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セラフィンゲイン  作者: 鋏屋
EP-1 セラフィンゲイン
18/60

第17話  想い

 屋敷の地下は地上の趣のある内装と違って殺風景だった。どことなくヨーロッパ風の石壁をイメージしていたのだけれど、階段から通路に至までの壁はコンクリートの下地に白い塗料を吹き付けただけのシンプルなもので、床のタイルもさることながら、どことなく病院を思い出す感じだった。

 階段を下り、ほんの数十メートル先に一枚のドアが見えた。天井から浴びる蛍光灯の光に照らし出されたその扉は壁や天井と同じく白で統一され、一見するとドアなど無いように見えるが、左中央部に配されたテンキー付きの端末が、此処が何らかの出入り口である事を訴えているようだった。

 何かマジで秘密基地みたいだ。どことなく『ウサギの巣』の地下に雰囲気似てね?

「ちょっと待ってくださいねぇ」

 雪乃さんはそう言ってテンキーを素早く叩く。その盲目という事を感じさせない動作は、此処を何度も利用している事を物語っている。って当たり前か、自分の家なんだし……

 程なくして「ピーッ」という電子音と共にロックがはずれドアが開いた。

「どうぞ、入ってください」

 そう言って雪乃さんは僕たち2人を中へと招き入れた。

 中は畳10畳ほどの大きさで、壁に沿って至る所にコンピュータ端末が設置してあり、どこかの研究室のような様相を呈している。

 その並んだ端末やモニター、それらの向こうにある壁には夥しい数のメモ用紙やレポート用紙が非道く乱雑に貼り付けられ、部屋をさらに狭く見せている。

「此処って……」

「此処は、兄の研究室でした……」

 ララの呟きに雪乃さんはそう答えた。

 研究室……確かにこの壁やパソコンに貼り付けられたメモには、僕の頭じゃさっぱり理解不能の数式や単語などが書き殴られていて、チラッと見るだけで脳が溶けてしまいそうだ。アニメや漫画なんかで見る『研究室』そのもののように見える。

 でもさぁ、アニメとかじゃ大抵こういうところで何かやってる人って『マッド』系が多い気がするんですけど……

 そんな事を思いながら部屋をくるりと見回し、部屋の奥で目がとまる。そこに意外な、それでいて、僕が良く知っている物に似た物体を発見した。それも2つ……

「ゆ、ゆゆ、雪乃さん、あ、あ、あれって……」

 僕の反応を予想していたのか、雪乃さんは落ち着いた声で答えた。

「ええ、ブレインギアです。ウサギの巣にある物より古い型なので若干形は違うハズですが、機能は同じ物です」

 確かに雪乃さんの言うとおり、少し形が違うが、あの得体の知れないコードなんかがへばり付いたヘッドギアといい、正面にモニターが設置されたリクライニングシートといい、間違いなく僕たちプレイヤー達をセラフィンゲインへ誘う『揺りかご』―――ブレインギアだった。

「そっか、雪乃はここからセラフィンゲインにアクセスしてた訳ね。道理でドンちゃん達がリアルの雪乃を知らない訳だ」

 なるほど、確かにマリアの言うとおりだ。自分の家からアクセスしてたら、ウサギの巣のロビーで張ってたって見付かるわきゃない。鬼丸が『使徒』なら自分の家にブレインギアがあってもおかしくないし、その妹である雪乃さんがそれを使うのも道理だよな。

「ええ、私はここからアクセスしています……もうおわかりだと思いますが、インナーブレインシステムは此処で開発されました。そしてセラフィンゲインの元になったプログラム『エデン』も……」

 プログラム『エデン【楽園】』? 元になったてことは原型って事か?

 初期のプログラムの名前が『エデン』……何ともまた洒落た名前だこと。

「そして、その最初の被験者が私だったんです」

 てことは雪乃さんが記念すべきプレイヤー第1号なわけだ。すげ〜!

