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セラフィンゲイン  作者: 鋏屋
EP-1 セラフィンゲイン
17/60

第16話 世羅浜屋敷

 放課後、僕とマリアは校門にいる雪乃さんと合流した。挨拶もつかの間、すぐに1台の、およそ場違いな車が校門に横付けされる。

 ――――車ってコレですか!?

 クライスラー300ツーリングリムジン


ははは……ホントに運転手付きリムジンだったよ……


「いつもはもう少し小さい車なんですけど、電話で『友人も一緒に』って言ったらコレで来ちゃったみたいで……」

 てっきりお母さんなんかが迎えに来るものだとばかり……

 僕の横で同じように唖然としているマリア。ちょっとリアクションが浮かびませんよ、マジで。

 すると運転席から中年の男が降りてきて雪乃さんに言う。

「お待たせいたしました。雪乃様」

 様付けですか……現実にいるんだね、こういう漫画みたいなお嬢様って。

「運転手の折戸【オリド】さん。こちらは私の友人で、カゲチカさんとマリアさん」

「折戸です。どうぞ、お見知り置きのほど」

 そう言って丁寧に頭を下げる折戸さん。つられて僕とマリアも深々と低頭。運転手さんに深々と頭を下げられる経験なんてある訳無いのである。一般庶民の典型的な反応。

「さあ、お二人とも乗ってくださぁい」

 と僕らを先に促す雪乃さん。その無駄に長い車内は、乗り込むときに「おじゃまします」と家でもないのに言ってしまうのも無理のない広さだった。

「雪乃ってセレブだったんだ〜」

「やめてくださいよぉ、そんなんじゃないですよぉ……ただ父が事業をやってて、それで……」

 なるほど……しかし謙遜してるがセレブには変わりないよね。この車1台で、きっとウチの実家のカローラなら4台は買える……たぶん。

「事業って……何やってるの? 雪乃のお父さん」

「えっと、いろいろやってます。初めは医療機器のメーカーだったんですけど、今ではコンピュータからバイオテクノロジー関係。化粧品や医薬品、最近では軍需の方にも進出しているみたいで…… グループ全体ではちょっと私には……」

 ははは……わかんないくらいやってる訳ね。こりゃ筋金入りのお金持ちだわ。

 世羅浜……あれ? どっかで聞いた事があるような……

 大学を出発して20分ほど走り、車は閑静な高級住宅街のを走り抜けていった。そして一件の屋敷の門の前で停止した。自動的に門が開き、僕たちを乗せた車が敷地内に吸い込まれていく。

「おっきな家ね〜」

 とマリアが当たり前の感想を漏らす。いや、家つーのには限界があるだろ。お屋敷って言った方が言いレベルだよ、コレ。

 車は良く手入れされた洋風の庭園を左右に見ながら少し進み、程なく停車した。少ししてドアが開けられ、先ほどの運転手、折戸さんがさっきと同じように低頭しつつ僕たちが降りるのを待っている。

「お疲れさまでした」

 いやいや、疲れなんか全く感じませんでした。むしろずっと乗っていたいつーか……

 確実に僕の部屋のフィギアに囲まれたパイプベッドより柔らかい座席に未練を感じつつも、僕たちは車を降り屋敷の玄関に向かった。

 西洋風の『洋館』という言葉がぴったりの外観は周りの木々達に守られるように、重厚な雰囲気を醸し出していて、来訪者をビビらせるオーラを纏っていた。程なくしてその外観にこれまたマッチした大きな木製の框ドアが開き、中から初老の男が現れた。

