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セラフィンゲイン  作者: 鋏屋
EP-1 セラフィンゲイン
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第1話 漆黒の鴉

第1話  漆黒の鴉



 西に沈む太陽が龍の腹の様な雲をゆっくりと赤く染め上げ始める。顔に当たる風が少し冷たいのは、山頂付近に雪の帽子を被った正面に見えるあの馬鹿でかい山のせいかもしれない。

 突きたった山頂から7合目辺りまで真っ白く化粧した山のさらに上空を、火龍の鱗のような赤い雲が覆う様は、この世界が売りの一つとしている『美しい景観』と言うのも確かに頷ける物がある。

 この風景が実は膨大なデータと信じられない処理スピードで構成された無数のテクスチャーの固まりだという事を一瞬忘れさせるほど、その美しさは圧倒的であり、現実的な説得力に満ちあふれていた。

 現代の東京ではまず見ることの出来ない雄大な日暮れの光景を満喫しつつ、そんなことを考えながら俺は携帯用食料である干し肉を口放り込んだ。

 どことなく子供の頃食べて吐いてしまった羊の肉の様な味のこの肉は、この世界に存在するアモーという見た目象のような生き物の肉らしいが、何も味まで再現しなくても良いのにと思う。しかしこれもこの世界を構成する技術力のアピールなのだろう。

 不意にどこからか獣の咆吼が俺が潜んでいる茂みの葉を振るわせた。先ほどまでせわしなくそこいらを飛び回っていた小鳥などの小動物達が危険を察知し、いち早く避難行動に移る。

 俺は味はともかくスタミナを回復する効果を持つ干し肉を飲み込むと、腰に下げた馬鹿長い剣の柄を握り深呼吸をした。その時胸に付けたポーチからおよそ場違いな電子メロディーが流れる。緊張しかけた矢先のその音にうんざりしながら俺はそれを取り出した。

 いつも必ず思うことだが、何でコレなんだ?

 現実世界の中世を模したこの世界で唯一文明社会の権化のようなそれは、この世界で誰もがもつコミニュケーションツール――― 携帯電話だった。

 雰囲気台無し気分のまま2つに折り畳まれたそれを開くと、すぐに男の声が聞こえてきた。

「シャドウっ! 『セラフ』をそっちに追い込んだ!『ギガトール』の大物。『メイジ』の『フレイア』で左目焼かれてやっこさんブチギレ状態だ」

 また余計なことを――― と今更言っても仕方がないのでスルー。

 『セラフ』とは、この世界に出現する怪物の総称で『ギガトール』はこの世界に出現する竜のこと。RPGでおなじみのドラゴンである。体長10m前後、大きなものでは15mの個体も確認されている大型セラフで形や属性の違う亜種も数種類存在する。このエリアに出現するものはこれと言って特殊な特徴がない割とポピュラーな種で、中〜上級者向けの標的だが、コイツが時々吐く炎のブレス【息】は近距離でまともに食らうと上級者でも深刻なダメージを食らう破壊力がある。

 中級者向けのボスセラフと言っても、巷で嘯く自称中級の、チーム内の平均レベルがやっとこ二桁行った半端な連中が狩れる相手ではなく、上級者のチームですら二体以上で囲まれたら全滅しかねないとっても危険な相手だ。

 次ぎに会話に上がった『メイジ』だが、これも様々なRPGで必ずと言っていいほどある職業、魔法使いのこと。そんでもって『フレイア』はメイジが行使する炎の魔法。

 移動しながらの通信のせいか時折雑音が入る。電話越しの男はかなり慌てた様子だった。

「ダメージは? 」

 俺は斜め前方に広がる森の木々がなぎ倒されていくのを眺めながらゆっくりと聞いた。

「奴のブレスでフレイアをしかけたメイジと巻き添え食らった戦士二名がデッド。後は奴が逃げ出す際に吹っ飛ばされてガンナーがフラフラだ」

 案の定ブレスにやられた訳ね。

 戦士とは言わずもがな、剣や斧などで戦う肉体派キャラ。フラフラになったつーガンナーってのは弓やボウガンなどを扱う狙撃系のキャラで、もっぱらセラフの至近距離でガンガンやってる戦士なんかを後方から援護する役割を持つ。