「きっかけは私が兄に言った一言だった……」

 雪乃さんはゆっくりと語り始めた。

 インナーブレインの開発―――それは不自由な体を持った兄妹の、ただ純粋な『想い』からだったんだ……


☆ ☆ ☆


 兄は10歳までは健常者でしたが、私は物心付いたときから光を持たなかった。記憶が定かではないですが恐らく生まれつき……声と気配、触れる感触と臭いが、私が周囲を確認する手段でした。

 父はほとんど家には居なかったので判りませんが、母は私を可愛がってくれたと思います。でも小学校に通い出す年齢なって、相応の自我が芽生えてからは、それはどこかよそよそしく、目の不自由な私を同情めいた気がして私をいらだたせました。愛情と言うより哀れみ……それが自分の被害妄想だと気が付いたのはもっとずっと後でしたが……その母も私が14の時家を出ていきましたけど。

 そんな自分に、心の底から無条件に愛してくれたのは兄でした。兄は私に優しく、寛大で私をいつも気にしてくれました。私も兄が大好きでした。

 私が小学校に上がる頃、兄にこんな事を漏らしました。


『お兄さまの姿を見てみたいな……』


 ホント、ただなんの気もなしに言った、たわいもない一言―――

 私は自分の目が、恐らくは一生光を見ることはないことを知っていましたし、それについてはもう諦めていましたから、本当にそれが叶うなんて考えてもいなかったんです……

 でも……兄はそんな私の浅はかな願いを真剣に受け止めてくれました。


「判ったよ雪乃、俺が絶対にその願いをかなえてやるからな。スゲー勉強して、必ずお前の願いを叶えてやる」


 私のそんな素朴な願いを、兄はまるで自分の人生の課題のように受け止め、力強くそう答えてくれました。私は兄のそんなところがたまらなく好きだったんです。

 兄は幼い頃から頭が非常に良かったんです。いえ、ただ『頭が良い』では済まないレベルでしたね。まさしく天才でした。私のその言葉を聞いてからはさらにその頭脳をのばしていきました。元々の天才がさらに努力するんですから、その上昇力は驚異的です。小学校では兄に算数や理科などを教える教師がいなくなりました。

 父は兄のその才能を喜び、財力で各方面から独自に分野別の天才を兄の家庭教師として招き兄に付けました。もう兄にとって義務教育はただの枷にしかなりませんでした。

 そんな折りに、兄は病気を発病しました。

 体の筋肉が急激に衰えていく難病でした。右手と、かろうじて首から上が動くだけで、兄は車いすで生活するようになりました。

 ですが幸い脳細胞は病気の影響は受けず、むしろ健康だったときよりも冴えているような感じでした。

 そんな難病に冒されながらも、兄は前向きで常に私の事を気に掛けてくれました。


「雪乃との約束、守らなきゃならないからな」


 いつも兄はそう言って笑っていました。私には声しか聞こえないけれど、兄がどんな顔をして笑っているのか判る様な、そんな声だったと思います。

 それから兄は父に頼んでこの地下に自分専用の研究室を作り、独自の研究開発に没頭しました。兄の病気が発覚した時は愕然としていた父も、兄の頭脳が健在な事を確認すると積極的に支援し、各方面から兄をバックアップする専門家を招き、兄に付けました。

 当時、兄に協力していた人は7人でした。兄を含めたこの8人が最初の『使徒』です。

 そして開発計画を立ち上げからから8年目にして、今の『インナーブレインシステム』原型となる装置が完成しました。何度目かの実験の後、安全性が確認できた段階で、正式に私と兄が被験者になりました。

 私たちはそのシステムで仮想空間に入り、そこで私は初めて兄を自分の目で見る事が出来たんです……


☆  ☆  ☆


「あの時の兄の笑顔は忘れられません。私たち兄妹は初めて普通の人のようにお互いを認識する事が出来たんですよ」

 雪乃さんはそこでいったん言葉を切り、目をつむっていた。恐らくその時の事を思い出しているんだろうなぁ。

 しかしインナーブレインシステムの開発の裏に、そんな秘話があったなんて思いもしなかった。ただ単純に体感ゲームとしての装置としてしか考えていなかったもんね。雪乃さんの『お兄さんを見てみたい』つー想いと、鬼丸の『妹の願いを叶える』つー強い意志が今のインナーブレインを作ったんだねぇ……ええ話や〜

「良いお兄さんね、朋夜さんって……」

 とマリアがしみじみと漏らす。悪魔の君でもその辺りは理解できるんだね。てっきり人間の愛情なんかは理解出来ないもんだとばかり……

「ええ、素晴らしい兄でした。兄はこのシステムを医療に応用するつもりでした。私たち兄妹のような境遇の人でも、このシステムを使えば、愛する人の姿を見て、その手に触れて、その声を聞く事が出来る。兄はそんな人たちのメンタルケアやリハビリに利用するつもりだったみたいです」