「お帰りなさいませ、雪乃様」

 先ほどの折戸さんと同じように深々とお辞儀をする品の良い眼鏡のロマンスグレー。

「ただいまです。在志野【アリシノ】さん。こちらはさっき電話で話したカゲチカさんと兵藤さん」

 そう言って雪乃さんは僕たちを紹介してくれた。

「兵藤です。おじゃまいたします」

「か、か、カゲチ、チカでで、です」

 違うだろっ! 景浦だろっ! 何自分で間違ってるんだ、僕は。ヤバイ、緊張で言語障害が通常の2割り増しだ。おまけに自分の名前さえまともに言えないとは、なさけなや……

「ようこそおいで下さいました。ミスマリア。雪乃お嬢様から伺っております」

 そう言って僕らにも会釈をする。でもさっきの折戸さんに比べてちょっと冷たい感じがする。って思っていたら、すーっと僕の前まで来て顔をのぞき込む。

「そして、あなたがカゲチカさんですか……」

 はいっ? あ、いや、ホントは景浦智哉って言うんですけどね……

「雪乃お嬢様から伺っていた方とはずいぶん印象が……しかしなるほど……」

 そう言うと在志野さんは、まるで僕を品定めでもするかのように観察する。あ、あの、目が怖いんですけど……

「ちょ、ちょと在志野さんっ、何言ってるんですか? 失礼ですよ」

 と雪乃さんが割って入ってくれた。僕この人苦手かも……

「これは失礼いたしました。どうぞこちらへ」

 雪乃さんの言葉を受けすぐに僕に謝罪すると、在志野さんはくるりと回れ右をして屋敷内に入っていった。何だったんだ? 今のは……

「ごめんなさいね、カゲチカ君。在志野さんも悪気があったわけではないんですぅ」

「あ、ああ、い、い、いえ、べ、ベベ、別にぼ、ぼぼ、僕は……」

「でも……」

 そう言って雪乃さんは少し考えてこう言った。

「あんな嬉しそうな在志野さん久しぶりです。カゲチカ君の事、気に入ったのかなぁ……」 えっ? 今のがですか!? 1ミクロンもそんな風には見えませんでしたけど……むしろ嫌われた感MAXだった気がするんですが―――

 そんな事はさておいて、僕たちは雪乃さんに続いてお屋敷の中に入っていった。

 玄関を抜け、吹き抜けのロビーを横切り、僕たちは客間に案内された。いや〜もうね、「ここ日本?」って聞きたくなるような雰囲気だよ。大体さぁ、客間に暖炉がある友人宅なんて僕の人生には縁がない物と思ってました。そもそも靴ってどこで脱ぐんだ? マジで。

 きっとアレだな、お風呂はライオンの口からザ〜ッてお湯が出てるんだろうな……

 初めての女子の家デビューがこんなお屋敷って……出来ればもう少し一般的なケースでデビューを迎えたかったです……

 緊張しまくりでソファーに座り雪乃さんを待つ僕とは裏腹に、マリアは客間を歩き回り部屋の中を見学して回っている。まあ、コイツに緊張って感覚はないのかもしれない。

「しかし凄いわね〜 雪乃ん家」

 そう言って暖炉をのぞき込むマリア。

「あたしもこんな家の娘に生まれたかったなぁ」

 確かにそれは僕も同感だが、君がセレブだったらさらに凄い事になってるだろうね。なんせ君、悪魔ですから……

「この絵……こっちの小さい女の子は雪乃よね。隣の男の子はお兄さんかしら?」

 そう言ってマリアは暖炉の上に飾ってある油絵を眺めていた。

 小さい頃の雪乃さんの肖像画か……どれどれ……

 背景は此処の庭だろうか。大きな木の下に立つ少年と、その横に座る小さな女の子が花の首飾りを掲げはしゃいでいる。木々からこぼれる木漏れ日がまぶしいのか、傍らの少年は目を細めながらも極上の笑みを浮かべながらこちらを見ていた。

 この女の子は恐らく雪乃さん。鼻筋と大きな瞳にぷっくりとした唇は面影が残ってる。はぁぁぁ、子供の頃から可愛かったんだねぇ。

 そして隣に立つ男の子も整った顔立ちの美少年だった。鼻筋から目にかけてが雪乃さんに似ている気がする。確かにマリアの言うとおりお兄さんかな―――――あれ?

 なんか、誰かに似ている気がする。あ、いや、雪乃さんじゃなくて……

 そこへ先ほど会った在志野さんが入ってきた。

「紅茶をお持ちしました」

 そう言いながらソファー前のテーブルに僕とマリアの分のティーカップを並べた。

「あの、この絵って……」

「ああ、幼い頃の雪乃様です。そちらで座ってらっしゃるのが雪乃様で、隣にいるのがお兄さまの朋夜【トモヤ】様です」

 やはり雪乃さんのお兄さんだった。絵から判断すると2,3歳上なのかな?