 えっとつまり――― 

 『強面の竜さんを狩ろうとしてちょっかい出したら、返り討ち食らって仲間が半分天に召された』つーわけか。おまけに顔半分焼かれた竜さんはかなりご立腹なご様子…… そりゃ怒るわな、普通。

 しかし、奴のブレス一撃で前衛、後衛会わせて四人が戦闘不能になるなんて、良くこんなレベルでこのクエストにエントリーしようなんて考えたもんだ。ミーティングの時に見たメイジの娘、結構可愛かったんだけどなぁ……今頃あっちでゲーゲーやってるんだろう、かわいそうに。

「とりあえずそっちに追い込むことには成功した。後を頼むぜ、シャドウ!」

 『追い込んだ』じゃなくて、『見逃してくれた』の間違いじゃない? とツッコミを入れたかったが、とりあえずその言葉を飲み込み「了解」と答えて通話を終了した。俺はほら、職業上クライアントは大事にする主義だから。

 携帯を胸のポーチに仕舞い頭から被っていたマントを脱いで首のところで留めると、それまで周囲の色に同化していた布が黒く変わっていく。

 このマントは以前エントリーしたクエストで入手した『愚者のマント』というレアアイテムで、AC値【防御力】はゼロだが頭から被ると周囲の景色と同化する『擬態』の効果がある魔法アイテムだ。

 ただ、普段装備している防具の上から羽織れるのだが、中に着れる防具に制約があり、あまり高い防御力の鎧は羽織ることが出来ない。そんなわけで俺はいつもAC値6のライトプレートメイルという鎧を愛用している。

 コイツもこちら側に最初に転送される場所である『ターミナル』と言う町にあるショップで黒に配色変更を掛けてもらった特注品だ。

 まぁ、色の設定変更で別段パラメーターに影響ある訳ではないので、これに金を掛ける人は少ないが、ほら、名前も『シャドウ』だし、やっぱり形から入りたいじゃない? 俺はどうしても黒にしたくて装備一式を黒に統一したのだよ。

 被っていたマントを脱いだ俺はとりあえず周囲の索敵をする。大物に気を取られて別のセラフから不意打ちを食らうなんてのも良くある話で、ハイレベルなプレイヤーは標的に襲いかかるこの瞬間にも索敵を怠らない。これ、上級プレイヤーの常識。

 周囲の気配から別のセラフの接近が無いことを確認した俺は改めて咆吼を上げつつ接近するギガトールの方を見据え腰の剣を抜いた。

 鞘から現れた黒光りする刀身がうっすらと濡れた様な光沢を放ち、手にした俺を魅了する。

 シンプルかつ繊細な細工の紐巻きの柄。葦を象った精巧な彫りの鍔から反り返る刀身。目が節穴でもない限り一目で名刀と判る重厚感を醸しだしている

 これも先ほどの『愚者のマント』と同じくレアアイテムで、その名を『童子切安綱』【ドウジギリヤスツナ】という。

 後で分かったことだが現実に同名の刀があるらしく、なんでもそっちは『五大名刀』の一つとして『国宝』になってるらしい。

 現実、頭のてっぺんからつま先まで生まれた時から一般庶民で、勿論骨董マニアでも刀剣マニアでもない俺は実物など見たこともないし、当然触ったこともないので現実世界の本物がどうなのかさっぱり判らないが、とりあえず此処の設定スペックにあった刀身二尺六寸(約80cm)という長さは、実際鞘から抜き出してみると設定数値より長く感じる。このような剣はこの世界では『太刀』と言う剣に分類される。

 柄の上に配された鍔と、そこから少し反るように伸びた片刃の刀身はまさしく時代劇などで出てくる日本刀のデザインであるが、一般的に『刀』呼ばれる日本刀が60cm前後であるのに対し、この太刀はそれより20cmほど長くなっている。