 なるほど、確かにセラフィンゲインでは、身体的に不自由な人でも健常者と同じに活動する事が出来る。そう考えると雪乃さんの言うとおり、そう言った利用方法に使用する事が出来るはずだ。

「そんな考えもあってか、兄はそう言う人たちが利用できる楽園になればと願いを込めて、このシステムに連動する空間プログラムを『エデン』と名付けました。この『エデン』が現在のセラフィンゲインの原型空間です」

 プログラムエデン。確かにそう言った境遇の人達からすればこのシステムは『楽園』と呼ぶにふさわしい物だ。さっき聞いたときはこ洒落た名前だと思ったけれど、その話を聞いたらこれほどマッチするネーミングはないように思えてくる。センスがいいね、鬼丸。

「でもさ雪乃、何でそれがあんな戦闘ゲームになってる訳? 今の話からすると真逆な気がするんだけど」

 マリアの言うとおり、そうなんだよね。インナーブレインシステムは現時点ではセラフィンゲインでしか利用されていないはず……確かに今言った様な利用法が現実となれば、画期的なケアが出来るんじゃないか?

「そう……アレは兄が当初考えていた利用方法ではありません」

 急に話方が暗くなった雪乃さん。あれ? どうしたんだろう?

「インナーブレインシステムとエデンの完成を見た父は、それを自分の会社の利益に繋がる活用方法を考え、兄に命じました」

 利益になる活用方法? 医療関係でも相当な利用価値があるし、画期的なシステムだからかなりの利益的価値があると思うけど……

「父はこれを……もっとも儲かるビジネス。『軍事』に利用する事を思いついたのです。当時父はその分野にも進出し始めていて、何か画期的なアイデアを模索していました。そこで兄の作り上げたシステムを応用することを考えたみたいです」

 えっ? 軍事利用? 仮想体感システムにどんな軍事的価値があるってーの?

「兵士達の戦闘訓練と戦術方法の構築・検証……このインナーブレインシステムを使えば、実際に兵士を死なせることなく、より高度で実践的な訓練が可能になります。それに伴った戦術の検証や想定される攻撃に対しての対応策とその実践など、その利用価値は医療などとは比べ物にならないと父は言いました」

 コンバットシュミレータへの転用か……

 現在僕たちがやっている『セラフィンゲイン』は、まさに『現実』と遜色ないリアリティーがある。その目にするリアルな風景だけじゃない。頬に受ける風や温度。臭いや口にする食料の味。傷ついた時の痛みや死の恐怖……

 アレはまさに『もう一つの現実』と言っても差し支えない現実感を伴ったまさに『仮想現実』だろう。前に雪乃さんが言ったように、脳を媒体としたこれほど完成された仮想領域体感システムは他にはないね、多分。

 確かに雪乃さんのお父さんが言うとおり、理想的な訓練システムかもしれない。

「でもさ、それとオンライン体感ゲームとどういう関係があるの?」

 マリアの疑問はもっともだ。コンバットシュミレータならインナーブレインと仮想空間プログラムですでに完成されているはず。ゲームにする意味が分からない。

「実施テストです。より高度なシステムにするには膨大なテストが必要です。セラフィンゲインは様々なプレイヤーが行動する事により、そこで発生した不具合や問題点などを対処してより完成度の高い仮想空間を作りだしているのです」

 なるほど、僕たちプレイヤーにプレイさせることでシステムのテストをしている訳か。

「そして二つ目……父はこちらが本命でした」

「本命?」

「当時父にはもう一つ開発対象がありました。高性能なAIの開発です」

 AI? 高性能AI開発にセラフィンゲインが関わっているのか?

「高性能なAIを作り出すためにはより多くの人間の思考をシュミレートする必要があります。恐らく父の目的は軍事的な目的としますから、なるべく好戦的な人間の思考を蓄積する必要があった様です。戦闘状態の人間の心理面から導き出される行動……より多く、多種に渡った人たちの心理データ、行動データを抽出し蓄積させること。これは兄の考えていた医療利用では出来ないことです。そこで父はセラフィンゲインを利用してそれを集めることを思いつきました。セラフィンゲインが『ファンタジーロールプレイング』の形態を取っているのは、より様々な層の人の思考を集める為にもっとも人気のある種類のゲームだからです。

 そしてセラフィンゲインにはそのプロトタイプが実装されています。セラフの出現率やその攻撃力の強弱。NPCの行動や会話対応、さらにはフィールド環境やクエストレベルの微妙な変化……あの世界におけるそれら全ては、そのAIによって管理されています。

 自己学習能力があるので、自分でデータを収集して検証し、判断します。もうかなりのレベルまで成長していて、今では創造者であり管理者でもある『使徒』の指令を『拒否』する事もあるそうです」

 知らなかった……僕達プレイヤーはAIが管理している『箱庭』で狩りをしている訳か……こういうのなんつーの? 釈迦の手のひらって奴?

