… 鬼丸も君と同じ『ガーディアン』だ。もっとも、その安綱を使いこなす時点で確定してることだけどね」

 まあ確かに。今の話を聞くと、あれほどこの安綱を使いこなしていた奴が、そのガーディアンってのであることは間違いないだろう。だが……

「でも何故彼は、そのアザゼル殲滅装備である『童子切り安綱』を君に託したんだろうねぇ? 僕はそっちに凄い興味あるんだけど……」

 そう言いながら、ククっと喉を鳴らし目を細めるメタトロンが、俺の疑問を口にしていた。


初めて読んでくださった方、ありがとうございます。

毎度読んでくださる方々、心から感謝しております。

第23話更新いたしました。

22話を若干変更しました。変更分を読んでない方は「あれ?」って思うかもしれません。

色々と感コメを頂き、少しばかり軌道変更をしたのでこうなりました。まあ、それでも厨二ぽさは抜けません。作者本人が厨二ぽいのでしょうがないかもデス(恥

それでも読んでくださる方は「なんと心が広いのだろう!」といっぱい感謝して差し上げちゃいますw(オイっ!)

更新遅くてスイマセン。こんなしょーもない作品でも『楽しみにしてます』なんてコメント頂くと大変嬉しく感謝しまくりですが、そんな方達には本当に申し訳なく思います。

若干時間が出てきたので少し書けると思いますが、年末またどうなるか……

なま暖かい目で見守ってくださいw

鋏屋でした。


次回予告

最凶セラフ『バルンガモーフ』との死闘を制したシャドウ達。そして知ったアザゼル、ガーデイアンと安綱の驚愕の関係。自らもその因子を内包し、さらに同じ因子を抹殺するための機能を持つ安綱に、シャドウは得もいわれね嫌悪感を持つ。

鬼丸に会うという目的のために聖櫃を目指す智哉の心に一抹の不安と猜疑が芽生え始めていた……そんなネガティブな気持ちの智哉にマリアが投げた言葉とは?


次回 セラフィンゲイン第24話 『大鴉の苦悩』 こうご期待!

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