 この世界には、剣、斧、槍、弓といった種類の様々な武器があるが、その中の剣に大別される武器の中でもこの太刀は異彩を放っており、入手も極めて困難でターミナルのショップでは勿論のこと、プレイヤー同士のオークションでもなかなかお目にかかれない。ましてやこの安綱は接続所の端末で検索するアイテムリストにも出てこないつー俺の自慢の一品。もしかしたら『超』が付くレアアイテムなのかも知れない。

 この世界の創造者が国宝と同名のこの太刀の設定をどういう認識で扱ったのか判らないが、何でも『六人の罪人の体を横に重ねて叩き斬ったら土台まで斬れちゃった』という実物の伝説宜しく、使いこなせればトップクラスの切れ味を誇る至宝の武器って話しだ。

 俺はこの太刀をあるプレイヤーから譲り受けゲットしたのだが、扱いがめっちゃ難しい。斬り方考えないとてんで斬れねぇし、長いから小回り利かないし、扱いにくいことこの上ない。散々使って武器の熟練度を表すパラメータのテクニックレベルが15を越えた辺りからやっと不自由なく扱える様になった。

 今じゃ体の一部のように扱えるが、その域に達するまでにはえらい苦労したよマジで。

 太刀を構えた俺は、少し切り立った崖の上に立ち、先ほどの報告の通り左目を焼かれて怒り狂ったギガトールが突進してくるのを眺めながら開いている方の手を開きながら呪文を口ずさむ。

 呪文。そう、まさに呪文。それしか言いようがない。つーか俺自身いまいち理解不能。

 これは魔法を行使する前段階で、実際自分が何を喋っているのかさっぱり分からないが魔法を使おうと考えると頭の中で意味不明な言葉が浮き上がり、勝手に口がそれをしゃべり出すと言った感じ。考えようによっちゃかなりサイコな状態だ。俺も初めて使った時は気持ち悪くてびっくりしたが、行使する瞬間の爽快感は案外気持ちがいい。

 そのうちに突き出した手のひらに精神を集中させる。程なくして左手がボンヤリと光り出した。

「ボルトス!」

 自分でも不思議なほど冷静な声でそう呟いた瞬間、左手から放たれた閃光は突進してきたギガトールの目の前に飛んでいき、奴の鼻先で派手な音と共に弾けて周囲に電撃をまき散らした。今見た通りボルトスは雷撃形の魔法で比較的下位の呪文だ。

 目もくらむような閃光と、『麻痺効果』を伴った衝撃で突進してきたギガトールは一際でかい咆吼を上げつつ、つんのめるようにひっくり返った。俺はすぐさま左手を刀身に添え、もう一度呪文を唱えながら真下で昏倒するギガトールめがけて跳躍した。

「ボルトスソード」

 落下しながらそう呟くと、その声に反応して手にした安綱の刀身がバチバチと帯電してスパークする。今の電撃程度ではたいしてダメージを与えられないのは判っている。単なる『足止め』のために放っただけでボルトス程度の雷撃呪文でしとめられるなんて思っちゃいない。本命はコイツ、魔法剣だ。

 この魔法剣つーのは読んで字のごとし、魔法の力を付加した剣技で普通の『戦士』などは使えない技。俺のような『魔法剣士』だけの特権技って訳だ。剣を扱う職業では持つ得物によって様々な『技』が設定されているが、剣技に様々な魔法効果をミックスできるのは魔術に精通する魔法剣士のみなのだ。

 魔法の名前からもわかると思うが『ボルトスソード』は雷撃魔法である『ボルトス』の効果を付加した魔法剣だ。

 つんのめった拍子に狙い通りにうつぶせに倒れたギガトールに躍りかかる俺の狙いはただ一つ、頭の後ろにある後頭部。

 ギガトールは厚い皮下脂肪と竜族特有の堅い表皮で覆われたセラフで、生半可な攻撃では弾かれてしまう。だが、この天然の鎧をまとう暴君、竜族に共通した弱点がある。

 頭の後ろ、ちょうど人間で言う延髄に当たる部分が他に比べて極端に皮膚が薄くなっていて、この部位に強力な攻撃を与える事が出来れば一撃でしとめることも可能なのだ。

 両手で柄を握り、奴の弱点である後頭部めがけ懇親の力で安綱の刀身を三分の一程度表皮の中に突き立てると、同時に目もくらむような閃光がスパークして暗くなりかけた辺りをカメラのフラッシュのような閃光が周囲を照らし出していく。