「とても仲の良いご兄妹でありました……」

 そう言って目を細める在志野さん。さっきは冷たい印象だったけど、こういう表情も出来るんですね、この人。と思った瞬間、在志野さんはまた僕を舐めるように見ていた。

「カゲチカさん……でしたか? あなたは雪乃お嬢様とは、その……どういった関係ですか?」

 はいっ?

「あ、た、たた、た、ただの、と、とと、友達で、でで、ですけど……」

「ただの友達……ですか? 本当に?」

 そう言って僕の顔をのぞき込む。反射する眼鏡レンズの向こうに見える瞳がまるで蛇のよう……ぜ、絶っ対気に入られてない気がするんですけどぉっっっ!

「そうですか……それでは、お二方とも、ごゆっくりおくつろぎ下さい」

 そう言って在志野さんはお盆を持ちつつ客間を出ていった。無言のプレッシャーから開放された僕は一息つくとその場にしゃがみ込んでしまった。僕、あの人マジで苦手です。

「お待たせしましたぁ」

 そこへ雪乃さんが客間へ入ってきた。

「ねえ雪乃、この絵に描かれてるの、雪乃とお兄さんなんだって?」

 入って来るなりそう聞くマリア。お前って常に直球勝負だな。

「ええ……兄の朋夜【トモヤ】です……」

 どことなく悲しい臭いを含んだ声だった。その声に何となく僕は判ってしまった。さっきの在志野さんの言葉も過去形だったしね。

「亡くなったの?」

 マリア……お前ストレートすぎるだろ、マジで。

「1年半前に……病気だったんです。10歳の時発症して、それからはずっと車いすでの生活でした。私は目がこんなですし、絵を見る事は出来ませんが、この絵は兄がまだ病気を発症する前に描かれた物だと聞いています」

 兄は病気で妹は盲目か……お金持ちって言ってもままならないことがある。いくらお金があっても不幸な人もいるって事なんだ。

「カゲチカさん、兄の顔を見て気が付きましたぁ?」

「えっ?」

 雪乃さんの言葉にもう一度絵の中の少年を見る。

 そう、さっきから誰かに似ている気がするんですけど……

「あなたは兄に会っています。兄もあなたを良く知っていました。実は私は以前からあなたの事を兄から聞いて知っていたんです。ただ、同じ大学だとは思ってもいませんでしたけどぉ……」

 雪乃さんの言葉の後半は聞こえていたけど、正直頭の中には入ってきていなかった。

 絵の中から僕を見つめる少年の、見る者を惹き付けるこの極上の笑顔……

 忘れるはずがない。わずかに残る面影よりも、このたまらなく人を惹き付ける笑顔が、この少年の正体を雄弁に物語っていた。この笑顔に『俺』は何度励まされ、癒されたのだろう……そして最後に俺を裏切ったこの笑顔……


「鬼丸……!」


「えっ? この人が?」

 俺の呟きにマリアが驚いてそう言った。

「スノー、鬼丸はお前の……」

「ええ、私の兄なのよ……シャドウ」

 スノーの言葉に、俺は二の句をつなげる事が出来なかった。

 初めて会ったときに感じた得も言われぬ感覚。

 俺を見つめるどこか哀しげな瞳。

 スノーと会い『あいつに似ている』と言ったサムの言葉。

 『コンプリージョン・デリート』の解除コードを知る訳。

 鬼丸が『使徒』だと断言する根拠……

 その全てに納得がいった。

 1年半前、あの聖櫃に消えていった鬼丸が、もうすでにこの世にいない? しかも10歳の頃から煩っていた病魔に冒されていた? あの無敵の鬼丸がか?

