第11話 禁呪
未だに小刻みに震えながら妙な音を出し続ける安綱だが、この得体の知れない攻撃力は今の俺にはありがたかった。しかし戦況は芳しくない。
複数の対象に強力な攻撃を仕掛ける事が出来る魔導士が使えない俺達の方が圧倒的に不利だ。先ほどの攻撃からも判るとおり、相手は味方が居ようがお構いなしに魔法を行使してくる。
ちっきしょ〜考えが甘かった。マジでヤバイな……
幾ら安綱がコレでもさっきみたいな高位呪文を連発されたら持たない。
「せめてスノーが復活してくれれば……」
彼女の呪文でこのわけのわからん状況を一掃できるのだが―――
すると、後ろからドンちゃんの慌てた声が聞こえてきた。チラッと見るとスノーが頭を抱えてしゃがみ込んでいる。
「ちょっとスノーっ! どうしたのよ!?」
今度は何!?
「わ、私が、悪いんじゃ、ない…… 私が…… 助け、て、お、にま、る―――」
――――!!
な、に? 今なんつった?
「カイン……お願い、そんな……そんな目で……私を見ないで……」
手にした杖を頼りに、かろうじて立ち上がるスノーの姿は、まるで幽鬼のようだった。
「私を……」
そう呟きながら手にした杖をおそるおそる顔の正面に掲げるその姿は、彼女の通り名である戦慄の『白銀の魔導士』とは到底思えない弱々しい物だった。
まるで泣いている幼子の様……
「見ないで――――――――――っ!!!」
フィールド全体に響き渡るようなスノーの絶叫! そして直ぐさま呪文詠唱に入る絶対零度の魔女。
おっしゃ! スノー復活っ! こっから巻き返す―――あれっ? なんだこの呪文?
俺の鼓膜に安綱の鳴きに合わせてスノーの詠唱が乗っかる。ぴったりと合うリズム。だがしかし、俺はこの詠唱を以前聴いた事がある……
―――コレは!?
「おいっ! スノー、ちょっと待てっ!! おいってばっ!!」
完全なトランス状態に入っているスノーに俺の制止の言葉は届いてはいない。複雑な呪文だが元々詠唱時間が早いだけに恐らく半分以上は消化しているだろう。
ヤバイヤバイヤバ――――――イっ!
とりあえず隣にしゃがみ込むララの腕をひっつかむと全速力の疾走に移る。
「リッパー! サムっ! 全速力で逃げろ―――っ!」
走りながら怒鳴る俺にリッパーが怒鳴り返す。
「なんだってんだよっ!!」
「良いから逃げろってっ! それも出来るだけ遠くにっ!」
俺の必死さに何かを感じ取ったのか、恐らく意味も分からないだろうがリッパーとサムが交戦場所から撤退を計る。
全速力で離脱を計る俺達に反応して相手のチームも移動を開始した瞬間、空が『ブレ』た。高負荷にシステムの処理が追いついていない。
あの時と同じだ、間違いない!
スノーっ、てめえっ……!!
続いてさっきまで俺達が戦っていた場所を中心にオーロラのような色をした半透明な傘が掛かる。相手チームは一人残らずその中に取り込まれた。
リッパーは反応が早かったが、もたもたしていたサムはギリギリセーフ! それを確認して少しばかりほっとする。
以前見たときよりだいぶ範囲が小さい。だが、コレがこのフィールドにどのような影響を及ぼすか判らないだけに安心は出来ない。
俺は敵を見るような目でスノーを睨んだ。
スノーは呪文詠唱を終え、その杖を高々と天に掲げて最終コマンドである呪文名を唱える。
「コンプリージョン・デリート――――――っ!!!!」
ほとんど絶叫に近いスノーの声。そして……
ズゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥンっ――――――!!