「ガッ―――グアッガガ―――! 」

 バチバチとした閃光に合わせて、まるで壊れたスピーカーのような呻き声を上げるギガトールの体に電流が流れ皮膚表面に青白い閃光が走った。そして次第に生命力が失われていき残った右目も閉じていって、閃光が消える頃には完全に沈黙した。

 俺は太刀を引き抜くとギガトールが完全に絶命したことを確認し地面に飛び降りた。

 はい、おしまい。

 今回は割と上手くいった。なんつったってノーダメージつーのが何とも嬉しいね。いや、こんなに上手くいくとは正直自分でも思わなかった。

 周囲に危険がないことを確認すると、俺は剣を鞘に戻した。程なくして先ほどの電話の声の主である甲冑を着た男と、緑のローブを羽織った男が三人目の男に肩を貸しながら歩いてきた。セーブキャンプでの打ち合わせの時にチラッとしか見なかったから良く憶えていないが、装備から判断して二人に担がれてるこの男が電話で言ってた『体当たりを食らったガンナー』だろう。ローブを着た男は回復系キャラのビショップ【僧侶】だ。

「ギガトールを一撃かよ…… やっぱすげぇな」

 甲冑の男は感嘆の呟きを吐きながら脇に横たわるギガトールを眺める。

「一人じゃキツイかと思って援護するつもりで急いできたんだが、余計な心配だったみたいだな。噂通りだぜ。魔法剣士、『漆黒のシャドウ』の名前は伊達じゃねぇな」

「いや、たまたま上手くいっただけさ。いつもこんなに上手くいくとは限らない」

 と、一応謙遜してみる。まぁ、この種のギガトールじゃソロでまともに戦っても討ち取る自信はあるけどね。と心の中で天狗になりながら空を見上げると、上空に『Mission complete』と書かれた文字が青白く光り浮いているのが見えた。

 なんともファンタジックなこの文字はエントリーしたクエストで、そのエリアにいるボスクラスのセラフを倒すと掲げられるメッセージ。でもこれは俺達が今エントリーしているクラスAのフィールドしか出現しない。まあ、クラスB辺りでブイブイ言ってる連中じゃギガトールは狩れないだろうけどな。

 これが上がるとその時参加してたチーム全員のレベルアップをしてもまだお釣りが来る経験値と、自分のIDデータに星マークが一つ刻まれる。この星マークはこれによっての特典は無いが、この星はこの世界に浸る者にとって勇気の証であり、誇りでもある。この星の数が多い者ほど他のプレイヤーから尊敬されるって訳。文字通り英雄の証だった。

 俺も幾度となくこの文字を眺めてきたが、何度見ても美しく、胸躍る光景だと思う。それはこの世界を生きる全ての同胞も同じなのだろう。

「さて、セーブキャンプまで戻ろう。だが、慎重にな。撤退中に襲われて全滅したら今までの苦労が水の泡だ」

 俺は刀を仕舞いながらそう三人に声を掛けた。これが此処の怖いところ。今せっかく苦労して倒したセラフの獲得経験値や星マークもセーブしなけりゃ全部パア。セーブして初めて自分のIDデータに書き換え可能になるシステムなのだ。しかもセーブできるのは各エリアに一箇所、出発地点のベースキャンプのみ。戻る途中で死んだら全てノーカウント『振り出しに戻る』つー訳。これが結構辛いのだ。

 大物を倒してクタクタのヘロヘロ状態だったりするじゃない? さっさと帰りたいのが心情なんだが、そう言う時に限って警戒怠って不意打ち食らったりするもんなのだよ。そうやってあえなく全滅して泣くチームを俺は沢山見てきた。

 当然ギガトールのブレスで逝っちゃったメイジの娘や、巻き添えで昇天した前衛2人の戦士達は経験値は入らない。クエスト参加時のパラメーターにリセットされる。脱落者が置いて行かれるのは世の常だしね。