 確かにセラフィンゲインでは、身体的に不自由だとしても脳さえ無事なら完全な健康体として活動することが出来るため判らないが……

 安綱を振るい、およそ魔法剣士では行使できない高位魔法を操り、常に俺達の遙か高みを行っていた最強の戦士。その戦いぶりは見る者に絶対的な『強者』を印象づけ、圧倒的とも言える強さを誇っていたパーフェクトプレイヤー。

 忘れようとしても、どうしても脳裏から離れない彼の後ろ姿とあの笑顔。仮想世界とはいえ、あれほどの男が病気でこの世を去ったという事に、俺はどうしても信じられない思いだった。

 じゃあ何故あいつはあんな事までして『聖櫃』を目指したんだ? 自分が『使徒』であるにもかかわらずチームまで主催して……

「なあスノー、あいつは……鬼丸は何故あそこに行かなければならなかったんだ? あの後あいつは聖櫃に行ったんだろ? あそこには何があるんだ? 教えてくれ、スノー」

 恐らく……鬼丸は自分の命があとわずかだと知っていた。

 1年半前? 俺達が聖櫃を目指し、あの鬼丸の凶事で全滅したチーム『ヨルムンガムド』の解散。そして鬼丸の行方が判らなくなったのもその頃だ。あいつは……


 あいつは本当に病気で死んだのか?


 様々な憶測が脳内を駆けめぐる。そんな俺の考えを打破する様に、雪乃さんはスノーの声で答えた。

「判ったわ。私が知っている情報を全てあなたに教えてあげる。まあ、今日はそのために来て貰ったんだし……」

 そこでスノーはいったん言葉を切り、深いため息を吐いた。

「カゲチカ君、あなたには知っていて貰いたいの。私たち兄妹の事、兄『朋夜』のこと。そして、『インナーブレインシステム』と『天使が統べる地』という意味を持つあの世界、『セラフィンゲイン』が生まれたその訳を……」

 鬼丸のことを話しているときはスノーだった雪乃さんだが、そう言ったのは紛れもなく『世羅浜雪乃』だった。その声はどこか悲しげな声で、僕はただ頷く事しかできなかった。

 僕と雪乃さんの会話の中に何かを感じ取ったのか、マリアでさえいつものストレートな質問を躊躇している様子がうかがえる。

「地下に行きましょう。お二人に見せたい物があるんです」

 雪乃さんはそう言って僕たちを案内するべく、振り向いて客間の入り口へと歩みを進めた。

 地下室があるのか……なんか秘密基地みたいだな。

 しかし、見せたい物っていったい何なんだろう。それにセラフィンゲインが生まれた訳ってなんだ? 鬼丸はシステムの開発者の一人『使徒』だった。その開発者側の人間に連なる雪乃さんはセラフィンゲインの開発に関わっているのだろうか?

 謎の多いセラフィンゲイン。その秘密の一端を、僕とマリアはこの後知る事になる。雪乃さんと『使徒』である鬼丸の純粋な『想い』と共に……

 


初めて読んでくださった方、ありがとうございます。

毎度読んでくださる方々、心から感謝しております。

第16話更新いたしました。

今回でやっと鬼丸と雪乃の関係が明らかとなります。大金持ちのお嬢様であった雪乃に『仄かな希望的妄想』を抱いていた智哉の思いは木っ端微塵に砕かれました。使用人であり、また世話係でもある在志野さんに気に入られた? 智哉ですが、さて、どうなる事やら……それにしても智哉は確実にカゲチカという呼ばれ方が定着してしまってます。彼が智哉と呼ばれる事は無いんじゃないかな。作者である私でさえ時々間違えてますし(オイ

今回マリアははっきり言っておまけです。でも彼女の此処での事は、ずっと後になって彼女に大きな決意をさせるきっかけになる予定です。

さて、次回はいよいよセラフィンゲイン開発の経緯が明らかになります。幼い頃、雪乃が兄である朋夜に言った『ある一言』がきっかけになります。

次回もまたおつき合いいただけると嬉しく思います。

鋏屋でした。


〈次回予告〉

伝説の最強魔法剣士『鬼丸』は雪乃の兄だった!?

その驚愕の事実に驚く智哉だったが、さらに雪乃に案内された屋敷の地下にはさらに驚くべき事が……

そして明かされるセラフィンゲイン開発の経緯。

その昔、幼い雪乃が兄『朋夜』に投げかけた一言とは?


次回 セラフィンゲイン第17話 『想い』 こうご期待

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