「プログラム『メタトロン』……そのAIの名前です」

「メタトロン? 何かどことなく可愛い名前ね」

 とマリアが口を挟む。可愛い? そうか? 僕は一瞬トランス○ォーマーを連想しちゃいました。そんなマリアの言葉に、雪乃さんはクスリと笑いながらこう答えた。

「メタトロンとは天使の名前です。7人の大天使の1人で『契約の天使』または『天使の王』と呼ばれ『神の代理人』の称号を持ち、大天使長ミカエルをも凌ぐ天使と言われています」

 天使の王メタトロン……その名前を冠したAIに統合管理されたこの世ならざる仮想世界……まさにセラフィンゲインは『天使が統べる地』って訳だ。

「話を戻しましょう。あの世界はメタトロンによって管理されていて、管理者にも手が出せないエリアも少なからず存在します。カゲチカ君なら知っているんじゃないですか? そんな存在意義が判らないエリアを」

 そう言えば確かにある。『なんのためにあるのか判らないエリア』が。

「た、た、たとえば、ス、ス、『スローンズ大聖堂』とか……あ、あと、に、『西の荒野』とか……ケ、ケ、ケ、『ケルビム・タワー』とか……」

 『スローンズ大聖堂』は一応クエストフィールドなんだけどセラフが出現しないし、『西の荒野』は身を隠す物が全く見あたらない荒野がウンザリするほど果てしなく広がり、中・上級のボスセラフが徘徊する危険地帯で、おまけにマップが無いのでベーステントから離れすぎると迷って帰れなくなる。『ケルビムタワー』は石造りのバカ高い塔で、確か20層のフロアがあるんだけど、出てくるセラフが雑魚ばかりでボスが存在しないクエストフィールドだった。

 他にもよく判らないエリアがあるが、代表的なのはそんなところかな。

「ええ、いずれも初期段階では存在しません。メタトロンによって後から創られたフィールドです。そして……あの『聖櫃』も『使徒』には手が出せないフィールドなんです」

 そうか、あの過剰な殺傷設定も、前に鬼丸が言ってた『特殊なフィールド設定』も全てそのメタトロンというAIによる物だったのか。しかし何故?

「あ、あ、あの、ゆ、ゆ、雪乃さん。せ、せせ、『聖櫃』って、い、い、いったい……」

 『聖櫃』は僕が今挙げたフィールドとは明らかに違う。なんつーか、試されてるような……

 セラフィンゲインは平等に勇気が試される場所―――

 痛みや死の恐怖を勇気で乗り越えて初めて受ける賛美と称号。猜疑や打算、信義と情熱、喜びと悲しみ、絶望と恐怖……それら人間の様々な感情が混ざり合い溶け込んだ魔女の鍋。

 プログラムの開発者である『使徒』達の意向を拒否し、あの世界を管理し続ける、天使の名を持つ人工知能が、僕たちプレイヤーを試みる訳とは?

 前に『沢庵』で雪乃さんは言った。

 過剰殺傷に設定されているのには、そこに秘められた意味があると……

 あの鬼丸が仲間をロストさせてまで目指した『聖櫃』には何があるんだろう?

 


初めて読んでくださった方、ありがとうございます。

毎度読んでくださる方々、心から感謝しております。

第17話更新いたしました。

プライベートで本業がかなり忙しく肉体、精神共にまいっております。マジ死ぬぽ……

今回は何となく説明が多くなってしまいました。

当初医療目的で使用されるハズだったインナーブレインが別目的で使用されることになった経緯に少々無理があったかもしれません。何度も書き直してみたのですがどうもいまいちです。う〜ん……ここで雪乃に暴露させたのは失敗だったかなぁ

構成力ねぇな自分……

鋏屋でした。


〈次回予告〉

セラフィンゲイン開発の経緯を語る雪乃。何故鬼丸は聖櫃を目指したのか?

そして智哉が何故安綱を託されたのか?

鬼丸、そして智哉に共通するある条件が明らかになる。あの世界でのみ覚醒する2人の共通点とは?


次回 セラフィンゲイン第18話 『アザセル』 こうご期待!

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