臍の下辺りがゴリゴリと押されるような重苦しい音とともに世界が揺れた。
さっきまで虹色に輝いていた半球のドームは、今は極彩色の明滅を繰り返し、まるで理不尽な罠に掛かった獣がもがいているかのように見えた。
大地や木々と言った物理的なテクスチャーだけではなく、空や雲、光や風の表現プログラムまで、そのドームは包み込んでいく。いや、食われていく……
時間にして数秒。
そしてそのドームは出現したときと同じように唐突に消え去っていった。ドームが消えた後にはぽっかりとした穴だけが残った。
穴―――
まさに穴としか表現のしようがない……
この世界の売りの一つである緻密なテクスチャーで構成されたハズのこの世界の景観は、まるで黒のクレヨンで塗り潰されたかのように無惨な姿をさらしていた。優美な絵画に心ない者が墨汁を落とした様に、その空間だけが切り取られ消失している。
以前見たときの半分ぐらいの規模だが、意図的にコントロールできるのか、それとも行使者の力量に比例するのかは判らないが、相変わらず背筋が冷たくなる光景だ。もう二度と見る事が無いと思っていたのだが……
「……なあ、コレって何だよ?」
リッパーが呟く。
「削除されたプログラムの痕だ。強制的に削除されたのでシステム処理が出来なくなっているんだ」
「ほぉぉ〜う」
俺の説明にそう頷くリッパーだが、お前全く理解してねぇな。
「それにしてもすっごい呪文だったじゃない? あたし初めて見たわ〜 なんつったっけ?コンプリート……? あれ?」
とドンちゃんが無条件に賞賛する。それにつられてサムとララも同感といった様子だ。
「う〜ん、まさにファンタスティックなマジックね。流石はオーバーサーティー。『プリティ・スノー』の通り名はフェイクじゃないね。ミーは感動したよ」
いや、だから『プラチナ・スノー』だって……
「スノーがテンパった時はどうなる事かと思ったけど、やっぱり頼りになるわね〜」
さっきまでへばっていたララもサンちゃんの回復魔法で元気を取り戻したようだ。サンちゃんは相変わらず黙っていたけど、皆と同じようにやはりスノーを賞賛しているようだし。
知らないって幸せだよなぁ、マジで。でも、俺はそうはいかない。どうしてもやらなきゃならない事が出来ちゃったよ……
俺はゆっくりと安綱を鞘から抜き、その刃の切っ先をスノーの鼻先に突きつけた。先ほどからの皆の賞賛を受けても、俯き1人浮かない顔をしていたスノーの目がその黒光りする刃を見つめる。そしてゆっくりとその刃を渡り俺の視線と絡む。
何故そんな目で俺を見る? あー、でも今問いただす事はそれじゃない。
「ちょっ、ちょっと何やってんのよシャドウ!?」
俺の行為を見てドンちゃんが目を回す。
「さっきから何怒ってんだよ、シャドウ?」
「そうよ、スノーの魔法で助かったのに……」
リッパーとララも口をそろえて俺を非難。
「ミーは判るね。自分の活躍が少なかったんで拗ねてるネ。傭兵にはありがちな事Yo」
いや、違うから…… つーかお前は少し黙ってろ。ややこしくなるから。
「『コンプリージョン・デリート』……アレがどういう物か判ってて使ったんだよなぁ?」
俺の問いに無言のまま見つめるスノーの瞳は少し潤んでいるように見えた。やべっ、カワイイ……ってそうじゃない。イカンイカン!
「だからぁ、あの呪文がいったい何だってのよ? 確かにすっごい魔法だったしちょっと危なかったけどみんな無事だったし。結果オーライで良いじゃん」
と、ララが口をふくらまして言う。
「スノーもさ、私たちなら交わせるって信じてたから使ったのよ。ララちゃんの言うとおりちょっと危ない行為だったかもしれないけど、あっちの魔導士容赦無かったし、結果的にスノーのおかげで全員無事に切り抜けられた事だし……」
ドンちゃんもそう言って俺をなだめようとする。見かけによらず、仲間内のイザコザは見ていられないタイプみたいだ。リアルでこの顔と二丁目口調で諭されたら無条件で従うトコだけどそうもいかないのだよ、ドンちゃん。
だってさ、みんな『ロスト』するとこだったんだぜ?