 一通り三人を見回すと、皆相応に少なからずダメージを受けている様子で無傷なのは俺だけだ。ギガトールに出くわす前の戦闘でビショップの魔力も消耗しているはずで、一番下の回復魔法であるケアでも行使出来て二、三回と言ったところだろうな。

 六乃至七人のチームで前衛が二人が消え、援護の魔導士が居ないこの状況では、はっきり言ってかなり危険。もし此処でボスクラスに襲われでもしたら、いくら俺でも生き残った全員を帰還させる事は難しい。

「そうだな、DJ、お前回復液(小)持ってたろう? 今の内に使っておけ。クウカイ、悪いが俺に『ケア』頼む」

 チームリーダーの戦士がそう言って指示を飛ばすとDJと呼ばれたフラフラのガンナーが、腰袋から小瓶を取り出し一気に飲んだ。喉仏の上下に応じ眉間に皺を寄せて「うえッ」と言いながら舌を出す。

 判る判る、苦いんだよな、回復液。絶対味まで再現しなくて良いよ。

 続いてクウカイと呼ばれたビショップはリーダーの戦士に回復魔法の『ケア』をかける。一瞬、ボンヤリ戦士の体が光り、すぐに消える。先ほどまで疲労困憊と言った顔色が幾分良くなったようだ。戦士の口元にうっすら笑みがこぼれる。こちらは苦い回復液と違ってお腹の下あたりが仄かに暖かくなり、それが全身に広がるような感じで結構気持ちいい。

「良し、戻るぞ! 」

 とリーダーの戦士が皆に声を掛けた瞬間、目の前に立っていたビショップの腹から鮮血が吹き出した。見ると腹から尖った角が生えている。鮮血が霧のように舞い結構スプラッターな状況だが、それが一見シュールだなぁと感じるほどこういう状況には慣れちゃってるだけに冷静に対処できる。痛いぜぇ、アレ。

 苦痛に歪むビショップの体がフワリと浮いたかと思うと、ぶんっ! と吹き飛び、横たえたギガトールの体に当たって地面に落ちた。俺はとっさに刀を抜いて後方に飛び上を見上げる。

 暗くなりかけた森の木々の影からのっそりと出現したそれは、うっすらと緑がかった甲殻をまとった大きな蟹のようだった。いや、蟹そのものだ。

 かに道楽の看板を四倍ぐらいにして動かしたらコイツになるな、きっと。

 まさに蟹と言った形の目がきょろきょろと周囲を見回しながら様子を伺っている。

「ダイノクラブだ!」

 身の丈7mの大型セラフで蟹によく似ているが完全な陸上セラフだ。恐らくギガトールの血の臭いに誘われて出てきたのだろう。両方の鋏を誇らしげに掲げ俺達を威嚇し始めた。どうやら血の臭いで興奮しているようだ。ちくしょう、気が立ってやがるな。

 しかし、こんな大型クラスのセラフが接近したのに気が付かないとは迂闊だった。こんなクエストにさすがにボスセラフ二体は出現しないだろうと高をくくっていたのだが、考えが甘かった。いやはや、やっぱり奥が深いな此処は――― と、感心している場合じゃ無かった。

「シャドウっ! どうする!?」

 オイオイ、どうするって逃げるしかないでしょう?

 よりによって今一番会いたくない相手だよ。ギガトールのご馳走はそっくりやるから見逃してくんねえかな?

 コイツはとびきり堅い甲殻で覆われていて通常攻撃はほとんど弾かれる。弱点はあるにはあるが巨体に似合わず動きが俊敏で狙いにくい。おまけに火に耐性があり電撃も体を覆う甲殻の表面を流れるだけでダメージを与える事は出来ない。

 有効な戦法は堅い甲殻に関係なく氷結させる冷却系の上級呪文か、罠で足止めして弱点である目の間を集中攻撃するしかない。

 俺も魔法は使える事は使えるが、回復系と魔法剣を発動するための呪文ぐらいで本職のメイジの魔法とは比べ物にならない。冷却系の魔法剣もあるが、直接攻撃では、やはり弱点を突かない限りたいしたダメージを与えることは出来ないだろう。不意打ちなら何とかなりそうだが、こう面と向かってしかけるなら成功率は四分六――― イヤ七分三分と言ったところだろう。勿論成功が三で失敗が七。