「さっきスノーが使った『コンプリージョン・デリート』は一見魔法のように見えるが、実は魔法じゃない。アレはプログラムの『強制削除コマンド』なんだ。システムサポート側の目をかわす為魔法のような形態を取っているだけだ」
俺のその言葉に皆の顔に?マークが浮かぶ。
「えっと、つまりそれって……何?」
ララだけじゃなく、スノー以外のみんながよく分かっていない様子だ。しゃーない、説明してやろう。アレがどれだけ危険かを―――
「プログラムの強制削除。つまりこの世界にある物全てを強制的に消してしまえるコマンドの事だ。さっき見たろ? あの傘だかドームだかに取り込まれた物は全て消されてしまう『初めから無かった事』になるのさ」
まだ、ピンとこないか。
「俺達プレイヤーが此処に来る際、端末で接続し意識をプログラムとシンクロさせてこの世界にロードされる。インナーブレインつーシステムを介してこの仮想世界転送された時点でプログラムの一部として組み込まれている。
つまり俺達プレイヤーも『コンプリージョン・デリート』の削除対象になるってことだ」
「つーことは、俺達もあの中にいたら消えちまうってことか?」
とリッパー。
「ああ消える。いやただ消えるじゃないな。正確には『無かった事』にされる。初めから存在しなかった『役割』としてシステムメモリーから削除されてしまうんだ。
セラフィンゲインに接続したまま、プログラム化されて組み込まれた意識が最初から無かった事になる…… 肉体は接続室のベッドの上にあるのに意識だけが消える。つまりそのプレイヤーは確実に『ロスト』するってことさ」
『ロスト』という言葉に息を飲む一同。そりゃそうだ。セラフィンゲインはあくまでゲーム。なのにゲームで人生捨てる事は嫌すぎるよね。俺だって嫌だ。リアルじゃ世間的に終わってるっぽい俺の人生だけど、生物的に終わるのは御免被りたいよ。
若干一名言葉の意味が分からないので事の重大さが理解できてない者もいるが、一様にアレがどれほど危険なことだか判ったようだ。宜しい、では本題に入ろう。
「だが、俺がスノーに聞きたい事は『何故使ったか』じゃない……『何故使えるのか』って事だ」
俺は安綱を鼻先に突きつけ、スノーを睨みながら話を続ける。スノーもまた俺を無言のまま見つめていた。
「1年半前に『禁呪』に指定され使えなくなった筈のコマンドを何故お前が使えるんだ、スノー?」
そう、アレが使える人間を俺は一人しか知らない。他にいるはずがない。つーか、他にいてたまるかってんだっ!
「ねえシャドウ? 『禁呪』って何?」
ドンちゃんが首を捻りつつそう聞いてきた。確かに聞いたことがないのも無理ないかも。魔法に携わる者でさえその存在を知らない者も多いぐらいだし。2年以上やってる古参のプレイヤーなんかは知っているかもな。
「サポート側にプロテクトが掛けられた使用禁止の魔法のことだ。アレは魔法じゃないが便宜上『禁呪』にカテゴライズされているそうだ」
「確かに敵味方を問わず、強い弱い関係なく消しちまうんだろ? そりゃ反則だよな」
リッパーの言う通り反則だと俺も思う。何しろ見境無しに消してしまい、おまけにロストつー極悪オプションまで付いてくるのだ。つーかフェア、アンフェア以前にもはやゲームじゃないだろ、そんなんじゃ。
「1年半前、アレを『聖櫃』に続く通路で使ったヤツがいた。追ってくる数体の大型セラフを通路ごと消し飛ばした。後衛のメンバー4人と山の北側3分の1を巻き込んでな。規模が大きかったんでサポート側のセキュリティに引っかかり、それ以降アレは禁呪としてプロテクトが掛けられた筈だ……」
「何かのエラーとかじゃね?」
とリッパーが口を挟む。
「それはあり得ない。サポート側だって馬鹿じゃない。アレはこのゲームそのものの存在を脅かす危険なコマンドだ。仮にそれにエラーがあったにしろ、それをそのまま放置するほど此処の監視体制は甘くはない」
「じゃあプロテクトを外部から破ったとか?」
「セラフィンゲインのセキュリティは軍事機密のそれに匹敵する強固な物だ。外部からのアクセスによるプログラムの改竄は物理的に不可能……」
仮にスノーが天才的なハッカーだとして、プロテクトを解除できたとしても、不正なアクセスで行使されたコマンドがサポートの監視に引っかからないわけがない。
「アレが使えると言う事は『禁呪』の解除コードを知っている者……つまり、システム側の人間……」
「システム側の人間? それってどういう意味なの?」
ドンちゃんが首をひねる。いまいちピンと来ないらしい。
「ドンちゃんもプレイヤーなら聞いた事ぐらいはあるだろ? スノー……あんた『使徒』なのか?」
「うそっ!? マジで!?」
リッパーが驚きの声を上げる。続いて傍らのサムもヒューと口笛を鳴らす。
「コイツはファンタスティックだ。ミーは初めて見たよ」
「私も……『使徒』なんて噂だけの存在だと思っていたのに。実在してたなんて……」
ドンちゃんも驚いた顔でスノーを見る。いつも無言のサンちゃんも、言葉には出さないが驚いた様子だった。まあ無理もない、俺だって初めてなんだから。
そこに全く話に着いて行けてないララが質問してきた。
「ねえ、『使徒』って何?」
「このセラフィンゲインの制作者の事だよ。何でも13人いたらしくてな。セラフィンゲインつー名前にちなんで『使徒』って呼ばれている。
その13人がどんな人達だったのか、なんて名前なのかなんつーのは全くの謎。ただ、いずれも『天才だった』つー事は確かだな。今となっちゃホントに実在したのかも判らない伝説の人間達だ。そいつらの事はセラフィンゲインの中でも『最大級の謎』として俺達プレイヤーの間では知らない者は居ないぐらいの有名な存在なんだ」
噂ばかりが一人歩きしていて有力な情報はいっさい無し、その存在自体も怪しい『使徒』だが、その名前から連想されるミステリアスさも相まって、プレイヤー達をくすぐり続けているのもまた確かな事だった。俺自体半信半疑だったが『使徒』という名前には惹かれるものがある。
だが、もしスノーが『使徒』なら、それは致命的な反則行為と言わざるを得ない。開発者側がプレイヤーになりすまし、さらにチームを主催してゲームに臨むなんて反則以外の何者でもない。入試問題を作った大学の講師が身分を偽って大学入試を受けるような物だ。
さらにその行為に何の意味がある? テストプレイならまだしも、本格的にゲームに参戦して何になる? 金が目的ならこんな人数でアクセスしなくてもいい。スノーほどの魔導士なら一人でも充分稼げるはずだ。だが、だとすると他にどんな目的があるというのだ?
「私は『使徒』じゃないわ……」
俺の心の中の疑問を見透かしたように、それまで沈黙を守っていたスノーが不意にそう呟いた。
「でも、『使徒』だった人は知ってる。『コンプリージョン・デリート』のプロテクト解除コードはその人から教えてもらったの」
安綱の切っ先を見つめていたスノーはフッと瞼を伏せた。
「でもね、その人はあなたも良く知っているハズよ、シャドウ?」
スノーはそう言って自分に向けられた安綱の漆黒の刀身に手を添えた。それはまるで愛する人を愛おしむような慈愛のこもった仕草だった。俺はその仕草だけで降伏しそうだ。
もうね、萌・え・す・ぎっ!
しかし俺が知っている人物? 誰だそりゃ? おいおい『使徒』に知り合いなんて居ないぜ、俺。
けど、次の言葉は俺にとって衝撃的すぎた。
「貴方にこの太刀を託した人物…… そう、『鬼丸』が『使徒』なのよ」
―――――――!?
スノーの萌える仕草にとろけそうだった脳が一瞬にスパークした。
『何言ってんだよシャドウ。仲間だろ? 俺達……』
手にした刀が折れると同時に折れた闘争心。
ベースに帰還どころか立ち上がる事すらままならない全身疲労とダメージに、リセットを覚悟してその身を大地にさらす。
そこに差し出される、血糊で真っ赤に染まった皮のグローブに包まれた右手。
先の戦闘で左腕を失いながらも泥と血をこびりつかせた頬を歪ませながら、極上の笑顔でその男は俺を『仲間』と呼んだ……
俺は口に出してそう呼んだ事はない。
けど、奴は……
奴だけは確かに俺の『友』だった―――
初めて読んでくださった方、ありがとうございます。
毎度読んでくださる方々、心から感謝しております。
第11話更新いたしました。
やっと物語りの本筋に絡む人物、『鬼丸』の登場です。彼の存在はシャドウにとっても重要ですが、スノーにとっても重要です。彼を知る人間は、今はもうシャドウとスノー、それにサムと『耳屋』の店長ことオウルぐらいです。またやっかいなキャラを作ってしまった感がありますが、なかなか魅力あるキャラなので付き合ってあげてください。
実は、彼の外伝的なお話なんかも構想にあるんですが、まずは本編を終わらしてからと言う事で……
鋏屋でした。
〈次回予告〉
スノーの衝撃的な告白に動揺するシャドウ。
過去、リアル、バーチャルひっくるめても唯一『友』であった鬼丸。その彼が『使徒』だった事実。
そんな折り、セラフィンゲインはサーバメンテでお休み。智哉は課題のレポートを仕上げるため資料を集めるべく本屋に向かう。だが電車の中でカツアゲに遭遇。絶体絶命の智哉を救った人物とは……?
次回 セラフィンゲイン第12話 『クラブマチルダ』 こうご期待!