 つまり、さっきの戦闘でメイジを失っている俺達には全滅必至の相手であってどうするって聞かれたって選択肢は決まってる。俺はこんなトコであんた達と玉砕する趣味は毛頭無いよ。

 けどね―――

「俺が奴の目の前でボルトスを弾けさすから、あんた等はセーブキャンプまで全速力で突っ走れっ!」

 これがリアルなら絶対に取らない行動――― つまり英雄的行動。

「シャドウっ、あんた、どうするんだ!? 殿だぞっ」

 現実だったら絶対誰より先に逃げてるよ、俺。だけど此処での俺はそうじゃない。『漆黒のシャドウ』なんだよ。

「ビショップまで逝っちまったあんた達は、セーブキャンプまでたどり着くのも至難の業だ。俺が時間を稼ぐ。急げっ! 」

「でもそれじゃ、あんたは生還できなくなるんじゃ……」

 尚もそう言う戦士の男にキザっちくも親指を立ててこう言った。リアルの俺がやったんじゃ絶対引かれるポーズだけど、此処での俺ほどこのポーズが似合う男も居まい。現実ヘタレの秋葉ちゃんでも、この世界での俺は英雄なんだよね。

「なぁに、俺は傭兵、殿は日常業務さ。少しでも生還率の高い方法をとるだけの事だ。そこでヒクついてるビショップ担いでさっさと行けよ」

 決まったっ! う〜っ、かっこええ! と自分の言葉に舌鼓。

 俺の言葉に何とも言えない顔をするリーダー。まぁ、無理もないけど。

 そう、俺は傭兵。このチームに助っ人兼ガイドとして雇われた身だ。極端な話し、チームが全滅しようが俺さえセーブできればオールOKだし、雇う側もチームに無関係な傭兵を仲間を犠牲にして生還させようなんて考える奴はいやしない。

 リーダである戦士がさっき言った言葉だって自分らだけで逃げるのにバツが悪いから言ってみただけでたいした意味なんか無い事も判ってる。俺もその分貰うもんは貰うのだから全然気にしない。世の中ギブアンドテイクなのは何処の世界も同じ事。

 雇う側からすれば、凄腕でいざというときは己を犠牲にしてでも仲間を守り、しかも法外な報酬を要求しない、なんつーパーフェクトな傭兵を望むが、そもそもそんな奴が傭兵なんかになる訳がないという事に考えがいかないらしい。

 だが、俺にはそう言った理由とは別に彼らを一人でも多く無事生還させる義務があった。この世界で凄腕の傭兵魔法剣士『漆黒のシャドウ』を演じきる事こそ、俺が寝不足になってもこの世界に訪れる理由であり、ロールプレイヤー【演じ行動する者】としての存在意義なのだから。

 それにさ、たとえ仮の仲間でもチームが全滅するのは見たくないじゃん、実際。

 俺は呪文を唱え、先ほどと同じく左手を青白く発光させるとダイノグラブは第一脚である巨大な鋏と第二脚の鋭いツメを持ち上げ体ごとこちらを向いた。奴はこちらの思惑通り俺に狙いを付けたらしい。

 うわっ、今コイツと目が合った気がする。

「ボルトスっ―――! 」

 先ほどとはうって変わりそう叫ぶと雷撃の弾を大蟹の目をめがけて放った。相変わらず派手な音と共に弾ける閃光で辺りがパッと明るくなった瞬間、俺は三人に向けて怒鳴った。

「今だっ、走れぇっ!!」

 そう叫ぶと同時に反対方向に走り出すメンバーを後目に俺は思いっきり跳躍した。

 暗くなりかけた周囲に同化するように黒いマントが翻る。脚力にたっぷりパラメータを振り分けた俺の足は現実では考えられない跳躍力を見せる。

 鴉

 そう、まさに……

 俺は、夜の帳が訪れかかる、この作られた夜空を飛翔する一羽の鴉になった気分だった。

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